吉田修一のレビュー一覧
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中学生の頃、どこかの待合室に置いてあったこの本を夢中で読んだ。当時の私には衝撃的に怖かったことは覚えているけれど、詳細をすっかり忘れていたので再読。やっぱり、怖かった。あとがきで川上さんが、こわい小説だ、と書かれていて、ですよねえと思った。
何が怖いって、それぞれの自分可愛さ加減がハンパないところが怖い。一見、仲が良く穏やかな雰囲気のシェアハウスで、お互いに気にかけあっているように思えるのに、それは相手にうつる自分を見て満足するためだったと、それぞれの語りで明らかになっていく時間が怖い。そのくせ、この時間は永遠ではないと気づいていて、いつでも捨てられるように用意周到に準備している冷静さもじんわりと怖い。
未来が、自分たちを“いるようでいない“と表現しているのが印象的だった。直樹が外側から見た空っぽの部屋が、偽りの自分たちが暮らしている様を客観視した絵なのかな。
誰もが、ある程度自分を偽って社会を生きている。円満にことが進むように、踏み込まないことって沢山ある。このシェアハウスは、そういう社会の縮図みたいに思えた。(ここまでいくと怖すぎるけども) -
Posted by ブクログ
ガチガチのミステリではなかった。
でも、しみじみ良かった。
こんな不思議な話があったって
いいじゃないか。
百貨店事業を一代で成功させた梅田翁は
私有地の孤島で隠居生活を送っている。
だが、少し認知症状が出てきたようで
夜な夜な「一万年愛すという宝石」を
探し回っているらしい。
心配した孫は、私立探偵を雇って
米寿祝いに同行してもらうことに。
一方、翁は45年前に
ある事件の容疑者とされたことがあり
当時の刑事とは今も交流が続いていた。
こうして、孤島に親族と使用人
探偵と元刑事が一堂に介した祝いの席の翌朝
翁は姿を消していた…。
翁が好きな映画や文学の話とか
最初は関係がなさそうな楽しい話題も
実はちゃんと伏線だったのね〜。 -
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ネタバレあらすじ
極道の家に生まれながら、芸道の世界へと飛び込んだ喜久雄。そして、歌舞伎界のサラブレッドとして生まれた俊介(俊ぼん)。対照的な生い立ちを持つ二人の若者が、血と汗の滲む激しい芸の精進を経て、時に高め合い、時に嫉妬し合いながら歌舞伎の最高峰「国宝」へと登りつめていく一代記。上巻では俊介の出奔や喜久雄の台頭、俊介を陰で支える徳次たちの絆と葛藤が描かれ、下巻では病魔や事故という過酷な運命に翻弄されながらも、命を削って狂気と美の境地へと挑み続ける二人の凄絶な生き様が描かれる。
所感・深掘り
映画の映像美やシーンを頭の中で反芻しながら、原作小説の文字世界と対比させて読むという、贅沢で深い読書体験ができた。
上巻では、映画では登場シーンが控えめだった徳次が、物語の根幹を支える極めて重要な人物として描かれていたのが印象的だった。また、俊ぼんが出奔した際のシチュエーションの違いや、彼が見つかる「化け猫」のシーンの圧倒的な描写には鳥肌が立った。文字だからこそ伝わる狂気と妖艶さがあり、「このシーンをぜひスクリーンでも観てみたい」と強く感じさせられた。
一方、下巻で俊ぼんの足が切られる壮絶な展開を経ていく中で、映画オリジナルの演出(カメラマンとなった綾乃と父の再会シーンなど)の素晴らしさも再認識した。映像ならではの視覚的な感動を知っているからこそ、文字表現だけでは補いきれない切なさや情景もあり、映画と小説の表現手法の違いについて考えさせられた。
圧倒的な映像表現で観客を魅了する映画と、登場人物の生々しい執念や行間を深く掘り下げる小説。双方を重ね合わせることで、歌舞伎という芸に命を捧げた男たちの狂おしいほどの情熱と美しさが、より立体的に胸に迫ってくる傑作だった -
Posted by ブクログ
ネタバレあらすじ 極道の家に生まれながら、芸道の世界へと飛び込んだ喜久雄。そして、歌舞伎界のサラブレッドとして生まれた俊介(俊ぼん)。対照的な生い立ちを持つ二人の若者が、血と汗の滲む激しい芸の精進を経て、時に高め合い、時に嫉妬し合いながら歌舞伎の最高峰「国宝」へと登りつめていく一代記。上巻では俊介の出奔や喜久雄の台頭、俊介を陰で支える徳次たちの絆と葛藤が描かれ、下巻では病魔や事故という過酷な運命に翻弄されながらも、命を削って狂気と美の境地へと挑み続ける二人の凄絶な生き様が描かれる。
所感・深掘り 映画の映像美やシーンを頭の中で反芻しながら、原作小説の文字世界と対比させて読むという、贅沢で深い読書体験ができた。
上巻では、映画では登場シーンが控えめだった徳次が、物語の根幹を支える極めて重要な人物として描かれていたのが印象的だった。また、俊ぼんが出奔した際のシチュエーションの違いや、彼が見つかる「化け猫」のシーンの圧倒的な描写には鳥肌が立った。文字だからこそ伝わる狂気と妖艶さがあり、「このシーンをぜひスクリーンでも観てみたい」と強く感じさせられた。
一方、下巻で俊ぼんの足が切られる壮絶な展開を経ていく中で、映画オリジナルの演出(カメラマンとなった綾乃と父の再会シーンなど)の素晴らしさも再認識した。映像ならではの視覚的な感動を知っているからこそ、文字表現だけでは補いきれない切なさや情景もあり、映画と小説の表現手法の違いについて考えさせられた。
圧倒的な映像表現で観客を魅了する映画と、登場人物の生々しい執念や行間を深く掘り下げる小説。双方を重ね合わせることで、歌舞伎という芸に命を捧げた男たちの狂おしいほどの情熱と美しさが、より立体的に胸に迫ってくる傑作だった