【感想・ネタバレ】散歩のとき何か食べたくなってのレビュー

あらすじ

映画の試写を観終えて、銀座の〔資生堂パーラー〕に立ち寄り、はじめて洋食を口にした40年前を憶い出す。外神田界隈を歩いていて、ふと入った〔花ぶさ〕では、店の人の、長年変らぬ人情に感じ入る。時代小説の取材で三条木屋町を散策中、かねてきいていた〔松鮨〕に出くわす。洋食、鮨、蕎麦、どぜう鍋、馬刺から菓子にいたるまで、折々に見つけた店の味を書き留めた食味エッセイ。

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Posted by ブクログ

元祖食いしんぼう作家。食通の池波正太郎が各地を食べ歩き本当に愛したものを綴っている。食べ歩きマップ的な気軽な読み方も出来るが、今や失われた食文化や風俗を感じる歴史的な資料としても読めると思う。この本が出版された40年以上前から、著者が東京や京都の街の変貌を危惧していたのが印象的。日本人の生活様式も既に様変わりし、物価高で食卓への打撃も叫ばれている今、タイミング良く読めてよかった。

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2025年01月20日

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水のように淡々と行きつけのお店や様変わりする街の様相を哀愁たっぷりオシャレな文章で書かれている。

…ほんとうの【たのしみごころ】を味わう術をうしなってしまった。あるものは、どこまで行っても尽きることのない【不満ごころ】のみのにほんになってしまった。

確かに、グローバル化が進み競争社会が加速していく中で、今あるものに満足するメンタルは積極的に失われている気がする。食がテーマであるも斜陽日本への静かな憂鬱を感じた。

これは素晴らしい

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2022年12月24日

Posted by ブクログ

すごく面白く読んだが、この本のどこが面白いのかを説明するのはとても難しい。
一言で言えば、筆者が好きな、あるいは好きだった料理屋について語るだけの本。時代は筆者の若い頃、戦前から、おそらく昭和50年代まで。場所は、都内各所・京都・大阪・横浜・名古屋・近江・パリ、などバラエティに富んではいるが、それでも書いていることは、料理屋のことである。
近江、八日市の「招福楼」という料亭についての文章を引用する。

【引用】
招福楼へ、はじめて入って昼食をしたためたのは、十三、四年前のことになるだろう。
そのときのうまさ、おどろきについては、あらためて書きのべないが、この店の主人・中村秀太良の、料理と接客に対する情熱の見事さは、いまも全く変るところがない。
【引用終わり】

として、最近の招福楼での食事の中身についての文章が、そのあとずっとつづくのである。
これの何が面白いのか?上手くは説明出来ない。
何とも言えない味のある文章、ちょっと前の東京の粋、何より池波正太郎の暮らし方・生き方。
そういったものが、文章の魅力を作っているのだろう。

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2020年11月30日

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読んでいるだけでお腹が空いてくる…。こういう人のことを、美食家と言うのだろう。出てくるお店は、必ずしも高級店だけではないけれど、どれもとても美味しそうで、そしてそれは単に食べ物の味が良いだけではなく、お店の佇まいや、主人のこだわりや、そこにいる人々の会話や、それらが作り出す空間とそこで過ごす時間全てが、「美味しい」のだと思う。

そして、馴染みのない店や時代なのに、描かれた情景がどこか懐かしく感じられるのは、亡くなった祖父と著者が同世代を生きた人だからだと気づいた。いつのまにか、祖父がお酒を飲むと時折語ってくれた昔話と重ね合わせて読んでいた。東京の西の郊外の貧しい家の出で、家族の誰よりも倹約家だった祖父は、きっとこんなに豊かな外食の経験はなかっただろう。けれど、美味しいものをつまみにお酒を飲む幸せは、戦争を経験しているからこそ、より一層強く感じていたのだと、今振り返ると思う。祖父にこの本を渡して、感想を聞いてみたかった。

「オリムピック」が、「科学とマシンと錯覚」が、東京を、そして日本の都市のあちこちを破壊してしまったと著者は言う。この本が書かれた30数年前は、まだ今よりは「良い時代」だったのではないかと思ってしまうけれど、それでも、日本に活き活きと根付いていた食文化は、既に刻々と変わり続けていたのだろう。そして、きっと著者は呆れるだろうけど、二度目の「オリムピック」がやってくる。私たちはまだ、破壊を続けているのだろうか。それとも、少しは何かを取り戻そうとしているのだろうか。

決して美食家ではなくても、お酒を飲み歩ける年齢になると、「この店は無くしちゃいけない」と思う店にたまに出会うことがある。でも、だからといって、その店が変わらずに永遠に続いてほしいと願うのも、無責任なことのかもしれない。ただできることは、通えるときに好きな店に通い、その味や時間を、しっかりと記憶しておくことだけなのだと思う。

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2019年03月03日

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池波正太郎の「鬼平犯科帳」のドラマが好きだったが、本で一冊も読んだことがない作家だった。エッセイなので読みやすい。単なるグルメ本っていうより、時代と町の風景、お店の佇まいなどを感じつつもおいしいものを読むことで堪能できる。いわゆる一見さんでは尻込みしちゃいそうなお店もあるけれど、蕎麦屋など本当に日常的に通ってらしたところも良く出てくる。東京は縁がないからあまりよくわからないけど、行ったことない浅草方面にも興味が湧いた。たまたまだけど、仕事で「剣客商売」のあらすじを書いた直後に読んだのもあって、作品が生まれた背景が出て来た時、おお〜っという感動があった。あと松本の「まるも」は、卒業旅行で旅館に泊まったことがあるので、いい選択したなぁと嬉しかった。時々文章が途中一文字抜けてる?と思うのが何箇所かあったのが気になったが(笑)とにかく旅に出かけてみたくなった。

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2019年02月07日

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"懐かしい昭和の料理屋を著者が思い出とともに語ってくれる。今はどれくらいのお店が残っているのだろうか?昭和の地図と今の地図を見比べて、池波正太郎さんが愛したお店を訪ね歩きたくなった。
東京オリンピックに関する記述もあり、感慨深い。
2020年に56年ぶりに東京オリンピックが開催される。
初の東京オリンピックで、東京は都会に変わったとの記述がある。よきものを残すことなく破戒と創造を経たものが現在の東京らしい。
これからの7年でどんな都市を構築していくかは、われわれの世代の責任なのだ。"

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2018年10月28日

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読むとおなかがすく本。著者みたいに美味しいものをたべることにこだわりを持って生きていきたいなーと思いました。

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2015年10月06日

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「何これ」「うめー」って体験憧れる

個人経営の店に入るのにだいぶ気合いが必要な私からするとふらっと知らない店入れるの凄すぎ

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2025年11月15日

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池波正太郎さんの食をめぐるエッセイ集。以前にも読んでいますが、Audibleにもあったので耳読書で再読しました。東京の街が変わっていくことを嘆きながらも、通い馴染んだ名店でふらりとお酒を飲んだり甘味を食べたり。文豪のゆったりとした粋な日常に憧れながら、タイムトリップ気分で読めます。

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2025年06月06日

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資生堂パーラーに行きたくなった
浅草の金寿司は池波正太郎が通ってた頃はまだ綺麗だったのかなあ
ここ最近でクーポールの名前を二回も目にするなんて!

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2023年11月21日

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シチュエーション込みで美味しそうなものを紹介するのでヨダレが出る。
大正生まれの作者だから、今ポジティブにしか語られない東京オリンピックとか、高度経済成長を昔の良さがなくなったと批判的に語るのが面白い。

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2023年06月04日

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戦前戦後の東京や各都市の良き風景や食の情景は、そこに身を置いた事のない私でも、その匂い、空気感に浸る事が出来てとても楽しかった。
著者が語る美味なるものの数々は、著者の言葉を拝借して「たまらない。。」の一言に尽きる。
そして時代の移り変わりを懐旧するただの食日記に収まらないメッセージを残す事を忘れない素晴らしいエッセイでした。一部を抜粋。
「ーこのように書きのべてくると、いたずらに古いものをなつかしみ、それを追いもとめているようにおもわれようが、それでは、新しいものは何かというと、それは、だれもが知りつくしている味気のないものなのである。その味気のない新しいものしか知らぬ世代のみの時代がやって来たときには、味気もない世の中になることは必定なのであって、そうした世の中に慣れきった人びとは、味気なさをも感じることなく、さらにまた、新しい時代を迎えることになるのだ(略)新しい新しいといっても、究極の新しいものというのは何一つないのだ。新しいものは、古いものからのみ生み出されるのである。(略)この、わかりきっている一事を世界の人間たちが再認識せざるを得ない時代がやがてやって来るにちがいないと私はおもうー」
すっかり時代も様相も変わった『今』を池波氏が見たらどう思うだろう。古いものから生まれた『今』を認識し、古き良きものを再認識し、良いものを見失わない自分でいたい。

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2022年04月25日

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昭和52年刊行とのことなので、いまから45年も前。作中の池波氏は戦前の味の記憶に思いを馳せるので、こちらとしては、二重の想像が必要になる。
戦後の高度成長の大量生産大量消費は日本に富をもたらせたものの、環境と食文化の破壊を招いた。これは、初期の美味しんぼでも言及されている。
やがてバブルは弾け富への幻想が消えたとき、人間性を取り戻すため、志しの高い生産者や料理人を中心に、古き良き食文化の復興、レジスタンスは続いている。
街中はチェーン店で溢れているけれど、志ある名店が必ずみつかるはず。散歩のとき何か食べたくなって、の後につながるのは、まかり間違ってもMやKやSのはずはない。

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2022年03月04日

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池波正太郎のエッセイの中では、いろいろな人からたびたび紹介される傑作のひとつであると思う。何かで紹介されていて手にしたが、昭和初期を懐かしみつつ、その時々、場所場所での味をじっくり反芻しながら、紹介される店店には、この本を読むとやはり行ってみたくなる。実際に今もその店が営業しているかどうかは、別として、読んだとき何か食べたくなることは確かです。

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2021年09月28日

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各地の名店ズラリ
池波正太郎は、行きつけの店についてエッセイで結構書いています。これまで読んだものでは、都内の行きつけや大阪・京都などの関西方面が中心でしたが、本書ではそれにとどまらず横浜や名古屋、滋賀、信州など幅広く書かれています。

作家さんて部屋に篭ってずーっと原稿用紙と向き合っているイメージが強かったのですが、池波正太郎は本当に色んな所に出かけていて、それで作品を書き上げるというのは凄いなぁと思いました。
いや、色んな所に出かけるからこそ、刺激を受け作品が生まれる、のかもしれませんね。

江戸時代の残り香
本当に色んな所で色んな店に入っていますが、共通しているのは昔の香りが残っているお店です。
昔から変わらぬ店構えや座敷、横浜だったら異国情緒溢れる店内、そして店員の仕事に対する真摯な姿勢。そういうものが残っているお店が池波正太郎にとっての名店なのでしょう。無論、料理が美味しいのは当然ですが。

このエッセイは私が生まれた頃に書かれたようです。ざっくり言って40年程前になります。その時点で、東京の変貌を嘆いておられました。京都についても、その更に10年程前の段階で”古き良き京都を見られるのは今のうち”と思っていたようです。

変貌のターニングポイントとして東京オリンピックが挙げられています。東京は、関東大震災や戦争で町並みはかなり変わったと思いますが、戦前かろうじて残っていた江戸の香りが戦争でほぼ無くなり、東京オリンピックで江戸時代からあった掘割を埋め立てたりビルを建てたりしたあたりでトドメが刺されたのでしょう。

現在の、ショッピングモールやシネコンが乱立している都内を見たら何と評するでしょうね。
それに近いことが書かれていますので、興味あったらぜひ。

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2019年07月06日

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時代小説を書く著者が散歩のときに求めていたのは、江戸と少年の頃の戦前の風情を残す町並み、そして散策時に立ち寄る老舗の味だった。

名曲も名画も、現代でも素晴らしいものとして残っているものには、時代を超えて人の心を揺さぶる何かがある。味も同じだろう。けれど、「古い」だけでは駄目だ。
このエッセイが書かれたのは昭和56年。果たして、平成の今、ここで紹介されている名店のどれだけが残っているのか。
この本を片手に、私も散歩をしてみたくなった。

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2019年02月22日

Posted by ブクログ

1冊目の本で「利己的な遺伝子」を読んでいましたが、なかなかどうして読み進まず、断念してこちらの本へ浮気。。

この本に書いてある店では、「駒形どぜう」と「神田まつや」には時々行きます。
いずれも江戸から続く店なのか、味はもとより老舗の名店の空気が感じられて、とても気に入っています。(年末年始になぜか行きたくなります。)

本に載っている店をいくつか調べてみましたが、現存している店はざっと半分くらいでした。店主の引退=閉店になっている店も少なくなさそう。

きっと残っている店も、名店の雰囲気や息遣いを感じることができるお店で、なくなる前に行っておかないと...と感じました。

店の紹介も、店員の人となりや当時の池波さんの思い出も含めて説明してくれることで、距離がぐっと近づきました。

古き良き昔の東京を見ることができないのは残念。。

◆心に残ったフレーズ
--
私のような仕事をするものにとって、散歩は、「重要な仕事の一部・・・・・」だといってよい。-p15
--
散歩しよう。

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2019年01月03日

Posted by ブクログ

政則氏NO.1ということで改めて読んでみた。

ここに書かれている風景はどれだけ今残っているんだろう?娘と一緒に回ってみたい。

(105)

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2018年10月12日

Posted by ブクログ

昭和50年に書かれたグルメエッセイ。実在の店を紹介しつつ、古き良き時代や食事を懐かしむ描写が多い。40年程経っている現在はどれ位の店が残っていて、当事の味や雰囲気を残しているだろうと思う。

浅草生まれで地元への愛着を強く感じるし、聞いたことのある店名も出てくる。ただ、新しいものを「味気ないもの」と言い切る点は同意しかねる。新しいものは古いものから生ずるのであれば、それも価値はあるのではないか。

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2018年08月14日

Posted by ブクログ

【なにか美味しいものが食べたくなって】

この本を読むと作者の人柄と、時代と、そして食べもの素晴らしさを深く感じる。池波作品は小説ばかりを読んできたけれど、エッセイも最高に面白い。寿司が食べたくなって考え誤ってスーパーのを食べたら虚しくなった。なにか美味しいものが食べたい。

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2015年01月29日

Posted by ブクログ

大正12年に生まれ平成2年に亡くなった池波正太郎。
生涯のほとんどを昭和に生きたことになる。

“新しい新しいといっても、究極の新しいものというものは何一つないのだ。
 新しいものは、古いものからのみ生み出されるのである。”

確かに今は江戸ブームなのか、時代小説もよく読まれているようだし、和風小物なども売れている。
けれど、そんなふわふわしたレトロではなくて、池波正太郎の書く東京は、確かに江戸から続いているものなのだ。

昭和50年ころに書かれたこの本。
その頃に私も生きていたはずなのに、その当時は確か昔を懐かしむ空気などなかったような気がする。
それは私が子どもだったからというのもあるかもしれないが、時代が古いものを塗り替えて前に進もうとしていた頃だったからではないだろうか。

古き良き時代。
本物の料理人と本物のサービス。
そして本物を見る目。

池波正太郎の小説を読んでいると彼の小説の中に出てくる料理を食べてみたくなるのは、それが本物の料理だからなのだろう。

今年の秋、ブログに「かねてより行きたかったお店で軍鶏を食べた」と書いたのは、池波正太郎の書く軍鶏鍋がおいしそうだったから。
その時の文章には池波正太郎のことは書かなかったのに、「池波正太郎で有名になった軍鶏鍋と一本うどんを食べたことあります」とメッセージをいただいたので、同じようなことを考える人がいるのだなと思ったことも。

池波正太郎はグルメではなく食道楽だそうだけど、確かにゆったりと時間をかけて食事とお酒をとった後、甘いものまで食べている姿は食べること飲むことを心から楽しんでいるように見える。

東京だけではなく、京都や滋賀や長野、そしてフランスでまで、街並みや料理を味わい楽しんでいるのであろう様子は、彼自身の手になる表紙絵を見れば一目瞭然なのである。
いやはや、多才な人だったのだな。

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2014年12月11日

Posted by ブクログ

『食卓の情景』に続く、池波正太郎の食にまつわるエッセイ。食のみならず、本エッセイにて語られるのは、昭和の情景。当時すでに失われつつあった著者の慣れ親しんだ食文化を含めた昭和の情景に対する限りない哀惜と、それを塗りつぶすような新時代に対する違和感を、決して激することなく、淡々と綴るその懐述に、思わずぐっと引き込まれる思いです。本書は、前作の『食卓の情景』共々30代後半以上の人たちにとっては、何らかの具体的なイメージを与えてくれるのではないでしょうか。逆に、若い人たちには少々情景を思い描くことが難しいかもしれませんね。

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2019年01月16日

Posted by ブクログ

池波正太郎のエッセイ集『散歩のとき何か食べたくなって』を読みました。
池波正太郎の作品は2年前に読んだ『剣客商売(四) 天魔』以来ですね。

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映画の試写そ観終えて銀座の〔資生堂〕に寄り、はじめて洋食を口にした四十数年前を憶い出す。
今、失われつつある店の味を克明に書留める。

映画の試写を観終えて、銀座の〔資生堂パーラー〕に立ち寄り、はじめて洋食を口にした40年前を憶い出す。
外神田界隈を歩いていて、ふと入った〔花ぶさ〕では、店の人の、長年変らぬ人情に感じ入る。
時代小説の取材で三条木屋町を散策中、かねてきいていた〔松鮨〕に出くわす。
洋食、鮨、蕎麦、どぜう鍋、馬刺から菓子にいたるまで、折々に見つけた店の味を書き留めた食味エッセイ。
貴重な写真を多数収録。
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平凡社の発行するグラフィックマガジン『太陽』に連載されたエッセイを収録して1977年(昭和52年)に刊行された作品です。

 ■銀座・資生堂パーラー
 ■室町・はやし
 ■神田・連雀町
 ■三条木屋町・松鮨
 ■外神田・花ぶさ
 ■藪二店
 ■大阪ところどころ
 ■京都・寺町通り
 ■横浜あちらこちら
 ■近江・招福楼
 ■渋谷と目黒
 ■京都・南座界隈
 ■銀座界隈
 ■信州ところどころ
 ■浅草の店々
 ■深川の二店
 ■名古屋懐旧
 ■京にある江戸
 ■フランスへ行ったとき
 ■あとがき
 ■索引
 ■解説 佐藤隆介

食味エッセイなのですが、単なるグルメ本ではなく、持続するものの美しさへの賛歌であり、商人道や職人気質という現代では失われつつある時代、昔ながらの流儀への挽歌……というような印象のエッセイでしたね、、、

もちろん、稀代の食いしん坊であることが、このエッセイの原点なので……銀座・資生堂パーラー、室町・天ぷらはやし、神田・洋食松栄亭や甘味処竹むら、京都三条木屋町・松鮨、外神田・料理屋花ぶさ、御堂筋かやくご飯・大黒、法善寺横丁・夫婦善哉、京都三条・イノダコーヒーやバーサンボア、寺町通り・洋菓子村上開進新堂、横浜弁天通り・カフェスペリオ、中華街・徳記、渋谷・ちゃんぽん長崎、目黒・とんかつとんき、京都南座界隈・おでん蛸長や御釜飯・由良之助、銀座界隈・天ぷら天國や寿司幸、菊鮨、洋食・煉瓦亭 等々の池波正太郎が愛した数々の店や場がふんだんに紹介されていて、むちゃくちゃ食欲をそそられましたねー 空腹時に読むのは辛い作品でした。

生きている限り、食べて排泄するという行為は続きますからね……せっかくなら美味しいモノを食べたいですね。

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2024年11月25日

Posted by ブクログ

池波正太郎氏のエッセイを読んでいると、
「この店に行きたい・・・・・・・」
とか
「ここでこれを食べてみたい・・・・・・・」
などと
三点リーダーとか中黒を6つばかり並べてカギカッコで閉じたような感想が浮かぶ。

ともあれ、こういう古い店や街、池波正太郎氏が当時ですら消えてしまったと嘆いていた江戸の情緒が失われてしまったのはとても寂しいが、われわれは幸運なことにこういう優れたエッセイにて疑似体験することができるのだから考えてみたらありがたい話だ。

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2020年05月20日

Posted by ブクログ

俗に池波正太郎のファンには三種あるという。言わずもがな時代小説ファン、映画のファン、そして食べ物のファン。私はどれにも属さないが、それは池波正太郎の全ファンが好きでないからである、という全方位に嫌味たらしい理由からくるものでもある。

それでもこの表紙カバーはあまりに魅力的だし、タイトルの軽妙さはどうか。この中におさめられている「行ってみたいなあ」と心ならずも思った店は食べログで検索すると今でもちゃんと残って☆4つ近くをとどめている。
私がなぜ池波ファンを好かないか。それはこのエッセイの中にちゃんと作者自身の言葉で記されている。
「新しいものは何かというと、それは、だれもが知りつくしている味気ないものなのである」

御大にも小学校を出、初めて知る、初めて足を運ぶ店はわくわくしたろう。それは「誰もが知りつくしている」ものではない。
30年、40年通いつめる店であっても必ず最初の一日はあったはずだ。
時代が変わるのではない。自分が変わったのだ。歳を取ったのだ。
若い者に同じ立ち位置を押し付けてはいけない。

だから自分の足で、自分の年月でそれを筆にのせてきた文豪の尻馬に乗り、
ただ読んだだけで我もこそは池波の目でその店を見るのだというファンを私はどうしても好きになれない。
2020年の今でも残る、愛する作家の愛した店を訪れるのならばファンなどと名乗るのはおこがましいぜ。
すみっこに座って燗酒一本やって、恥ずかしそうにお愛想を頂戴するのが立場ってもんだ。

とかたくなに思うのはやっぱり私は池波文学に向いていないのだな。本当に楽しく読ませて頂きました。浅草の金寿司に行くときはすみっこでいたたまれない一見になりたい。

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2020年01月17日

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池波正太郎の美味しいお店本。
美味しいお店情報を得たくて読んだけれど、それよりも池波さんの思い出語りエッセイとしてなんとなく楽しめてしまった。

浅草育ちで、芝居が好きで、小学校を卒業してすぐに働き始めた。少年の頃から食べ物屋さんに入ることにかけては物怖じしないたちだったそうで、職場に近かった銀座や神田などでも、ここはと思った店はどんなところでも堂々と入り、大人の気分を味わったという。
※東京の東側は私の故郷!

召集され海軍に入り、エキゾチック横浜でも旨いもの探求。
※横浜は私の初めての勤務地!

終戦後は品川目黒辺りに住み、物書きとして食べていけるようになるまでは、昼間は役所勤め in 渋谷・夜中は創作活動という生活を送っていた。
※若い頃よく渋谷で遊んだ!いま目黒乗り換えの品川勤務!

芝居の仕事(脚本・演出)が中心だった頃は京都や大阪の劇場へ通って稽古をすることも多かったということで、京阪の美味しいものの話や歌舞伎役者との交流話なんかも私のツボどまんなか。
※結婚して3年半大阪に住んだ!京都でも遊んだ!そしてやっぱり関西は安くて美味しいものが溢れていたと思う!

またこどもの頃の話で面白かったのは、自分の住んでいる町とは違う遠くの町へ出かけていくとき、いかにドキドキワクワクの「冒険」気分を味わったものかという述懐。
私も散歩好きだし、中学生のころ(ミッション系の学校だったため日曜には教会に行くよう聖書科の先生から勧められ始めのうちはちゃんと行っていたがだんだん行かなくなり)日曜に教会に行くと言って自転車で出かけてあてどなくさまよい、この道をずっと進むとあの町に出るのか~ということに感動したりしてたことなど思い出し、ほっこりした。

というわけで、池波小説はひとつも読んだことがないが、池波さんの思い出語りは私には何だかハマるようだ(別の本、古地図エッセイも楽しかったし)。

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2018年06月29日

Posted by ブクログ

寝る前に一章ずつ読む。
必ずよだれが出てしまい、出かけたくなる。
一食一食、楽しんで食べようという前向きな気持ちになれる。
こんなに楽しんで食事を出来るのは羨ましい限り。

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2016年07月24日

Posted by ブクログ

別の本を読んだときの感想を思い出し今回も同じ感想だったのたけど,何か好きになれないのは上から目線からだと思ってが,東京が中心だからなのかなと思った。パリの話は嫌いじゃなかったし。

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2016年04月07日

Posted by ブクログ

竹むらー汁粉屋というものは男女の逢引にふさわしい......
松栄亭ーポークソテー、洋風かき揚げとポテトサラダー桜政宗で食べるにふさわしい洋食
いせ源、ぼたん、薮、まつや、寿司長ー神田連雀
うさぎや、花ぶさ
銀座・資生堂パーラー、室町・はやし、横浜・荒井屋/スペリオ/徳記、浅草・並木藪/金寿司/ヨシカミ/アンヂェラス、深川・みの家、渋谷・長崎、松本ーまるも/三河屋

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2016年04月03日

Posted by ブクログ

池波正太郎食べ物エッセイ。ここでもやはり昔の情緒を懐かしんだり。いつの時代も昔は良かった的な気持ちになるものかね〜、人は。昭和50年前後のエッセイなんだけど、目黒のとんきが写真付きで紹介されており、今と変わらない佇まいで、何だか嬉しかった。

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2015年04月11日

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