あらすじ
昭和16年、北森竜太は治安維持法違反の容疑で、7カ月間勾留される。釈放されたものの退職させられ、その上、軍隊に召集される。苛酷な軍隊生活で身も心も衰退した20年8月15日、満州から朝鮮への敗走中に、民兵に銃口を突きつけられた――。純粋な心根の青年教師が戦争に翻弄されていく悲劇。かつて北森家で命を助けられた朝鮮人労働者金俊明の運命。軍旗はためく昭和を背景に戦争と人間の姿を描いた感動の名作。
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Posted by ブクログ
上巻最後のすぐ続きから始まり、物語は戦争一色へと一気に姿を変えていく。
無慈悲に竜太に襲いかかる悪夢のような現実に、映画「私は貝になりたい」を観ているときのような、逃げ場のない不吉さと息苦しさを思い出した。
けれど、嫌だな、嫌だなと思いながらも、不思議と頁をめくる手は止まらず、むしろ上巻以上に走り抜けるように読み進めた。
散々と言うほどの理不尽に苛まれ、こんなことがあっていいのかと思うような現状があるのに、どういう訳かそこに完全なる絶望がないからかもしれない。
作中、坂部先生が竜太に「竜太、人間が人間として生きるというのは、実に大変なことだなあ」と言うシーンがある。
無実でありながら、正しくありながら、捕らえられ拷問され、誰もがなぜと非難したくなる場面で紡がれたこの一言に、私は「ああ、そうか」と妙に納得させられた。
坂部先生は上巻から一貫して“この世界“では特異な存在だった。けれど彼は、何か特別なことをしていた訳ではない。壊れていたのはむしろ世界の方で、坂部先生はただ、人間が人間として生きていただけだったのだ。
「人間が人間らしく生きる」というのは、この作品のテーマのひとつだと思う。同時に「戦争は人間を人間でなくす」というメッセージも同じくらい強く訴えられている。
その中に隠れるように(けれど本質としてずっと存在している)、「潜在的な人の善と悪」、そして「救い」がある。
人は脆い。脆く、愚かで、弱く恐ろしい。
確かな悪(罪)がそこに存在していて、ともすれば何が原動力なのかと問いかけたくなるような善もまた存在している。
そのような不完全さがあるから、その不完全さに気づいた竜太は、自分が、人が、いかに確たるものを何も持たずに、闇の中を生きているかを思ったのだ。
そして話はそこで終わらず、確かな光があることも示されている。竜太や山田曹長が人ならざるものの存在を覚え、祈りを求めるところに、この物語の救いがある。人の救いがある。
三浦綾子の小説は、氷点に然り、塩狩峠に然り、他に道はなかったのかと思うような最後が多い。本作でのバットエンドも正直覚悟していた。最悪、曹長も竜太も無惨な死を遂げることになるかもしれないと。
むろん多くの死と悲しみはあったが、この二人が生き続ける未来が描かれたことが、読者にとっての何よりの救いだろう。
また暗く苦しみのあるこの物語を、止めることなく希望を持って読み切ることができたのは、主人公竜太の清らかで真っ直ぐな性格と、彼に与えられる幾人かの人格的な師や上司、金俊明、そして家族と妻芳子の存在にある。
竜太の半生を通して、その一人一人が彼を介し、私たちに多くのことを語っている。
物語の最後の最後に、「尾を引いているようだ」と年老いた竜太が歯切れ悪く口にする。綺麗さっぱりハッピーエンドじゃないところがやはり三浦綾子だなぁと思う。
この物語が書かれたのは1994年のことだが、それから30年以上たった今、彼女の問題提起は確かに現実のものとなって現れているように感じる。
あとがきで「昭和時代が終わっても、なお終わらぬものに目を外すことなく、生きつづけるものでありたいと願いつつ」と書かれている。
平成が終わり、令和が始まり、またあの時代が思い起こされるようになった現代で、この銃口に書かれたかつての現実から、そして三浦綾子が感じた"今なお終わらぬもの"から、私たちは目を外すことなく生きているだろうか。
私はむしろ、終わらぬものどころか、何があったかすら正しく認識していなかったように思う。
かつての日本がどうであったか、今どこに向かっているのか、終わらぬものとして何があるのか。
それを正しく知り、三浦綾子のように目を外すことなく生きていきたいと思う。
歴史が繰り返されることのないようにと、ただ神に祈りつつ。
Posted by ブクログ
戦中、旭川の質屋の長男として生まれた、主人公。
質屋という商売だったが、人情にあふれる恵まれた環境で育つ。
戦中の理不尽な天皇崇拝の教育で、唯一の小学校の時の担任だった恩師は
納得できる思想・生き方、何が大事か?を教えられ、
主人公は憧れて教師を目指す。
とは言え、主人公は戦時教育に反していたわけではなく、
根本には天皇を崇拝する心は、多くの当時の国民と同じように持っていた。
まっすぐな心そのまま、教師になったが、
思想統制の波にかかり、どん底に落ちていく。
当時の思想統制の怖さと、今の自由さを実感させられ、
本当に今に生まれてよかったと思います。
主人公は当時の数ある事件の一人の話に過ぎず、
同じ境遇の、またそれ以上に不幸な目にあった人が
たくさんいるとなると、本当に暗い時代です。
そんな中でも主人公とその恩師は
差別のない人としての生き方を通していきます。
確かにこんな先生は今の時代でもいないと思います。
人を差別するには理由があり、止むをえないこともあると思います。
しかし、理由のない差別や、理由にならない差別もたくさんあります。
それが横行していた時代。人間の理性とは本当に怖いものです。
後半は軍隊に配属され、その中でもまた、
当時の思想の中でも、たくさんの種類の人間がいたことがわかります。
日本がした酷いこと、された酷いこと。
どっちも鮮明に書かれている部分があります。
とても辛い話なのに、人間はまだ戦争してると思うと、
とても悲しいことです。
思想は制限できない。というのも理解できる内容。
この話は子供と子持ちの親に読んで欲しいと思った。
生き方の本質というか、子供に教えることが、目先のことばかりに
ならないようにしたい、と思えるから。
新年一発目から戦争ものでした。
上下巻で内容もさることながら、ページ数もヘビーです。
Posted by ブクログ
上巻は竜太が先生を目指す希望のある内容だったが、下巻はひたすら戦争に翻弄されていく姿が描かれている。戦時中の不条理はこんなものではなかったのだと思う。最後には希望があるが、こんな戦争を繰り返してはならない。
Posted by ブクログ
治安維持法による数ヶ月の拘束。釈放後の保護監察による監視、赤紙による召集により満州関東軍へ、軍隊内の暴力、敗戦と帰国など、暗い展開のなか、主人公の周りには、人の心を持った善人が多くいる。
ストーリー展開されるので、大戦の年譜が頭に入りやすい。
1941.12真珠湾
1942夏くらいから、敗戦続き
1945.8原発2発で、敗戦。
配色濃厚の状態から、よく3年も戦争を継続したと思った。。
Posted by ブクログ
大正天皇の御大葬から昭和天皇の御大葬まで、昭和史のような時代を背景に生い立ち、教師として生きていく主人公「北森竜太」を描く。
裕福な家庭に生まれた素直な少年の彼が、小学校時の受け持ちの先生の影響を受けて教師となる。
天皇のご真影を拝する学校教育に何の疑問も感じず、その時代のごく普通の教師であった。
しかし、情熱を持ってした綴り方指導が言論統制の当局の目にとまってしまった。
治安維持法で勾留され、教師をやめさせられ、教師なら免除になって逃れていた軍隊への召集もかけられ戦争に参加しなければならず、さまざまな苦難を味わうことになるのである。
ストーリーは太平洋戦争のあとさきに限られており、戦後の教師はどうだったかというテーマもあれば昭和をたどったことになろうが、そこまでは筆が及ばなかったようである。
だから教師の昭和史と言うより、国策により権力を持った憲兵が、自分の保身のためどんな風に悪知恵を働かせ罪を作って個人にかぶせ翻弄させられるか、さすが三浦綾子さんの筆運び、迫真に描かれてあり、読後すごく怒りを覚えさせられた。
思えば状況は今も同じようである。
実際検事局が状況証拠を捏造したりするのをまのあたりにしたのだもの、油断ならない、怖ろしい。
Posted by ブクログ
読みやすい文章で、戦前から戦後まで主人公の人生をたどりながら、さまざまな出来事を知ることができます。どんな状況であっても、自分の信念を曲げない生き方は自分を救う結果になるのだ。