あらすじ
ソ連軍が侵攻し、国府・八路軍が跳梁する敗戦前夜の満州。敵か味方か、国籍さえも判然とせぬ男とともに、久木久三は南をめざす。氷雪に閉ざされた満州からの逃走は困難を極めた。日本という故郷から根を断ち切られ、抗いがたい政治の渦に巻き込まれた人間にとっての、“自由”とは何なのか? 牧歌的神話は地に堕ち、峻厳たる現実が裸形の姿を顕現する。人間の生の尊厳を描ききった傑作長編。(解説・磯田光一)
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けものたちは故郷をめざす
著:安部 公房
新潮文庫 あ-4-3
ヤマザキマリの「国境のない生き方」にお薦めがあったので、一読させていただきました
逃げ遅れた日本人久木久三と、日系中国人高との、満州からの逃避行
八路軍を巻くように、都市を避ける南下路
眠ることすら難しい凍土の旅程
野犬、狼がうろうろとする、身を隠すことができない原野
氷はあるが、水を飲むことがなかなか許されない
ピストルをもち、なかば脅されながら進む
疲労困憊でわずかな坂を上ることすら時間がかかってしまう
敵とも味方とも分からない連れにも神経を研ぎ澄ませ、久三の生への挑戦が続く
凍傷でボロボロとなる皮膚、パンをもうけつけなくなった胃や、どす黒い血、極限の状態でたよるものは自分ただひとりである
目次
第1章 錆びた鉄路
第2章 旗
第3章 罠
第4章 扉
ISBN:9784101121031
出版社:新潮社
判型:文庫
ページ数:320ページ
定価:670円(本体)
1970年05月25日発行
2018年02月15日23刷改版
2024年02月20日27刷
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◯名著。表現力が際立って良いと感じる。情景と心情が一瞬で頭に入ってくる。荒野で彷徨い続けるあたりは迫真。彼らが何故生きているのか不思議なほど、自分のイメージもボロボロに追い込まれていた。
◯ストーリーも意外に面白い。かなりひっくり返り、展開していくので、描写との相乗効果で読後感はぐったりする。しかしそのこと自体をもってやはりすごいと思う。砂の女に馴染めない人はこちらを読んでみてもいいのではないか。
◯久しぶりに本を読んだが、全ての本がこのようなものだと良いと思う。
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順調に思えた故郷への逃避行は、はじめの一日を頂点に地獄へと急降下していく。
銃撃、衝突、凍傷、飢え、裏切り、ありとあらゆる死の淵に立たされながらも、日本に帰れるという希望が何度もちらつく。が、その希望の光は見えたと思った次の瞬間には消え、暗闇を彷徨い歩いていると再び光り、またすぐに消える。消えるたびに絶望が殴る蹴るの暴行を加えてくる。幻の光であると、どこかで知っていながら、それでもすがりつくものがないよりましだと、裏に絶望が隠された希望という扉の取手を回す。
久三の感情、情景描写、ひとつひとつの表現が、鈍い鐘の音のような重さをもって心臓に響いてくる。
すべてが事実にしか思えないほど残酷なまでに現実的でかつ壮大な冒険活劇でもあった。
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第二次世界大戦敗戦の噂を聞いて、診断書を満州から偽造し、逃げて?きたという公房の、半分くらいの体験記だそうです。
敗戦と共に襲われる屈辱、苦悶、苦痛…そして無政府状態に対する怒りと疑問が、この作品には生きることを諦めないというテーマで描かれています。
元々、公房のなかにある
考えることを諦めなければ、必ず閃きがある
というモットーのなか、主人公はひたすら考え抜いて窮地を渡っていくのですが、このモットーは個人的にも好きで、文学に嵌るきっかけにもなりました。
高の指を切断するシーンは、流石、医学部卒なだけあり生々しいですが、生きることを優先させると…と、ひたすら生に貪欲な内容でした。
人間は、いざとなったら案外、生きることに貪欲になるのだということを教わりました。
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1957(昭和32)年作。
シュールレアリスムのスタイルに依らない、一応リアリスティックな書法の作品。もっとも、極度の飢えに晒されながら荒野をさまよう主人公の状況は、それ自体がどこかシュールでもある。
安部公房自身が少年時代を満州で過ごし、敗戦後は家を追われ放浪したらしいので、ある程度このリアルな体験、当時目にした情景などが本作に反映されているに違いない。
永遠と思われるような放浪が、なんとも印象に残る作品だった。
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満州から日本日の逃避行を描く。理想化された日本を求めるほどに遠くなり幾多の困難が立ちはだかる。『砂の女』が塀の中からの視点を描いたのと対比的に、本作では塀の外からの原始的、野蛮な世界から塀の中の社会秩序の世界を希求する男の物語だった。
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舞台は第二次世界大戦終了直後の満洲である。
主人公の久三は満洲の工場の寮で生まれた。終戦直前、工場の日本人らは皆引き上げていったが、久三は病気の母親とともにこの地に残されてしまう。侵攻してしたソ連兵は、久三が「日本人に騙された」と誤解し、彼を軍の一員として迎え入れるのだった。
しかし、数年後、久三は日本に行きたいという思いを捨てきれず、駐屯地からひっそりと抜け出す・・・
この物語は、久三が日本に行くために極寒の大陸を徒歩で歩いて横断する、その苦しみを事細かに書いたものである。
安部公房の小説「砂の女」のような閉塞感とは正反対の状況だ。
広大な大地。極寒で、人気がなく、食べ物もない。
主人公を閉じ込めるものはなにもないのに、ひどい閉塞感に襲われる。飢餓、シラミ、そして久三と同じルートで移動したと思われる日本人の複数の遺体・・・。
久三は時に気が狂ったようになりながらも、広い中国の大地を歩み続けるのだ。
あとがきをみて初めて知ったが、安部公房は主人公と同じように戦前は満洲で暮らしており、敗戦もそこで迎えたということだ。その時の経験が、この小説に生かされてるのかと思うと、肌に痛みを感じるような冷たい恐怖が現実感を伴って襲いかかってくるような気がした。
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ヤマザキマリのオススメ本として紹介されましたので初めての安部公房。終戦直後の満州から日本へ帰国する壮絶な旅。生きることの無条件の渇望に勇気をもらう。
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他人を利用し、利用される。戦時中の不幸な話と片付けられるだろうか。平和な生活をしていても、命のやり取りまではしないというだけで、基底にはそういう精神が伏流水のように存在しているのではないだろうか。私たちもまた、けものなのだろうか。
Posted by ブクログ
満州時代の経験が生きた佳作。哲学書じみた『終りし道の標べに』に比べると読みやすい。
本作は、生と死の境目を綱渡りする決死の逃避行劇である。安部公房が生涯追い続けた「疎外」「人格の証明」といったテーマが既に表出している点が興味深い。また、夢や幻覚を用いた前衛的な雰囲気や、ひりひりするような現実的レトリックといった、後年の作風と繋がる面があるところも気になる。