三浦綾子のレビュー一覧
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陽子がひたすらにかわいそう。
あんなの疑心暗鬼になるよね。トラウマも抱えてるし、親に意地悪されても健気な陽子見てると泣けてくるわ。
でも、殺人犯の娘じゃなかったとしてまだ悩むんだよね。続・氷点も早く読みたい!
タイトル回収されないなとずっと思っていたけど、最後の最後に来るとは…!
解説まで読んでより理解が深まった感じがする。
夏枝も、啓造を話すつもりはないのにちょっといい男を見つけるとそそのかしたり、まだ自分の美貌に自信がありそうな感じなの意味わかんない!
母親よりも女が先行するって感じなんだろうなーと。
昼ドラっぽい、というのは結構納得できた。 -
Posted by ブクログ
湊かなえさんが「100年後に残したい本」で挙げられていて気になって読んだ。
人間の表の顔と裏の顔、人間の善意と悪意をごった煮にしたらこの一冊になるんだろうな・・・。
前半は子を失った親の心情がこれでもかとリアルに描きこまれていて、同時期に読んだとある事件の被害者のお父様のブログを思い出したりした。
どんなに社会的信頼が高い職に就いて、真面目に生きてきた人であっても、人を無条件に信じることや許すことはできない。人間誰しもそうであるからこそ、『愛するとは、一体どんなことなのだろう』。
これでまだ半分なのか、とどっと疲れてしまったけれど、とても気になる終わり方だったので下巻も読みたいと思う。 -
Posted by ブクログ
湊かなえさんが「100年後に残したい本」で挙げられていて気になって読んだ。
人間の表の顔と裏の顔、人間の善意と悪意をごった煮にしたらこの一冊になるんだろうな・・・。
前半は子を失った親の心情がこれでもかとリアルに描きこまれていて、同時期に読んだとある事件の被害者のお父様のブログを思い出したりした。
どんなに社会的信頼が高い職に就いて、真面目に生きてきた人であっても、人を無条件に信じることや許すことはできない。人間誰しもそうであるからこそ、『愛するとは、一体どんなことなのだろう』。
これでまだ半分なのか、とどっと疲れてしまったけれど、とても気になる終わり方だったので下巻も読みたいと思う。 -
Posted by ブクログ
クリーニング白洋舎創業者の伝記に近い小説。さすが三浦綾子、伝記を書いても上手い。またこの創業者のなんと波乱万丈な人生か。若い時の無鉄砲さは誰しもあるが、時代が時代で食べるものもないのに無一文で旅をする。このあたりはさすがに当時でもぶっ飛んでいるのではないか。また新たに溶剤を開発するところなど、日清のカップラーメン創業者もそうだが昔の創業者の熱意はとんでもなく凄いと思う。
キリスト信者なので後半はかなり色濃く出てくるが、キリスト信者と仏教信者のこの思想の強さと一般への広がりは何が違うのかと思いながら読んだが、それは聖書という文字になって形があるかどうかの違いなのでは、と思った。やはり文字にすると訴求が強くなり、残せるので広まりにも貢献するのかと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ明治時代、東京本郷生まれ、士族の家系に生まれた永野信夫の一生。おばあさんに厳格に育てられた信夫の友情や恋愛の話から、最後の事故まで。実際に起きた事故、実在した人物をもとに創作された小説。
(ここからはネタバレになります。)ネタバレというか、何がネタバレなのかすらよく分からないけど、本の後ろに「結納のために札幌に向かった鉄道職員永野信夫の乗った列車が、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れ、暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた……。明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らの命を犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を通して、人間という不確かな存在の真の意味を問うた不朽の名作」。と書いてあるから、要するに信夫が事故で死ぬ、というのはもう分かっている前提で読むことになる。「高校生に読んでほしい50冊」という、新潮社がたぶん毎年出しているリストの中にこの本があって、この説明を読んで、読んでみたいと思ってついに読んだ。
まず「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし」という、ヨハネによる福音書のとても有名な一節が出てきて驚く。キリスト教の関係する小説だとは全く思っていなかったが、結局は、本当に敬虔なキリスト教徒の信仰に生きる物語、ということだった。宗教とか倫理の勉強には興味があるし、遠藤周作とか読むのが好きだったので、なんかキリスト教の小説と縁があるなあと思った。
で、おれはその「塩狩峠」の事故の話がいつ出てくるのかと思って、それをモチベーションにしてずっと読んでいったが、440ページくらいある小説の中で、その事故の場面に差し掛かるのが410ページ。つまりそこまでの400ページ近くは、全部最後の30ページのハイライトをよりハイライトにするための壮大な助走だった、ということを読んでて思った。ただその助走の分、「それはやめて!」と本当に思いながら事故の部分に差し掛かり、そしてものすごい悲しい感じになって終わった。全然違うけど、同じ悲劇という意味で、ロミオとジュリエットとかは、なんか展開が早すぎて最後もなんかそんなに感情も動かせないまま終わってしまう感じだが、これはその逆。途中はずーっと一青年の思春期的なうじうじした悩み、恋愛もそうだし、性欲もそうだし、死への恐怖とか興味、という青臭い部分が多い。でもそれをひたすら読んだ分、登場人物たちへの感情移入もしやすくなったところで、最後の最後での事故の悲惨さが大きくなった。
「あとがき」で全てを知ったけど、これは1909年の2月28日に実際に塩狩峠で起こった鉄道事故で殉職した長野政雄という人がモデルになっているということで、実際に北海道の鉄道界にキリスト教を広めた人らしい。塩狩峠には「塩狩峠記念館」もあるらしいから行ってみたい。ちなみに1973年にはこの小説は映画化もされたということなので、観たいような観てみたくないような…。
この小説の中で、唯一なんか心に響いた言葉は、「お先祖様を大事にするということは、お仏壇の前で手を合わせることだけではないと思うの。お先祖様がみて喜んでくださるような毎日を送ることができたら、それがほんとうのお先祖様への供養だと思うの」(p.322)っていう部分かな。「善く生きる」というのはお先祖様のためにも大事。あとは、あとがきの部分で、どれだけ実在の長野氏が立派だったのかという証言が出てくるが、「自己に対しては非常に厳格でしたが、他に対しては寛大でした。長野氏がかつて人を非難し批評したことを私は知りません」(p.451)という部分で、立派な人は人を評価しない、ということなのか。ある意味憧れる。
少なくともそこまでの強い信仰をなんで持てるのだろう、信仰に生きるとはどういうことなのか、ということを考えると、実は最初の祖母の教育のせいがあるのではないかとか、あるいは立派な父親の性格を引き継いでいるのかとか、色々考えながら味わった悲劇だった。(26/06) -
Posted by ブクログ
ネタバレ明治時代、東京本郷生まれ、士族の家系に生まれた永野信夫の一生。おばあさんに厳格に育てられた信夫の友情や恋愛の話から、最後の事故まで。実際に起きた事故、実在した人物をもとに創作された小説。
(ここからはネタバレになります。)ネタバレというか、何がネタバレなのかすらよく分からないけど、本の後ろに「結納のために札幌に向かった鉄道職員永野信夫の乗った列車が、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れ、暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた……。明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らの命を犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を通して、人間という不確かな存在の真の意味を問うた不朽の名作」。と書いてあるから、要するに信夫が事故で死ぬ、というのはもう分かっている前提で読むことになる。「高校生に読んでほしい50冊」という、新潮社がたぶん毎年出しているリストの中にこの本があって、この説明を読んで、読んでみたいと思ってついに読んだ。
まず「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし」という、ヨハネによる福音書のとても有名な一節が出てきて驚く。キリスト教の関係する小説だとは全く思っていなかったが、結局は、本当に敬虔なキリスト教徒の信仰に生きる物語、ということだった。宗教とか倫理の勉強には興味があるし、遠藤周作とか読むのが好きだったので、なんかキリスト教の小説と縁があるなあと思った。
で、おれはその「塩狩峠」の事故の話がいつ出てくるのかと思って、それをモチベーションにしてずっと読んでいったが、440ページくらいある小説の中で、その事故の場面に差し掛かるのが410ページ。つまりそこまでの400ページ近くは、全部最後の30ページのハイライトをよりハイライトにするための壮大な助走だった、ということを読んでて思った。ただその助走の分、「それはやめて!」と本当に思いながら事故の部分に差し掛かり、そしてものすごい悲しい感じになって終わった。全然違うけど、同じ悲劇という意味で、ロミオとジュリエットとかは、なんか展開が早すぎて最後もなんかそんなに感情も動かせないまま終わってしまう感じだが、これはその逆。途中はずーっと一青年の思春期的なうじうじした悩み、恋愛もそうだし、性欲もそうだし、死への恐怖とか興味、という青臭い部分が多い。でもそれをひたすら読んだ分、登場人物たちへの感情移入もしやすくなったところで、最後の最後での事故の悲惨さが大きくなった。
「あとがき」で全てを知ったけど、これは1909年の2月28日に実際に塩狩峠で起こった鉄道事故で殉職した長野政雄という人がモデルになっているということで、実際に北海道の鉄道界にキリスト教を広めた人らしい。塩狩峠には「塩狩峠記念館」もあるらしいから行ってみたい。ちなみに1973年にはこの小説は映画化もされたということなので、観たいような観てみたくないような…。
この小説の中で、唯一なんか心に響いた言葉は、「お先祖様を大事にするということは、お仏壇の前で手を合わせることだけではないと思うの。お先祖様がみて喜んでくださるような毎日を送ることができたら、それがほんとうのお先祖様への供養だと思うの」(p.322)っていう部分かな。「善く生きる」というのはお先祖様のためにも大事。あとは、あとがきの部分で、どれだけ実在の長野氏が立派だったのかという証言が出てくるが、「自己に対しては非常に厳格でしたが、他に対しては寛大でした。長野氏がかつて人を非難し批評したことを私は知りません」(p.451)という部分で、立派な人は人を評価しない、ということなのか。ある意味憧れる。
少なくともそこまでの強い信仰をなんで持てるのだろう、信仰に生きるとはどういうことなのか、ということを考えると、実は最初の祖母の教育のせいがあるのではないかとか、あるいは立派な父親の性格を引き継いでいるのかとか、色々考えながら味わった悲劇だった。(26/06)