小川洋子のレビュー一覧
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小川洋子さんの最新作である『劇場という名の星座』の前に上梓された『掌に眠る舞台』が今回の一冊となる。
両作品とも劇場に纏わる人たちを綴った物語だ。
今回の『掌に眠る舞台』も相変わらず静謐で美しい描写ながら、どこか不穏な雰囲気が漂いながら、人間の孤独が描かれている8編からなる短編集だ。
この一冊に綴られた小川洋子さんの不思議な世界は、少々ホラー的恐怖感が潜んでいた。
表題に記されている「舞台」は、劇場の舞台のみならず、日常のある日の場面をも含んでいた。
物語の特徴として、物語の終わり方が共通していた。
ジ・エンドといった完結の仕方ではなく、その後の余韻を残して物語は終わる。
主人公のその後は読者の想像にお任せしますよと、作者の小川さんからバトンを渡されるような感じなのだ。
読者のその後の展開が、舞台の第二幕となる。 -
Posted by ブクログ
読み終わって一番残念に思ったのは、自分が一度もチェスをやったことがないことだった。いくつかの種類の駒があり、それぞれに個性的な役割があり、王様を中心に周りを固めて守り、相手に攻め入る。そういうことでは将棋と似ているんだろうとは思うが、チェスの駒とテーブルの上で繰り広げられる様々なドラマを感じることができるのは、チェスの試合ならではだろう。
タイトルの猫と象はチェスの試合で重要な役割を果たしていくが、からくり人形と合わさってチェスを進めていく姿をイメージするのも難しい気がするけど、一番大事なのはチェスの棋譜から描き出される差し手の人生、歴史、感情、優越、落胆、緊張といったことだった。それを知るためにはやはりチェスを指してみないことには始まらない気がする。
リトルアリョーヒンとなった少年の成長が前半、チェスに関わってきた人たちの人生と老いが後半。物語は淡々と静かに、それでいて色々な驚きや喜び、悲しみを見せながら進んでいった。小さなチェスプレーヤーの活躍は面白かったが、やはりチェスを知らないと本当のところはわからないと思った。チェス博物館に行ってビショップの奇跡の展示を見たとしても同じ気持ちになるだろう。 -
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*妊娠カレンダー
妊娠という不思議な体験と向き合うわたし、姉、義兄の生活。
お腹の中にいる子が産まれてくるということが全然理解できないという姉と、同じく理解が出来ないわたし。だけど月日は刻々と過ぎ、お腹の赤ちゃんはすくすくと育つ。
周りの気持ちが妊娠や出産に追いつくことは待たずに、赤ちゃんの方はどんどん産まれる準備をしていく。
そんな妊婦と周囲の葛藤を描いているのかなと感じた。
*ドミトリイ
不思議なお話だった。自分の知らないところでそれぞれの人生が展開しているということが、最後の蜜蜂の巣の描写と同じことなのかなとも思ったり。うーん、でも解釈が難しかった…
*夕暮れの給食室と雨のプール
1番好きなお話だった。なぜだろう、と考えたけど学校という場の給食室の匂いや風景、プールの授業の様子が生々しく蘇ってきて、あぁそういえばそう感じだよなぁと懐かしさに浸れたからかな。
とある思い出が、また別の思い出を引き出すこともあるよなー、そこにはなんの関係がないように思えても。これまた不思議な話しだったけど、人は思い出(もしくはトラウマ)と共に、人知れず色んなドラマを背負って生きているんだよなぁと。
小川洋子さんの描く文章から伝わる温度感というか、生々しさというか。それが感情を表す言葉からは全く別の単語から来ていることもあるから不思議だなと思いながら読みました。 -
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表題作「妊娠カレンダー」
妊娠そのものというより、「人間の身体が自分の意思では止められない方向へ変化していくこと」を描いた小説だと思います。
つわり、食欲の変化、体重増加、むくみ、胎児の成長、そして放っておいても出産へ向かう時間。妊娠中の身体は、自分の意思とは別の論理で進みます。その変化は「成長」というより「異質化」に近く、人間が生物として持つ強い力が前面に現れることで、かえって「人ならざるもの」へ近づいていくようです。このことは妊娠の当事者だったときにもそう感じましたので、こうした変化を神秘として描かないのは、非常に正直で素直な書き方だと思いました。
妹の気持ちは、そうした変化への抵抗かな、と思いました。 -
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アンネの日記について、私が過去に読んだ時の記憶が蘇る。苦しい潜伏生活についての記憶よりも、何か常に希望をもちながら生活をしているアンネの心の中の声が、恋する乙女の想いが、不自由なはずなのに凛とした少女の姿が思いだされる。だからこそ最後の結末が最悪なものだったにも関わらず、ヒトラーのユダヤ人迫害を描いた暗く辛い物語としての記憶になっていないのだと気付かされた。
父としての視点から見たとき、また自分への戒めとしても誕生日に父オットーからアンネにプレゼントされた詩が印象にのこる。
一ここではいちばん年若だが、おまえはもう幼児ではない、しかし人生はきびしいだろう、われわれ年長者が周囲から、あれこれおまえに指図しようとするからね。
自分の欠点は小さく見えるものだ、だから他人の欠点は批判しやすい、他人のそれは二倍にも大きくみえるものだから。どうかわれわれを、おまえの両親を、広い心で見てほしい、これでもおまえを公平に、共感をもって判断しようとしているのだから。(1943年6月13日の日記)
日記から読み取るアンネの成長や葛藤を伝える小川洋子の綺麗な文体による解説が素晴らしい。小川ファンになりそう。
辛く暗い物語になっていないとはいえ、学ぶべきは日常の暮らしが一瞬にして奪われるのが戦争であること。戦争は抽象的な数でなく、1人1人のおもてにあらわれない日記を奪うということ。
東浩紀の「平和と愚かさ」にもあった「抽象化と数値化の暴力」の記述を思い出す。無数の人々が、集団的に、匿名的にゴミのように殺された。ドイツのホロコーストにせよ、日本の731部隊にせよ、、20世紀の大量死の本質は、犠牲者を数に還元し、その生と死から名前と意味を奪うことにある。それゆえ、その記録においてはまず名前(固有性)の回復が重要になる。
まさに、「アンネの日記」は数の暴力に対して意味の回復で抵抗する書物。「世界記憶遺産」たる所以。 -
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小川洋子さんのエッセイ。
小説は読んだことがあるけど、エッセイははじめてで色々知れて面白かった。
・岡山県出身
・阪神タイガースのファン
・趣味でランニングをしている
・ミュージカルが好き
意外な一面はあったけど、小説の元ネタとなる着眼点は小川洋子さんらしいなと思った。
まだまだ読んだことがない作品もあるので、読んでみたくなった。
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■良いなと思った言葉↓
"再読には意味がある"
安易に分かったつもりになるのは、読み手の傲慢さ。読み手の成長や社会変化によって、見せる姿が変わってくる。
"何の役にも立たないことを一生懸命している時、
小さな幸せが訪れる"
"世界のどこかに必ず、自分にフィットする一枡があるはずだ"という気分になれる。