あらすじ
関ガ原の後、石田三成の義弟の妻だった真田幸村の実妹の於妙(おたえ)を娶り、睦まじく添いとげた滝川三九郎。その、運命に逆らわずしかも自己を捨てることのなかった悠然たる生涯を描いた表題作。父弟と袂を分かって家康に仕え、信州松代藩十万石の名君として93歳の長寿を全うした真田信之ほか、黒田如水、堀部安兵衛、永倉新八など、己れの信じた生き方を見事に貫いた武士(おとこ)たちの物語8編。
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池波正太郎は、1956(昭和31)年に、『牧野富太郎』の劇団新国劇の脚本を書くために、練馬の自宅で病床にいた94歳の牧野富太郎に取材に行く。池波正太郎は、東京都の職員で、目黒税務所で収税をおこなっていたが、1955年に退職。演劇の脚本を描いた。
この作品は、1956(昭和32)年3月に『小説倶楽部』で発表された。文章も初々しい。
この作品は、土門拳の『風貌』という写真集に収められた牧野富太郎の肖像を見た感想から始まる。「90余歳の博士の、大きな巾着頭や、」耳まで垂れ下がった銀のような髪の毛や、強情我慢的な鼻や、女のようにやさしくしまった唇や、痩せぎすな猫背を丸めて、両手に何気なく持った白つつじの花。何よりも私の心を引き掴んで離さなかったのは、その博士の眼であった。白い眉毛の下に、ややくぼんで、小さな、澄み切った眼がある。それはもう、ただ澄み切っている眼というものはこういう眼をいうのであろうかと思われる美しさ」
ふむ。牧野富太郎への想いが重なる。そして、取材で面会した時に「90余年もの人生を一つの仕事に、それも好きでたまらない植物学だけに打ち込ん来られた幸福さが星のように、その眼の中にこもっている。この幸福は博士一人で勝ち得たものではない」それには、女性の愛情が潜んでいるという。
池波正太郎らしい文章の運びだ。
忠義者で、親の代から番頭をつとめている竹蔵は「草や木の葉っぱ、いじくって何処がええんじゃ。いい加減にやめときなされ」という。富太郎は真っ赤になって怒る。
「おんしの来ているものはなんじゃ。木綿は何からとれるんじゃ。ワタだぞ。ワタは植物じゃ。この家も木からつくる。着物も薬も、机や箪笥も。第一我々が食べとる米も植物ぞ。これほど人間にとって大切な植物の学問をするのがどうしていけないんじゃ」「僕は、子供の頃から、どうしょったもんか、草や木や花が好きじゃった、なんとなしに、他愛なく好きじゃったけん、これは、もうどうにもならんのです。植物は僕の愛人じゃけん」「好きなものは好きなもの、他に答えようがないのである」
このわずかな文章で、牧野富太郎の一途な有り様をうまくすくいあげる。
矢田部教授にあったときに「新しい植物を発見しても、何という名前かわからず、外国の学者に見てもらって、名前をつけてもらうようでは困る」と言われる。
富太郎が故郷で発見した草に、「ヤマトグサ」という和名をつけて、植物学雑誌に発表した。日本で、日本人の手によって初めて発見され、日本人が名前をつけた。
そして、矢田部教授から、大学出入り禁止を言われるエピソードを物語る。
大学と、あらゆる権威、名誉、地位、体面などというものへの反抗が、この時ハッキリと富太郎に芽生えた。周りのものに言われて博士号を取ると富太郎は詠む。
何の奇も 何の興趣も消え失せて 平凡化せるわれの学問
長く通したわがまま気儘 もはや年貢の納め時
ふーむ。富太郎の反骨精神がうまく表現される。
病床にいても、大日本植物志の原稿を作る95歳の牧野太郎。生涯を植物学に捧げた富太郎を池波正太郎は物語る。小品ながら、良い作品だ。
男と生まれたからには、こういう風に生きてみたいと思う池波正太郎は牧野富太郎を選んだ。
#池波正太郎 #牧野富太郎
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男とはこうあるものぞと言われてるような
言われてないような
そんな短編集モリモリな池波正太郎の武士の紋章。
戦国時代の武将たちはもろんのこと
現代小説の内容もチラホラ。
真田太平記を読んだ方はよくご存知だと思うけど
滝川三九郎、真田幸村、真田信之とまぁ一気にあるものだから
嬉しいかぎりで。
あとは忠臣蔵でお馴染みの
堀部安兵衛が堀部になる前の話とか
新撰組の生き残りのイケイケな永倉新八
頭キレッキレな黒田如水
体が悲鳴をあげていても、それでもなお戦い続ける
お相撲さんの三根山
日本の植物の大半はこの人が名付け親、牧野富太郎
とまぁ、すごいいろんなラインナップで
ついついじっくり読んでしまった。
深いです。
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書店をふらついていてタイトルに惹かれ購読しました。
己の生き方を貫いた武士(おとこ)たちの物語です。
どの作品のどの人物も憧れるような格好良さですが、私が一番好きだったのは明治から昭和にかけて日本の植物学を牽引した牧野富太郎氏の話でした。
私は本来武将好きにもかかわらず、今回この牧野氏の植物を愛しそれを一生のものにした生き方に非常に感動し、一本筋の通った本物の武士を知った気持ちになりました。
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まさか、牧野富太郎を池波正太郎が描いていたとは。
少年のようなクリクリした眼が印象に残ったとのこと。らんまんとも通ずるポートレート。
その帯に惹かれて広島空港で購入。
短編集ながら、かなり刺さる言葉が多い。
読み始めた時には、面白く無いと思っていた三根山の短編も、真摯な力士の肖像が立ち上がり、作者の眼差しもよく理解できる。
そして、武士の紋章 滝川三九郎の話。
武士たるものの一生は束の間のこと。何処にて何をしようとも、ただ滝川三九郎という男があるのみ
その境地にて、粛々と俺のすることを為すのみと生きたいものだ。
御報謝するという言葉も初めて知り、そうした心意気を粋に感じる。
そして、こうした作者の美学と眼差しで語られる真田太平記も、読んでみたいと思った。
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真田家関連の江戸もの短編を中心に、相撲取り三根山、植物学者牧野富太郎など。
どれもこれも滋養に溢るる筆致と視点で染みます。贔屓の題材を取り上げると、深みが増しますな。
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武士(おとこ)たちの生きざまをみごとに描いた8編の物語。黒田如水、滝川三九郎、真田信之、真田幸村、堀部安兵衛、永倉新八たちの運命。さらに、現代の人物をあつかった三根山と牧野富太郎は池波さんらしく戯曲的でもあり興味深い。
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どの作品を読んでも生き様の凄さ、純粋さ、深さを感じられる。戦国の黒田如水、真田親子、滝川三九郎などは生きた世の中が今とは違うとも言えなくない。が、三根山や牧野富太郎を読むとその辺の言い訳が出来ない気がして来る。元気になれる本です。
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愛読書『男の作法』の池波正太郎が描く、武士(おとこ)たちの物語全8編。黒田如水、滝川三九郎、真田兄弟、永倉新八等、いずれも芯の通った生き方を味わえる。最後、今年の朝ドラで話題になった「牧野富太郎」に印象的なフレーズがあった。
「何時の世にも男が立派な仕事と幸福を得た蔭に、必ず女性の愛情がひそんでいる(p278)」
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最近観た「シャツの店」というドラマがあって。
1986年のNHK放送。連続5回。山田太一さん脚本。
鶴田浩二さんが頑固旧弊なシャツ職人で、妻の八千草薫さんがたまりかねて家出します。若い息子の佐藤浩市さんも親父を批判。
そして、八千草薫さんには近所の冴えない妻子持ちサラリーマンの井川比佐志さんが、一目ぼれ。
そんな熟年夫婦の別居のゴタゴタに絡むのが、美保純さん、杉浦直樹さん、平田満さん…という、何とも豪華で内容もどっしり。
戦前風家長文化と80年代的個人至上主義?がぶつかり合う、ちょっとコミカルな大人の物語。
で、鶴田浩二さんが、ぼやくのが。
「男は仕事を頑張る。女は家でそれを支える。そういうの、古いのかねえ…。そういうの、好きなんだけどなあ」
そんなぼやきを思い出した一冊でした。
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いわゆる伝記。偉人伝というか。
そう考えると、なんて読み易くて素敵な伝記、偉人伝なんだろう、と思えます。
どういう連載を集めた単行本だったのか、ちょっと判らないですが、短編評伝集、という感じです。
・黒田如水
・滝川三九郎
・真田信之
・真田幸村
・決闘高田の馬場(堀部安兵衛)
・永倉新八
・三根山
・牧野富太郎
の、8人、8篇。
滝川三九郎というのは、真田信之、幸村の兄弟の妹と結婚した武士。
この人がいちばんまあ、偉業を成した人ではないんですけど。
飄々と戦国末期を生き延びたその生き様が、池波さんは相当好きみたいですね。
信之、幸村と合わせて、この三人は「真田太平記」ほかでもたびたび池波さん、書かれています。
どの短編も、上手く面白く書けてるなあ、と。
その人物の事を良く知らなくても、つまりどういう人だったのか、というのが平易に判ります。
入門的に読み易いのではないかなあ、と思ったり。
それから、「三根山」さんは、昭和前半の相撲取りさんなんですね。1922年生まれ。
で、この短編はなんとなく同時代的に書かれていますから、恐らく1950年代。
つまり、2015年現在から振り返って位置づけると、戦前生まれのお相撲さんの半生と、ベテラン力士としての奮闘のドラマ。
そして、「牧野富太郎」さんは、幕末に生まれて、戦後まで生きた長寿の直物学者さん。
何の学歴もなく、ただ単に植物が好きなだけで、ほぼ独学我流で植物の分類やら研究で世界的な成果を残した、という人物です。
この昭和のおふたりは、正直、僕は不勉強でまったく存じ上げなかったので、いちばん「へー」と思ったし、面白かったです。
単行本のタイトルが「武士の紋章」なんですけど、この表記で「武士(おとこ)の紋章」と強引に読ませてるんですね。
全員が武士というか"おとこ"である、という共通項がある、という意味なんでしょうけど。
まあ確かに、三根山さんにせよ、牧野富太郎さんにせよ、カワイイところもあるけれど、まあとっても昭和の男っぽいんですね。
うーん
むつかしいですが、男尊女卑気味っていうか…
男は仕事、そして大きな達成。女は黙って支える。家事は育児は当然、女性。今と違って家から出れない。男は外に、夢中で仕事。でも最後の最後に女に愛を…みたいな。
まあ要するに、仕事を愉しんだり夢中になれたりする男性にとっては、実に都合の良い世界観といいますか(笑)。
ただ、それを2015年の男女同権機会均等的な考え方で批判するのは、懐の狭い話ですよね。
だって、1950年代の日本な訳だから。というか、その時代だったらアメリカでも欧州でもどこでもまだまだ、ですよね。
それはそれで、実にこう、錆びついてしまった、一部の人からしたら美しい世界観の遺跡を見る気分。でした。
Posted by ブクログ
半分は戦国、そして幕末、近代の人物を描く。
武士と書いて「おとこ」と読ませる様に、階級・職の武士だけでなく、それぞれの「男」としてのの生きざまが描かれている。
戦国は4人のうち3人が池波氏のおなじみ、滝川三九郎・真田信之・真田幸村。
三根山だけまだ読み途中。
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戦いに生きた男、流れを受け入れた男、好きなものをおい続けた男、色んな男(武士)達の話。
生き様とともに死に様もいろいろだと思うけど、真田信之や牧野富太郎など、長生きした人の話が好き。
Posted by ブクログ
池波さんの真田太平記を読んでいらいそのこぼれ話系の
ものがあるとついつい買ってしまう。。
幸村の兄ちゃんの信之とか。。
今回は牧野富三郎の話が良かった。。。
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牧野富太郎博士の足跡人物像に強く惹かれた。惜しいことに牧野富太郎記念館のある大泉学園にかつて住んでたのに、当時は全く博士のことを識らず訪れることないまま引越してしまったこと。当時この本に出会っていれば。。。。
牧野博士と奥様の話に鼻の奥がツーンとなった。愛情とはこうありたいものだ。
本書は歴史小説というより歴史エッセイ。
黒田官兵衛(如水)や真田幸村(信繁)、滝川三九郎などの戦国武将から永倉新八、そして大正~昭和期に活躍した人をも扱う6篇。