平川克美のレビュー一覧
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【由来】
・おっかさん用に借りたものだが、面白そうだったので。
【期待したもの】
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【要約】
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【ノート】
・サラリと読んでみたが、行き詰った資本主義、身体性を失った貨幣、モースの贈与論なんかをポイントに配置しながら、日本的な経済の営みなんかも振り返りつつ、考えながら語る、という感じの内容。
・ギリギリで自分には嫌味ではない。内田樹センセーの仲間らしいが、ところどころ、センセー的な表現も。読ませる感は少し弱いのだが、この人の方が、立て板に水じゃない分、信頼できるって言うか(笑)。
・ただ、モースもそうだけど、マルクスは当然として、E.トッドだとかB.アンダーソンだとかへの目配せの -
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ネタバレ3人の対談として読むので軽くていい。
会話の中で流れついていくいろいろな話題が面白い。
以下印象に残ったことなど。
・グローバルという視点の元に、均一の基準で比べられる大学。
個性や理念は問題にされず、
数値化できるもので誰にでもわかるようにならされる。
結果、ランクの低い大学を淘汰し、補助金を分配する対象を減らしていく。
教えることがこんなに見下されているってなんだろうか。
・先生と言うのは誰にでもできるもの、という内田さんの言葉が印象的。
能力のある人にしかできないものだったら、
該当者がいないときに、子供は生きていくすべを学ぶことができず
その集団は一代で滅んでしまう。
・自分の中の演算 -
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2020年のオリンピックが東京で開催されることが決定されて以降、反対意見がほとんど聞かれなくなったという言論状況そのものについて問題提起をおこなった鼎談です。
元来近い立場にある三人の座談会なので、おたがいの意見を戦わせるような場面もなく、緊張感に欠けるのはいたしかたないのかもしれませんが、語られている内容そのものには賛同できることが多く、著者たちの発言に膝を打ちながら読みました。
もっとも、いくつか違和感をおぼえるところがあったのも事実です。私自身は、内田がさまざまな著作で展開している身体論や、『日本辺境論』(新潮選書)で語られているこの国についての言説には、すこし危ういところがあるので -
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ネタバレこれからを生きていく人へ贈るメッセージ。
日本の現状に危機感を抱いた内田樹が,中高生へとメッセージを送るために様々な人へ文章を書いてくれるよう依頼をした。統一感はあるような,ないような。しかし,皆,日本の現状に(というか,現政権に)危機感を覚えている人たちである。出版されたのは2016年7月なので,書かれたのはその少し前とすると,その後,イギリスEU離脱が国民投票で決まり,トランプ大統領が誕生し,また日本は重要法案を急いで通そうとしている。危機は加速しているのでは。
戦後の,戦後すぐの平和主義がそろそろ機能しなくなっている,そう感じる。軍隊を持たない,平和を守る国でありたい,でも,他国に攻 -
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人間の欲望というものは、強弱や濃淡はあっても、誰にでも同じように潜んでいるものです。人間が社会生活を、営むことができるのは、この欲望を騙し騙し使うということを覚えたからではないでしょうか。規矩とは、己の内部の正義や倫理の名前ではなく、己の欲望に対して自らその使用を禁じるということに他なりません。
なぜ、それを禁じるのか。おそらくは、自分で自分をリスペクトしたいという、次元の異なる欲望があるからです。自分が何を得たかということよりは、自分が何を断念できたかということの中に自分へのリスペクトは生まれます。断念によってしか獲得できない境地、というものがあるということです。 -
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目もくらむようなスーパー秀才エリートだった人たちが、声をそろえてもはや反対することができない空気があったと言っている。ドイツ語で日記を書けるような、言葉を自由自在にあやつることができるエリートたちが、一億人の運命を左右するような決めごとを、最後には言葉でなく空気を読んで身を委ねたと語っている。
福島の原発事故直後の危機を回避するための政府首脳の重大会議、40年以上も続いた政府の憲法解釈を内閣の形式的合議だけで大きく変えてしまった経緯、いずれも議事録が残っていない。それが僕たちの国の致命的な欠陥だ。これはもう病気と呼んでもさしつかえないと思う。かつて有名な政治学者はこれを壮大なる無責任体制と呼 -
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グローバルスタンダードが、自分たちが何にビハインドしてるかの明確な指標が欲しいあまりに作り出されたものであり、本来は存在していないという考察を興味深く読みました。〜では、〜では、○○であるが、それに比して、日本の政府は〜、日本の企業は〜、日本の教育は〜という、何かに負けている、何かより劣っているという前提でしかものごとを語れない傾向は仕事をしていてもよく聞くロジックであるなあと思いました。その基準だけでなく、日本語を正しく操って内外に向けた表現や交渉が出来ているのか、それ以前にもっと内面内部に磨きをかけて外面外部ににじみだす努力も怠ってはいけないなと思う次第です。