武田砂鉄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
メディアやネットの言い分を聞いていると、自分の方がおかしいのかと思わざるを得ないような感覚に陥っていたところなので、著者の言っていることを読んで、まさにこれを聞きたかったのだ、とモヤモヤがちょっとだけ晴れてきたような気がした。それにしても大変な時代になったものだ。不正を行なったり嘘をついたり節度のないことに対して野党が批判すると、「悪口」を言っているとみなされるんだから。そういう態度は権力者・強者を利するだけで、結局弱者・持たざる者が虐げられる。24年に書かれたこの本は、26年の今起きていることともぴったり符合する。
「いきり」というのが文脈上どうにも収まりが悪いところもあったが、意見の中味ではなく、「お前にそれを言う権利があるのか」的な、不寛容で頑迷で声の大きさで押しきろうとする態度は、確かにあちこちで見られる。でもそういういきっている人にただ屈して発言権を放棄するのではなく、おかしいことはおかしいと言い続けたいものだ。 -
Posted by ブクログ
「いきり」ってどこから生まれてくるの?の説明をしながら、いきりの周辺にいる人の構造とありかたを批評する本。
主張としてはわかるし、そうだねとは思うんだけど、雑誌連載してた時の雰囲気をそのまままとめてるから一冊の本として読むと主張が整理されてなくて読むのがキツいところが目立った。一番最後に書き下ろされたところが一番まとまってたように思う。
論の中身ではなくテクニックとパワーによって論理を潰そうとする「いきり」は、自分の中身の無さから目を逸らさせ、自分でも自分から目を逸らすために使われるもの。
忙しくてじっくり考える余裕を作れない日々だけど、いきらないようにちゃんと考えながら生きてこうと思った。 -
Posted by ブクログ
いろんな巷の言説を「いきり」という視点で切り取っています。問いより答え、日和見と言い切り、議論より論破。そんな今の時代の空気を見事に言語化してくれていると思います。
何より共感したのは、相手の発言者としての資格を問いたり、質問の質を問うことで議論に勝つ手法のこと。自分の思考の欠落を相手の権利の欠落で補う。日々そういうのを見せられて嫌な気持ちになっているので納得です。DaiGoや石丸伸二など、名指しで書いているところが痛快です。
怒りとか不機嫌などのネガティブな感情や態度が社会通念として封殺され、幸せの形が規定され、それを強制されるような社会はユートピアなのかディストピアなのか。上機嫌であるために情報選択
著者は普段目にする何気ない記事などに書いてある一言に引っかかり、深く考え出す感受性を持っています。言葉が溢れる世界でついいろんなワードを無自覚に取り入れてしまう自分も反省しなければ、と思わされました。
それ以外にも耳の痛い話が多かったです。皮肉めいて頭良さげに聞こえる言動をしてみたり、プレゼンスキルなどの人に言葉を届けるためのテクニックを学んだり、無意識に自分がやってることが、なんか嫌だな、と思っていましました。
いきっている人は熟考しない、結論が先。そうならないように日々心かけたいです。 -
Posted by ブクログ
個人が思考する隙をあたえない、情報爆発時代。
わかりやすさと力強さに極振りして言い切られる「いきった言説」には、疑いのまなざしをもって情報を吟味すべきなのだろうが、処理すべき情報が多すぎていちいち考えていられない。情報処理の欲望を満たそうとすれば、可処分時間も可処分精神も、人間のキャパはとうに超えている。
近い将来、アルコールやたばこと同様に、メディアには「過度な情報摂取は精神を病み正常な思考を妨げる可能性があります」とラベリングされることだろう。
ハラリの見解だったか、「ナチスは情報を遮断する事で真実を隠し市民を思考停止に至らしめたが、現代は圧倒的な情報量を浴びせることで、それを実現している」。
注意したい。