Posted by ブクログ
2019年10月30日
本作は読むより前に、以前、テレビドラマで見た。もともと刑事が犯人を追い詰め、ときには銃撃戦となる派手な刑事ドラマが大好きなのだが、その後、警察ドラマは科学的なテーマにシフトしていった。その一角を担っていた(と思っているが)「臨場」は、事件現場のありとあらゆるモノを手掛かりに、事件の真相を暴いて見せた...続きを読む。そのやり方がとても斬新で、決して刑事が拳銃片手に派手なアクションをしなくても、面白いドラマができるのだと感じた作品だった。
ドラマでは、検視官・倉石のキャラクターが立っていたが、それは小説でも同様だった。小説では、ドラマ以上に現場の状況や遺留品だけでなく、そこから事件に関わっている人々の心情や過去まで明らかにしてみせる。倉石はそこから立ち昇る真の動機や真相を、現場に落ちている「証拠」と重ね合わせ、真相を暴くのである。一見はぐれ者に見えて、実はクールな検視官というキャラクターは、オリジナルの小説でも健在だ。ミステリアスな私生活についても同様である。ドラマの脚本家は、倉石の人物造形は、オリジナルに忠実だったらしい。
短篇集だけに、そうした倉石の活躍が何度も楽しめる。短い物語の中にも、巧みなプロットと無駄のない記述だけに、濃度は高い。多くの物語の間で、主人公たる倉石のキャラクターもブレることはない。決して長い物語ではないけれども、懐石料理を味わったかのごとき充実感が得られるのではないかと思う。
組織(特に警察のような、ヒエラルキーがはっきりとした組織)の中で、その論理を少しばかり外れてしまい、しかしそれを卑下することなく孤高を貫く人物を描かせたら、横山秀夫の右に出る人はいないのではないか。