平川克美のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
大量生産、大量消費社会についてはすでに多くの人が疑問をもっている。自分もそう感じている1人ではあるが、そうしたものを生み出していた。
人は欲をもっていて、それは好奇心であり、尽きることはない。
競争戦略、経済成長、集団的自衛権など、これからもそうした成長戦略のために前に突き進むのだろう。
その一方で、シェアハウスやNPOなど共生していく生活が広がりつつある。
リアリティのない成長戦略より生き延びるために。著書にはそうした若者が増えていると分析した上でこう語っている。
「やむなく始めた生き延びる戦略の中に、定常経済への萌芽的な形態が生まれるように思います。」
これからも目の前のことに疑問を持ちつつも、未来は明るいと信じて、正しい決断をしていきたい。 -
Posted by ブクログ
グローバリズムとは何なのか?
世界がグローバル化している&国際的な取引が当たり前になってきていると言うならば、古代の時代から、人はグローバルを目指して商売をしてきているはずであり、それがなぜ今ここまでクローズアップされ、声高に叫ばれるのか不思議で不可解だったが、その疑問に答えてくれる本だった。
日本には日本の価値観があり、経済活動があり、人口減少の時代に入った成熟社会にとって、それは単純な成長ストーリーを描くことにどうしても無理を感じていたが、そもそもそのようなことを信じ叫ぶ人達とは世界観や歴史観、人間観が根本的に異なることがよくわかった。
目先の人も幸せにする気持ちも情もない存在に対して、貴重な自分の力を使うわけにはいかない。そんな風に感じた。 -
Posted by ブクログ
腰巻きに「おじさんと若者が,ゆるゆると日本の未来を話し合ってみました…」と書かれていますが,そのとおりのシンポジウムの記録でした。
ただ,話されている内容は,立ち位置がしっかりしていて,しかも包容力もある話で,とても好感が持てました。
グローバル化と国民国家とは両立できない…とすると,わたしたちは,もう一度,地に足をつけた国民国家を作る必要があるだろう。
話を聞いていると,「わたしたちの地域の再生も無理ではない」と思い,勇気が出て来ます。できるところから,できる人がやる。
「人はカネのためだけに生きているワケではない。」-これも腰巻きの言葉です。
第3回シンポジウムの結論…「ぬるリベ」(ぬるいリベラル)。これはいいですね。 -
Posted by ブクログ
一読するとわかるが本書はけして経済学についての表面的な戦略や批判の書ではない.
継続的な経済成長を目指すことを日本全体が当たり前と考えていることに疑義を唱える.著者の言うとおり数値的に無限の成長などありえないのである.
今の社会は成長期ではなく,成熟期に達した社会であると著者は言う.自然の流れとして社会もこれから老いていく時期が来ているが,若さと引き換えに得たこれらのものを成熟した私達が成熟した未来として生きていくのであると希望を持った締めくくりにしている.
社会も人間も生まれてから成長、退行していくことはいむべきことではなく自然の必然なのである.
一流の哲学書であった. -
Posted by ブクログ
ネタバレ「経済」というジャンルで一括りにできるかどうか。
現在の我々が置かれた状況では「経済」はいかに生きるかという「思想」と分かちがたく結びついている。
人口の減少、ものづくりから金融・情報サービスへの経済の移行、新自由主義経済の破綻と不均衡…
様々な問題があるがそれらは根本的にすっきりと解決できるものではなく、個別になんとかやりくりしながら粘り強く耐えていくしかないのかもしれない。戦後の高度経済成長という歴史上希有な「幸せな時代」を懐かしむのではなく、リアリスティックに現代を生き抜く逞しい知性と身体性をもつことが必要である。
そんな現状把握に最適な一冊。 -
Posted by ブクログ
読み応えのある、とても、味わい深い本でした。
著者と全く同い年(青年から熟年まで、高度成長時代と低成長の時代を生きて、今や「成長の限界」を感じている世代)なのと、大学違えど工学部出身でありながら、エンジニアではなく、ビジネスの世界に身を置いて来たので、言葉に出来ない何かの共通項があるのか、本書の内容には深く共感できた。
私も一時期、ITハード系のビジネスで秋葉にしばしば通っていたのだが、著者と接点はなかったは残念。
目次
-------------------------
序章 私たちもまた加担者であった
第一章 経済成長という神話の終焉
リーマンの破綻、擬制の終焉
宵越しの金は持たない 思想の立ち位置
専門家ほど見誤ったアメリカ・システムの余命
経済成長という病
グローバル化に逆行するグローバル思想
イスラムとは何でないかを証明する旅
「多様化の時代」という虚構 限りなく細分化される個人
第二章 溶解する商の倫理
グローバル時代の自由で傲慢な「市場」
何が商の倫理を蒸発させての火
私たちは自分たちが何を食べているか知らない
ギャンブラーの自己責任論
街場の名経営者との会話
寒い夏を生きる経営者
ホスピタリティは日本が誇る文化である
第三章 経済成長という病が創り出した風景
利便性の向こうに見える風景
暴走する正義
人自由主義と銃社会
教育をビジネスの言葉で語るな
テレビが映し出した異常な世界の断片
雇用問題と自己責任論
砂上の国際社会
直接的にか、間接的にか、あるいは何かを迂回して「かれ」と出会う
終章 本末転倒の未来図 -
Posted by ブクログ
友人のtu-taさんのブログを見て、読んでみようと思った一冊。
一言でとても読みやすい本だった。
平易に書かれていたというのではなく
自分のような一般人がうまく言葉に表せない今の世の中のモヤモヤや
クエスチョンマークを書き示してくれたような感じがする。
例えば、
「果たして、消費資本主義に浸かりきった現代人は、その価値観を変更することができるのだろうか。
たぶん、価値観を変えることも、生活を変えることも恐ろしく難しいだろう。
誰もが、本心からそのように思わなければ、何も変わらないからである。(P45-46)」
「かくして、経済対策も、医療対策も、教育方針も、人口対策も、経済を持続的に成長させる
という前提のもとに設計され、施行される。経済成長は、人間の社会が達成しなければならない
ほとんど唯一の目標となる。ほんとうは、経済が成長するか鈍化するかは
人間の社会の様々な要因が生み出す結果であり、成長への期待はただの願望であり
妄信に過ぎないとしもである。しかし、なぜか経済がマイナス成長するという前提は、禁忌とでもいうように
遠ざけられ、よくとも見てみぬ振りをされてきたのである。」(P65〜66)
「グローバリズムとグローバル化は違うのである。グローバリズムの結果、世界がグローバル化してゆくのではない。
世界がグローバル化するのは、民主主義の発展や、科学技術の発展を背景にした自然過程だが
グローバリズムはアメリカないし、その随伴国が、世界の富を収奪し、貧富を固定するための
国家戦略だからである。」(P74)
「多様性。国際性。市場性。実効性。自己責任。自己実現。これらは一連のマインドセットであり、
グローバル化する世界の中で、市場競争に打ち勝つために必要な経済合理性を
担保する思考方法を構成する特徴的なワーディングなのである。」(P94)
アメリカ合理主義の参照者が褒め称えるダイバーシティーという価値観は
多様というよりは、個々の欲望の目先が細分化し、お互いがお互いを参照する必要のないところで
自己決定、自己実現しようともがいている光景だとしか思えないのである」(P97〜98)
これらはふんわりとは自覚していたものの、実は言説かされていなかったことのように思う。
少なくとも、自分自身の言葉として現れていなかった。
なぜ経済成長する必要があるのか、活性化する必要あるのか。
成長、活性化ありきの議論ではなく、その必要性を考えて見る必要があると思う。 -
Posted by ブクログ
内田樹篇の平成を振り返るエッセイ集。最初に内田氏が言っているように、自由に書いてもらったので統一感はないが、それぞれの書き手の専門分野に応じて、いろいろな平成の断面が見える。中には内田氏ファンである読み手の存在を忘れているのではないかと思われるものもあったが、総じて興味深く読めた。面白かったのはブレイディ氏の英国的「ガールパワー」と日本的「女子力」が全く真逆の意味になるという指摘だった。前者は、女が、女たちの支持を得て女たちをインスパイアすることだったが、後者は、女が、男たちの支持を得て男たちに愛されてほかの女たちより上に立つことだという、なるほど、双方の国民性の一端を垣間見せてくれている。
-
Posted by ブクログ
『13歳のハードワーク』がいちばん興味深くわかりやすい内容。これを最初の章に持ってくるべきでした。本当に中学生に読んでほしいと思うなら、まず読みやすい文章から載せるのがいいと思います。「こんな難しいこと書いてるオレってすごいでしょ、みんなついてこれる?」って思ってる大人の文章から始められると読もうとする気持ちがなくなります。
中学生は小説以外の文章を読む機会が少ないし、意外とまじめなので本は常に最初から読もうとします。興味のあるところから読もうとは思いません。
そしてこれを書いているおじさんたち、子どもがいるなら精一杯育児に関わったでしょうか?中学生、高校生の息子、娘にしっかり向き合ったという自信はあるでしょうか? -
Posted by ブクログ
平川氏というと実業家であり、現在は隣町珈琲店という喫茶店を営んでおられるとか。内田樹氏の小学校からの親友で、その関係で俺も本を手に取るようになった。
何冊か読んではいるんだけど、内田氏ほど「おぉ」と感心する派手さはないと思っていたんだけどね。
今回読んだ本書は、「おぉ」といろいろ考えさせられるところが多かった。
感心した話の例としては、ロレックスの時計の話がある。
ロレックスの時計を、仮に300万円とする。
でも時計としての機能を考えれば、一万円でも今は高いくらいだろう。
機能の分を一万円とするなら、のこりの299万円は何の価値になるんだろう、という話。
いくつかの見方があるんだけど、本書後半で内田氏が出てきて往復書簡(メール)として議論していた。
その299万円の価値とは、なにか。
それがわかった瞬間、その商品はその299万円の価値をうしなうのではないか。
なんで、そんなに高いの?そう人に思わせるところに、その価値はあるのだ、と。
おぉ、なるほど。
そういう見方はたしかにあるかもしれない。
なんとなくこういう価値なんじゃないか、というイメージはあるだろう。でもそれは人によって違う。その違うなかで、でもある程度納得している微妙なラインにその価値はあるのかもしれない。
言いおほせてなにかはある、なんて言葉を昔聞いた気がするなぁ、なんて感心した。 -
Posted by ブクログ
内田の依頼に応じた識者たちが人口減少の日本の撤退論を語る。
それぞれある意味好き勝手に持論を書いている。
これをここでまとめても意味はなかろう。
自分の思う「撤退論」を書くことにする。
識者の意見に影響を受けつつ。
人口減少は先進国共通の現象であり、これを避けることはできない。
異次元の少子化で児童手当増額などといいながら、
扶養控除を廃止したり、社会保険料を増やそうとする政府の愚には呆れる。
彼らにこそ撤退論が必要なのだ。
高度成長時代の、人口増加時代の仕組を変えようとせずに小手先だけの政策を行う。
前例に倣うことしかできない。
更に省益優先、OBの天下り先優先で国有財産を財団法人に抱え込む。
違う仕組みが必要なのだ。1年で50万人が減る国には。
それができないのは、今の仕組のままの方が都合がいい輩が政府、財界の多数派を
占めるから。何年か何十年かは持つかもしれないが、その多数派はどんどん減る。
そして皆が貧しくなる。このままの仕組みでは。それは見えている。
だって確実に人口は減るのだから。増やすには移民しかないのに、それは拒否するのだから。
絶望しかない。
撤退論、必要だ。