大正12年に生まれ平成2年に亡くなった池波正太郎。
生涯のほとんどを昭和に生きたことになる。
“新しい新しいといっても、究極の新しいものというものは何一つないのだ。
新しいものは、古いものからのみ生み出されるのである。”
確かに今は江戸ブームなのか、時代小説もよく読まれているようだし、和風小物なども売れている。
けれど、そんなふわふわしたレトロではなくて、池波正太郎の書く東京は、確かに江戸から続いているものなのだ。
昭和50年ころに書かれたこの本。
その頃に私も生きていたはずなのに、その当時は確か昔を懐かしむ空気などなかったような気がする。
それは私が子どもだったからというのもあるかもしれないが、時代が古いものを塗り替えて前に進もうとしていた頃だったからではないだろうか。
古き良き時代。
本物の料理人と本物のサービス。
そして本物を見る目。
池波正太郎の小説を読んでいると彼の小説の中に出てくる料理を食べてみたくなるのは、それが本物の料理だからなのだろう。
今年の秋、ブログに「かねてより行きたかったお店で軍鶏を食べた」と書いたのは、池波正太郎の書く軍鶏鍋がおいしそうだったから。
その時の文章には池波正太郎のことは書かなかったのに、「池波正太郎で有名になった軍鶏鍋と一本うどんを食べたことあります」とメッセージをいただいたので、同じようなことを考える人がいるのだなと思ったことも。
池波正太郎はグルメではなく食道楽だそうだけど、確かにゆったりと時間をかけて食事とお酒をとった後、甘いものまで食べている姿は食べること飲むことを心から楽しんでいるように見える。
東京だけではなく、京都や滋賀や長野、そしてフランスでまで、街並みや料理を味わい楽しんでいるのであろう様子は、彼自身の手になる表紙絵を見れば一目瞭然なのである。
いやはや、多才な人だったのだな。