町田康のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最高に面白かった。関西弁、特に河内弁がわかることでこれほど文学作品を楽しめることがあるとは思いもしなかった。小さな頃から親しんだ吉本新喜劇のヤクザの言葉や、富田林出身の父が友人とふざけて話していた言葉が、なんとも言えず心地よいリズム感で繰り出されて読むのがやめられなかった。
口下手で、経済力も文化的資本も持たない声の小さな存在が、持てる人間にいいように言いくるめれ、掠め取られ、尊厳を踏み躙られる様子は、現代の日本をみていても本質的には大きく変わっていない。だからこそ、これを読んで熊太郎の心情につい肩入れしてしまうんだろう。
作風は違うものの、芯にある硬質な視点は以前読んだ小川洋子の「ことり -
Posted by ブクログ
古事記を関西弁(河内弁?)にした翻訳で、とにかく勢いが良い!
神々の会話も「もっとちゃんとしたらええんちゃいますか」「いいね」「マジですか」という感じです。
その勢いのまま、現代人には馴染みのない言葉や風習の説明も組み込まれているのでわかりやすい。
伊耶那岐命(イザナキノミコト)が明かりを灯す場面は
<ポンポンにしたツインテール(この髪型を、みずら、という)の、左のテールにヘアピン的な感じで指した櫛の、端っこの太い端を折り、自らのうちにある神威を作用せしめてこれに火を灯した(P26)>
と書かれます。なるほど。
古代では「降参した側が相手に捧げる歌や踊り」というものが出てきますが、こちらの -
Posted by ブクログ
ネタバレ最初の一歩で躓いた人間なんだと自暴自棄になり、しかしその躓きは自分の思い込みで、自分は思い込みに怯えて人生を棒に振ってしまったのではないか
こここそが引き返し不能地点だ、と思っていたところは実は楽勝で引き返せる地点だった
行き止まりだと思ってぶち当たった壁は紙でできていて、その先には変わらぬ世界があった
もしや自分は取り返しがつかないことをしてしまった、もう元の自分には戻れないぞと気づいた瞬間の沈んでいくような恐怖と、それでも世界は終わってくれないということに対する驚愕に近い絶望感
最後の山で過ごした熊太郎の心境を想像すると切なくなった
思弁的な熊太郎、何を考えているのか読者は知ってい -
Posted by ブクログ
ネタバレ「くっすん大黒」と「河原のアパラ」の2編の小説を収録。
文体がなんとも面白くて。とにかく長いのだ。文が始まると句点「。」かなかなか出てこない。それでも文章はわかりやすいのだ。あっぱれ。そして巻末の解説の中で、影響を受けて(わざとだろうが)すごく長い文章が現れた。
「くっすん大黒」冒頭にはコテコテの大阪弁が出てきて、「ひゃー!参った」
わたしも大阪生まれ、関東も含めあちこちに動いたものの、基本は大阪というか北摂育ち。でも「あんけらそ」って何?聴いたこと無いんやけど。調べたら著者は堺市生まれ。そうなんや。私の友人に岸和田の男がいたけど、見事な大阪弁やったな。上方落語に近いような。しかし、登場人物