三浦綾子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ大学時代、三浦綾子さんの著作を読みまくっていた時期があり、この作品もその時に読んだもののひとつなのです。いわゆる純文学風でない作品であるゆえ、太目の文庫なのに妙にとっつきやすかったように思います。
この作品の説明をする時に私は、
「確かねー、「悪徳の栄え」のような姉妹が出てきて(姉がいい人で妹が極悪人ちゅう感じね)最終的には姉が幸せになって、妹がギャフンと言わされるという話だったと思います」なんて言い方をしてしまいます。さらっと読んだ時の印象はまさにこんな感じだったのです。ところが2回目に読んでみたらもっと複雑で奥が深い作品でした。
主人公香也子は、自分より美しいものが嫌いで、また、他人が自分より幸せになるのが許せない人。それがゆえに義姉である章子の婚約者金井を奪い、実姉恵理子(最初の説明で言う、いい人の姉はこの人)と西島との間を裂こうとしたりします。そして金井を奪うことには成功しましたが・・・ところがどっこい、この金井という男、超がつくぐらい極悪人で、結局香也子は捨てられることに。
最初にこの作品を読んだ当時は香也子ってとんでもない女!って思っていましたが、再読してみて、この人は自分を一番に愛してくれる人が欲しかっただけなのかなーとも思いました。最後の、金井に捨てられた後の彼女の行動は、誰かに心配してほしいという無言の叫びがあったように思えます。
また、これは最初に読んだ当時も考えさせられましたことですが、恵理子の恋人西島は、
「好きだからといってむやみに会ったり、たちまち肉体関係に陥るよりは、会いたい思いに耐えるそのせつなさが、恋愛の重さである」
「会うという自由もあるけれど、会わないという自由もある。会いたいから会うのなら子供でもできる。でも、会いたくても会わない自由を行使するのは、ほんとの大人にしかできない」と、恵理子に話します。
それを読んだ時私は、「あえて会わないでいることで愛を育てることも大事」と解釈し、思わずうなってしまいました。
結婚してからはこういう恋愛に関して考える機会が著しく減ってしまったのでピンと来なくなりましたが、当時確か「そういう愛情の育み方もありか」と思ったような気がします。
というよりもむしろ、恋愛以外にもやりたいこと、すべきことがいっぱいあるのだから、感情に任せきりにせず、それらをきちんと自己管理しながら、愛を育てるのが大人の愛だな、という風に今は考えています。
でも、この作品自体のテーマは別のところにあったはずなので、今度もう一回じっくり読んでみようと思います。 -
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ネタバレ大学時代、三浦綾子さんの著作を読みまくっていた時期があり、この作品もその時に読んだもののひとつなのです。いわゆる純文学風でない作品であるゆえ、太目の文庫なのに妙にとっつきやすかったように思います。
この作品の説明をする時に私は、
「確かねー、「悪徳の栄え」のような姉妹が出てきて(姉がいい人で妹が極悪人ちゅう感じね)最終的には姉が幸せになって、妹がギャフンと言わされるという話だったと思います」なんて言い方をしてしまいます。さらっと読んだ時の印象はまさにこんな感じだったのです。ところが2回目に読んでみたらもっと複雑で奥が深い作品でした。
主人公香也子は、自分より美しいものが嫌いで、また、他人が自分より幸せになるのが許せない人。それがゆえに義姉である章子の婚約者金井を奪い、実姉恵理子(最初の説明で言う、いい人の姉はこの人)と西島との間を裂こうとしたりします。そして金井を奪うことには成功しましたが・・・ところがどっこい、この金井という男、超がつくぐらい極悪人で、結局香也子は捨てられることに。
最初にこの作品を読んだ当時は香也子ってとんでもない女!って思っていましたが、再読してみて、この人は自分を一番に愛してくれる人が欲しかっただけなのかなーとも思いました。最後の、金井に捨てられた後の彼女の行動は、誰かに心配してほしいという無言の叫びがあったように思えます。
また、これは最初に読んだ当時も考えさせられましたことですが、恵理子の恋人西島は、
「好きだからといってむやみに会ったり、たちまち肉体関係に陥るよりは、会いたい思いに耐えるそのせつなさが、恋愛の重さである」
「会うという自由もあるけれど、会わないという自由もある。会いたいから会うのなら子供でもできる。でも、会いたくても会わない自由を行使するのは、ほんとの大人にしかできない」と、恵理子に話します。
それを読んだ時私は、「あえて会わないでいることで愛を育てることも大事」と解釈し、思わずうなってしまいました。
結婚してからはこういう恋愛に関して考える機会が著しく減ってしまったのでピンと来なくなりましたが、当時確か「そういう愛情の育み方もありか」と思ったような気がします。
というよりもむしろ、恋愛以外にもやりたいこと、すべきことがいっぱいあるのだから、感情に任せきりにせず、それらをきちんと自己管理しながら、愛を育てるのが大人の愛だな、という風に今は考えています。
でも、この作品自体のテーマは別のところにあったはずなので、今度もう一回じっくり読んでみようと思います。 -
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三浦綾子の小説は登場人物のそれぞれの心の動きがよくわかって読書に集中できる。
登場人物を自分と照らし合わせて考えさせてくれる。
あらすじ
島壮吉と南真一郎は、旭川北成高校で働く同僚教師であり、日本画の師弟であり、友人であった。藤島と慎一郎がともに藤島の妻美枝子をモデルに描いた絵のうち、真一郎の絵が日展入選協会賞に輝く。弟子真一郎の快挙を喜ぶ師藤島であったが、この時より藤島と真一郎の友情に亀裂が入る。
藤島は表面上では真一郎の日展入選を喜んでいたが、その内心では暗く荒んだ嫉妬の炎が燃え上がっていた。その嫉妬は真一郎の才能と真一郎と美枝子の間の秘めた恋情に向けられていた。藤島は真一郎を秋の天人峡ドライブへと誘う。人里離れた僻地天人峡へのドライブに。悲劇はその天人峡で起こった。
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Posted by ブクログ
以前『国盗り物語』を読んだときに、明智光秀の娘が細川ガラシャだということを知った。
実家に、『細川ガラシャ夫人』という三浦綾子の本があって、その背表紙を見るたびに「ガラシャ? 変な名前」と思っていたのでよく覚えていた。
今回明智光秀の娘ということで興味を持ったので、実家に行って探してみたが、もうその本はなかった。
だから今回自分で買って読んでみた。
タイトルの印象からいって、洗礼を受けて、「ガラシャ」になってからのいろいろなエピソードがたくさん書かれているのかな、と思ったらそうではなく、お玉の幼少の頃からキリスト教に目覚めるまで、そして洗礼を受けてから死ぬまでといった一生を追った話だった。
夫の忠興がものすごい嫉妬をするほど、きれいな人だったんだな。
だって、ガラシャが死んだ原因は忠興の嫉妬心にあるといってもよいくらいだもん。
「他の男の手に渡るくらいなら、死んでもらった方がまし」だと。
バカいうんじゃないよ。
ガラシャはなんだか銅像とかいろいろ建っちゃってるみたいだけど、キリスト教の間ではすごい人って感じなのかな。
なんでだろう。
あの当時、名のある家の妻が入信するってことが珍しかったのかな。
でも、キリストの教えを守って死ななきゃいけないほど、信仰って大事なものなのかな……。
命より信仰が大事ってことでしょ?
生きててなんぼ、だと思うんだけど……。