平川克美のレビュー一覧
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グローバル化、新自由主義、何だか地に足が付いていないことがどんどん進んでいるような…。身体感覚のない言論が過激さを加速する。匿名のネット上での発言が問題になるのも納得です。
ここのところの内田氏はグローバル化、グローバル企業と国民国家が相入れない関係であることを盛んに書いています。株式会社の平均寿命が10年未満なのにたいして人間の寿命は数十年。我々の身体感覚ではものごとを100年単位で捉えている。それを体現しようとするシステムが国民国家である。企業は100年後のことには興味ないのですぐに効果、結果を求める。この企業の論理が国民国家に浸透してきてしまっている。これが何を生み出すのか私たちは冷静に判断しなければならない時期に来ているようだ。
既得権益を排し、全ての人に平等な機会を与えるというのは一見正論のように聞こえるけれど、本当にそうなのだろうか?もしかしたら強者だけが得をする超格差社会を生むだけなんじゃないだろうか?
答えは分からないけど、はっきりとものを言う、正論を言っている(ように聞こえる)人が幸せな未来を私たちにもたらしてくれるの考える必要があると感じさせられる。 -
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内田:この20年ほどの「構造改革・規制緩和」の流れというのは、こういう国民国家が「弱者」のために担保してきた諸制度を「無駄使い」で非効率だと謗るものでした。(P.5)
中島:かつての70年代くらいの若者にとって、未来というのは輝けるものとして存在した。とすると、今ある自分の現実に対して「俺にはもっと幸福が先にあるんだ」と思えた。だから今の自分はまだまだ幸福ではない、と言っていた。しかし今の若者には先が見えない。輝ける未来や、今よりよい自分というビジョンが描けない。あるいは欠落している。だったら今の状態を幸せだと言っておかないと…と考えてしまう。(P.62)
内田:今の公共政策の、まず税金を集めて、そのために企業を誘致して、公共事業でハコモノを作って、それを雇用を創り出して…という発想って、もう完全に時代遅れだと思うんです。税金の徴収と配分も大事だけれども、それよりも市民が自分たちでやりたいことがあるなら、それをどう組織して、どうつなげて、どうネットワークして、行政とどうリンクさせていくのか、そういうアイデアを吟味することがこれからの自治体のたいせつな仕事になると思います。((P.145)
中島:かつて民本主義を唱え、普通選挙の導入を説いた吉野作造が、こんなふうに言っています。吉野はみんなから反対されるんですね。「そのへんのおじさんに選挙権を与えても政策なんてわからないだろう。日本が混乱するばかりじゃないか」と。それに対して、吉野は言うんです。それはそうだろう。そんな政策の細かいことはわからないだろう」と。けれど、こうも言います。「人を見分ける力が民衆にはある」と。(P.151)
中島:リベラルとは、極めて簡単に言えば、国家や権力が個人の内的な価値には土足で踏み込まないという考え方です。それに対してパターナルは、個人の内的な価値観に関わることでも、国家が1つの指針をもって、一定程度コントロールしていきますよという考え方になります。(P.153)
内田:ある政策がいいのか誰も確信ができない。ある専門家がこっちが正しいと言って、別の専門家はこっとが正しいと言っている。そのトピックについて、市民に比べて圧倒的に知識量のある人たちの意見が分かれているんです。非専門家に判断できるわけがない。(P.158)
小田嶋:黒字の消防署ってありえない。つまり公共サービスが黒字を目指すのがそもそもおかしいんだと。当時は国鉄解体の話が出ていた時代で、「国鉄儲かってないじゃないか、けしからんじゃないかと言うけれど、われわれが儲かってないということは、お客様が得をしてるってことなんだから、必ずしもわれわれが責められるべきじゃないんだ」と。(P.188)
小田嶋:さっき内田先生がおっしゃってた日米の父と子の関係の話でいうと、私が前からずっと思っていたのは、アメリカってジャイアンだと思うんですよ(笑)。で、われわれ日本はのび太だったらまだいいんですけど―いや、のび太だった時代もあるんですよ。ドラえもんという強力な科学技術を持ってた時代も―だんだんスネ夫になっていった。つまりいつもジャイアンにくっついて、おべっか使って。ジャイアンの代弁者になって、安全を確保さらてるみたいな、ああいう奴ですよ。でも、スネ夫の唯一の長所というか利点は、あいつ、金持ちの家の子なんですよね。だけど、その唯一のいいところを失って、貧乏になったスネ夫ってどうするの? あるいはドラえもんのいないのび太って何なの?というようなところに今われわれは差し掛かっている。(P.193)
中島:橋下さんが言うような競争社会というものは、グローバリズムの中で戦えるような、安上がりの戦士のような人間を求めてきた。(中略)橋下さんの言う形は、いわば途上国のモデルですよね。それでは一部の人しか得しません。多くの若者はそこから除け者になっていきます(P.196) -
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副題として 「退化に生きる、我ら」とある。
著者は、2000年あたり を境に 価値観が変わったと指摘する。
なぜかわったのか よく見えない という。
それを探る作業が この本のようだ。
言葉使いは 巧みで まるで 全共闘の闘士のようである。
ヒラカワ氏は言う
『果たして 私たちは、揺れ動く時代の表層に浮遊することから
自らを解き放つことができるのだろうか』(6ページ)
20世紀は 政治の時代とするならば、
21世紀は 経済の時代といえる。
ヒラカワ氏は言う
『経済の時代とは 卑近な言い方をすれば、金持ちが、
ただ 金持ちだけであるという理由だけで威張っていられる時代
だともいえる』
イデオロギーの正当性から
経済差異という数値的な指標がクローズアップされるようになった。
言葉(思想)よりは 財力
観念(イデオロギー)よりは 実質
質より量・・・
『何よりも 経済成長が重要であると考えるようになった』
経済重視の成長というのが 金融工学を生み出し、
欲望を限りなく 拡大していった。
それが リーマンショック で挫折して
あらたな 座標軸が 見えなくなっている時代といえそうである。 -
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ネタバレ「実感の無い景気回復」と言われたのが数年前でしたが、それを実現させたのが所謂「泡銭」で、出資と経営の分離云々が叫ばれて、やがて至上資本主義が暴走を始めた…
これから先は経済成長に囚われることなく、「地に足をつけた社会にしましょう」と謳う著者。
それを敷衍して秋葉原の事件や人口減少の前途を「経営者」の視点から述べています。数々の偽造事件の主犯は、恐らくは家族想いで立派なお父さん。であっただろう。人間一人が善悪を持ち、どちらかに傾倒している人はいない云々ははっとさせられました。
あちらこちらに「なるほど」と思わせる箇所があり、その思考は瞠目に値します。
が!後半にある人口減少の節。
「今までが異常であるため、人口減少して落ち着いてくるのが妥当」「経済成長のために出生率を上げる等と言う政府のはいかがなものか」云々ありましたが、前者に対しては全体人口のバランスが肝要であり、人口ピラミッドが総崩れしている現状には触れていないこと。そして後者に対しては経済成長を主軸に据えて発しているが、一番考えなくてはいけないことは「生みたくても生めない経済力の現状」にその問題の根底があるように感じます。何の本だったか忘れましたが(笑)、現在日本の出生率と経済力には相関関係が見られるという統計もあるようです。その箇所が一番腑に落ちませんでしたが、総合的には良書と言えます。尚、この本は論題がやや漠然としているので、 それを詰めて具体論を展開している、広井良典著「定常型社会」を併せて読むと曙光が見えてくると思います。また山岸俊男著「安心社会から信頼社会へ」では 平川さんの「商倫理」節に関して深く鋭く入り込めるようになると!
思いますた! -
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かつて日本経済のバブルが弾けたとき、政官財の護送船団方式を批判し、否定したのは、アメリカではなかったか。そのアメリカが昨年9月のリーマン・ショック以来、なりふり構わず大企業の再建・援助に、躍起になっているのはどうした理屈であろうか。
思えば、アメリカが振りかざす「正義」の旗はなんと醜いことだろう。無理な戦争を仕掛け、世界中の富を簒奪するような金融システムを構築しておきながら、やれ自由だ、やれ機会平等だと、もっともなことをいう。
日本国内でも、100年に一度の危機という言葉が随分、あちらこちらで叫ばれている。どこかの党首は全治3年という。しかし、100年に一度の危機というのを規模で捉えるのではなく、思考パターンそのものの転換で捉えなければならぬのではないだろうか。すなわち、経済は永遠に成長し続けるというまやかしからの転換で。
現行の経済対策だけでなく、医療対策も教育対策も少子高齢対策も、すべて経済はこれからも持続的に成長する(させる)という前提のもとに設計されたうえで、実行されている。人口が減少していく日本が、本当にこれからも経済を持続的に成長させ続けることができるのか。GDPや各種企業統計などといった数字に振り回されてはいまいか。
日本の社会は概ね「成熟」したと言える。なにがなんでも「成長」にいつまでもしがみついていては、本当に捉えるべき現実が見えなくなるのではなかろうか。 -
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1950年生まれの団塊の世代が経験した戦後日本の辿ってきた道を概観し、経済成長とは日本人・日本社会にとって何であったのかを身の回りで起こった些細な現象にコメントを加えながら書き綴ったものである。
経済学者岩井克人の言う資本主義社会の3要素、言語・法・貨幣。
ただ単なる交換手段であり、貨幣は貨幣であるから貨幣であるという自己循環論法からすると、それだけのものであるにもかかわらず、貨幣欲が過ぎてしまった戦後世界。
その結果、人間社会で重要な要素である言語・法への悪影響も多大であった。
二十一世に生きる君たちへで司馬遼太郎が指摘したように「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」この三つの言葉は、もともと一つの根から出ている。
根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけなければならないのである。
はてさて、日本人に自らが適切な「訓練」方法を見出す21世紀となって欲しいものである。 -
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2020年、COVID-19が席巻した世界では次々と社会の歪みが露呈した。そのコロナ期とポストコロナ期に、次世代の若者たちがどう生きるべきかを内田樹をはじめとした様々な年代の言論人たちが語る。
内田さんが声をかけて集まった様々な分野の今をときめく著名人たちがコロナとコロナ後の世界をテーマに執筆しました。内田さんのセレクトだけあってみんなけっこう尖っていて(偏っていて)どれも読み応えのある内容でした。中学生向きということで平易な文章で一編が短いのも読みやすくていいと思います。そしてみんな分野が違うので、コロナ期というものを違う角度から見ているのも面白い。また、分野が違っても結局、多くの著者が今世紀に入ってからの日本の教育が間違っていると言及しているところが内田さんセレクトらしくていいし、実際にその通りだと感じます。
近代に入ってから特徴的なのは膨大な富を得た後に残る負債を残らず次世代に押し付けるところ。これを明確にあぶり出したのがコロナで、コロナがあってもなくても次世代の若者たちは老人たちのケツを拭きながら生きる羽目になります。そのことに若者たちと、おそらく現役世代に含まれる私たちがどう向き合って生きなければならないのか、時代のまさに転換点に生きているということを感じさせる本でした。
特にキューバを例とした無料医療に言及した三砂ちづるさんの章が勉強になりました。ということでゲバラの若き日の旅路を描いた「モーターサイクルダイアリーズ」も併せてお楽しみください。この映画はすごくよかった。本も出てる。
あ、あとバランスを取るために武田邦彦の「君が地球を守る必要はありません」もどうぞ。 -
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少子高齢化社会でも経済成長を続けることは、お米が足りないのにおにぎりをもっと作れって言ってるようなものなのかな。無理よね。
まず、無理を認めること。
それから、資本主義社会の外の世界があることを知り、体験し、その世界の間でバランスをとっていくことが鍵だと思った。
・大切なことを持続させるために、我々はこれまでの手法からの撤退を学ぶべきなのである。
・社会の内と外、此岸と彼岸、文明と自然、常識と非常識などなど、二つの原理を行ったり来たりすることで、問題を「なんとなく」暫定的に解決する。これが地に足を着けることである。
・現代における下野とは、他社のニーズを全く気にせず、とにかく徹底的に主観を認めることだと言えます。
・僕らが生きている時間の中には、大きく分けて二つの相があります。ひとつは必ず前に進む「文明の時間」、もうひとつは循環し回帰する「自然の時間」です。猫には、循環する時間だけが流れているのです。彼らにら「進歩」の概念がない。