三浦綾子のレビュー一覧
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久しぶりに読んだ三浦綾子さんの本。
三浦綾子さんのご主人に対する思いが素敵です。
三浦綾子さんの著書は全て、その根底にキリストを伝えたいという、その思いが流れています。それ故に文壇からは「護教文学」と、敢えて無視され続けてきたと聞いたことがあります。
それでも、書きつづけた三浦綾子さんのこの言葉が響いてきました。
キリストを信じる者の強さを感じました。
わたしの場合、護教文学かも知れない、宣教文学かもしれない。それは、文学的には邪道かもしれない。そのことを充分承知の上で敢えて、わたしは今まで書きつづけてきた。
とにかく、わたしは、文学を至上とするのではなく、神を至上とする以上、信者と -
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旧約聖書は、『パンセ』が全く理解できなかったので、やはり勉強しないといけないと思っている。
阿刀田高さんの入門書は、コミカルで楽しい本だったが、三浦さんの本はくそまじめ。
自分が高校生の時に『塩狩峠』で感動したときの、三浦さんのきまじめさとまったく変わっていない。
こういう純粋な信仰心には正直あこがれる。
①わたしの目的は、とにかくつたなくても、あるいは誤っていても、旧約をあまり読んだことのない人が旧約聖書に興味を持ち、よみはじめてくだされば達せられるわけである。(p274)
②わたしたちの人生には「なぜこんな目にあうのか」という問いに、答えの得られぬことが多い。ま -
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ネタバレ【嵐吹く時も 下】 三浦綾子さん
順平が亡くなって後も、カネナカの忙しさは変わらなかった。
番頭の甥である三郎もカネナカで住み込み働いていた。
カネナカに来る前は商家に奉公に出ていた三郎は如才なく働いていたが
密かに判を持ち出し、多額の借金をし行方をくらませた。
知らずのうちに三郎の保証人にされていた志津代たちは
店も土地も全てを手放し、苫幌を離れ旭川へと移ってきた。
旭川での生活は苫幌での生活とはかけ離れた静かなモノであった。
文治は記者として働きはじめ志津代との間に3人の子どもをもうけた。
旭川の静かな生活に物足りなさを感じるふじ乃の前に増野が現れる。
増野は数年前に行商をやめ -
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この作品も、人間の自己中心的な愚かさ、人間が人間を傷つけてしまう「罪」ある姿を描き出した作品。
人間は本当に自己中心な、エゴイスト。
作中、登場人物たちがとる行動は、それなりに理由あることではあるのだろう。しかしそれは、自己中心的な、思いからとる行動。
それがどんどん自分の首を絞め、相手をも傷つける。
人を愛するって?? 「愛するとは何かがわからなかった。二人にとって、愛するとは、いわば好きという感情にすぎなかった」
二人の愛情は「何か事が起これば、たちまち憎しみに変わる感情であった」
嫉妬や憎しみを感じる登場人物たちは、ある意味とても人間らしいが、それゆえに恐ろしいと感じてしまっ