横山秀夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『64(ロクヨン) 下』を読んでまず感じたのは、これは未解決事件の真相を追うミステリーである以上に、「自分の仕事に誇りを持つとはどういうことか」を描いた小説だった。
上巻では、昭和64年に起きた少女誘拐殺人事件「64」を背景に、広報官・三上が記者クラブとの対立、刑事部と警務部の確執、県警と警察庁の力関係に巻き込まれていく。下巻では、それまで別々に動いているように見えたものが少しずつつながり始める。そして物語が大きく動き出してからの緊張感は圧倒的だった。
特に面白かったのは、上巻でかなりのページを使って描かれてきた警察内部の人間関係が、決して遠回りではなかったことだ。刑事、広報、警務、記者。それぞれが違う立場にいて、それぞれに守らなければならないものがある。だから同じ警察組織の中にいても、正義は一つではない。下巻になると、上巻で積み重ねてきた対立や葛藤があるからこそ、一つひとつの判断に重みが生まれてくる。
その中心にいる三上も印象的だった。元刑事である三上にとって、広報官という仕事は当初、自分が本当にいるべき場所ではないという感覚があった。しかし記者と向き合い、組織とぶつかり、自分が何のためにそこにいるのかを考え続ける中で、広報という仕事に対する向き合い方が変わっていく。
読んでいて何度も考えたのは、仕事の価値は「どんな仕事をしているか」だけで決まるものではないということだった。自分が望んでいた部署にいることや、華やかな仕事を任されることだけが誇りではない。与えられた場所で、自分なりにその仕事の意味を見つけ、誰のために何を守るのかを考え抜く。三上の姿を見ていると、仕事への誇りとは肩書から与えられるものではなく、自分自身で作っていくものなのだと感じた。
そして『64』が単なる組織小説で終わらないのは、物語の中心にずっと「あの日、娘を奪われた家族」がいるからだと思う。警察にとって64は未解決事件であり、組織にとっては重要案件である。しかし遺族にとって、それは十四年前に終わった事件ではない。時間がどれだけ経っても、失った人を待ち続ける時間は続いている。この視点があることで、警察内部の権力争いだけではない、人間の物語としての重さが最後まで残った。
上巻では、正直なところ登場人物も多く、警察内部の対立も複雑で、「この話はどこへ向かうのだろう」と感じる場面もあった。しかし下巻まで読むと、その積み重ねが一気に効いてくる。何気なく読んでいた会話や人物の行動にも意味が生まれ、最後には「64」という事件そのものの見え方まで変わっていく。この回収の気持ちよさは、上下巻を通して読んだからこそ味わえるものだった。
それでも、読み終えたあとに一番残ったのは事件の仕掛けではなかった。
組織の論理に従うのか、自分が正しいと思うことを選ぶのか。仕事と家族のどちらを優先するのか。自分の立場を守るのか、それとも誰かのために踏み出すのか。三上は何度もその境界に立たされる。そこには簡単な正解がないからこそ、彼が最後まで自分なりの答えを探そうとする姿に引き込まれた。
『64』は、警察という巨大な組織を描きながら、最後まで描いていたのは一人ひとりの人間だった。
組織の中で働いていると、自分一人では変えられないことはいくらでもある。それでも、自分がどちらを向いて仕事をするのかだけは選ぶことができる。
事件の真相を知った驚き以上に、そのことが強く残った。
上巻の長い積み重ねを含めて最後まで読んでほしい。すべてが動き始めたとき、それまで読んできた時間そのものが、この物語の面白さに変わる。警察小説としてだけではなく、「働くとは何か」を考えさせられる一冊だった。
#2026年36冊目 -
Posted by ブクログ
新聞記者を主人公に1985年の日航機墜落事故を描いた作品。
地方紙の遊軍記者で一匹狼の主人公が、墜落事故の全権デスクに指名された。未曽有の大惨事を扱う中で、全国紙との取材競争、経営陣の権力争い、部署間のいがみ合い、世代間の意識乖離、友人の事故、家庭問題などでたびたび混迷しつつも必死にもがく先に見えたものとは・・・
事故当時、まさに群馬の地方記者であった作者が直に肌で感じたものが筆に乗るのか、報道現場の緊張感を一部でも垣間見るようでした。
現場の一次情報や生の声をしっかり伝えようとする熱い記者魂には、フィクションと分かっていてもグッとくるものがあります。青臭い正論が嫌いではないので。
また、本作は人間ドラマの色も濃く、家族、友人、同僚・部下に対する主人公の感情の揺れ動きには身につまされるシーンもありました。
事件・事故のエンタメ化には賛否あるでしょうが、人の記憶に留めるのに一役買っているとは思います。 -
購入済み
うわさに違わない名作
世間の評価が高かったため、自分の中でハードルを上げていたが、一気に読み切った。
職業ごとに違う目線から見る、それぞれの立場の違いがより一層感じられてよかった。
なにより一人一人に「人生」がある、と感じられる。特に認知症の身内を持つ裁判官の話。もう少し掘り下げて欲しかったが、枚数制限でもあったのだろうか。
とは言え「謎」が、空白の二日間の行動について、なのでミステリとしては弱いと思う。
あと、ちょっと気になるのは、冒頭や時々出てくる幼女連続暴行犯の方の結末がなんだかスッキリしない。新聞記者の話で出てくるが、それ以降忘れられたのかな?(触れてあったのに読み飛ばしていたのだろうか? 取引の材料として使われたという印象しかない)
また、この本に林真理子氏と他の方々がケチを付けたという話だが、こういう話が書けない嫉妬かな…と思ってしまった。
(それと、個人対組織というこの小説の構造と、直木賞騒動が似てる気がする)
涙腺崩壊とはならなかったが、真相を知ってぐっときた。とはいえ、隠すほどのこと? もっとちゃんと知らべれば(特に記者が)すぐに分かるのでは?という感想も同時に持ってしまったので星は4つとさせていただいた。
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Posted by ブクログ
『64(ロクヨン) 上』を読んでまず感じたのは、これは未解決の誘拐殺人事件を追う警察小説ではなく、「組織の中で自分の信念を貫くとはどういうことか」を描いた小説だった。
昭和64年、わずか7日間しかなかったその年に起きた少女誘拐殺人事件、通称「64」。事件は未解決のまま時が流れ、時効が迫っている。主人公の三上義信は、かつて刑事として捜査に携わり、現在はD県警の広報官を務めている。そんな中、「64」をめぐって警察庁長官の視察が決まり、三上は再び事件と向き合うことになる。
ただ、上巻を読んで驚いたのは、事件の捜査そのものが物語の中心ではないことだった。三上が向き合うのは、記者クラブとの対立、刑事部と警務部の確執、県警と警察庁の力関係など、警察という巨大組織の中にある複雑な人間関係である。誰が何を知っているのか。誰が何を隠しているのか。誰の言葉を信じればいいのか。殺人犯を追っているわけではないのに、組織内部のやり取りだけでこれほど緊張感が生まれるのが面白かった。
特に印象的だったのは、三上が常に「間」に立たされていることだ。元刑事でありながら現在は広報官。警察組織の人間でありながら、記者には情報を伝えなければならない。上層部の命令には従わなければならないが、現場の事情も知っている。どちらか一方の立場に立てれば簡単なのに、三上にはそれができない。だからこそ、何を守るのか、どこまで組織に従うのかという一つひとつの判断に重みがある。
読んでいて何度も考えたのは、「正しいことをする」ことと「組織の中で正しく振る舞う」ことは、必ずしも同じではないということだった。会社でも組織でも、それぞれの立場には守るべきものがある。上司には上司の事情があり、現場には現場の正義があり、外部には外部の要求がある。そのすべてが完全に間違っているわけではないからこそ、板挟みになる人間は苦しい。
そして三上が魅力的なのは、そんな状況でも簡単に「組織だから仕方ない」で終わらせないところだった。自分の立場を守るためだけに動くのではなく、自分が納得できる答えを探し続ける。決してスマートではなく、衝突もする。それでも、自分が何のために仕事をしているのかを見失わないようにもがく姿に引き込まれた。
一方で、三上自身も決して仕事だけの人間ではない。家庭にも大きな問題を抱え、父親として、夫として、自分ではどうすることもできない苦しさを抱えている。警察では何とか状況を動かそうと必死になる男が、家庭では思うように何もできない。その対比によって、三上という人物が単なる「信念の強い警察官」ではなく、一人の不器用な人間として見えてくる。
『64』上巻は、派手な事件が次々に起こるタイプの警察小説ではない。登場人物も多く、組織内の立場や思惑も複雑で、序盤は少し入り込みにくい。それでも読み進めるほど、人間関係や対立の意味がつながり始め、気づけば三上と一緒に巨大な組織の中を走り回っているような感覚になった。
そして上巻を読み終えた段階でも、「64」という未解決事件の奥にはまだ何かがあると感じさせられる。組織の論理、仕事への誇り、家族への思い、そして十四年前から残された事件。それぞれ別々に見えていたものが、これからどこへ向かっていくのか。
組織に所属しながら、自分の信念を守ることはできるのか。事件の真相以上に、その問いを追いかけたくなる上巻だった。
#2026年35冊目 -
Posted by ブクログ
面白かったです。
主人公の三上は「ちょっと勘が悪めだけれど熱い男」だなと思いました。
「勘が悪め」というか「人がいい」。疑うことが苦手で、正面突破型。なので、警察内部の政治的な活動が上手くいっていない。でも、そういう人物には好感が持てます。
一方、三上と同級生の二渡は、警察組織の力学を把握して、裏側を読んで立ち回りができる人物でした。
三上と二渡の対比がすごくよかったです。
二渡は警察のトップに登り詰めるのでしょうか。
犯人は、予想がちょっと難しいパターンの人物でしたね。
お金欲しさに幼い子供を殺したヤツは、しっかりと罰を受けてください。お願いします。
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Posted by ブクログ
少女誘拐殺人事件なんて、最悪な事件。
絶対に犯人は捕まって、復讐されるはずです。『64』は人気小説みたいですからね。胸くそ悪い結末にはならないと信じて読みました。
主人公の三上がとんでもなく不細工で、娘のあゆみちゃんはお父さんにそっくりな高校生。あゆみちゃんが不細工を理由に心を病んで家出をするという設定に「不細工で家出って、何やそれ」と思ったのですが、おそらく三上家の家庭に何らかの問題がひそんでいるんでしょう。
お母さんがスーパー美人で、娘はユニークなお顔なんてよく見かけますから。
美人には美人の苦労もあるかもしれないですし、お顔がユニークでも何かしら自分の好きなとこを見つけて生きられればいいですよね。
あゆみちゃんが早く見つかりますように。 -
Posted by ブクログ
横山秀夫さんの処女作ミステリー。
15年前に自殺とされた高校教師の墜落死に他殺の可能性が浮上した。時効目前の切迫した状況の中、当時の在校生の聴取から思いもよらない事実が次々と明らかになっていく・・・
作者がデビュー前に書いた原点たる作品だそうで、確かに粗削りな勢いに溢れていて、その波に飲み込まれる感覚がそれはそれで心地良かったです。
解決したはずの事件に実は裏があったという有りがちな設定なのですが、校内に忍び込んでいた不良生徒らを核にした独自の構成に引き込まれます。
事件の真相へ迫っていく怒涛の後半は、意外なところが線でつながったり、登場人物の裏の顔が明らかになったりなど、人間模様が複雑に錯綜して脳ミソをあっちへこっちへと揺さ振られますが、読み終わってみると一つの作品としてそれなりにまとまっている納得感がありました。 -
Posted by ブクログ
64』を読んだときにも感じたが、横山秀夫の警察内部の描写の緻密さがとても印象に残った。
自分は警察について詳しいわけではないので、描かれていることが実際の警察組織とどこまで同じなのかは分からない。それでも、「こういう役職があって、こういう立場や力関係の中で物事が進んでいくんだな」と自然に受け入れながら読むことができた。
特にすごいと感じたのは、これだけ複雑そうな警察組織を扱っているのに、読みにくさがないこと。役職や組織の仕組みを細かく描きながらも、説明が難しくなりすぎず、物語の中で自然と理解できる。その緻密さと読みやすさの両立が魅力だと感じた。
また、短編集なのに一編一編の物語がしっかりしているのも良かった。
「黒い線」は女性が主人公で、他の作品より柔らかい雰囲気があり、個人的に特に好きだった。「鞄」も、警察小説でありながら捜査畑を中心に描かないところが面白く、古い作品ながら新鮮に感じた。
一方で、どの作品も警察組織の中の人間関係や立場、仕事上の葛藤を描いているため、一作ずつは面白いものの、続けて読むと似たような手触りを感じる部分もあった。ありきたりというほどではないが、「またこの感じだな」と思うところはあった。
それでも、どの作品もしっかり面白かった。
警察という普段あまり馴染みのない世界を、緻密でありながら読みやすく描き、一つ一つの短編をきちんとした物語として成立させているところに、横山秀夫の上手さを感じた。 -
Posted by ブクログ
出来すぎだよ、この男は。
「終身検視官」倉石義男。 死体に残されたわずかな違和感も見逃さず、周囲の見立てを次々と覆していく。 あまりに何でも見抜くので、一回ぐらい失敗してくれね?と思うほど。
でも面白かったのは、倉石が主役でありながら、物語の中心に居座らないこと。 それぞれの話には、それぞれの人生があって、それぞれの事情を抱えた人間がいる。 倉石自身が語り手になるのではなく、そんな人たちの人生に「最強の検視官」が現れる。
だから事件の真相以上に、その死に至るまでに何があったのか、残された人間に何があったのかが印象に残った。
無愛想で組織にも媚びない。 それでも人のことはよく見ていて、必要な時には黙って手を差し伸べる。 検視能力だけでなく、そこまで出来すぎている。
全8編。 平成の刑事ドラマを1話ずつ観せてもらったような、人間ドラマの短編集だった。
それにしても智子どこいった?