村井章子のレビュー一覧
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ファシズムもまた、本源的には、経済の再構築のために費やすべき努力を規定したイデオロギーだった。ファシズム以前の経済は人々を階級別に組織していた。そのような経済では利権政治が出現し、利益団体間の交渉や対立が顕著になる。これに対してファシズムが唱えるのは国民の団結であり、連帯と共通の目的に基づく政治である。組織された労働組合が富裕な経営者と交渉する市場経済ではこのような連帯は望めない。しかも世界経済はグローバルな資源の再分配を必要とする。重要なのは、勤勉で酷使される貧しいプロレタリアートという階級ではなく、資源も帰属集団も土地も持たないプロレタリアートという国民なのだという。ファシズムの指導者にとって最重要目標の一つは、自国民の利益のためになるように世界経済を誘導することだった。世界のエリートたち、国境を越えて力を振るうあの「根無草のコスモポリタン」どもの利益になってはならない。
結局のところ、中国とその経済を救ったのはたった一つの要因だった。第一の要因は二つの要素から成り立っている。一つは毛沢東の人民解放軍が台湾征服に失敗したこと、もう一つは一九四九年にイギリスと戦い香港を攻撃する気がなかったことである。その結果、台湾と香港は多くの起業家を中国に供給するとともに、一九七八年以降の中国の発展に必要な資金を中国に潤沢に提供することになった。第二の要因は、鄧小平その人である。一九六六年に追放された時点では、鄧が市場経済への回帰を支持していなかったことはまちがいない。実際、「資本主義を志向する党のナンバーツー」として紅衛兵に「走資派」呼ばわりされたのはまったくの言いがかりだった。だが一九七八年に実権を握った時点では、あきらかに「資本主義を志向する党のナンバーワン」になっていた。そしてこのことが中国に大きな変化をもたらす。最高指導者にのし上がった鄧は、胡耀邦と趙紫陽をはじめ、習仲勳らの改革派を登用して中国経済を立て直し、発展させる政策を次々に打ち出した。また中国政府も、毛沢東が死んでからは近代化への道を歩み始める。毛は中国を立ち上がらせたのは自分だと主張したが、それは真実ではない。その仕事をしたのは鄧だった。
ここでもう一度、ロバート・アレンの経済成長に必要な条件のチェックリストを思い出そう。市場経済の推進、鉄道・運河・港湾の建設、銀行の設立、大衆教育、幼稚産業保護のための関税の導入および技術者集団の育成と長期的比較優位の確保に加え、さらに必要なのがビッグプッシュだった。ビッグプッシュは、きっと成長が実現するという期待感を生み出してくれる。 東アジア地域が開発チェックリストに独自の味付けをしたことはたしかにしても、彼らとグローバルサウスの他国との格差は、やはりリストにあるあたりまえのことを実行したからにほかならない。カール・フォン・クラウゼヴィッツはあの有名な『戦争論』でこう述べている。
「戦争においてはすべてが非常に単純である。だが往々にして単純なことほど困難なのだ。困難が積み重なると、経験したことのない人には想像もつかないような摩擦が生じる」。同じことが、グローバルサウスのほぼ全域の経済開発にも当てはまる。
一九八〇年に新自由主義への転回が始まったときの希望と主張は、市場経済を管理・補足・統制する社会民主主義のやり方はやめなければいけない、政府と社会が(すくなくとも部分的に) 市場原理に従うべく姿勢転換すれば、第二次世界大戦後の黄金時代のときのような経済成長がグローバルノースに復活するというものだった。こうした希望と主張は打ち砕かれた(成長は続いてはいたものの、一九三八~七三年より遅いペースだった。一八七〇~一九一四年よりいくらか速く、一九一四~三八年より大幅に速いペースではあったが)。
所得分布は変化した。女性の包摂に加えてマイノリティのある程度の包摂が進んだ結果、白人男性の所得は平均に追い付かなくなる。さらに重大なのは、新自由主義への転回が、所得と資産を最上位層に移転するという新自由主義のあからさまな目標を達成してのけたことである。 彼らの主張は、こうだ。リッチとスーパーリッチたちにこうしてインセンティブを設ければ、 彼らは一段とがむしゃらに働き、起業家精神を存分に発揮し経済全体をゆたかにする、というのである。この主張は正しくなかったが、それでも所得と資産の移転は実現した。
これは、労働者階級と中流階級の足場を固めていた白人男性にとってじつに悩ましい事態である。一九八○年以降、彼らの実質所得は伸び悩み、女性やマイノリティや外国人から尊敬されなくなって、すくなくとも彼らの実感として無能な人間に成り下がった。さらには、急速にのし上がる(と彼らが想像する)成金たちからもバカにされるようになった。だが格下の者からの尊敬こそ彼らが期待し、当然受けるべきと考えていたものである。ある意味で、状況は彼らに牙を剥いていた。富裕層はもっと富裕になり、価値のないマイノリティの貧困層は福祉給付を受け取っている。懸命に働いている白人男性は、(この見方に従えば)もっと多くを得るに値するというのに、得ていない。こうして有権者の半分以上が体制を信用しなくなった。先行世代が三○年前に謳歌した生活を超えられないなら信用できない、というわけである。
大不況に見舞われ景気回復が思うように進まなくても、政府も政治家もいっこうに気にしていないように見えた。富裕層が政治を牛耳っているのだから当然である。富裕層にしてみれば、 危機など存在しなかった。だが富裕層でない人々、つまりアメリカ全人口のおよそ九〇%はどんどん不利になっていった。彼らにとって、二〇〇七年以降の経済は失望以外の何物でもなかった。彼らは原因を求め、変化を求め、そしてしばしば責める相手を探した。それはもっともである。
新自由主義への転回が世界で始まったのは一九七○年代である。そして二〇〇〇年までにはほぼ完了した。さまざまな形の新自由主義が登場し、世界の政治経済運営に誤った仮定と慣行を植え付けた。
なぜ新自由主義が台頭したのかは謎である。新自由主義への転回は投資の拡大にも起業家精神の高揚にも生産性の向上にも寄与しなかったし、中流層の賃金と所得の伸びを回復することもできなかった。新自由主義の下で導入された新しい政策は、所得と資産の格差を大幅に拡大している。いったいどこに魅力があったのだろうか。新自由主義的秩序が世界を魅了したのは、 冷戦の勝利という手柄を誇示したからであり、受け取るに値しない者は何も受け取れないようにしたからであり、力を持つ者が特大の拡声器を使って、新自由主義的政策で実現できたことはすべて自分たちの手柄だと喧伝したからである。彼らが繰り出した手札はじつに効果的だったと言わねばなるまい。
新自由主義者が勝負に出た手は大きく分けて四つある。第一は、第二次世界大戦後の再グローバ从化である。正確には、一八七○~一九一四年のグローバル化を後退させた政策(これは一九一四~一九五〇年まで維持された)を逆転させた。第二は、技術の大転換である。鋼鉄製のコンテナが一九五〇年代半ばから世界の物流を席巻した。第三は、もう一つの技術の大転換である。 それまで存在していないも同然だった情報技術が世界を制圧した。第四は新自由主義的政策自体であり、その政策と他の三つとの相互作用である。この四つの要因が再グローバル化をハイパーグローバル化に変えた。
一八七〇年に、人類には大きな変化が訪れた。産業研究所と近代的な企業が出現し、海上・ 陸上運賃および通信費が劇的に低下するとともに、圧倒的多数が極貧の中で暮らす状態が半ば固定された経済パターンから、新技術の発見・開発・実用化のプロセスを通じて繁栄が加速し絶えず自らを革新する経済パターンへと移行する。シュンペーターが創造的破壊と呼んだこのプロセスによって、人類の潜在的生産力は一世代ごとに二倍になった。しかしその後は、社会の基盤や支柱はたびたび揺さぶられ、砕かれることになる。私が長い二〇世紀と名付けた一八七〇~二〇一〇年のように長い世紀には、言うまでもなく非常に多くの節目がある。二〇世紀の重要な節目に大きな力を加えてさまざまな事象を引き起こしたのは創造的破壊であり、それに伴う激震や破砕だった。私がとくに重要とみなす節目は二つあり、どちらも長い二〇世紀の中間点で起きた。
第一の節目は一九三○年である。このときジョン・メイナード・ケインズが「孫の世代の経済的可能性」を発表し(第7章参照)、経済的な問題は人類にとって「永遠の問題」ではなくなるとし、「経済の問題が解決されれば」人類は代わりに「真の・・・・・・永遠の問題に直面することになる。それは・・・・・・経済的な必要から自由になった状態をいかに使い・・・・・・賢明に、快適に、裕福に暮らしていくべきなのかという問題である」と述べた。この発言の重要性については、この終章の後段で改めて取り上げる。
第二の節目はもうすこし現代に近く、フランクリン・デラノ・ルーズベルトがアメリカ大統領に就任し、立ち往生していた政治を動かし、大恐慌という経済の難題を解決するための実験を始めたときである。
私は長い二〇世紀の歴史を四つの要素の歴史として見ている。技術が牽引する成長、グローバル化、アメリカという例外、政治経済的課題を各国が解決するにつれて人類はすくなくとものろのろとユートピアに近づいていくという信頼の四つである。ただしユートピアへののろい歩みでさえ、その速度は肌の色や性別によって均等でも平等でもなく偏っている。それでも長い二〇世紀の間に二度、一度目は一八七○~一九一四年に、二度目は一九四五~七五年に、先行世代がユートピアに近いと考えるような状態に急速に近づいたことがあった。だが一世代すなわち三○年前後におよんだこの二度にわたる経済的黄金郷は、やがて消えてしまう。その理由は、個人、思想、機会に注目して説明することができる。
人類の歩みをつねに背景で、ときに表舞台で牽引したのが、さまざまな発見・開発を続ける産業研究所、技術を実用化・活用する大企業、そしてすべてを調整するグローバル化した市場経済だった。だがある意味で市場経済は、解決である以上にそれ自体が問題だった。市場経済が認めるのは財産権だけだが、人々はポラニー的権利を求める。そこには、互いに支え合うコミュニティ、しかるべきリソースを確保するための所得、確実な雇用を供給する安定した経済を手にする権利が含まれる。つまり長い二〇世紀の間に達成されたあれほどの経済的進歩にもかかわらず、物質的な富はユートピア建設に十分活かされなかったことを歴史は物語っているのである。富は重要な必要条件ではあるが、十分条件にはほど遠いということだ。そしてここで再びケインズの発言、すなわち「いかに賢明に、快適に、裕福に暮らしていくか」というほとんど永遠の問題についての発言が蘇ってくる。この発言は、人類にとって根本的な難題は何かを完璧に表現したという意味で、重要な節目となった。
フランクリン・ルーズベルトは人間が生まれながらに持っている権利として四つの自由を考えた。言論の自由、信教の自由、貧困からの自由(解放)、恐怖からの自由(解放)である。このうち物質的なゆたかさによって満たされるのは、貧困からの自由だけだ。それ以外の自由は別の手段で実現しなければならない。市場が奪い市場が与えるものは、多くの場合、他の欠乏や不足から生じる希望と恐怖に影響されることを忘れてはならない。
ケインズが祝福を与えたハイエクとポラニーの強制結婚によって、第二次世界大戦後の北大西洋諸国で発展した開発志向の社会民主主義は、人類がこれまで実現した中では最もよいものだった。だが社会民主主義は持続可能性テストに合格できなかった。たった一世代でのハイペースの成長のせいでハードルが上がってしまったことが原因の一つだが、それだけではない。 社会の安定だけでは不十分だ、等しい人を平等に、等しくない人は平等でなく扱うべきだとの声が高まったことが大きな原因である。これは、創造的破壊を特徴とするハイエク=シュンペーター型市場経済にも、万人を平等に扱う社会保障制度を特徴とするポラニー型社会民主主義にもできないことだった。
二〇〇〇年を中心とする数十年間には、長い二〇世紀を終わらせるとともに、ユートピアへの人類の歩みにもおそらく終止符を打つ動きが四つ生まれた。第一に、ドイツと日本の非常に革新的で生産性の高い産業がアメリカの技術的優位に挑戦状を叩きつけ、アメリカ例外主義の基盤を揺るがした。この動きが始まったのは一九九○年である。第二は、911事件の起きた 11○○一年に始まった。狂信的な宗教的暴力が再び火を吹き、世界が積み上げてきたものを一気に数世紀逆戻りさせる。知識人は当惑し、「文明の戦争」だなどと言ったが、そんなものはどこにも起きていなかった。第三は、二〇〇八年に始まった大不況である。一九三○年代のケインジアンの教訓が忘れ去られ、政策当局には必要な手を打つ能力も意思もないことがはっきり九年頃から現したとき、それは起きた。第四は、科学によって地球温暖化が指摘された一九八九年頃から現在にいたるまでの間、世界は決然と行動できなかったことである。これらの出来事は複合的に重なり合っていくが、その前と後とでは歴史はあきらかに違う。後の歴史に意味を持たせるためには、新しい物語を書かなければなるまい。
長い二〇世紀は二〇一〇年には終わっている。もう二度と息を吹き返すことはあるまい――― そう確信させる出来事が二〇一六年一一月八日に起きた。ドナルド・トランプがアメリカ大統領に選ばれたのである。この瞬間に、長い二〇世紀を特徴づけていた四つの要素がもはや修復不可能なほど破壊されたことがはっきりする。北大西洋諸国の経済成長のペースは大幅に鈍化した。一八七〇年以前のペースに逆戻りしたとまでは言わないが、かなり近づいたことはまちがいない。グローバル化は完全に逆転し、もはや公の場で支持する人はわずかしかいないのに、 反対する人は大勢いるという状況だ。 -
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ネタバレスウェーデン、不平等だった国だが、1930の社会民主系が政権をとり、急速に変わり、今は世界で一番平等な国になる。
個人の才能が国ごとにこのように分布しているわけがない。天然資源のせいでもない。それぞれの社会が選んだ制度が不平等つくってる。
脱市場化のプロセスを継続し、より多くの分野に拡大すべき。一国の経済活動全てが脱市場化する可能性も否定しない。
そのためには権限委譲が必要であり、組合や共同体といったプレイヤーが重要になってくる。この非市場経済は、所得と資産に対する累進課税と、残存する企業のより良い議決権配分の仕組みに支えられる。単なる金銭的再配分ではないことがポイント。 -
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ネタバレ有刺鉄線によって、カーボーイがいなくなった。
デューク大のバスケットボールの試合チケットの配分方法は、単に早い者勝ちではない。チケットの抽選に参加するには、36時間キャンプをしなければならない。早い者勝ちではなく、抽選に参加できるだけ。
ディズニーのファーストパスは、滞在時間を増やした。早い者勝ちが唯一のルールではない。その結果、有料のVIPツアーを作ることができた。身障者パスがあったために、身障者を雇う人が出てきた。それに対抗するため、これを廃止してVIPツアーを作った。
所有権のルール=早い者勝ち、占有、労働の報酬、付属(明らかに自分のものに付属しているもの)、自分の身体、家族のもの。 -
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「私のもの!」と主張する様々なことについて、具体的な例を挙げてくれる。例えば航空機内の座席のリクライニング空間。それは座っている人のものか、後ろの人のものか。永久に答えが出ない問題だ。その時の状況、時代によってもその所有権は変わってくる。
ミッキーマウス延命法と呼ばれ、その著作権が延々と守られてきたが、ついに2024年1月に切れたようだ。これも所有権の問題だ。
専有する所有権を主張できるものに「特許」があるが、あえて取らないことで広がりを見せ、その先んじたことで優位に立つという戦略もある。思えばデンソーのQRコードもこの類だろう。所有権を主張するもしないも、それぞれの理由があるのだ。
本書では、具体的な事例も多くわかりやすいが、読みきるには少し疲れるのは補足しておきたい。 -
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ネタバレコンテナのおかげでニューヨークとリバプールは凋落した。
釜山やシアトルが世界のトップになった。
コンテナは労働者にメリットもデメリットももたらした。労働環境は改善したが待遇改善に終止符が打たれた。
海上貨物運賃は、輸出輸入の10%以上を占めていた。関税以上に強力な参入障壁だった。
積み出しと荷揚げに費用がかかる。コンテナで削減できないか。しかし貿易に与えた影響は軽微だった可能性もある。
エジソンの白熱電球は20年後でも普及率は3%。普及には発明だけでなくイノベーションが必要。コンテナも同じで普及には時間がかかった。
コンテナの規格は紆余曲折を経た。鉄道、トラックなどと合わせる。
マルコム・パーセル・マクリーンが改革してコンテナを普及させた。運送業者から身をおこし、旺盛な事業拡大意欲で事業を拡大。海運業に全財産をつぎ込む。
トラックに箱ごと積み下ろしする。
ニューヨーク対ニュージャージー。ニューヨークは古くからの港で設備が老朽化、ニュージャージーがコンテナ化した。
コンテナの規格は鉄道のように、自然には定まらない。高さは8フィートまたは8フィート6インチ、長さは20フィートから40フィートまで。幅は早くから8フィートと決まった。航空便のコンテナは別仕様になった。荷重の問題。
コンテナ輸送は過当競争を呼ぶ。荷揚げ設備が必要なので寄港地は削減し、その間をトラック鉄道輸送がまかなう。クレーンと巨大なコンテナヤードが必要。
その結果。ロッテルダムが世界最大のコンテナ港になった。
マクリーンのシーランドは、たばこ会社のレイノルズに売却された。巨額の投資が必要になった。安価な石油価格を背景に高速船を建造。エレクトロニクスメーカーにコンテナは活用された。
コンテナは、スタートから大規模にやる必要がある。在来船は荷物を求めてあちこちに寄港したが、コンテナは定期航路、高頻度サービスで大量に持つをさばく必要がある。その結果供給過剰になる。
コンテナ船はランニングコストがかかるから、船を休止させておけない。
オイルショックの原油高で、荷物の量が減る。
高速船は燃費が悪く使えない。マクリーンの高速船は海軍に引き取られた。
レイノルズは海運事業を売却。景気に左右されやすい。海運業者が売るのはコモディティと同じ。
マクリーンは、従来のライバルユナイテッドステーツ海運を買収。超大型船で低燃費の船を建造。速度が落ちたため、流線型にしないで荷物を大量に詰める形。
パナマ運河を運航できる最大舟型=パナマックス級。さらにオーバーパナマックス級も建造された。限られた港を往復する。シンガポール~ロッテルダムなど。
寄港地は少なくなる。日本からサンフランシスコ行きの荷物はシアトルで下ろされる。
サッチャー首相は港湾施設に多額の投資が必要なことに嫌気を刺し、21の港を売却した。他の国も追従。
原油価格の下落で産油国向けの荷物が減少し、ユナイテッドステート海運は倒産。
コンテナによって巨額の費用が必要となり、生き残った海運会社はわずか。
船の速度は、原油価格に左右された。
コンテナは動く倉庫。保管費用が削減された。
混載船の時代は荷主は力が無いが、コンテナになると荷主がまとまれば海運会社を左右した。オーストラリアの輸出農家の例。
公定運賃は力を失う。コンテナは世界経済の規模を大きくした。
バービー人形は1959年の時点で、生産を日本で行うことにしていた。当初から世界のサプライチェーンを使っていた。
製造業は当初、垂直統合を目指した。運賃が安くなるとサプライチェーンを作るようになった。
世界のコンテナの20%は空。
コンテナによって反映する場所と不利な場所ができた。
アントワープ、ドバイなどコンテナによって都市化した都市ができた。
かつてはパナマ運河、今はマラッカ海峡で船のサイズを決める。マラッカマックス。さらに船が大きくなるか。 -
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経済学は信用されていない。
学者の中で一致した意見が、一般の人々の意見とかけ離れていることが一因。また悪い経済学者ーエコノミストーが大手をふってまかり通っている。彼らは自社の経済的利益を代表して発言している。
しじょうの楽観主義をあおろうとする傾向が強い。アカデミックな学者は身長に予想を避ける。将来予想はほとんど不可能だからだ。これらの学者は含みを残した結論を説明するのに、それを導き出した複雑な過程を長々と説明する。
事実は無力である。2つの質問をする。
1、自分の意見は?
2、事実に基づく知識は?
で、2→1で質問した場合。自分の事実誤認を再確認して、意見を求められた場合、事実誤認を認めても自分の意見を変えない。
1→2と答えた人は事実を知り、自分の意見を変える人が出てくる。
事実はなぜ無視されるのか。
メキシコは高所得国に位置付けられ、社会福祉制度は広く称賛され模範とされている。P26
大量の移民が流入しても受け入れ国側の賃金・雇用に与える-影響は極めて少ない。コンセンサスを確認したい場合は、米国科学アカデミーがまとめた移民の影響に関する報告(無料)を確認すべし。
移民も生活をする。雇用(仕事)が増える中で、移民自らが働き相殺され、受け入れ国の需給のバランスは崩れない。増えた雇用は技能がなくても就職できるものが多く(髪切り、買い物レジ打ちなど)技能を持たない移民でもこなしていける。賃金水準が上がり、労働者供給拡大の影響を打ち消す(この部分がよくわからない。なぜ賃金水準が上がるのだろうか?この箇所グラフで表示されているが、観測による数値化の結果でこのグラフができあがったのだろうか?理解力が足りない。この前の文章で見落とし・知識の抜けがあるのかもsれない)
ただし、雇用の需要が増えず、移民の賃金が他国に流れ移民先に流れた場合、労働力が過剰になり賃金水準の低下となる。
また移民の増加は機械化の進行を遅らせる。わざわざ機会に投資せずとも安い労働力で賄えるから。また雇用主が移民を効率的に働かせるために生産方式を再編成する。これにより新たな役割が出てくる。受け入れ国の雇用を脅かすことはない。移民が受け入れ国の労働者と競合せず、補完しあうようになる。移民は受入国住人がやりたがらない仕事を(母国より給料が高いため)喜んで引き受ける。
ここで注意するのは移民の性格。起業精神旺盛な移民は受入国で雇用機会を増やすだろう。技能を持たない移民は未熟労働者の大集団に加わり受入国のそれと競合することになる。
移民を雇用する企業は、働くふりをする人を取りたくない。給料が低くてもいいので採用してくださいと言う人は、働くふりをする人になる率が高いので採用されない。労働者が企業内格差を嫌う事も低賃金労働者を雇わない理由になっている。既存労働者の仕事を移民者が横取りする余地はない。
高技能労働者の場合は、仕事が面白く熱心に働くため、受け入れ国労働者の賃金水準を押し下げる可能性が高い。(効率賃金を払う必要がないため。効率賃金とは会社が労働者に逃げられないように払う追加賃金。他社の賃金と関係なく組織内で生産性を高めるために決まる賃金水準のこと。離職率の低下、従業員の質が高くなる、労働意欲が高くなる効果がある)
また技術があり、安く雇える者が入ってくると、賃金が下がり既存の高技術者が辞めていく現象も起こる。
マイナスの面ばかり挙げたが、プラスの面もある。受入国の貧しい人々に恩恵があることがある。例えば、低所得者のコミュニティに医者などのが介入するようになる(アメリカでは貧困層の地域に移民の医者が開業することが多い)
レモン市場(崩壊した市場)レモンは見た目で腐っているとはわからない。中身は腐っている。
逆選択
紹介による労働者の受け入れについて。質の悪い労働者を掴まされらることを避ける雇用主は賃金をできるだけ安くする。推薦状を持っていない人は低賃金を嫌い応募しない。市場にいるのは推薦状を持たない労働者ばかりになる。こうして最も粗悪な物しか市場に出回らない状況になる。
移民者の社会の中で就職するには、コネクションやネットワークなどのつながりが優位になることがある。このことは、労働状況を不平等にさせ市場を崩壊させる。競争条件が平等でなければ市場を機能しない。結果ほとんどの人が職にありつけない(ここがよくわからない。職をがっちりつかめる人と、つかめない人の2種類の人がいるだけでは?ほとんどの人が職なしになる理由が分からない。?)
国外へ移住するかどうかは、事前の情報の多価に左右される。ある国で移住者が死んだという情報が流れればその国への移住者は激減する。
移住者は移住先の収入を過大に想像する。悲観的な情報は暮らし向きが楽になる可能性をしぼませる。
角度を変えて見ると。
9.11のような誰も予想しえない「未知の未知」を不可実性という。多くの人は不可実性にしり込みする。楽観的な未来予測と、悲観的な情報から見えてくる、何が起こるかわからないという感覚は、しり込みを生み、移住をためらわせる要因になる。また状況を把握できないケースは決断を先送りする傾向もある。移住先は不可実性が高い。悪いことが起こる確率を高めに見積もり移住をためらわせる。
しり込みせず、挑戦したあとする。
人は自分が積極的に決めたことが、何もしなかったときより悪い状況になった時大きく落胆する。失敗を恐れる気持ちは冒険の足かせになる。
だれしも、自分は賢く、勤勉、論理的な人間だと思っている。この気持ちは気分がよく、いざというとき困難に立ち向かう勇気と自信を与えてくれる(ここよくわからい) -
Posted by ブクログ
良い本でした。
ファスト教養のように浅くなく、かと言って専門書のように深くなく、基本的なことをサラッとおさらいできるのでとてもよかった。
私は経済学をちゃんと学んだことがないので、少し頓珍漢なことを言うかもしれないが、経済学というのは不確かなものを追求する学問なんだと改めて感じた。
様々な理論が打ち立てられるが、100%確かなことは言えないし、趨勢があったり派閥があったり。
その傾向があるとか大筋はあっているとか。
物理学のようにまったくもって正しい数式は存在しないし、不確かなランダム性やカオス理論に影響されてバブルがはじけてしまう。
どうしても経済学が有耶無耶でとっつきにくいものという印象を受けてしまうのも、そのためだろう。