無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
導かれて生きる。三浦綾子最後のエッセイ集。
人間の罪、弱さ、ゆるしを描きつづけた作家・三浦綾子が遺した愛にあふれる言葉の数々。「冬のあとに春の来ない人生もある」「人生には往々にして意地悪がひそんでいる」と書きながらも、「なるようになる。なるようにしかならない」「一日にできる仕事は、量が決まっている。明日のことは心配しない」と道を照らす。自らの病気も苦難も「すべてが神様の贈り物」であるとあるがままに受け入れ、その恵みに感謝の念をも抱く。でも、だからといって「病気に協力することはない」と、前向きに自分の人生を生きることを考える――。
深い信仰に根ざしたその生き方から浮かび上がるのは、“愛”と“感謝”と“学び”の心。大上段に振りかざすのではなく、自身のいたらなさや苦い体験にも触れながら、弱い立場の人々や道に迷う若者たちに温かいまなざしを向け続ける。その思い、時を経ても色あせない言葉は、私たちが一日一日を大切に積み重ね、より良い人生を歩むための指針となるに違いない。没後20年を前に届けられた、やさしさに満ちた最後のエッセイ集。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
障害を持つ人たちに対し、かわいそうだからと彼らのために何かをしてやろうというのではダメだ。共に生きることが大切なのだ。ために、ではなく、共に生きよ、と言うのだ。
日本人には、愛というものの本質が非常に少なくて、同情という領域が非常に強い、という。
結婚というものは、相手も自分のいく方向に歩いていく人としなければならないと思う。だから、二人の目的は一つであるということだ。その人にとって1番大切なことが芸術であるなら、相手の人もやはり芸術に理解があり、大切にする人でなければ、結果は火を見るより明らかということになるのではないか。結婚は、その人の人生の目的が相手の人と合致した時に最もよくいくとおもう。生きる目的を持つということは、自分の人生を主体的に生きるということだ。だから、結婚は自己の確立している大人同士がするべきものだ。夫婦はお互いに成長していくものだ。そして相手を大切にし、尊重し合える夫婦でありたいものだ。
人間はあまりにも相手にのみ要求することが多い。それが特に家庭という何もかもあらわに見せ合う生活においては著しくなるのではないか。妻は私の気持ちを理解してくれない、子供は私の苦労をわかってくれない。姑は優しい口をきいてはくれない。夫はこうしてほしい。子供はああしてほしい。くれない、ほしい、という要求は、つまり、不満と期待だけではないか。多くの虚しさは、この生き方から発生すると言っても過言ではない。ああしてほしい、こうしてほしい、というのではなく、ああしてあげたい、こうしてあげたい、という姿勢で生きるのが良いのではないか。その姿勢こそが、虚しさを克服するのではないか。与うるは受くるより幸いなり、の聖句は真理である。かく生きる時、真の協力関係も生み出されるのではないか。
愛されている実感、必要とされている実感、そう言ったものから希望が生まれ、不思議な力がでてくる。愛とか希望とかを忘れてはいけない。人間は一人では生きていけないのだから。近くにある愛や希望を見落としたり、見失ったりしてはいけない。
神は使命のある限り生かしておいてくださる。つまり、生きているということは、あなたでなければできない使命があるということだ。
物を贈るというのは心を贈るということなのだ。物が少し気に入らなくても、贈る人の心を受け取るなら、間違っても不服などは言えないはずなのだ。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸