横山秀夫のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレMarvelous! But…
本書の凄みは、薄っぺらい会話がほとんど無い点。つまり、斬れば血が出るシリアスな内容を登場人物たちが本音で語っており、特に広報室の三上やその部下の諏訪、松岡参事官などの言葉のやり取りには胸が熱くなるような迫力と感動がある。
その背景には、不祥事続きのD県警生え抜きの刑事部長ポストがキャリアの指定席(天下り)となりそうな事態がある。刑事部では誘拐事件を解決できないばかりか、証拠隠蔽も発覚しそうになり、三上らの広報室は記者クラブ対応に翻弄される。
本書のクライマックスの一つは、情報の出し惜しみをする刑事部のせいで三上が自分の首をかけて記者たちを説得する場面。
「お前らおかしくないか。実名発表をもぎ取ったのになぜ大切にしない?俺は実名発表に踏み切った。話すべきことはすべて話した。D県警が汚いから、信用できないから、だから俺と握手ができないのか。話を白紙に戻して、また一からこの不毛な争いを繰り返すのか。そうしたいならそうしろ。組織と組織の話にしろ。ここでの話をデスクに報告し、俺の上司にも抗議しろ。すぐに新しい広報官が来る。そいつと匿名実名の議論を最初からやり直せ」(P166)
熱い、熱すぎる。
また、松岡参事官の(外出しようとしない)三上の妻への気遣い。
「家から出ないんだと?外の空気を吸った方がいい。電話を待つ気持ちはわかるが、人助けということなら自分を納得させる理由になるんじゃないのか」
三上は唇を噛み締めた。刑事に未練はありません。さっきの言葉は取り消せない。取り消すつもりもない。それでも、未練がましく思った。この男の下で、もう一度働きたい。(P271)
何度かの無言電話を家出した娘からのものだと信じようとする妻は、電話を待つためになかなか家から出ようとしない。元婦警だった妻を誘拐事件のアベック捜査要員として使いたいとの元上司の愛ある申し入れに三上は頭を垂れる。
本来であれば、満点評価もありの内容でしたが、どうしても気になった点が。
リアルな小説だからこそ、無視出来ない瑕疵。
以下はマジなネタバレあります。
誘拐事件の被害者家族の雨宮が14年前に電話越しに聞いた犯人の声を何万人の声からピンポイントで特定できたこと。まず、人間の記憶はテープレコーダーとは違うし、人の声も年齢とともに微妙に変わる。そしてなによりも万が一間違っていたら、どう責任をとるのか!?
これは本作展開の肝の話(三上の妻への無言電話と繋がる)だけに、外せない要素だったのは理解した上で、リアリティ重視の小説だからなおさら犯してほしくなかった禁じ手でした。ってことで、最終的には星4つ。 -
Posted by ブクログ
『64』を読み終えて最も印象に残ったのは、警察組織という巨大な世界をここまで緻密に描き切ったことだった。上巻は物語の進行だけを見るとゆっくりで、長く感じる場面もあった。しかし、その時間を使って警察組織の内部や人間関係、各部署の思惑が丁寧に積み重ねられていくため、物語の世界が少しずつ立体的になっていく。テンポの遅さは好みが分かれる部分だが、その積み重ねが作品全体のリアリティを支えていた。
主人公・三上についても非常に魅力的だった。物語の序盤では、自分の立場を守るために飲みたくもない唾を飲み、組織の中で折り合いをつけながら生きている。しかし、自分の置かれた立場や果たすべき役割と向き合い、覚悟を決めてからは、その言葉や行動に強い熱が宿っていく。正義を振りかざすのではなく、組織の中で葛藤しながらも信念を貫こうとする姿が、この作品の大きな魅力だった。
下巻では、上巻で丁寧に積み上げられた人間関係や組織の力学が一つにつながり、物語として大きく動き出す。終盤は横山秀夫らしく無理なく綺麗にまとめられており、読み終えたあとの読後感も良かった。
一方で、全体としてはやはり長さを感じる作品でもあった。組織描写を重視するぶん、展開の遅さが気になる場面もあり、その点は好みが分かれると思う。しかし、その丁寧さが作品のリアリティや終盤の説得力につながっていることも確かである。 -
Posted by ブクログ
非常に読み応えがある本だった。
山を登る場面は専門用語も多く、想像しにくい部分も確かにあった。しかし、熱渦巻く北関の大部屋とは対照的に、どこまでも澄み渡る壮大な山の描写は、物語に入り込みすぎて昂っている自分の気持ちを少し落ち着かせてくれる効果があったように感じた。
また、望月彩子の言葉は非常に印象的だった。
世界最大の航空機事故で亡くなった方も、交通事故で亡くなった方も同じ命である。しかし前者の命はずっと記録され続け、追悼され続ける。
では後者は軽い命、小さい命なのかと言われれば決してそんなことはない。しかし、この2つの命を扱う報道機関は命に差をつける必要がある。
メディアはどのように伝えていかなければならないのか、簡単に結論を出すことは到底できないが、記者という仕事はこれにずっと向き合い、考え続けていくべきことなのかもしれないと思った。