◼️ 小川洋子「サイレントシンガー」
彼女は沈黙のために歌う。精巧に築かれたフィールド。恐れ入りました。
小川洋子は「猫を抱いて象と泳ぐ」で日本にポール・オースターみたいな作家がいたのかと驚いた。しかし数作品読み進めるうちに、独自の、他人には理解してもらえない範囲を作り、それをひたすら守る、という手順のようなものにやや腰が引けた感覚もあった。
今回も同じではあるのだが、ここまで発想を広げて組み上げたことにただ感心して、唸った。
「魂を慰めるのは沈黙である」
有名温泉地近くの山の一角。金網や厳重な門、柵で囲まれた施設「アカシアの野辺」そこに住む男たちは沈黙を好み、指を使った言葉で意図を伝え合っていた。宗教団体でもなく、施設内で作ったお菓子や飼育している羊の毛から加工した毛糸を売り、外界との接触を避けていた。その施設で働く祖母とともに乳飲み子の頃から野辺で過ごしていたリリカは役所が毎夕にかける「家路」を歌うことになる。成長してボイスレッスンに通っていたリリカには、先生を通じてさまざまな仕事が持ち込まれる。それは自分の存在を消すような歌の依頼だった。
まずは「アカシアの野辺」、その近くの山地の川や池の近くにリリカの祖母が造った大きな人形を並べた公園のような場所という聖域のようなエリアを設定したこと。公園はいかにも森閑とした、しかし自然が美しいというだけではなく、幾星霜もそのままにあるという空間であり、物語の雰囲気を雄弁に醸し出している。
何よりリリカへの歌の依頼、その種類の多さに感心する。お葬式、アシカショーのアシカが歌うのを模した歌、本番の歌手の録音を前に、イメージを固めるために行う「仮歌」。そんな仕事があるんだと読み手の知的好奇心を刺激する。
また、恋人となる有料道路の料金係の男の趣味、隠されていた世界の有名作家の原稿が見つかるという架空の記事を書くというのも、長く読まれなかった、そしてこれからも存在しない、サイレントな記事であり幻の原稿である。
全ての要素が沈黙につながっている。その発想と現出のさせ方、ストーリーの噛み合わせが見事で、これが著者の、研ぎ澄まされた筆致だと心深く悟る感覚がある。
2つ、野辺から有料道路を越えてトンネルをあくつか抜けたところにある有名温泉街、というのは、著者が兵庫県西宮市在住であることを考えると、有馬温泉ではないかと思える。私もなじみのルートだ。
リリカという名前は、作中に痛み止めの薬から取ったのかもというくだりがある。私も頚椎をひどく痛めた時にお世話になったのですぐに思い当たった。リリカはしばらく経ってから強い痛み止め効果をもたらすのです。浸透するように効くところが少し作中のリリカのキャラに通じるものある、のかも。
リリカの歌は、関係者の間ではそれなりに名前が売れているが、歌い手が誰かと気にされない、認識されないまま。野辺の住人たちも干渉しない、そして大事な人にも聴かせない。物語の進行は予想通り。それが美学というものか。
恐れ入りました。