三浦綾子のレビュー一覧
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やか人生をおくろう
なごやか,はれやか,さわやか,にこやか,もちろんしめやかなんて言葉もあるけど,「やか人生」をということばって響きがいい。うちも「やか人生」を送ろうっと。
とっさのことばに全人格が出る。
ホントその通りだ。言ってしまった後,なんか相手よりも自分の考えの方が勝っているみたいな発言しちゃったななんて思ったところで後の祭り。逆になにげない一言に傷つくことも多数あり。三浦さんは「とっさのことばでも,人を励まし,慰める言葉であることが肝腎」と言っているけど,それには潜在意識までも変えてしまうくらいの謙虚な姿勢が必要だ。人のために祈る。そんなことを繰り返していれば可能かもしれない。
「音が汚いな。」「大丈夫。本番はきれいな音を出すから。」
「練習の時にきれいな音だ出なくて,どうして本番の時だけきれいな音が出るか。」
小林多喜二さんがこう言ってバイオリンを習っていた弟さんを叱ったことがあるそうだ。
これはすべてに通じる。 -
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「いつ,どこで,自分の生活を断ち切られても
その断面は美しいものでありたい。」
だから無駄な贅肉つけずに,ホントに大切なものを選んで生きたい。
生が有限だからこそ,一日一日を大切にする。当たり前か。
「愛は価値観を逆転させるものなのであろう。」
高校時代,衝撃的な出会いがあった。
自分の価値観がひっくりかえった。
その人と昨年ネット上で再会した。
今は静かに歴史の1ページとして見つめられる。
「人間にとって,転んだことは恥ずかしいことじゃない。
起き上がれないことが恥ずかしいことなのだ。」
起きあがれないことよりも起きあがろうとしないことは
恥ずかしいことだ。
今年も思い切り転ぼう!
いつも転んでばっかり・・・・。 -
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「いつ,どこで,自分の生活を断ち切られても
その断面は美しいものでありたい。」
だから無駄な贅肉つけずに,ホントに大切なものを選んで生きたい。
生が有限だからこそ,一日一日を大切にする。当たり前か。
「愛は価値観を逆転させるものなのであろう。」
高校時代,衝撃的な出会いがあった。
自分の価値観がひっくりかえった。
その人と昨年ネット上で再会した。
今は静かに歴史の1ページとして見つめられる。
「人間にとって,転んだことは恥ずかしいことじゃない。
起き上がれないことが恥ずかしいことなのだ。」
起きあがれないことよりも起きあがろうとしないことは
恥ずかしいことだ。
今年も思い切り転ぼう!
いつも転んでばっかり・・・・。 -
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人間は病気になったとき,早く病気が治りますようにと祈る。三浦さんも同じだった。結核という大病を患っているとき,早く治ってほしいと祈った。でも,ふと気づいた。せっかく病気になったのだから,病気をマイナスの期間ととらえないで,ちがうとらえ方をしようと。これを機に「死について考えよう。それは生について考えることにもなるから。」と考えを転換する。せっかく病気をしたんだからという発想はなかなかできるものではない。
自分や家族,友人が病気の時祈る人は多いが,健康なときも病気のときもその人のために必要な祈りを捧げられる人は少ない。三浦さんはそんな祈りができた人なのだろう。われのためだけでなく,われわれのために,自分の自我を捨て,信仰を抱いて亡くなったのだろう,きっと。この本で憧れていたように。 -
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三浦綾子さんは昔,教師をしていた。けんかして放課後残された子がいた。その子はてっきり叱られると思っていた。しかし綾子先生は叱らなかった。その子を膝にかかえて,「**ちゃんがどうか寛容な人間になれますように。」と神様にお祈りしたという。いつも大声を張り上げて説教するだけの自分とはえらい違いだった・・・。
三浦さんと星野富弘さんの交わりも興味深かった。星野富弘さんがまだケガをする前,豚の肥をかごいっぱいにつめて坂道を運んでいた時,ある聖書の句に出会う。「すべて労する者,重荷を負う者,我に来れ。」十字架の墓碑にそう書かれていた。その墓碑は重い障害ゆえ8ヶ月亡くなってしまった子のために,その両親が作った碑だったという。それからまもなく星野さんは首から下が動かない体になり,より深く聖書と向かい合うことにある。
もうひとつ,印象的なことばがあった。「人間は懐かしいものを一杯持っているとそう簡単には堕落しないものだ。」ということば。自分が娘達にとって懐かしい風景の一部になるようにできたら・・・。 -
購入済み
久しぶりに、人間の本質に!
どうにもならない、本性が
描きぬかれて、人は、生かされているのだろう…自分の意思に関係なく生まれた時から、個性を、持って、それは変わらない!
深く考えさせられました! -
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日露戦争の戦果として樺太の南半分を日本が取得したと歴史で習ったが、その樺太の南半分を舞台に繰り広げられる、昼ドラや韓流ドラマなみの愛憎劇。北海道と違って樺太は外国だからそうそう簡単に行けないんですよね
主役のはずの綺麗な心持のご立派な貴乃と孝介よりも、その主役の敵となる完治とあき子の俗な物言いや行動の描写がはるかに嫌な面も含めて印象に残り、その部分もまさにドラマ向けといえる。
昭和52年にドラマになったようで、ロケ製作費は大変だろうからリメイクとはいわないが、再放送の価値があるのでは、もろ昼間に。
著者は虚弱だったので、取材は全て本で済ませたのはないかと推察するが、だとしても描写が素晴らしい -
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作家三浦綾子さんが,まだ,堀田綾子だった頃のことを綴った自伝です。
描かれている時代は,幼少から,年若くして教員となり戦前・戦中を皇国史観の中で教育し,敗戦を迎えた頃までです。
綾子は,全身全霊をかたむけて教育にあたり,子どもとともに成長していたからこそ,敗戦で受けた衝撃は大きなものでした。この生き方で間違いないと思っていたことが,脆くも崩れ去るとき,彼女は,教壇から去って行きます。たった7年の教師生活でした。
昨日まで教えていた教科書に墨をぬらせたということは,わたしをして,単に国家や政治への不信ばかりではなく,すべての人間への不信に追いやっていたのである。p.339
人間としても,どう生きていけば良いのか分からない状態になった綾子は,重い病気まで引き起こしてしまいます。
自分の過去を客観的にふり返る姿は,時に大変赤裸々です。さすが作家さんだと感心します。
遊女の意味も分からず,男女の関係も分からず,ただ純粋培養された娘が,どのように社会と交わって成長していくのか。現代では考えられない,10代前半から20代前半の少女の考え方が見えて,興味深いです。
なお,三浦さんには,この続編となる自伝『道ありき』『この土の器をも』というのもあるそうです。 -
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作家三浦綾子さんが,まだ,堀田綾子だった頃のことを綴った自伝です。
描かれている時代は,幼少から,年若くして教員となり戦前・戦中を皇国史観の中で教育し,敗戦を迎えた頃までです。
綾子は,全身全霊をかたむけて教育にあたり,子どもとともに成長していたからこそ,敗戦で受けた衝撃は大きなものでした。この生き方で間違いないと思っていたことが,脆くも崩れ去るとき,彼女は,教壇から去って行きます。たった7年の教師生活でした。
昨日まで教えていた教科書に墨をぬらせたということは,わたしをして,単に国家や政治への不信ばかりではなく,すべての人間への不信に追いやっていたのである。p.339
人間としても,どう生きていけば良いのか分からない状態になった綾子は,重い病気まで引き起こしてしまいます。
自分の過去を客観的にふり返る姿は,時に大変赤裸々です。さすが作家さんだと感心します。
遊女の意味も分からず,男女の関係も分からず,ただ純粋培養された娘が,どのように社会と交わって成長していくのか。現代では考えられない,10代前半から20代前半の少女の考え方が見えて,興味深いです。
なお,三浦さんには,この続編となる自伝『道ありき』『この土の器をも』というのもあるそうです。 -
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ネタバレ粗野で下品、道徳観念なし、アクの強い登場人物が多い中で、主人公貴乃の真面目さ、純粋さ、やさしさがひときわ目立ちます。その貴乃とお似合いの孝介、結ばれるはずの2人は完治の悪巧みによって引き裂かれ、それぞれの運命が激変していきます。
泣く泣く完治の家に嫁入りした貴乃ですが、主婦として立派に勤め上げることが驚きでした。運命に翻弄されて終わらず、「置かれた場所で咲く」ことのできる女性です。内心では恨み、つらみ、未練も多々あるのですが、それを押し隠して生きていく。誰にでもできることではありません。
一方、孝介も樺太で実業家として成功。完治の妹あき子を嫁にもらうのですが、もしかして復讐のため?と思ってしまいました。お嫁にしていじめたりするのかなと。実際は何不自由のない暮らしをさせてあげるけれど、ある一点においては復讐ともいえるような気がしました。
貴乃・孝介ともにそれぞれ配偶者の浮気があり、あき子は不倫の子を産むし、貴乃の息子に至っては完治の愛人と関係を持ったりと乱れた展開に。肝心の貴乃・孝介はお互いを思いながらもずっと清い関係のまま。2人は掃き溜めに鶴のような存在です。
その後、第2次世界大戦へ。終戦間近にソ連が参戦、樺太は大きな被害を受けることに。終戦後のソ連の攻撃には本当に腹が立ちました。
混乱期に貴乃・孝介それぞれが家族を失い、悲しみ・後悔に暮れるものの、最後になってやっとひとすじの希望が見えてきました。ようやく!と思った矢先に、また不幸が。
貴乃のことだから、きっと毅然とした最期を迎えるのでしょう。でも、数々の艱難辛苦を耐え忍んできたのだから、戦後のこれからという時代を孝介と穏やかに笑顔で暮らしてほしかったと切実に思いました。
上下巻で読みごたえある大作です。三浦作品の中ではキリスト教色がなく、読みやすかったです。 -
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女性が政治的戦略や人質として扱われていた戦国時代に明智光秀の娘として生まれ、細川忠興に異常なまでの執着心を持たせたガラシャ。
両親から愛情深く育てられた少女時代、忠興を夢中にさせた美貌、本能寺の変の後、不安の中で暮らした様子など、周囲の状況で生き方が大きく変わる当時の女性の様子に胸が詰まるようでした。
印象に残ったのは、キリスト教に出会ってから、自分自身の傲慢さや周りを見下していた態度に気がつき、慈愛の心で満たされていくプロセスです。
姫として生まれ育ち、嫁ぎ先でも夫の愛情を受け、周りから美しさを讃えられる中で、侍女たちとは「主人ー仕える人」という人間関係が出来上がってしまいます。
その中で、自分のわがままや傲慢さに自分で気づいて、侍女たちへの接し方を変えるというのはなかなかできないことだと思うのです。
自分を束縛し、側室まで作った夫・忠興に対してもより甲斐甲斐しく接しています。
この時代、神を信じて自分のあり方を確認するというのが、心の平穏を守る方法だったのかもしれません。
強く切ない生き方でした。
平和な時代に生まれた幸せを改めて感じます。 -
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(01.14.2017)
「主(神)吾を愛す、主は強ければ
吾弱くとも 恐れはあらじ……」
この歌が葬儀でうたわれた時、私は泣けて泣けて仕方がなかった。苦労つづきの中で、この讃美歌を愛唱したということは、すばらしいことだ。どんなに苦労がつづいても、とにかく神は自分を愛していると信じて、この歌を母は毎日うたってきたのである。だから私は、母の生涯は「勝利」の生涯であったと思うのである。
今の私に必要なことをこの本から教わった。人生山あり谷ありという言葉通り、ここ一、二年なかなか思うように事が進まない日々が続いていて、精神的に弱っている。すぐネガティブになってしまったり、物事を悲観してしまうようになってしまっている。タイトル通り、それでも明日は来るという希望を持って生きる事が大事だと、改めて教わった。希望を捨てたら全てが終わってしまう。