三浦綾子のレビュー一覧
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旭川には一度だけ行ったことがある。真ん中を大きな河が流れる澄んだ街だ。この本に何度か出てくる歩行者天国の大通りも歩いた。大都会にもない規模感の歩行者専用ストリートがなんでこんな北の一地方都市に!?と不思議に思ったのが懐かしい。その時は旭川が三浦綾子ゆかりの土地だとは知らなかった。また訪れたいものである。
表題にもなっている「丘の上の邂逅」の教え子との再会のエピソードなど印象的な話はたくさんあるが、特別触れられているわけではないにも関わらず何より印象深いのは、著者と夫との関係性であろうか。深い信頼関係とはこういう形で表出するものなのだなと感心する。理想の夫婦像の一つの解。 -
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三浦綾子については、長い闘病生活の後『氷点』でベストセラー作家と話題になったし、小説もいくつか読んでいる。でも、ちょっときついなーという印象が残っている。
そんな先入観があって読んだからか、悪印象ではないけれどやはりたじたじとなった。
絶望的な事が起こっても打ち開いていくその強さに、圧倒されっぱなしだった。打ちのめされたと言ってもいい。それでなければ13年間にも及ぶ闘病生活を乗りきれなかったのだろうが。
キリスト教に目覚めていくのだけれど、はじめは疑っている、その様子が尋常でない様に思えた。すべての事象に強く強く反応する気質がすごい。それが信仰に繋がるのだろうとしても。
他者との交流も一筋縄ではない。すなわち恋人、親友、友人らのかかわりかたが、わたしには出来ない!わからない!と引いてしまうほど絆が深く激しい。 しかし、次々といい関係になっていくのは何ゆえか、やはり魅力が(外見とか媚びるとかではなく)あるのに違いない。
真摯な姿には畏れ入る、感動というのにはあまりにも強すぎて、わたしは疲れてしまったよ、というのが本音。 -
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白洋舎を起こした五十嵐健治の話だ。これまた、回想風に物語は進む。この手のはあまり好きではないが、著者の作品は好きなので読む。五十嵐は、飽きっぽい性格だったのだろうか、職に就くも、早いときは一時間で逃げ出した。これが、幾度も幾度もあるのだ。ただ、人を信じること厚く、逃げられたと思っても、それでもいく日も待ったりするのだった。20歳になるまでは、一攫千金を夢見て、東京に出たりしたが、これが職が続かず、逃げ出してしまうのだ。ただ、その一攫千金も、自分のためではなく、親を、母親を楽させてやろうとのことだったので、憎めないのだ。
五十嵐は、つてを頼り三井呉服店(後の三越)に入る。ここでも人に恵まれ、10年近く勤め、白洋舎を立ち上げる。日本で初めてドライクリーニングの事業を始めた。順風満帆ではなかったが、何とか事業も軌道に乗った創立10年目に目をかけていた社員に裏切られ会社の信用も地に落ちた。五十嵐は全く平静を失ったが、妻の一言で目が覚めた。「私たちは人には捨てられたが、神には捨てられない」と。
聖書をあけ、読んだ。愛する者よ、自ら復讐すな。ただ、神の怒りに任せまつれ。しるして、「主言い給う、復讐するは我にあり、我これを報いん」とあり、もし汝の敵飢えなばこれに食わせ、渇ばこれに飲ませよ。と。
人間、順調にことが運ばれてきている時の方が、思うようにならぬ時よりも危険なのだろう。思うようにいかぬ時は謙遜であり得るが、意のままになる時は自分自身の才や努力を誇って傲慢になる。そんな時、神はその傲慢を打ち砕くよだろうか。ただそこには愛があり、また、自分を取り戻すだろうことを期待しているのだろう。神はバチを与えないから。 -
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「信ずるって変ねえ。確証がないことを信ずるのよね。」
三浦綾子さんの短編「足跡の消えた女」の一節。
三浦さんはキリスト教徒してこういう言葉を散りばめた小説をお書きなったが、帰依していなくてもその言葉は響いてくる。
定かでないからこそ信じたくなるし、信じなければ生きていけない。
いつも正しいことを選択しているはず、恥じないように行動しているはず、自分はぶれない、だからひともそうしていると信じよう。
ではない。自分は不確かである。けれどもひとのことは信じよう。
ここに嘘つきがいるとする。明らかに嘘とわかっていても、そのひとがそう信じて欲しいとしたら、信じてあげることが自分の確かさに繋がるのではないかと思う。
嘘が見えてしまい、正さねば気がすまない性質ならばこそ、そうすべきなのだ。
と
『死の彼方までも』(表題作、「赤い帽子」「足跡の消えた女」「逃亡」)というこの短編集を読んで、哲学的考察に陥ってしまうのである。 -
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主人公の清美が信仰告白する、それをこの一冊で語ったものだ。決して幸せとは言えない境遇に育った清美が一人の男の子を好きになり、その人の考え方に共感し、諭されながら成長する。その中にはやはり、著者の小説の主題とも言える、許す、そして愛するというのが根底に流れている。
自分の好きなひとばかりが住んでいる世の中などない。そこから逃げ出しても、逃げ出した先にはきっと合わない人間が必ずいる。その度に逃げ出すことなんかできないのだ。だったらどうすればいいか。逃げ出すことが出来なければ、愛するより仕方ないのだ。憎むという不愉快な感情から逃げ出すためには、相手を好きになるより仕方ないのだ。
罪を犯さないなんてだれにもできっこない。そんなの人間じゃない、人間というのは言ってみれば存在そのものが罪なのだ。今天使のような心を持っていたとしても、1分後にはふっと良からぬ思いが胸を掠める。そうしたどうしようもない存在だからこそ、神の子であるキリストがぼくたちの罪を背負って代わりに死んでくれたのだ。 -
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女子学院の初代院長であり、日本キリスト教婦人矯風会(一夫一妻制、禁酒禁煙などを推進)の初代会頭の矢嶋楫子の話である。矢嶋が気付かせてくれるのは、教育者とは単に子供がかわいいとか、子供が好きだというだけではダメで、人間とは何かを捉えることのできない教育者であってはならないという。教師や母親は、いわゆる優しければよい、というぐらいのことでは、人間を育てることはできないのだ。愛は意志である、という言葉がある。矢嶋楫子こそは、その意志的な愛を持った闊達な教育者であった。
矢嶋は、あなたがたには聖書がある、自分で自分を治めよ、と学校の生徒たちに言いきった。人間としての自覚を促されたのだ。矢嶋は規則のない学校を作った。生徒達を勝手気ままにさせておいて良いということではない。自分で自分を治めよと、生徒への人格尊重の思いがあれば、規則などを多く作り上げる必要はないのだ。
巻頭に楫子の写真がある。70歳代の写真だが、厳しそうにみえて、優しく受け入れてくれそうにみえる。自分を治めよ、と今にも言い出しそうだ。
楫子の祖父は、郷里が岩国で、洪水のたびに流される橋に心を痛め、錦帯橋を作り、楫子の姉つせ子は横井小楠と結婚したし、他の姉久子は徳富蘇峰の母であるなど、いずれも女性史上に名をなす人物といってよかった。横井小楠は、キリスト教布教の嫌疑で暗殺されたのだ。
罪ある者には人を罰する資格はない。また、罪を冒さずに生き得る人間もない。行いの違いはあれ、心の中は、情欲と放縦に満ちている。欺瞞と傲慢、怠惰と不従順に満ちている。人を裁き得るのは実に神のみなのだ。
私たち人間は、規則があるから人を殺さないのではなく、法律があるから泥棒をしないのではない。他に律せられれば罪を犯さないというのでは、人間として上等な生き方だとは言えない。たとえ法律になんと書かれていようが、もし人間としてしてはならぬことであればしてはならない。つまり善悪の判断は法律がするのではなく、私達の良心が判断するべきなのだ。神の愛に感じて、してはならないことはしない、また、すべきことは断固としてする。そのように楫子は教育したいと思い、校則を取り払ったのだ。一人で物事の判断ができない人間になってもらっては困るのだ。
楫子もそうだが、先に読んだ榎本保郎も、人を信じきった人だったと言える。保郎は人を信じるというか、神を信じることで、結果として人を信じたことになったし、楫子は校則を作らず、聖書の力を信じることで生徒を信じたといえよう。楫子は、試験の際、監視官を置かないことを提案した。人の目があるから悪いことはしない、そんな人間にすることを恐れていたのだ。だが、人間は弱いものだ。だから、神に生徒を信頼して祈ったのだ。それに対して生徒は自分たちが信頼されていることへの喜びと、その喜びの上に立った自覚によって、人を恐れるよりは神を恐れる聖書の精神を身につけることができた。 -
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ネタバレ小林セキという小林多喜二の母の話。義理の兄の借金などで、ひどい貧乏に暮らしてきたが、そんな義兄もパン屋で当たって、小樽で夫婦で手伝うことになった。パン屋には、人夫たちも多くやってきて、苦労話や身の上話を手拭いで涙を拭き拭き語っていく。そんな人の話を聞いてあげることはとても良いことなんだと感じたものだという。
多喜二は拷問の末に命を落とすが、本書が一定の明るさというか、ほのぼのしさが漂っているのは、小林一家が非常に明るい、貧乏だけど底なしに明るい一家だったからだろう。
貧乏で暮らしが苦しい描写がおおいものの、親と子と兄弟と親戚と、その夫婦と、お互いに気持ちの通いあった者同士がいたのが救いだった。 -
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ネタバレ小林セキという小林多喜二の母の話。義理の兄の借金などで、ひどい貧乏に暮らしてきたが、そんな義兄もパン屋で当たって、小樽で夫婦で手伝うことになった。パン屋には、人夫たちも多くやってきて、苦労話や身の上話を手拭いで涙を拭き拭き語っていく。そんな人の話を聞いてあげることはとても良いことなんだと感じたものだという。
多喜二は拷問の末に命を落とすが、本書が一定の明るさというか、ほのぼのしさが漂っているのは、小林一家が非常に明るい、貧乏だけど底なしに明るい一家だったからだろう。
貧乏で暮らしが苦しい描写がおおいものの、親と子と兄弟と親戚と、その夫婦と、お互いに気持ちの通いあった者同士がいたのが救いだった。