三浦綾子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
誰かからよくない噂話を聞いたときや、ネガティブなことを言われたときに読んで、気持ちの置き場所を確認しておきたいかも。
商社マンの夫と、高校生と中学生の息子を持つ優子が主人公。
夫の姉、滝江の浮気現場を目撃してしまう。
滝江に恨まれて、夫を誘惑されたり、嘘をつかれたり、いろいろな嫌がらせを受ける。
一方、滝江の息子の晴彦も、滝江への恨みを募らせていて、どうなるんだーって話。(すごく雑)
滝江の嘘を信じて嫉妬したり、
姑のクメの子育てに関する苦言を魔に受けて落ち込んだり、
客観的に見てたら「そんなの聞かなくていいのに!」と、優子をもどかしく思った。
自分も、誰かの噂を信じたり、否定されたら自分を責めてしまったりけど
嘘をつくような人とは、吉井さんのようにうまく距離を置いたり、
否定をする人の言葉を鵜呑みにするのではなくて、優子の息子の修一のように、勉強をして自分の芯を持って揺らがないようにしたりしたい。 -
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誰かからよくない噂話を聞いたときや、ネガティブなことを言われたときに読んで、気持ちの置き場所を確認しておきたいかも。
商社マンの夫と、高校生と中学生の息子を持つ優子が主人公。
夫の姉、滝江の浮気現場を目撃してしまう。
滝江に恨まれて、夫を誘惑されたり、嘘をつかれたり、いろいろな嫌がらせを受ける。
一方、滝江の息子の晴彦も、滝江への恨みを募らせていて、どうなるんだーって話。(すごく雑)
滝江の嘘を信じて嫉妬したり、
姑のクメの子育てに関する苦言を魔に受けて落ち込んだり、
客観的に見てたら「そんなの聞かなくていいのに!」と、優子をもどかしく思った。
自分も、誰かの噂を信じたり、否定されたら自分を責めてしまったりけど
嘘をつくような人とは、吉井さんのようにうまく距離を置いたり、
否定をする人の言葉を鵜呑みにするのではなくて、優子の息子の修一のように、勉強をして自分の芯を持って揺らがないようにしたりしたい。 -
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オーディオブックで聞きました。
明智光秀がとにかくいい男で、主人公であるはずのお玉よりも光秀の苦難の方が印象的。
対照的に信長は気分屋で本当に恐ろしい男として描かれています。
男の考えと、女の受け取り方と…。
単純な善悪には分けられない中、さまざまな考えをぶつけていくお玉が頼もしい。
上巻は明智光秀の謀反を起こすきっかけが積み重なっているイメージです。
本能寺の変のイメージが強すぎて、明智光秀の人物像が意外だった。
プロローグの明智光秀とその妻の馴れ初めで思わず泣いてしまった…。
この時代だからこそ、思いやりやすれ違い一つ一つのエピソードが胸に刺さる。
女の悲しみ、喜びを描きつつ、一方的にならないところも好感触でした。
じわじわと明智光秀やお玉たちに入れ込んでしまい、本能寺の変が怖い…。
ちなみに私はどうしても細川忠興が好きになれず…。
嫉妬深すぎだろ!と思わずにいられないが、あの贈り物の場面は感動してしまった…。
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父の勧めで『塩狩峠』を読み感銘を受け、
「次は彼女の自伝三部作を読むと今後の作品がまた面白く読めるよ」
というこれまた父のアドバイスを受け、
『氷点』を読みたい気持ちをグッと堪えて読み始めました。
三浦綾子さんの自伝三部作の第一作目、『道ありき』。
本作は青春編となっており、
教職を辞してから13年にも渡る闘病生活が描かれています。
壮絶な病気との闘いの中で
様々な出会い、別れ、愛や信仰について綴られていて、
『塩狩峠』ほどの名作を生み出した彼女の芯に
少し触れることができたように感じます。
確かに自伝を読んでから作品を読むと
さらに理解が深まり面白さも増します。
父のアドバイスに感謝!
続いて自伝二部の『この土の器をも』も読みます。
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Posted by ブクログ
三浦綾子『嵐吹く時も』新潮文庫。
遠い昔に読んだ『塩狩峠』『泥流地帯』『続 泥流地帯』以来の三浦綾子。
明治時代の末期、天売島と焼尻島を眼前に望む苫幌村を舞台に2つの家族を巡る波瀾万丈の物語。
人生は真っ直ぐな一本道ではなく、複雑極まりなく、いつ嵐が吹き荒れてもおかしくない。金銭的な豊かさと精神的な豊かさとは全く別物。どちらを選ぶかは個人の考え方次第だろう。
苫幌村で唯一の雑貨屋を営む中津順平とふじ乃の夫婦と娘の志津代の一家と同じく苫幌村で宿屋山形屋を営む西舘キワと恭一、文治、哲三の一家。ふじ乃の一夜の過ちと志津代の意中の男性に素直になれない気持ちが波乱をもたらす。
その昔、天売島に渡ったことがある。人生で初めての離島であった。ということは、本作の舞台となった苫幌村に足を踏み入れたことがあるのだ。しかし、当時は本作にも僅かに描かれる三毛別羆襲撃事件のことなど知るよしも無かった。
本体価格950円
★★★★ -
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ネタバレフィクションであればどれだけよかっただろうと、思わずにはいられないラスト。
恥ずかしながら、「異国船船打払令」のために二度と祖国の地を踏むことが許されなかった方々が実際にいたということをこの作品を読んで初めて知りました。
いつ命を落としてもおかしくはない苛酷な状況下で、音吉たちが何度も生き抜くことができたのは、「家族にまた逢いたい」というたった一つの願いを持ち続けたからであるにも関わらず、目の前にまできた祖国に迎えられるどころか、砲撃された音吉たちの絶望と痛みは私たちの想像を絶するものであったと思います。
引き裂かれるような裏切りにあっても、その後も異国で懸命に生き続けた音吉たちに、尊敬の念に堪えません。
小説なので、ところどころフィクションや作者の三浦綾子さんの創作エッセンスが加えられているとは思いますが、作中には心に留めておきたい言葉もたくさん散りばめられています。
「焼かれても、焼けないものが残ります」
「辛いことでも、過ぎ去れば懐かしいもの」
「何もかも、今に思い出になる」
こういったフレーズは、音吉たちの生き様を表しているようで、とても哀しいけれど、美しく強い言葉だと思います。
音吉たちの1/100でも強くなりたい。
ちなみに、音吉の遺灰は2005年、遠州灘での遭難後実に173年ぶりに故郷の小野浦に還ることができたそうです。
音吉たちの知っている小野浦はもうないかもしれないけど、きっと どこかで 家族と会えていますようにと 願わずにはいられません。
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ネタバレフィクションであればどれだけよかっただろうと、思わずにはいられないラスト。
恥ずかしながら、「異国船船打払令」のために二度と祖国の地を踏むことが許されなかった方々が実際にいたということをこの作品を読んで初めて知りました。
いつ命を落としてもおかしくはない苛酷な状況下で、音吉たちが何度も生き抜くことができたのは、「家族にまた逢いたい」というたった一つの願いを持ち続けたからであるにも関わらず、目の前にまできた祖国に迎えられるどころか、砲撃された音吉たちの絶望と痛みは私たちの想像を絶するものであったと思います。
引き裂かれるような裏切りにあっても、その後も異国で懸命に生き続けた音吉たちに、尊敬の念に堪えません。
小説なので、ところどころフィクションや作者の三浦綾子さんの創作エッセンスが加えられているとは思いますが、作中には心に留めておきたい言葉もたくさん散りばめられています。
「焼かれても、焼けないものが残ります」
「辛いことでも、過ぎ去れば懐かしいもの」
「何もかも、今に思い出になる」
こういったフレーズは、音吉たちの生き様を表しているようで、とても哀しいけれど、美しく強い言葉だと思います。
音吉たちの1/100でも強くなりたい。
ちなみに、音吉の遺灰は2005年、遠州灘での遭難後実に173年ぶりに故郷の小野浦に還ることができたそうです。
音吉たちの知っている小野浦はもうないかもしれないけど、きっと どこかで 家族と会えていますようにと 願わずにはいられません。
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Posted by ブクログ
ネタバレわたしは短気である。
50も見えてきて恥ずかしいがすぐにキレる。1日2,3回…は言い過ぎだが、週に1,2回は切れているのではないだろうか。
キレる原因はたいていがメールやメッセンジャーだ。とにかく部外からのクソな依頼が多いのだ。あれせい、これせい、と。たいていが1, 2回仕事で絡んだことのあるシンガポール人だ。昔絡んだからちょっと依頼しちゃおっていう軽いノリで重い球を投げつける。一回電話してこいよ。英語しゃべれんだろ?担当違うから。 …仕方ないので、『私はお答えをする立場も権限もございません』とけんもほろろの返信をする。だってJD(Job Description)にもないしマジで専門外なことを聞いたりしてくるんだもん。会社の中では部下のいないヒラだぜ?『確かに部署ではハンドルできるかもしれませんが、私が担当ではないので受けかねる依頼です。私の上司に直接依頼されてはどうでしょうか』と一応返信してみるものの、まるで取り合わない。だから今度は、6つも7つも下の上司にキレる。『CC入ってたんで見てますよね?何度もやり取りありましたし。いやあね、私が『ハイハイそれでOKです』って実態知らないで返信してもいいですよ。でも最終的に失敗したらあなたが責任取るんですよ?それでいいんですか? 私がだんまり決め込んで依頼を無視してたらどうするつもりだったんですか?…仕事はしますけど、仕事捌きはヘッドがやらないと案件落っことしますよ?』
ということで、窓際で店歴の長いおっさん部下を抱えると転勤族の上司は大変です。
・・・
話が大分それました。いや、実は私だってそんなキレる自分が嫌なのです。いつもニコニコ笑って対応してあげたいと思っています(相応の給金が出てれば)。
そんな時に思い浮かぶのが、高潔さとか寛容さとか、宗教者が備えている倫理観や道徳です。些事に動じない広くて豊かな心が欲しいと切に思います。
で、本作『旧約聖書入門』なのですが、著者の三浦さんが日常の経験や彼女独自の視点も交えて旧約聖書の内容を語るものです。そこで出てくる聖人たちのひたむきな信仰や信仰に基礎づけられた高邁な行為、逆境にへこたれない姿勢には信者ならずとも心洗われる気持ちになります。ああ、こういう素敵な心持を持てるようになりたいなあ、と。
読後、ちょっとは寛容にそして誠実に周囲に対応できた気がします。するとあらまあ、なんだかどの方の反応もスムーズで皆優しい!?という感じを受けます。普段から舌打ちと悪態の常習者からすると、本書は一抹の清涼剤のような爽やかさをもたらしてくれました。
・・・
他方で、聖書や宗教に疑問点も出ます。十戒の解説部分があるのですが、まずは第六戒は『殺してはならない』です。いやいや、イスラエルもそうだし、旧約も聖典に数えるキリスト教徒の代表:米国は何ですの?彼ら異端ですか?と嚙みつけなくはありません(日本国憲法9条もそうですが、実態ではなく理想を条文化しただけだという解釈もできますね)。
また、三浦さんは『神は不完全な人間の愚行にこれでもかとお付き合いくださっている』という旨のくだりがあったのですが、2,000年以上続いているこの宗教からすると、人類というのはそんな高邁な教えをもってしても一歩も精神的に進歩していないのではと思えてしまう。であるのならば宗教にどういう意味があるのか(学問的・哲学的な意味です)。
あるいは、不信心な宗教者が旧約にはたくさん出てきますが、高邁な異教徒がいたとすると、旧約的には前者しか救われないのでしょうか、等と問うてみたくなりました。
…え?キレている?キレてませんよ。いやでも聖書の世界は実に興味深いしもっと勉強したいし、信者に聖書の内容についていじわるな質問もしたいなあと少し思います笑。完全にロジカルだったり完璧ではないからこそ、どのように首尾一貫性を保つのか、あるいは保たないのか、そうした解釈がどのようになっているのか気になります。また、宗教が人心の安寧のために果たしている役割については決して否定はできません。
・・・
色々くだらないことを書きましたが、著者三浦さんの本書にあたってのスタンスがとても好きです。裏表紙にもこうあります。
“教典は経典である。そこにふくまれている宝石のような真理をみつけなければ、意味がない。だから、手引書は、どうしても必要なのだ”(まえがきより)
つまり聖書は独りよがりに理解するのではダメで「読み方」もまた学ばなければならないのです。読書人にはこの言葉は非常に重いと思いませんか。これはあらゆるテクストにも言えることですが、自分の読み方が正しいという保証はどこにもないことに気づかされます。先人の読み方に沿うことで、独りよがりでない読み方・今まで見えていなかった内容が得られるかもしれないのです。…いままでどれだけ他人の見方なぞ気に留めてこなかったことかと。
そういう点も含め、いろいろ身につまされる気分になった読書でした。