評判が良さそうだったので読んでみました。
私も主人公と少し似た状況にあるので、ゾワゾワしながら読み進めました。
うちの両親も、そこそこ高齢になりつつありますが、今も車を運転しています。しかも車がないと生活が成り立たない地域に住んでいるという点もよく似ています。
今のところ認知症の症状は出ていませんが、この本のような事件に巻き込まれる可能性もゼロではない…。
離れて暮らしているからこそ、こまめに連絡を取ろうと思いました。
(ちょっとした変化に気づくのが、何より大事!!)
この小説では、高齢者のプライド(過去の栄光や見栄)をうまく利用して事件に巻き込んでいく手口に嫌らしさを感じました。悪い人間は、こういう隙を突くのが本当に巧妙です。
(「地面師」でも、認知症のおじいさんを“なりすまし役”に使っていたことを思い出しました)
主人公の父親・武は、中途半端にプライドが高く、体裁を非常に気にします。自分の弱みを認めたくないし、他人に見せたくもない。(昔でいう「頑固オヤジ」というタイプ)
悪い人間にとっては、まさに格好のカモです。
さらに認知症の初期症状も出ているため、より都合よく騙されていく…。
こうした事件に巻き込まれないためには、家族の間で風通しのいいコミュニケーションを、普段から築いておくことの大切さを痛感しました。
誰でも気軽に発言できる雰囲気づくりを意識していきたいものです。
この小説の主人公は、いわゆる“意識高い系”。
自分にも他人にも厳しく、父親譲りの高いプライドと頑固さを持っています。
だからこそ、人の話を素直に聞こうとしません。(妻の訴えもすべてスルー)
さらに、妻も子どもも、家族のピンチという重要なことすら、彼には話さず自分たちで抱え込もうとする。
正直、夫がこのタイプでなくて本当に良かった…と読んでいて思いました。
こういうタイプの人には、話しても無下にされるのが目に見えているので、やがて誰も話しかけなくなってしまう。
話すだけストレスが溜まるので、当たり障りのないことしか話さなくなっていく。
家族なのに、無邪気に笑い合えなくなってしまうんですよね。
この事件の背景には、そうした家族関係の歪みも大きく影響していたのだと思います。
生きていると、誰しも重要な決断を迫られる瞬間があると思います。
「人生に『もし』はないのかもしれないが、ひとつだけ大きな分岐点があったのは間違いない。」
まさにこの言葉通りです。
その分岐点に立たされた時、“プライド”を取るのか、“正直さ”を取るのか。即座に決断しなくてはなりません。
(私は間違いなく“正直さ”を取るタイプ。小心者なので…)
プライドが勝った瞬間、大抵は取り返しのつかない結末が待っている気がします。
一生かけても修復できないような結末が――。