三浦綾子のレビュー一覧
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死因・心臓まひ。実は特高警察による過剰な暴行が原因で、小林多
喜二は築地署で命を落とした。
その多喜二の母が本書の主役である小林キセ。88歳のキセが自分の生い
立ちから息子・多喜二の死、その死後の生活を読み手に語る。
生まれは秋田県角館。貧農であった生家から嫁いだ先も、貧困にあえぐ
一家だった。
明治のこの時代、東北地方の貧しさは今とは比べものにならない。家族の
生活を支える為に娘たちは人買いの手に渡される。
そう、あの頃は普通にそんなことが行われていたんだよね。女性が学校に
行くことすら叶わなかった時代だ。
貧しいながらも温かい嫁ぎ先、優しく思いやりのある夫。そして子供たちに
囲まれた幸せな頃もあった。
それなのに、親思い・兄弟思いの優しい孝行息子は小説を書いたことが
原因で無残な死を迎える。
「そうそう、多喜二がよく言っていた話があったけ。
昔々、仁徳天皇っていう情け深い天皇さんがいたんだと。お城の上から
眺めたら、かまどの煙が、細々と数えるほどしか上がっていなかったんだと。
それで天皇さんは、国民はみな貧乏だと可哀想に思って、税金ば取らん
ようになったんだと。したらば、何年か経って見たらば、どこの家からも
白い煙が盛んに立ち昇っていたんだと。天皇さんは大喜びで、国民が
豊かになったのは、わしが豊かになったのと同じことだって、喜んだ
んだと。
この天皇さんと、多喜二の気持ちと、わだしにはおんなじ気持ちに思え
るどもね。天皇さんとおなんなじことを、多喜二も考えたっちゅうことにな
らんべか。ねえ、そういう理屈にならんべか。天皇さんば喜ばすことをして、
なんで多喜二は殺されてしまったんか、そこんところがわだしには、どうし
てもよくわかんない。学問のある人にはわかることだべか。」
小説を書いただけで殺される時代だった。しかも、死因さえも誤魔化され、
特高を恐れて司法解剖を引き受ける病院も医師もいない時代があった。
日本の暗黒の時代は、決して癒えることない哀しみを抱えた母を生み
出した。
セキは文盲であった。それでも獄に繋がれた多喜二に手紙を書きたくて、
ひらがなを覚えた。同じように文盲だった野口英世の母・シカが、息子に
金釘流で書いた手紙のことを思い出した。
貧しい家に生まれ、学校へも行けず、子守りで駄賃を稼ぎ、年端も行か
ないうちに嫁ぐ。
きっとセキの時代には多くあった女性の生き方だろう。ただ違ったのは、
セキの息子が小林多喜二だったことなのだろう。 -
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死因・心臓まひ。実は特高警察による過剰な暴行が原因で、小林多
喜二は築地署で命を落とした。
その多喜二の母が本書の主役である小林キセ。88歳のキセが自分の生い
立ちから息子・多喜二の死、その死後の生活を読み手に語る。
生まれは秋田県角館。貧農であった生家から嫁いだ先も、貧困にあえぐ
一家だった。
明治のこの時代、東北地方の貧しさは今とは比べものにならない。家族の
生活を支える為に娘たちは人買いの手に渡される。
そう、あの頃は普通にそんなことが行われていたんだよね。女性が学校に
行くことすら叶わなかった時代だ。
貧しいながらも温かい嫁ぎ先、優しく思いやりのある夫。そして子供たちに
囲まれた幸せな頃もあった。
それなのに、親思い・兄弟思いの優しい孝行息子は小説を書いたことが
原因で無残な死を迎える。
「そうそう、多喜二がよく言っていた話があったけ。
昔々、仁徳天皇っていう情け深い天皇さんがいたんだと。お城の上から
眺めたら、かまどの煙が、細々と数えるほどしか上がっていなかったんだと。
それで天皇さんは、国民はみな貧乏だと可哀想に思って、税金ば取らん
ようになったんだと。したらば、何年か経って見たらば、どこの家からも
白い煙が盛んに立ち昇っていたんだと。天皇さんは大喜びで、国民が
豊かになったのは、わしが豊かになったのと同じことだって、喜んだ
んだと。
この天皇さんと、多喜二の気持ちと、わだしにはおんなじ気持ちに思え
るどもね。天皇さんとおなんなじことを、多喜二も考えたっちゅうことにな
らんべか。ねえ、そういう理屈にならんべか。天皇さんば喜ばすことをして、
なんで多喜二は殺されてしまったんか、そこんところがわだしには、どうし
てもよくわかんない。学問のある人にはわかることだべか。」
小説を書いただけで殺される時代だった。しかも、死因さえも誤魔化され、
特高を恐れて司法解剖を引き受ける病院も医師もいない時代があった。
日本の暗黒の時代は、決して癒えることない哀しみを抱えた母を生み
出した。
セキは文盲であった。それでも獄に繋がれた多喜二に手紙を書きたくて、
ひらがなを覚えた。同じように文盲だった野口英世の母・シカが、息子に
金釘流で書いた手紙のことを思い出した。
貧しい家に生まれ、学校へも行けず、子守りで駄賃を稼ぎ、年端も行か
ないうちに嫁ぐ。
きっとセキの時代には多くあった女性の生き方だろう。ただ違ったのは、
セキの息子が小林多喜二だったことなのだろう。 -
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久しぶりに読んだ三浦綾子さんの本。
三浦綾子さんのご主人に対する思いが素敵です。
三浦綾子さんの著書は全て、その根底にキリストを伝えたいという、その思いが流れています。それ故に文壇からは「護教文学」と、敢えて無視され続けてきたと聞いたことがあります。
それでも、書きつづけた三浦綾子さんのこの言葉が響いてきました。
キリストを信じる者の強さを感じました。
わたしの場合、護教文学かも知れない、宣教文学かもしれない。それは、文学的には邪道かもしれない。そのことを充分承知の上で敢えて、わたしは今まで書きつづけてきた。
とにかく、わたしは、文学を至上とするのではなく、神を至上とする以上、信者としての自分が日本に於いて今しなければならないことは、キリストを伝えることであると思っている。
だから、私には、キリスト信仰を持つ文学者のいだく「信仰と文学」両立のための悩みはないとも言える。わたしは、今、ひたすらキリストを伝えたいのだ。 -
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旧約聖書は、『パンセ』が全く理解できなかったので、やはり勉強しないといけないと思っている。
阿刀田高さんの入門書は、コミカルで楽しい本だったが、三浦さんの本はくそまじめ。
自分が高校生の時に『塩狩峠』で感動したときの、三浦さんのきまじめさとまったく変わっていない。
こういう純粋な信仰心には正直あこがれる。
①わたしの目的は、とにかくつたなくても、あるいは誤っていても、旧約をあまり読んだことのない人が旧約聖書に興味を持ち、よみはじめてくだされば達せられるわけである。(p274)
②わたしたちの人生には「なぜこんな目にあうのか」という問いに、答えの得られぬことが多い。また、疑問が多い。その時、このヨブ記を読み、神の限りない力を知り、信仰とは神への全き信頼であることを改めて知るならば、それは実に大いなる幸いであると思う。(p213)
大震災でなくなった方、福島原発で苦しんでいる方々の思いと、このヨブ記の教えとどうすりあわせていったらいいのか。ヨブ記から読んでみたいと思う。
③わたしたちの人生には、どうも、神のすることがわからないということはある。が、わかりはしないが、それは神の計画の中では正しいことなのだということだけは信じたいと思う。(p116)
今、国難にあっている時に、どうして心の平静を保つのか、その保ち方が問われているような気がする。人ごとと整理するのではなく、自らの問題、被害ととらえつつ、前向きの力をどう振り絞るのか、これが今の自分の課題です。 -
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ネタバレ【嵐吹く時も 下】 三浦綾子さん
順平が亡くなって後も、カネナカの忙しさは変わらなかった。
番頭の甥である三郎もカネナカで住み込み働いていた。
カネナカに来る前は商家に奉公に出ていた三郎は如才なく働いていたが
密かに判を持ち出し、多額の借金をし行方をくらませた。
知らずのうちに三郎の保証人にされていた志津代たちは
店も土地も全てを手放し、苫幌を離れ旭川へと移ってきた。
旭川での生活は苫幌での生活とはかけ離れた静かなモノであった。
文治は記者として働きはじめ志津代との間に3人の子どもをもうけた。
旭川の静かな生活に物足りなさを感じるふじ乃の前に増野が現れる。
増野は数年前に行商をやめ、東京で着物屋を営んでいた。
すでに妻を失っている増野はふじ乃に東京の自分の家に来ることを
すすめる。
元来商売好きのふじ乃は新太郎の実の父である増野の誘いを受け
旭川を離れて東京へ行った。
10年後新太郎が家出をした、「ソチラに寄った時には知らせてほしい」
とふじ乃から頼りが届いた。
新太郎はふじ乃の故郷佐渡に渡り、心に思いを秘めて志津代の
元へやってきた。
その時、新太郎は旭川で自分が本当は増野ではなく、順平の本当の
子であったことを知る。
不義の子として生まれたと信じていた新太郎は志津代と
同じ両親を持つ兄弟であることに感涙する。
そして、ふじ乃、志津代、文治と共に佐渡へ行くコトを条件に
東京へ帰るコトを約束する。
☆
今まで読んだ三浦綾子さんの本と少し違うような気がする。
あまりキリスト教を全面に出していない。
志津代が主人公だと思っていたけど、下巻では新太郎が
物語の重要な役割を担ってる。
放埒な志津代の母のふじ乃
慎ましやかで聡明な文治の母キワ
形は違えど、子を想う親の気持ちの深さは変わらない。
志津代は好き放題に生きているように見えるふじ乃を
蔑んで見つめている部分があった。
しかし、志津代も自分が母となって初めてふじ乃の想いを
思い至る。
実際になってみないと分からないコトって多くある。
また、文治の弟の哲三が下宿先の内儀と不義の中になったくだり
があった。この時、キワは哲三に対し激しく憤った。
そして、コレがもしふじ乃なら笑ってすますかもしれないと
文治は思った。
正しい者には誘惑におちいる者を単に邪悪だと責める傾向がある。
気をつけて、自分を諫めたい言葉だと思う。
何事も自分が正しいと思うコトにも気をつけたいと思う。
「あの時の自分は間違っていた」と思うことが今までも何度も
あったから・・・