三浦綾子のレビュー一覧
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北海道の上富良野を舞台に大正15年5月の十勝岳大噴火までの人々の生活を描いた作品。
父親は病気で亡くなり、母親はその美貌から地域の有力者から性的嫌がらせをされて街へ逃れたため、福島から北の大地での新たな生活を求めて北海道へ渡るも30年以上苦労し続けてきた祖父母と素朴に暮らす純粋な少年が主人公でした。(三浦さんの旦那さんがモデルらしい。)
とにかく人間の汚さや純粋さが淡々と描かれていました。まっとうな人もいればズルくて汚い人間もいて、結局は生まれてきた場所と環境で人は生きていくしかないのだなと思いました。そして、その中でできることをしていく。
そんな苦労も忍耐も最後は十勝岳の大爆発で水泡に帰 -
Posted by ブクログ
滝江と優子の間の皮肉や腹の探り合い、当てつけと比べるように、息子の修一と彼女の関子の心洗われるような会話が入る。優子はその会話を聞きながら、自分たちの生活に、誠実さや清さなど大事なものがかけていることを考え込まざるを得なかった。
制度の改革より、人間の改革に興味があるんですよ。制度がいくら理想的になっても、人間がやくざじゃ、しようがありませんからね。なんせ、事を複雑にしているのは、人間なんですから。
一方、人間の改革より、制度の改革のほうが、効果がある。人間はなかなか利巧にならないけれど、少なくともいい制度があれば、この世は住み心地がよくなる。たとえば、年寄を大切にしなさいって百万べん聞かさ -
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滝江と優子の間の皮肉や腹の探り合い、当てつけと比べるように、息子の修一と彼女の関子の心洗われるような会話が入る。優子はその会話を聞きながら、自分たちの生活に、誠実さや清さなど大事なものがかけていることを考え込まざるを得なかった。
制度の改革より、人間の改革に興味があるんですよ。制度がいくら理想的になっても、人間がやくざじゃ、しようがありませんからね。なんせ、事を複雑にしているのは、人間なんですから。
一方、人間の改革より、制度の改革のほうが、効果がある。人間はなかなか利巧にならないけれど、少なくともいい制度があれば、この世は住み心地がよくなる。たとえば、年寄を大切にしなさいって百万べん聞かさ -
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★★★ 一度読めば満足
織田信長の反逆者・明智光秀の娘であり、細川忠興の妻となった、数奇な運命を辿った夫人・細川玉子もといガラシャの一生を綴った物語上巻。ここでは玉子の両親光秀と煕子の結婚から光秀が信長暗殺に関心を向け始めたところまでが語られる。
玉子の母・煕子は輿入直前で病にかかり、美しかった顔にあばたができてしまう。そのため光秀には煕子と偽って妹を輿入しようとするが、光秀はそれを看破し拒み、醜くなってしまった煕子と結婚する。
光秀は聡明で思慮深い人物、そして煕子もそれに似つかわしい肝の据わった女性で、これが玉子の物語だとは分かりながらももっと両親のエピソードが見ていたかった。
対して玉 -
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かなりヤバイ性格の陽子ちゃんの実弟が他人の人生をダメにするまでに至り、陽子ちゃんが流氷を観ながら「原罪」や「許し」を「絶対的な存在」である「神」に啓示されるまでのお話。
最後は前面にキリスト教が押し出され、その点に関しては陽子ちゃんがそれで良いのならどうぞ…という感じ。
何に救いを見出すかは人それぞれなので…。
ただ、絶対的な「神」を信じること(「神」の存在を受け入れること)でこれまでの数々の苦悩が救われるというのは、ちょっと良い子ちゃん過ぎるお話かな。
人の心の安寧というのは、何かしら既に出来上がっているものに寄ったほうが楽であることは事実だと思う。
自由のなかで自己選択と自己責任の繰り -
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かなりヤバイ性格の陽子ちゃんの実弟が他人の人生をダメにするまでに至り、陽子ちゃんが流氷を観ながら「原罪」や「許し」を「絶対的な存在」である「神」に啓示されるまでのお話。
最後は前面にキリスト教が押し出され、その点に関しては陽子ちゃんがそれで良いのならどうぞ…という感じ。
何に救いを見出すかは人それぞれなので…。
ただ、絶対的な「神」を信じること(「神」の存在を受け入れること)でこれまでの数々の苦悩が救われるというのは、ちょっと良い子ちゃん過ぎるお話かな。
人の心の安寧というのは、何かしら既に出来上がっているものに寄ったほうが楽であることは事実だと思う。
自由のなかで自己選択と自己責任の繰り -
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著者の自伝小説。
教師時代からお話は始まるが、綾子氏も熱心な教師であったことが覗える。
折しも時代は戦中、戦後の動乱期。そんななか、敗戦した日本はアメリカの指示の元、綾子氏が教えていた国定教科書の至る所に墨を入れ、修正させる場面がある。
生徒は黙々と墨をすり、修正箇所に黒く修正をいれる。その姿を見るに絶えず、“わたしはもう教壇に立つ資格はない。近い将来に一日も早く、教師をやめよう”とある。
ここに時代背景を感じるが、それ以上に綾子氏の意思の硬さに驚きを隠しきれない。
自身が情熱を傾けていた七年間は何だったのか?日本が間違っていたのか、もしくはアメリカがおかしいのか?一体何が正しいのか? -
Posted by ブクログ
〈この直後東京から、ペンフレンドの木村美和子さんが訪ねて来られた。 彼女は物理学者で、わたしたちと同じキリスト者だった。 北大でひらかれた学会に出席のため札幌に来、その足を旭川まで伸ばしてくださったのだ。 わたしが土地を借りたことを告げると、そこを見せてくれと彼女は言った。 言われるままに、 わたしは案内した。 彼女はわたしの土地の前に立ち、 真実こめて祈ってくれた。 「三浦さんご夫妻が、 この土地 で、 神の栄光を現わすことができますように。 神様どうかお二人を御祝福ください」 今も彼女の真実な祈り が、時折り耳に鮮かに甦えることがある。 この祈りは、わたしの生涯忘れることのできない祈りの一