横溝正史のレビュー一覧
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昭和29年に『講談倶楽部』誌に連載された猟奇的な通俗スリラーである。同年に映画化もされている。ヌードモデルの派遣業・共栄美術倶楽部の事務所に不気味な異相の人物「佐川幽霊男(ゆれお)」がモデル派遣の依頼に訪れる。彼は所属モデル・恵子を指名するが、翌日に指定された場所を訪問したモデルは刺殺死体となって発見される。その後も幽霊男は次々とモデルを殺害していき、東京は恐怖のどん底に落ちていく。
横溝作品には戦後の都会の退廃や倒錯的な性を描いたもの、そして田舎の因習や血縁の因縁を軸とした本格推理の二つの系統がある。本作は典型的な前者にあたる。横溝はこの二系統を掲載誌によって使い分けていたようだ。一般小説雑誌では論理構成を重んじる本格推理は受けないとして、本作のような猟奇性、怪奇性、エログロ、荒唐無稽さに富んだ作品を書いていた。ただ正統的横溝ファンからは受けは良くない。
本作はヌードモデルにストリッパー、猟奇クラブを主催する三人の蕩児、実物同様の作品を制作できる人形師らが登場し、謎の怪人が残虐非道な殺人を繰り返すという、乱歩風味にエロ要素を加えたような作品。漫画的ではあるが、それなりにおもしろく読める。金田一は場面場面で登場するが、幽霊男に出し抜かれすぎではなかろうか。 -
Posted by ブクログ
わたしが読んだ本は角川文庫のものではなく、版元が東京文芸社という出版社で、どうやら相当古いものらしい。紙はざらざらしてるし、偏見と差別に満ちた表現が満載だ(角川のほうはどうなんだろう)。
でもそれがいい感じに、おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているとも言える。
「とにかく困つた。何しろ正気の沙汰とは思えん」
冒頭、仙谷直記が屋代寅太に一生懸命訴えている。仙谷の腹違いの妹である古神八千代が、佝僂(せむし)の画家である蜂谷小市という男と結婚すると言い出したというのだ。
結婚相手の蜂谷は半年前、キャバレーで謎の女に拳銃で足を撃たれて怪我をした。事件は未解決のままだったが、実はその謎の女は八千代であり、その原因は八千代宛に届いた3通の差出人不明の不気味な手紙にあると言う。
蜂谷小市は今、八千代に招かれて古神家に滞在している。是非自分と一緒に屋敷に来て、蜂谷のヤツをどうにかして欲しいのだと、仙谷はしつこく屋代を誘う。強引な仙谷の、ほぼ命令ともとれる依頼を、屋代には断れない理由があった。
二人が古神家に着くと、酔った仙谷の父親が日本刀を振りかざしながら、蜂谷を追いかけまわしていた。その日本刀は妖刀村正だとの噂もあり、酒癖の悪い父親がいつかその日本刀で人殺しをするかもしれないと恐れた仙谷は、屋代と共にその刀を誰も取り出せない方法で金庫に保管してしまった。
しかし翌日、首を切られた男の死体が発見される。その背中には瘤がある。蜂谷小市のものかと思われたが、実は八千代の兄も佝僂だった。殺されたのはどっちなのか。その首を落としたのは、誰も取り出すことができないはずの妖刀村正?
・・・といった感じで、この後はどんどん人が殺されていくのだ。
探偵金田一耕助は、物語の半ばくらいにやっと登場する。
わたしは横溝正史の本を読むのは初めてだが、小さい頃にテレビで映画を観たことは覚えている。彼が事件を解決したときには既にたくさんの人が死んでいて、いつももう少し早く分かればいいのにと、子どもなりに胸を痛めたものだ。
化学的な捜査があまり行われていない時代独特の面白さがあり、昔ならではの動機があり、わたしにとっては期待以上だった。 -
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ネタバレ金田一耕助の物語としては異色だろう。
彼はあくまで添え物的な立場だし、推理がメインかというとそうでもない。
金田一耕助ものらしい凄惨な殺人事件も起きるが、中盤は寧ろ殺人事件の話の影がなくなるほど。
これは資産持ちの小説家の男性による、ある霊媒師に食い物にされていた女性たちの救済の物語だった。
この男が段々と羽をむしられるように丸裸になっていく終盤はすかっとできた。
女性たちも一部を除いて、いい相手と出会えて救われたのもよかった。
ただそんな彼女たちを救った英雄の末路が……
最初は信用ならないなこいつと思いながら読んでいたのに、最後は「おい、おまえ消えるのか!?」と動揺する羽目になってしまった。
まあ、金田一耕助ものだと、この立場の人は大抵こうなるので、逃れられない運命だったのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
表題作が1961(昭和36)年、併収の「鏡が浦の殺人」が1957(昭和32)年の作。
いずれも水準に達した横溝作品。前者はアパートらしきところに住んでいる金田一耕助の生活の様子が垣間見られて楽しい。
最近はやや頭を使うような書物を続けて読んでいて、息抜きとしての娯楽小説が読みたくなって本書を開いた。本格推理ものではあるが私はたいして推理もせずに読んでいるので、息抜きを楽しむことができた。推理小説も謎解きの面で頭を使うのだが、学術的な本を読みながら抽象的な思考を繰り広げるのとでは、おそらく脳の活性部位が異なるのではないだろうか。
「鏡が浦の殺人」の方は例によって金田一耕助と等々力(とどろき)警部が休暇を楽しむため観光地・避暑地に出かけると殺人事件に出くわす。この二人で旅行に出かけると必ず人が死ぬのだから、止めた方がいいと思う。
あまり長くない中編は登場人物たちが長編ほど大量ではないので、苦労せずに読めた。
やはり娯楽としての小説も、私には必要であるようだ。