武田砂鉄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
武田砂鉄さんの著書を初めて読む。というかオーディブルで聴く。ラジオを何回か聴いたことがある。あの人は美声(好みの問題?)なのでご自分で読んでくれたらいいのに、と思ってしまったが、聴いてるうちにこれはこれで悪くない、と感じるようになった(朗読で聴く読書体験、これ自体がいまだに興味深くて何か語りたくなってしまう)。
武田砂鉄が感じてきた「なんかいやな感じ」を、自分史のような社会史のようなスタイルで語っていくエッセイ。私はだいたい同世代で同じ東京生まれでもあるので、だいたい近い感覚で聴くことができて、その“だいたい同じ”立ち位置での感想は、ついに同世代がこんなに堂々と中年らしい昔語りをするように -
Posted by ブクログ
「いきり」ってどこから生まれてくるの?の説明をしながら、いきりの周辺にいる人の構造とありかたを批評する本。
主張としてはわかるし、そうだねとは思うんだけど、雑誌連載してた時の雰囲気をそのまままとめてるから一冊の本として読むと主張が整理されてなくて読むのがキツいところが目立った。一番最後に書き下ろされたところが一番まとまってたように思う。
論の中身ではなくテクニックとパワーによって論理を潰そうとする「いきり」は、自分の中身の無さから目を逸らさせ、自分でも自分から目を逸らすために使われるもの。
忙しくてじっくり考える余裕を作れない日々だけど、いきらないようにちゃんと考えながら生きてこうと思った。 -
Posted by ブクログ
いろんな巷の言説を「いきり」という視点で切り取っています。問いより答え、日和見と言い切り、議論より論破。そんな今の時代の空気を見事に言語化してくれていると思います。
何より共感したのは、相手の発言者としての資格を問いたり、質問の質を問うことで議論に勝つ手法のこと。自分の思考の欠落を相手の権利の欠落で補う。日々そういうのを見せられて嫌な気持ちになっているので納得です。DaiGoや石丸伸二など、名指しで書いているところが痛快です。
怒りとか不機嫌などのネガティブな感情や態度が社会通念として封殺され、幸せの形が規定され、それを強制されるような社会はユートピアなのかディストピアなのか。上機嫌である -
Posted by ブクログ
個人が思考する隙をあたえない、情報爆発時代。
わかりやすさと力強さに極振りして言い切られる「いきった言説」には、疑いのまなざしをもって情報を吟味すべきなのだろうが、処理すべき情報が多すぎていちいち考えていられない。情報処理の欲望を満たそうとすれば、可処分時間も可処分精神も、人間のキャパはとうに超えている。
近い将来、アルコールやたばこと同様に、メディアには「過度な情報摂取は精神を病み正常な思考を妨げる可能性があります」とラベリングされることだろう。
ハラリの見解だったか、「ナチスは情報を遮断する事で真実を隠し市民を思考停止に至らしめたが、現代は圧倒的な情報量を浴びせることで、それを実現している -
Posted by ブクログ
スピード感やイノベーションという言葉は、タイパやコスパと同様訝しんでしまう私には、武田砂鉄の神妙でしつこい思考のあり方に納得する。ここに登場するのは新しさと速さ、そして発信する力。そこに情報というとても魅力ある危うさが潜んでいる。匙加減を誤ると命の尊厳を容易く毀損する。発信する側は言動の責任を背負う気など無く、逃げるか保身に終始するか、とにかく謝らない。自身を顧みない "いきり" は同じ手法を繰り返し反論されると罵倒するか論点をずらす。なぜ言葉によって相手の心を傷つけたり、自己正当化できるのか。おそらく自身の心が弱いのだ。攻撃は最大の防御なり。そのつもりだろうが、側から見り
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Posted by ブクログ
日々起こる出来事について、実はこんな見方・考え方がありますよ、しっかり考えようね、と言われた気がした本でした。そしてこの本自体、わかりやすくは無いですが、新たな見方・視点が得られました。
わかりやすく伝えるメディア、わかりやすいを売りにする本、わかりやすく伝えられることが当たり前の現在。削ぎ落とされる部分のために、伝わらないこと、間違って伝わること、それが意図的に行われていることがあること。
わかりやすいものばかりに触れていると、考える余白がどんどん少なくなって、自分の頭で考えなくなっていきそう。しっかり自分で考えるために、意図的に騙そうとするものに負けないように、わかりづらいものから逃げない