あらすじ
香港、上海、ソウル、そして東京。
分断された世界で今を直向きに生きる若者を描く純文学短編集。
2021年に刊行された単行本『オリンピックにふれる』を改題したものです。
「香港林檎」
「この香港のどこかを、もう一人の自分が歩き回っているような気がして仕方ないんだ」
ボート選手枠で入社して10年、タイムが低迷する偉良はコーチから思わぬ宣告を受ける。
「上海蜜柑」
「私たち、上海に住んでるのよ。欲しいものは欲しいって、今、世界で一番言える街に」
ケガで体操選手を諦め、臨時体育教師になった阿青。結婚目前の恋人には初めてのチャンスが訪れていた。
「ストロベリーソウル」
「がんばるって、約束したじゃないか」
ソウルのスケート場で働くクァンドンは、三回転ジャンプに挑む赤い練習着の少女に心惹かれるが……。
「東京花火」
「誰も悪くない。なのに、誰も幸せじゃないのはなぜだ?」
東京五輪が始まった。開会式を前に失踪した部下を探す白瀬は、国立競技場の前に立つ。
2021年東京オリンピックと同時進行で新聞連載された話題作。
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Posted by ブクログ
香港、上海、ソウル、東京、4つの都市で暮らす若者を描く短編集。元は『オリンピックにふれる』というタイトルだったものが改題されて『昨日、若者たちは』になっており、4編それぞれの若者たちの人生にオリンピックが何らかの形で「ふれて」来るのだけど、その触れ方や距離感は四者四様でオリンピックを射程圏に目指す距離にいる人もいれば、周囲の人の間接的な視点で触れる人もいて、それは読者である私たちもきっとそう。私にとっては東京五輪もまったく近さを感じないものだったが、自分の人生に何らかの形で触れたという人もいたのでしょう。そして改題されたタイトルでは「昨日」という言葉が用いられて日常が昨日から今日、そして明日へと過ぎていくことに意識が向けられるのですが、遠い過去から近い過去まで、そしてこの先に続いていくものまで、必ずしも思い通りにならないというかむしろままならないことの方が多い日常を積み上げながらそれでも歩んでいく微妙な機微を描いてくる、これぞ吉田修一という感じの短編集でとても良かった。
Posted by ブクログ
オリンピックを題材にアジアの4つの都市を舞台にした短編集
人生の岐路に立たされた主人公たちを描いていて、なかなか面白い作品集でした。
以下、収録されている各作品の感想
香港林檎
時代の転換点にある香港と、人生の転換点にある主人公が重ねられるお話。最初のところでジャッキー・チェンを成龍と呼ぶのは何故かと思ったら主人公が香港の人という設定でした。
大きな転換点にあるものに対して、当事者以外が興味本位で気軽に話を聞こうとするのは、個人の人生に関してはやりすぎないようにしようと気をつけているけれど、国の変化に対してとかは自分もやっちゃいそうだなと思った。
上海蜜柑
かつては将来を期待されたスポーツ選手だったが引退して高校の臨時教員をしている主人公が、変わりゆく上海、恋人との関係の中で人生を考えるお話。
少年時代の思い出のエピソードが、そこだけで一つの小説にしても良いようなお話で、すごく心に残った。
落ちた蜜柑がエスカレーターに乗って進んでいくように、思い描いていたレールから外れても人生は止まらずに進んでいく。
ストロベリーソウル
家族と共に渡米するも、父親は当初の予定とは違う仕事をすることになり、結局両親と離れ、1人だけソウルの伯母の家で暮らす青年が主人公。
両親は学業に専念してもらいたいと考えているが、自分はスケートリンクの清掃の仕事をそのまま本業にしてしまっても良いと思っている。
そんな中、知り合ったフィギュアスケートを辞めようとしている少女に、主人公は頑張って続けてみるようアドバイスするが、そのままその少女と会うことはなかったというお話。
これは、結局主人公も親から頑張って学業を続けるように言われるけど、それを諦めようとしていて、少女と主人公が被っているんですよね。
そんな中、親は諦めずにアメリカで頑張っているというのは、「頑張ること」に対する世代間の感覚の違いなのかもしれない。
ラストは、諦めた夢は2度と取り戻せないようにも読めてちょっと寂しいお話でした。
東京花火
東京オリンピックが開幕される中、会社の同僚がオリンピックのそばにいたいというメッセージを残し行方不明となるというお話。
他の3編と比べるとあまり好きじゃなかったかな。オリンピックを神聖なものとして捉えすぎてる感じがちょっと苦手だったかも。
Posted by ブクログ
香港・上海・ソウル・東京でスポーツをめぐる若者たちの物語。東京編で父親が「スポーツが教えてくれるのは勝つことじゃない。負けてもいいってことだ。負けることが、決してかっこ悪いことじゃないことを教えてくれる」と言う。素敵な言葉だ。
Posted by ブクログ
吉田修一氏のオリンピック時に掲載された短編小説集。香港林檎、上海蜜柑、ストロベリーソウル、東京花火と、アジアの若者たちの4つのストーリーを綴りながら、暖かい励ましをくれているような、包み込まれているような感覚だ。
香港では、ボート部の男が将来を案じながら、その道を終えようとしているときにオリンピックが始まろうとしている。中国上海、ソウルでは夢と夢を託す人、頑張れと応援する人、それでいてどこか切ない。応援しても、届かない声。ふんわりとした内容で、突き刺すような内容はないからこそ、コロナ禍のオリンピックは、何もなかったかのように過ぎて行くような感じと重なり合う。人生のどこかで交錯しているような感覚。大事なことは、そんなに他の人からすると大事でもない。そういう過去、昨日の話である。