村井章子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『テクノロジカル・リパブリック』を読んで、最も強く感じたのは、テクノロジーの発展を支える思想や哲学の重要性だった。
本書では、現代のアメリカ、とりわけシリコンバレーにおいて、テクノロジーを何のために生み出すのかという目的意識が薄れ、技術の発展そのものが目的化していることに警鐘を鳴らしている。生成AIをはじめとする強力なテクノロジーが今後ますます社会に影響を与えていくことを考えると、その根底にどのような価値観や国家観を置くのかは、避けて通れない問題だと感じた。
著者は、軍事や安全保障分野にもAIシステムを提供するパランティアの共同創業者であり、その立場自体がシリコンバレーの主流とは大きく異なっている。技術は社会や国家から独立して存在するものではなく、何らかの思想や政治的目的を実現するための手段であるべきだ、という考え方が本書全体を貫いているように思う。
もともと科学技術の発展は、国家の方向性と密接に結びついていた。原子爆弾の開発をはじめ、かつての巨大な科学プロジェクトは、国家が明確な目的を持って推進していた。しかし戦後、科学技術と政治の距離は次第に広がり、技術者や企業が政治的・倫理的な判断から距離を置く姿勢が一般化していった。
本書が批判しているのは、まさにそのような、技術は中立であり、価値判断とは切り離して考えられるという態度である。思想的な対立を避け、当たり障りのない立場を取ることが知的であるかのような風潮が広がった結果、テクノロジーをどの社会のために、何のために使うのかという問いが置き去りにされてきた。
著者は、その背景の一つとして、戦後のアメリカで広がった左派的な価値観やポリティカル・コレクトネスにも批判的な視線を向けている。尖った主張を避け、明確な思想を持つことそのものが敬遠される文化によって、アメリカ社会は共通の目的や連帯の基盤を失いつつあるという主張である。
一方、中国のように国家として明確な方向性を持ち、科学技術を国力や統治と結びつけている国も存在する。そのような国々と競争するなかで、アメリカが価値観や国家としての目的を持たないまま技術だけを発展させていくことには、大きな危うさがある。この警鐘には納得できる部分が多かった。
また、本書を読みながら、アメリカと日本の共通性について考えさせられた。
アメリカと日本は、社会の成り立ちや価値観が大きく異なる国だと思っていたが、異なる意見を言いにくい空気や、組織のなかで周囲に合わせる同調圧力、官僚組織の硬直性といった点では、意外に共通する部分もあるのではないかと感じた。
ただし、アメリカにおける議論をそのまま日本に当てはめることはできない。アメリカには、もともと国家理念や宗教、自由や民主主義といった強い思想的基盤があり、それが弱まってきたという前提がある。一方、日本では、そもそも社会全体を結びつける明確な思想や理念が、どの程度存在してきたのかという別の問題がある。
そのため、本書の議論を日本に応用する際には、単純にアメリカと同じ危機が起きていると考えるのではなく、日本独自の歴史や社会構造を踏まえる必要がある。それでも、西側諸国に共通する課題として、技術と価値観の関係を考え直すための一つの方向性は示されていたと思う。
本書の主張には全体として共感できた一方で、読書体験としては少し物足りなさも残った。
自分はこの本に対して、テクノロジーや国家、科学政策に関する新しい知識や事例を幅広く得られることを期待していた。しかし実際には、新しい情報を大量に吸収するための本というよりも、著者自身の思想を深く掘り下げ、その問題意識を提示する性格の強い本だった。
過去の科学実験や国家プロジェクトに関する事例など、細かな部分では学びもあったが、知識を増やすという目的からすると、期待とは少しずれていた。ただし、著者の立場や主張には一貫性があり、一つの思想書として見れば、全体の完成度は比較的高かったと思う。
この本を読んで残った問いは、テクノロジーを発展させる際に、社会はどのような思想や価値観を共有すべきなのか、ということである。
アメリカが失いつつあるとされる思想的基盤を、日本はそもそも持っていたのか。仮に持っていなかったとすれば、日本は今後どのような理念をもとに、AIや科学技術の方向性を決めていくべきなのか。
本書はその答えを直接与えるものではない。しかし、技術の発展を無条件に肯定するのではなく、その目的や背景にある思想まで考える必要があるという視点を与えてくれた。その意味で、啓発的であり、自分自身の考え方を見直すきっかけになる一冊だった。 -
Posted by ブクログ
「同じ症状なのに、病院が違うと診断が変わる」「面接官によって評価がまるで違う」。そんな経験や話を聞いて、「結局、運なのかな」と感じていました。
本書が扱うのは、私たちが普段あまり意識していない「ノイズ(判断のばらつき)」という問題です。『ファスト&スロー』で有名なダニエル・カーネマンらは、判断ミスの原因は「バイアス(偏見)」だけではなく、人や状況によって判断が大きく揺れることにもあると指摘します。
特に衝撃だったのは裁判の例です。同じような事件でも、担当する裁判官によって刑罰が大きく変わることがある。医療の診断、保険の査定、採用面接、人事評価まで、専門家の判断でさえ想像以上に「運」に左右されているという事実には驚かされました。
読みながら何度も思ったのは、私たちは「人によって意見が違うのは個性だから仕方ない」と受け入れすぎていたのではないか、ということです。本書は、そのばらつきは改善できる「問題」であると教えてくれます。
仕事で意思決定に関わる人はもちろん、日常で「なぜ人によって言うことが違うのだろう」と感じたことがある人にもおすすめしたい一冊です。上巻では「ノイズ」という見えない存在に気づかされ、自分の判断さえも疑ってみる大切さを学びました。下巻で、そのノイズとどう向き合うのかを読むのが今から楽しみです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ善と悪の経済学
チェコの大統領への経済的な助言をしている著者が、
ギルガメッシュ叙事詩、
旧約聖書、
ギリシャ哲学
キリスト教
デカルト
バーナード・マンデヴィル
アダム・スミス
までを引用しながら、数学モデルに偏向し、倫理を蔑ろにしている現代経済学に対しての警笛を鳴らしたのが本書です。
アダム・スミスの「神の見えざる手」に関して、スミスは感情や倫理に関して考慮しながらこの言葉を使ったのに対して、この言葉が万能のように祭られている現代の経済学の間違いを指摘しています。
人はもっと謙虚に感謝の気持ちを持って日々の暮らし(経済活動)をすべきという結論が重いです。
大作でちょっと難解ですが、良書ですので、お奨めします。
竹蔵 -
Posted by ブクログ
・2026/04/18に、ピーターティール氏が創業したデータ分析企業PalantirのカープCEOが22項目のマニフェストを発表して話題になり、その元となっている本書
・備忘までにマニフェストの要約を以下に記載
①国家への道義的責任→シリコンバレーエリートは自らの台頭を可能にした米国の防衛に参加する義務がある
②AI兵器開発の不可避→AI兵器開発を批判しても他国が作るだけ。米国が率先して開発・抑止力を持つべき
③戦後秩序の異議→ドイツと日本の「去勢」は戦後の過剰修正であり、欧州アジアの均衡を脅かす脅威になりうる
④多様性(DEI)への批判→企業による画一的な多様性や包括性は技術革新を阻害する。中身のない多元主義から実力・能力主義(pragmatism)へ回帰すべき
・歴史・文学等の学術分野からの引用から始まり、シリコンバレーやテクノエリートが国家に負うべき責任を問う「政治・ビジネスと学術論文の間に落ちるような本」と著者は自身で語る
・同意できる部分、出来ない部分含めて考えせられる、著者が自身で言うように議論を巻き起こす様な内容だった
・時価総額50兆円を超すデータ解析企業の社長が考えていることを理解出来るだけでも一読の価値はある。文章は読みやすい
<同意点>
・シリコンバレーエリートは消費者のアテンション合戦に心血を注いでいるが、本質的に彼らが果たす役割があるはずだ→これは自分も思ったことがある。その才能をより大きな理想や国力強化に使えばよいのに、と
・過度な同調圧力や多元主義により、リーダーは自身の主張・ポジションを取らなくなった→これは日本も同じだと思う。重箱の隅をつつく様な粗探しと結果発信できることが限られてくる
・実利を基に行動するpragmatismが必要だ→これはそう思う。結局、トランプ政権下で米国を脱出した研究者/技術者たちを日本は少しでも獲得出来たのか
<疑問点>
・結局Palantirは何をしているの?米国&同盟国へのデータ分析基盤というが、Technological Republicの構築に向けた自社の活動がいかに整合性が取れているか?については説明すべき
・米国中心主義で、各国が米国に感謝して臨むものを提供すれば満足だろうか?米国の在り方について言及はあるが、どの様な世界観を目指しているかについても言及がない
・ミツバチの群れの話、全く要らなくない?笑 -
Posted by ブクログ
コンテナによって世界の物流がいかに変わったかが詳細に描かれていて、イノベーションが起きる際のリアルを感じられた
ただ、細かすぎて読み物としては、読むの大変
【感じたこと】
・イノベーションが起きるときに社会へのインパクトがいかに大きいか (例えば、港で荷物の積み下ろしをしていた人たちの仕事がなくなる)
・それに起因していかに多くの人の思惑が絡み合って物事が進むか (例えば、荷物の積み下ろししていた人たちから票を得ていた政治家がコンテナ化を阻止しようとする)
・タイミングをつかむことの重要さ
・参入障壁が低いビジネスにおける価格競争の激しさ -
Posted by ブクログ
ネタバレいやあ、結構面白かった。
会計・帳簿という切り口で世界史を読み解くといった風の作品です。
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帳簿をしっかりつけて成功したイタリア商人パニーニの話だったり、これまた帳簿を学んできっちりチェックを行ったことで栄華を極めたコジモ・デ・メディチの話だったり。
はたまた、近世の東インド会社を営んだオランダが会計的にどのように優れていたのかだったり、お隣のブルボン王朝率いるフランスが会計軽視によって没落したさまであったり。更には陶器のウェッジウッドも会計好きで、単なる帳簿付けから原価計算などの管理会計を発展させたとか。
そして、米国の鉄道会社の杜撰さ等から外部監査人としての会計人が要請されたこととか、リーマン等で明らかになった(現)BIG4の監査部門とコンサル部門の利害相反を抱える矛盾とか。
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なお、大手会計事務所の由来はどうやらUKらしく、自国の伝統?にのっとって監査をきっちりするという手筈だったそう。
彼らが新大陸でビジネスをするようになると、かの地の経営者は「帳簿の確認をするよりもビジネスの相談にのってほしい」みたいな意見が多く、監査部門を持ちつつも、コンサルティング部門を持つに至ったとか。
そしてコンサルティング部門の売り上げがどんどん大きくなり、too big to close/terminateみたいになったそう。
なるほどです。
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もう一つよいのは、巻末に至って簡便ながら、日本の帳簿の歴史も書かれていること。
これがまた、結構よいのです。
大和時代、正税といわれた、国で管理した稲を農民に貸付け、その利息の返済をまとめた正税帳なるものが日本の帳簿の起源とか。
ただ、これも余り使われなくなり、また奈良以降、一人一人に課税を行う班田収授法なども不評。課税逃れのために男子を女性と偽ったり、逃亡したりして、徴税が上手くゆかなくなったそう。
そこで平安時代になると各地方に受領を指名し、一定金額を中央に収めれば、あとはいかようにしてもよし、としたと。そこでこれらの貴族は私腹を肥やし、一部は土着化したり武装したりとして、後の武家社会の礎が築かれていくと。
また江戸時代には大阪の米相場の影響で日本式複式簿記(BS/PLともに)も既にあったそう。ちなみに縦書き。そういうことで明治時代に複式簿記が西欧から導入されたそうですが、すんなり馴染んだとか。
なお、これらの付録の監修に名を連ねるのは元日銀総裁の速水優氏らビッグネーム。
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ということで、世界史系の本を楽しく読みました。
しかし、恥ずかしながらなんですが、本作、私は再読でした。しかも、当初読んだときの感想はもう恥ずかしいくらいけちょんけちょん。
当時を振り返ると、まだ世界史もきちんと勉強する前でした。そして、イタリアにも旅行する前でした(それはいいか)。
でも、きっと、こういう〇〇の世界史みたいな本を読むときは、おそらく世界史そのものを或る程度きちんと学んでからの方が面白く読めるのだと思います。少なくとも私の場合はそうでした。
50代にはもう無理ですが、今更ながら会計の専門家になりたいなあとか、夢想してしまえる本でした。 -
Posted by ブクログ
コンテナがどう発明され、広がり、世界を変えていったかを説明した本。
世界を変えた発明というと、火薬、羅針盤、活版印刷、蒸気機関、トランジスタ、インターネットなど、最新技術を用いたものが思い浮かぶが、ただの箱であるコンテナも、これらと同じレベルで世界を変えた発明なのだと理解できた。
作るための技術的ハードルが低いので、何だか百年以上前くらいからあるような感覚だったが、以外と歴史は浅く、1960代から普及しだしたとのこと。当たり前のもの過ぎて、考えたことなかったが、コンテナ導入以前は、そりゃ港の荷役は大変だったろうなと思うし、今日まで繋がる港湾の独特な文化の起源も知れた気がした。
発想と規格化が持っている力のすごさを知れて、とても興味深かった。