小川洋子のレビュー一覧
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不時着とは
「不時着陸」の略。航空機が、故障や燃料欠乏等のため、初めに予定しなかった場所に降りること。
生きていくということは結構やっかいなことなので、いちいちすべてを真面目にやっていたら、とてもじゃないけど頭がおかしくなってしまう。だからわたしたちは無意識のうちに、さして重要でない約束や、どうでもいいような想い出や、自分にとって必要ではなくなった人々などを、箒のようなもので集めて隅っこに追いやることで折り合いをつけるのかもしれない。
でも、そういうことが出来ない人がこの世にはいる。どうでもいいと思われることをそう思わずに、ちゃんと向き合う人。そういう人たちの10個の物語だ。
小川洋子さんの書いた本を読むのはこれが初めてで、こんなに長い間、なぜ読む機会がなかったのだろうと不思議に思った。
でも出会えたのだから、これから急いでたくさん読もうと決めた。そのくらい好きになった。
第一話 誘拐の女王
昔誘拐され、犯人に監禁されたことがあるという血の繋がっていない姉との話。
第二話 散歩同盟会長への手紙
散歩が好きな男の人が、散歩をしながらローベルト・ヴァルザーという作家のことやそれ以外のことに思いを巡らす話。彼が散歩している場所は実は。。。
第三話 カタツムリの結婚式
慎ましく暮らす家族の楽しみは空港に行くことだった。女の子はそこでカタツムリのレースを管理している不思議な男の人と出会う。
第四話 臨時実験補助員
とある実験のために、二人一組となって街の中で条件が合うところに置手紙をする。彼女が組んだ女性は、その条件にピタリと合う完ぺきな場所を見つけることができる女性だった。
第五話 測量
大学生の彼の祖父はある朝突然、目が見えなくなった。その日からおじいちゃんと彼は、自分たちの周りの世界すべてを歩数で測り始めた。
第六話 手違い
お見送り幼児とその付き添いの女性が、その日頼まれていたお葬式の会場に行くと、今日はお葬式はないと言われてしまう。そんなはずはないはずだが、仕方なく二人は会場を後にして、いつもお葬式のあとに清めるために寄る公園へと向かう。
第七話 肉詰めピーマンとマットレス
事故で片耳の聴力を失った息子の留学先を訪ねる母親の話。息子が好きな肉詰めピーマンを異国のキッチンで作る。
第八話 若草クラブ
若草物語の劇をやることになった4人組。脚本を書く彼女は末っ子エイミーの役をやることになる。エイミーはこれといって見せ場のない役だが、他の3人は、映画でこの役をエリザベス・テイラーがやったのだと口々に言い、彼女はその女優に異常な興味を持つようになる。
第九話 さあ、いい子だ、おいで
子どものいない夫婦が、街にあるペットショップで文鳥を買う。ペットショップの店員は体格のいい若者で、彼女はもし自分に子どもがいて男の子だったら、こんな子だったのではないかと想像する。
第十話 十三人きょうだい
彼女のおばあちゃんは十三人の子供がいる。一人も病気や戦争で死ぬこともなく、大人になったのがおばあちゃんの自慢だ。十三人目のおじさんはまだ独身でちょっとかっこいい。彼女はそのおじさんのことを、みんなに内緒で「サーおじさん」と呼んでいる。でも、彼女はおじさんの本名を知らず、おじさんも教えてくれないのだ。
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小川洋子さんのエッセイ集を読んだのは、『とにかく散歩いたしましょう』と『カラーひよことコーヒー豆』に続いて3冊目。3冊の中でもこの本は、他の2冊に比べて小川さんの熱量がかなり高かったように感じました。
内容が『博士の愛した数式』に関連したことや、小川洋子さんの愛する『アンネの日記』を巡る旅のことであったりと、特に思い入れの強い事柄について書かれていたからだと思います。
いつものエッセイでは限りなく控え目で、街行く人々の人生に物陰からこっそり拍手を送っているような小川さんの熱に触れることが出来たような気がしました。
でもやっぱり、本の最後に納められた「自信満々の人」という話では、
-自分に自信がないことに関しては、私は大いなる自信を持っている。自信のなさを競う世界選手権があったとしたら、必ずメダルを獲得できる自信がある。-
というお洒落な文章で小川さんらしさが全開になっていました。優しくて、本人曰く色々間違えることが多くて心配性で、繊細で豊かな創造力を持つ小川さんが、作家さんになってくださって本当に良かったなあと思える本でした。 -
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妙な経験やたとえ話や身近な描写には、大胆で奇妙な現実の雰囲気が広がっている。
小川さんには、たまにどんな本も響かなくて、沈んでいるときなど、寄り添って話しかけてくれるような独特の雰囲気と味がある。日常的な落ち着きから逸れかけているときなどに、それでもいいさと慰められる気がする。
妙な経験やたとえ話や身近な描写には、大胆で奇妙な現実の雰囲気が広がっているが、その根は細くてもどこか現実に繋がっているような纏わりついているような、覚えのある感覚を甦えらせてくれる。
なにかが消え、なきかがあらわれる。消滅していく流れがあり、再生していくものがあり、流れの底には深い悲しみが沈んでいる。そして再生は全く違った形でありながら、稀にその悲しみを埋めるような現象が起きたりする。
別れていくことが当然の人の営みのように、消えていった者たち。残った者の奇妙な現象が手を繋いで輪を作り、その中に作者の現実や、生身の姿を髣髴とさせる響きが低いベース音のように、奥底に流れ続けている、そんな小川さんの世界が感じられる短編集だった。判然としない「もののあはれ」という言葉が語りかけてくる。
現実に大きな数字に上ってきた失踪者のことは、なにかで読んだことがあった。それ以後ニュースや、ドキュメンタリー番組は気になってよく観ていた。年間8万人前後の失踪者(または行方不明者)がいると言う。
私の身近なところでも昨年一人が、家を出たまま行方が知れない。手を広げすぎた事業が傾きある日ふといなくなったのだが、その後見つかったという話を聞かない。遠い従兄弟であってもその後のニュースは恐ろしくて訊けない。
「失踪者たちの王国」
知っている人がいなくなったという。帰って来ない友達の叔父さん、歯医者さんに行って入れ歯を置いたままいなくなったおじいさん、先生の婚約者は「ちょっと行ってくるよ」と言ったままいなくなった。
叔母さんは一人になっても働かないで、家財を売って暮らしているようだったが、航空機などの嘔吐袋を集めていた。そして何も言わず綺麗に失踪した。
失踪した人は、垢を落として生まれ変わったように楽になるのだろうか、反対に現実の重みが降りかかってくるのだろうか。
一度踏み込んでみたい気もするが、こちら側にいるとあちらは陰の中にいるようで薄ら寒い。
不思議にも彼らは私を慰めてくれる。王国ははるか遠いはずなのに、彼らは洞穴に舞い降りてきて、いつまでも辛抱強く、そばに寄り添ってくれる。その吐息を私は頬のあたりに感じることができる
「盗作」
将来を嘱望された水泳選手が片腕が上がったまま動かなくなってしまったという。その後病棟の談話室に英語版の「BACKSTROKE」と書いてある古い本を見た。それを聞いて、本を見て、その話を書いて賞を貰った。
背泳ぎの選手だった弟が、左腕から徐々に死に近づいていく話だった。私が書いたのと、彼女が語ったのと同じ話がそこにあった
「キリコさんの失敗」
なくしたものを見つける名人のキリコさんの話。リコーダーをなくしたら木で作ったのを持ってきてくれた。海外旅行の土産の万年筆が嬉しくて毎日いろいろなことを書いた。インクがなくなってうろたえているとキリコさんが町の文房具屋さんで補充のインクを買ってきてくれた。
ある日キリコさんの自転車にパンが置かれていた。毎日それを分けて食べていたが、パン職人が自殺した。そこにキリコさん宛ての手紙があったという。キリコさんはすっかり元気をなくしてしまった。
無くした万年筆は、むいた栗の皮に紛れて捨てられていて焼却炉で溶けた。
キリコさんは、骨董の壷を頼まれて渡しに行って人違いをした。サインをしているのを見るとなくなった万年筆と同じものだった。買い取ると言うとキリコさんの手に乗せてくれた。だがその万年筆を持っていた買い主は偽者だった。
キリコさんはパン屋さんのことや、だまされて盗られた骨董品が気にかかったのか去っていった。
「エーデルワイズ」
私の本のファンで、衣服にポケットを作り体中に本を入れて歩いている男に出会った。手紙をもらったが、本の一部を寄せ集めた意味不明の奇妙な文章がぎっしり詰まっていた。男は私の困惑にも構わず「エーデルワイズ」の歌を歌ってくれた。付きまとわれていたが、雨の日に転んで本を全部だめにした。そしていなくなった。
「涙腺水晶結石症」
飼い犬が病気になったので、医者に見せようと雨の中を歩いていた。
車で通りかかった男が犬と一緒に乗せてくれたが、獣医だといった。
犬を見て涙腺水晶結石症だと言ってまぶたをしぼって石を取り出してくれた。
「さあ・・・・・」
よく見えるように彼は掌を私に近づけた。それは白く半透明な結晶だた。ちいさな金平糖状の粒がいくつもくっつき合って、一つの精密な形を成していた
「時計工場」
旅行記の取材で行った島で、籠に一杯の果物を背負った老人に合う。首に黄色い蝶のあざがあった。ホテルの図書室で識者の男に出会う。彼の首にも黄色い蝶のあざがあった。
小説を書くという苦しみが象徴的に語られている。
「蘇生」
息子の睾丸がはれていた。そこには水の入った袋があるという。
手術のために入院したが、同室になったおばあさんは、「アナスタシア」という名前だといって、家系や歴史や親族についてとうとうと語る。どう見ても彼女は日本人だった。周りにはAの文字を飾った刺繍が溢れていた。退院のとき刺繍糸のセットをあげるととても喜んで写真を撮ってくれた。切り取った袋は貰って帰った。
今度は私の背中に腫れ物が出来た。水が溜まっていると言う。簡単に袋を取って手術が終わった。その袋も貰って帰った。
ある朝突然言葉が出なくなった。言語療法士にも見てもらったがよくならない。
原稿用紙の前に座ると、言葉の壁が見えた。積みあがっているのは私が書いた言葉のようだ。
言語療法室に行ったらアナスタシがいた、喋り続けるので、言葉の繭にくるまれているように見えた。「アナスタシア」は「蘇生」と言う意味だという。
干からびた二つの袋を飲み込んだ。
「蘇生よ、蘇ること」アナスタシアの言葉が聞こえてきた。
「アポロ」と呼んだら犬の耳がぴくっと動いて言葉が戻ってきた。 -
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ネタバレ小川洋子さんのエッセイ。
読者の人によって思い出される祖母との記憶。
お金をもらってももらっていなくても、仕事をこなしている人への尊敬の気持ち。
本物のご褒美というのは、ふとしたときに出会うありがとうということ。
その人のことを詳しく知らなくても、一冊の本があれば十分だということをラジオの仕事で知ったこと。
いろいろ後悔してしまうこともあるけれど、姪っ子の愛おしさが全て帳消しにしてくれること。
思い描く理想の1日と、小説と犬と阪神に囲まれた生活。
控えめで謙虚で、愛に溢れている人。
素敵な人だなあ、と思う。作品ももちろん素敵だし、エッセイから伝わる小川洋子さんのお人柄も素敵。 -
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素敵で不思議な雰囲気の短編集。この人の文章は語られてる内容が何であれ本当にうっとりさせられる。正直に言うと何が伝えたかった事なのか?をちゃんと理解できてないケースも多くファンというのもおこがましい気がするが、あえて言うなら言葉で語られた言葉では説明しにくいイメージそのものが伝えたい事なのかな?とも思う。
子供の頃の自分中心の世界観の中で感じた、心地良く秘密めいた場所を思い起こさせる、私にとっての小川洋子さんはそんな素敵な読書体験を得られる稀有な作家であり、本作でもその魅力は存分に発揮されてると思う。
中でも「誘拐の女王」「若草クラブ」「十三人きょうだい」は特に良かった!