真山仁のレビュー一覧
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as isとかto beとかで語れる組織。でも人にはそれが必ずしも適用しない。結局、矜持とかモラルとかはas isの延長線上にあり、必ずしも夢=to beではない。
金銭的に成功する、社会的地位を持つ、世界を平和にするとか、世の中は目標を持っている人を賛辞するような風潮があるけれど、畳の上で死にたいとかも同じくらいの価値があって良いと思う。
現実的なのか、理想的なのか、青臭いのか、泥臭いのか、熱いのか、クールなのかは皆人それぞれで、大仰にいう必要も無いし、聞く必要も無い。何度も出てくる「自己責任」という言葉は、自分の行動に自分で責任を取れるか、責任を自覚して行動に移せるのかが問われているのだと -
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真山仁には、東日本大震災の被災地を舞台にした震災三部作がある。
その震災三部作の主人公は、阪神大震災で被災した教師小野寺。小野寺は東日本大震災の被災地で応援教師として子供達と向き合う。
2024年の元旦、教え子が女将をつとめる能登半島のえびす温泉(和倉温泉と思われる)の旅館で能登半島地震に被災し、そこで小学校を立ち上げる。
この作品単独でも読めるが、やはり、震災三部作を読んでいた方がよりこの作品を理解できる気がする。
この作品を読んで思うのは、復興というのは大変困難を伴うということ。
被災の度合いも人それぞれ。地元に対する思い入れも人それぞれ。
復興に対するビジョンも人それぞれで、合意を得 -
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架空の国メコンを舞台とした、民主主義とは何かを問う作品。
大統領選に出馬するジミー・オハラがメコンに帰国後、飛行機を降りているところ狙撃され暗殺される。その妻が敵討ちという御旗のもと、自身が大統領に立候補するが、その背後にはアメリカの陰謀が。
その関係性を察知した息子ピーターと親友の犬養渉は叔父であるシルバを大統領として推薦するも、本人から固辞される。
そこでピーター、渉が決断したことは、ジミーの遺志を継いでピーター自身が大統領に立候補することだった。
というのが全体像。
結末は小説ならではのものだが、モデルとしたミャンマーでは未だに民主化は遠い状態。
著者の本「疑う力」で示されていた -
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2024年1月1日、能登半島を襲った巨大地震に巻き込まれた元教師・小野寺徹平が、恐怖と不安の中でもこれからのことを考えて行動する姿を描く。
何かにつけて、阪神・淡路大震災や東日本大震災を比べる人がいる。
震災後には、これからの非日常と闘いが始まるのに比べられる気持ちや復興が遅れていると言う非難などさまざまな声にも疲弊する。
辛く苦しいのは大人だけではなく、子どもでもそうである。
小野寺が被災地で子どもたちと向き合う姿に自分に何ができるか考えてしまう。
『能登のとと楽、加賀のかか楽』という言葉があるのを知らなかった。
能登は、奥さんたちがよく働き、夫は漁や杜氏などの出稼ぎする以外は、家でブ -
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真山仁さんは東日本大震災以降、「震災三部作」やそれらに連なる(新作の)『ここにいるよ』で、教師が被災地に向き合うことで、被災者の苦悩と克服への道のりを描いていました。
本作も"震災モノ"かと手にしましたが、まるでタイプが違いました。主人公は新聞記者で、震災の惨状で葛藤する姿を通して描くのは‥‥え? まさかの犯罪小説ですか?
思っていたのと大分違い、少々戸惑いました。主人公がかつてのトラウマを抱えていたり、手のかかる新人記者の存在もあり、記者としての矜持や成長が描かれたらスルッと納得でしたが…。
途中から被災死亡した人物の過去の事件との関連が浮上し、思わぬ方向へ展開