町田康のレビュー一覧

  • くっすん大黒

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    独特だが勝手に入ってくるリズムのいい文章と変な夢みたいな展開で解説にあるとおり、梶井基次郎や太宰、坂口安吾のような苦悩が表現されるが、彼らと比べると笑いが仕掛けられている。鬱々としてはいるが、最後は笑いなのである。なんとかなれ、なんとかなったの笑いに心が軽くなる。

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    2025年08月24日
  • しらふで生きる 大酒飲みの決断

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    自分と同じ戦

    まっすぐやのにわざわざ遠回りして辿り着く境地、断酒

    楽しさの確実性を求めると酒に辿り着くとな
    楽しくない日も受け入れなあかん
    しっかり考えて生きよう

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    2025年08月13日
  • 湖畔の愛(新潮文庫)

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    最果タヒから。
    いや〜久々に大当たりだったかも。
    めちゃくちゃおもろい。かつめちゃくちゃ知的。新喜劇的な笑いとハイコンテクストな古典知識、どちらの素養も必要。筆者に出会えてよかった。絶対自分には書けない小説だった。

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    2025年08月04日
  • 猫にかまけて

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    猫好きのお手本のような人。感動したのは、かわい〜ばかりではない、お世話やお別れのこともしっかり書いてあること。寂しいに決まってるし、もっとできたんじゃないかと後悔するに決まってる。でも、一生懸命愛して、目いっぱい愛を伝えている姿が、とってもいい。自分もそうでありたいと思う。

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    2025年07月08日
  • くっすん大黒

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    ネタバレ

    「くっすん大黒」と「河原のアパラ」の2編の小説を収録。
    文体がなんとも面白くて。とにかく長いのだ。文が始まると句点「。」かなかなか出てこない。それでも文章はわかりやすいのだ。あっぱれ。そして巻末の解説の中で、影響を受けて(わざとだろうが)すごく長い文章が現れた。

    「くっすん大黒」冒頭にはコテコテの大阪弁が出てきて、「ひゃー!参った」
    わたしも大阪生まれ、関東も含めあちこちに動いたものの、基本は大阪というか北摂育ち。でも「あんけらそ」って何?聴いたこと無いんやけど。調べたら著者は堺市生まれ。そうなんや。私の友人に岸和田の男がいたけど、見事な大阪弁やったな。上方落語に近いような。しかし、登場人物の話し方から、舞台はやっぱり東京なんだろうと想像した。

    著者は大阪弁や(べらんめえに近いような)東京弁だけではなく、加えて著者のボキャブラリーが豊富で、普段文語としてしか使わないような単語が、けっこう散りばめられている。私が無知なので、多く感じるのだろうが、それでも、並みの読者だっていくつかは知らない単語があるんじゃなかろうか。

    ちょっと古臭い単語を使っていても、いろんなテクノロジーが進歩したことを除けば、本書の二作はいたって現在(私の現在の周り)を感じさせて古くささはない。
    でも、「河原のアパラ」の乞食のくだりは、今の時代の自分の現実世界との乖離を感じて、どう受け取ればいいのかとまどってしまった。ホームレスのおじさん・おばさんまでなら受け止められるが、「少女」はダメだ。想像できない。

    「くっすん大黒」の主人公は現金とともに妻に逃げられたうだうだのダメ男タイプ。貧乏でありながら切迫感も悲壮感もほとんどない。日本の高度成長期あたりに書かれたからかもしれない。

    どちらの小説も、貧乏な主人公と相棒、そしてすさまじい天敵の「おばはん」が登場する。主人公はおばはんに対する毒づき方もすさまじいのだが、おばはんのそれ以上のあまりの悪行のすさまじさに読み進むうちに寒気を感じる。すさまじいのだが、こんなおばはん、もしかすると実際にいるんじゃないかと思えるのだ。私も若いころは傍若無人なおばはんを敵視していたけど、最近はそういうおばはんは減った気がする。主婦も社会に出て働くようになり、大人のモラルを身につけた人が増えたのではないだろうか。おばはんが減っておばさんが増えた、と。

    主人公は、毒づき方がかなりえぐいし、グータラ具合が私とはかけはなれているので、さすがに100%の感情移入はできない。しかし、この毒には関西人的ユーモアが滲んでいる。そのため毒舌も気分が悪くなるようなものにならない。そして主人公のおばはんへの怒りは至極まともで、第三者としてではあるが、大いに味方としての気分で読む。このあたりの、読者の私と主人公との距離感が読者としてとても快いのでしょうね。私と作者の世代はあまり違わないし、関西人だし。

    後半の「河原のアパラ」では、唐突な始まりに仰天する。なんやかやと理屈が述べられるのだが、やはり「そんなあほな」でしかないので、安心して軽く笑えるのだった。ユーモアという点では、私としては「河原のアパラ」のほうが200%面白かった。何度も実際に公衆の中で小さい声を出して笑ってしまった。
    「河原のアパラ」では、暴力沙汰、さらに警察沙汰にはなってしまったのは、さすがにやり過ぎだと思ったけど、最後には思わぬ展開により読後感として、なんだか安心することができた(でも現実だとやっぱり安心できないな)。

    上述した乞食の話もそうだが、もうひとつ理解に苦しむのは、ただの石を綺麗に洗う子供。主人公は「やれん」と一言を発するのだが。この「やれん」は独特で作者の意図するニュアンスが今一つ分かりにくいが、まあ、「やりきれん」と読み換えた。大阪弁、関西弁ではないと思う。

    ボキャブラリーといえば、本作の出だしにある「フォーク並び」って言葉は知らなかった。ググると見つかった。なるほどフォークなんだ、とネーミングに感心した。
    しかし、最後まで分からないのがタイトルの「アパラ」。「河原」ということで、最後の河原のシーンを見直すが不明。「オペラ」を訛って言いかえたのかなあ。「ア」を強く早口気味に「アパラ」と言えば、ネイティブのアメリカ人に絶対通じる。

    もう一つ本作者の文体の特徴に、短い会話が改行なしに延々と連なる点が挙げられる。これがとてもリアル。そしてまさに漫才の掛け合い、あるいは大阪人のノリ突っ込み会話のようなのだ。このテンポのよさにユーモア、というより関西人の「お笑い」の血を感じる。
    ただ、二人の会話のどちらがどちらなのか、途中で分からなくなってしまうことが何度か発生した。実際の漫才だと、声の違いやテレビの画像からも話し手がどちらか直ちにわかる。私の読み方が、さして理解せずに次々に先を読んでしまうことが原因かな。

    オノマトペ(?)満載のエンディングは、私は筒井康隆のようなスラプスティックを感じた。舞台のフィナーレよろしくにぎやかにフェードアウトして終わる。シュールで、ありえなさそうで、いいんじゃない?

    解説を読んで、私の知らなかった事実が分かった。実は本作はかなりのところ、太宰治や坂口安吾、小田作之助、梶井基次郎といった(私が名前しか知らない...)無頼派作家(と呼ぶらしい)の影響が濃いようなのである。すると、1930年代のボキャブラリーも(おそらくごく自然に)作品に現れるのに違いない。改めて私の無知がわかってしまった。この解説を書く文芸評論家の三浦雅士の文章も面白い。作者の町田康との年齢差が16歳と言っているが、ユーモア精神にあふれた文章のノリが町田にも、私にも近いものを感じた。もしかして関西人?

    もう一つ解説に指摘されている「何でも整理したい強迫神経症」。解説では病名になってしまっているが、これは私の周りにもたくさん見かける。私の母も多数の友人たち。私は「血液型A型」と呼んでいて、そう言えば通じる。病気とは言い過ぎかと思うが、度を越した人もいるのだろう。フォーク並びしない行列を不快に感じる程度では病気ではないと思うけど。私もその気持ちはわからないでもない。ただ、そのあとの「おおブレネリ」はおかしいだろ。
    ...と思ったら、私も、トラウマになりそうな大失敗をやらかしたことを思い出すと、叫びたくなるのを思い出した。なんなら何十年も前の恥ずかしい失敗を突然思い出したりすると、そういう衝動があらわれる。そういえば、最近、NHK女性アナウンサーもそういうことがあると言っていた。なんなら「おおブレネリ」を歌いたい気持ちにさえなる。そう思うと「河原のアパラ」って、するどい心の真実を突いているのではないか? それとも、これひょっとして異常?

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    2025年07月04日
  • くっすん大黒

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    文章が面白くて、展開も早くてテンポがいい。漫才のような歯切れの良さは関西弁によるものなのだろうか、と思って読むけど本質としては町田康の文が洗練されているからだと思う。たまに挟まれるあまり見ない言葉やカタカナ、飽きを感じさせない新鮮な面白さがある。
    泥臭さとアホさがいつ読んでも元気出ていい。最高!

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    2025年06月30日
  • 宇治拾遺物語

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    そういえば、今年の正月に春には高校生になるという甥にプレゼントしたのだった。きっと友達らとゲラゲラわろてることやと思う。

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    2025年06月29日
  • しらふで生きる 大酒飲みの決断

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    人生迷走中のまま中年になり絶望していた自分にとって道標になるような本だった。

    私も3ヶ月酒を飲んでいない。このまま続けてみようかな。ただ私は平凡以下の低スペ野郎なので、脳から酒粕が消え去ってもたいした利得は得られないんだろう。せめて、今まで悪い意味で生き急いで見落としてきたものに気づき、自分の中に余白が生まれたらいいなと思う。

    人生は寂しい。

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    2025年06月12日
  • 俺の文章修行

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    凄かった
    内臓変換装置→自分の言葉
    文章のいけず→内容を効果的に伝えるための手段
    結局は内容→高尚の罠に嵌ってはいけない。つまり普段自分の精神安定のために持っている「道徳」とか「荒っぽいフォルダ」に入っている自動処理に使うやつとか、「忘却」を乗り越えて、その先にある糸くず=内容、を取り出してそれを観察する。いくらしょうもないことだとしてもそれが内容。ここにしか本物はない。

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    2026年01月03日
  • バイ貝

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    物を買い、使う。買い、使う。今を生きるには、飽くなき消費を続けるしかないのだろうか。町田康氏が描く「カネ」をテーマにした作品は、やはり「町田流」に満ち溢れておりますが、ある種の普遍性があります。




    久しぶりに町田康氏の本を読みました。町田氏の文体でビジネス文書を作成したらさぞかし面白いことになるだろうなと、そんなことを考えながらページをめくっておりました。

    タイトルにもある「バイ貝」というのは筆者特有の「言葉遊び」で英語の「買う」を意味する“buy”にかけていると思われます。

    例えば
    「スーパーマーケットにいって魚を買った」
    という言葉を「翻訳」すると
    「SMに参りて魚をバイ貝」
    という風になります。

    本題に戻って古今東西、カネをテーマにした文学は洋の東西を問わずに膨大に存在しておりますが、それは自分も含めて人間が以下に「カネ」というものに翻弄されてきたかということに他ならないと思います。

    この本で面白いところは自分の「鬱」の状態を示すバロメーターとして何円分かということを記しており、
    「世の中ほとんどのことはカネによって数値化できる」
    ということを私小説・純文学のジャンルでこのように表現したのは本書が初めてではないのでしょうか? 

    筆者は労働によってたまった「鬱」を解消するためにホームセンターに行って鎌、中華鍋を買ったり、射幸心を発揮して宝くじを買ったりさらには家電量販店に行ってデジタルカメラなどのものを「バイ貝」して自らの裡に溜まった「鬱」を解消しようと悪戦苦闘する様は筆者の持ち味であるところの「必死であればあるほど、逆に滑稽になっていく」という展開で、しかし、筆者の姿をただ「笑う」ことはそのまま「カネ」に翻弄され続ける自分自身を笑うことに他ならないのではなかろうか? などということを読後にふっと考え込んでしまいました。

    安い鎌と高い鎌とを自分の中で天秤にかけては懊悩し、中華鍋に油をなじませるために野菜を延々といため続け、さらには購入したデジタルカメラで自分の飼っている犬を浜辺で撮影する…。

    果たして、筆者の抱える「鬱」はモノを買って消費することで解決できたのかはご自身で確認いただくとして、筆者のインタビューによると、ここに記されているものは実際に購入して使ったものだそうであります。

    ここに書かれている内容のうち、どこからが事実でどこまでがフィクションかは知る由がありませんが、「カネ」という「魔物」にこれからも向き合っていかなければならない以上、一読はされても損はなかろうかとは思われます。

    ※追記
    本書は2016年8月4日、双葉社より『バイ貝 (双葉文庫)』として文庫化されました。

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    2025年06月08日
  • ギケイキ③ 不滅の滅び

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    なんという親近感
    さすが町田康、おもしろすぎる
    静御前の人気ぶりが、その女の子を自分のものにした義経の強さカッコ良さを際立たせる
    かっこいいよねー義経
    会ってみたいなぁ
    会える気がするほど親近感わいた
    分厚いけどすぐ読みおわれた楽しかった

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    2025年05月30日
  • 俺の文章修行

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    ”俺の修行”だから、必ずしも万人受けする文章教室を謳っている訳でなく、当然、そのまま真に受ければ、皆が上手くいくとは到底思えない。くさしている訳では全くなく、著者の無二の文体の、その来し方が垣間見えて非常に興味深い。ハウツー本としてじゃなく、ひとつの読み物として、ただ楽しめる。かつて”今日から俺は”で触れて以来、”気色ええ”って言い方がツボなんだけど、それがここで出てくるとは…。素敵。

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    2025年05月16日
  • くっすん大黒

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    夢の話を500%凄くしたみたいな話(?)

    めーーーーちゃくちゃすき!!
    普通に本屋で尾崎さんの帯だって思って即買いしたんだけど、読みながらなんでそんな展開になんのー!?って本当に面白くて沢山笑った。
    主人公のこだわりだったり、性格が大好き。
    本当に貧乏でも、考え方と親友(?)いたら何とかなるって思った。
    町田康さんの作品他にも読んでみたい!

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    2025年05月06日
  • 100万分の1回のねこ

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    有名作家による絵本「100万回いきた猫」のトリビュート作品集。
    人それぞれの作品が詰まっていて面白い。
    一冊の絵本からこんなに物語が生まれるんだなぁと感心。

    この本から一人の気になる作家さんとの出会いがありました。
    井上荒野さん。
    他の作品も読んでみたくなりました。
    トリビュート作品って、こういう出会いがあるのも魅力ですね。

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    2025年05月05日
  • 猫にかまけて

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    ネタバレ

    途中。

    ココアとゲンゾーの人間っぽさ、ヘッケの章にある悲しさと寂しさ、ナナの躍動感、すべて作者の視点でありながら作者自身が少し離れているような不思議な距離感で描かれていて。読んでいる間ずっとネコたちのことをもっと知りたくてめくる手が止まらなかった。おそらくココアとゲンゾーはもうこのよにいないんだろうけど文字として残してくれたことが本当によかった。

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    2025年04月18日
  • 俺の文章修行

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    ばりクセな町田康節の裏に隠れるのは真摯な文章論。結局は多読と再読、結局は内容、結局は自分。「形式と内容」以降は金言がたくさんあり、再読するときはマーカーを引こうと思う。きっとすぐにでも再読する。

    日頃大阪弁にふれない人は読みにくくてしゃあないこっちゃろうけど、まあしゃーないな。これが町田康です。そして、あなたは、わたしは。

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    2025年04月13日
  • 宇治拾遺物語

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    けっこう前。

    誰がかは知らんけどみんなが語り継いでたおもろい話をまとめ上げた説話集があった。
    それを今風に書き直した本がこれ。
    下ネタありのホラーあり。
    時代を超えるのはやっぱり普遍的な話。
    男性のアレを9本並べると色とりどりなんだ、というのが発見。
    いくつかはみんなが知ってるような有名な話もあるんちゃうかな。
    坊さんがみんな奔放で人間。

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    2025年03月29日
  • 猫とあほんだら

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    芥川賞作家・町田康氏による猫との日々を描いたシリーズエッセイの第三巻です。町田氏夫妻との猫とのふれあいがふんだんに描かれており、彼らを見て「猫はいいなぁ。」と思った次第です。




    芥川賞作家、町田康氏による猫エッセイの第三弾です。今回、ここに書かれているのは町田夫妻が伊豆に新居を構えるところから始まっています。

    その際に見ていた物件の庇の下で震えている二匹の仔猫を拾って、彼らを世話しながら物件を探すという微笑ましいというのか、なんというのか…。という場面で、そのときの写真も収録されていますが、それが理屈ぬきにかわいいので、僕は思わず身もだえしてしまいました。

    彼らはのちにシャンティーとパンクと名づけられて、「シャンパン」兄妹として町田家の家族の一員として暮らしているそうです。そして、町田夫妻が新しく住むことになった家には町田康氏夫妻が以前から家で飼っている猫のほかにボランティアから預かった猫たちもいて彼らを新しい新居に運ぶ通称「小股の跳躍作戦」が展開されることとなり…。

    『家人』や『家の者』と称される奥様と共同で気難しい猫たちを何とかなだめすかしてケージに入れる姿と、奥様のしっかりした姿と町田氏とのコントラストが読んでいて笑いを誘うものであるのと同時に、彼らを気難しくした虐待や放棄などの原因を考えると、少し憂鬱になってしまいました。

    そして彼らはウィルスなどに感染していることが多く、かねてから町田氏の家で飼っている猫とは一緒に暮らせないのだそうです。

    しかし、新居に移ってからも猫たちのキュートでパンクな姿は健在で、すくすくと育っている姿もあり、後半で成長したシャンティーやパンク。そして、かねてから町田家にいる奈奈やエルの姿も確認することができてずっとこのシリーズを読んできた自分としては、どこかほっとするものを覚えたのでした。

    ※追記
    本書は2014年7月15日、講談社より『猫とあほんだら (講談社文庫 ま 46-12)』として文庫化されました。

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    2025年03月23日
  • 俺の文章修行

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    2025.03.22
    これを読んで文句を言いたくなる人も多いと思う。だけど、その気持ちを乗り越えて読むと、商業ベースに乗る本を書く、あるいは出版社に書かせてもらうために、何が必要かが筆者独特の言い回しで表現されているとも思った。

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    2025年03月22日
  • 俺の文章修行

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    文章力を身につけるにはたくさん本を読めと。ただし同じ本を百回読めという。確かに魅惑的な提案だ。そんなに読めばきっと何かを手にするような気がする。町田さん曰くそれは文章変換能力だそうだ。しかし僕には一冊の本を百回読むほど時間は残されていない。学生時代に教えて欲しかった。いい文章を作成するテクニックとして「いけず」したらええんやとか。いわばそれはノイズであり、つるりと転倒しないための滑り止めっていうやつちゃうんかな。そしておのれの「心の糸クズ」に向かい合って、ステレオタイプな感情のフォルダにしまいこまわんことやそうや。これは、たぶん、ネガティブケイパビリティではないかと察する。しかしそれは大変なエネルギーを必要とされるのではないかと思う。「糸クズで人が狂わぬよう、神様は忘却という名のルンバをくれた」と町田さんが言うてるくらいやから。しかし、町田康さんの文章の無駄に饒舌なしょーむないところと、そのリズムが好きや。翻弄といといされるわ。

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    2025年03月22日