藤谷治のレビュー一覧
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ネタバレ旅先で迷子になった少年と出会った男ニコデモ、少年を北海道小樽まで連れていく途中に聴いた少年の「花よ、花咲けよ、花は花咲くもんだなし」という歌。小樽で少年を見失ったニコデモが途方に暮れてこの歌を口ずさんだ時、物語のスイッチが入る。
ニコデモに小樽に連れてきもらった少年鈴木正太郎は、北海道開拓に来た家族と出会うも、その開拓生活は厳しく、彼の異母兄弟が死に瀕した時、あの歌を口ずさむ。
ニコデモと鈴木正太郎の物語は、日本がまだ戦争に勝っていたころに始まり、現代まで連綿と続く。彼らと関わる人々のつながりが編みこまれ織り込まれ、不思議な物語を生み出していく。
こういう展開の小説好き。非常に読み易い文体ながら、含有するテーマは深い。できれば巻末に(ここ重要、最初じゃアカンのよ)人物相関図を付けて欲しかった。 -
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タイトルの意味わからん、なんだこれ・・・ファンタジーか、
こりゃ、挫折するね・・・の読み始めに対し、
途中からグイグイ引き込まれる。
今、遅まきながら「ニコデモ」をウィキで調べ、
小説の展開が腑に落ちた次第。
当初は、主人公のこの名前に違和感があったのだけれど・・・
そういうことだったのね。
そうと知らず手に取ったけれど、ひとつの大河小説だったのだと、
胸が熱くなる。
藤谷作品としては、今までにない異色の作品ではないかな。
それでも、必ず、通奏低音のように音楽が語られているところが
藤谷さんらしくて、いい。
ちょうど今ドビュッシーの「レントより遅く」を練習中で、
パリのけだるい雰囲気の出てくる、あのあたりが
ぐっと来た。 -
Posted by ブクログ
音楽に纏わる小説は、知りたくて決して解ることのできない厳しいような苦しいような側面を垣間見せる。絞り出すように書かれた随所に息を詰めながら、また、せった君の口調や折々精一杯に考えた末のことばに沁み入りながら読ませていただいた。
美しい、とは圧倒的にその世界に集中していること、それは羨みとか妬みを完全に超えてただそこにある姿。生き方。
自分たちの生きた、ということが、尊い実りではなくても、大地へ落ち滲みていく一滴の雨であるように、虚しいところから目を背けないまま、美しいもの、幸福、思いやりを創造しようとするおこないが生の本質、との言葉に、思わず背を正し、深く息を吸う。
印象的なエピソード「五十の者から生まれたばかりの者へ、ずっと受け渡されてきた」一本の棒を念頭に、明日もまた。 -
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音楽高校の青春小説。
主人公の津島サトルは音楽一家の息子。一家の敷いたレールに乗り、チェリストを目指し、東京芸術大学附属高校を受験するが、失敗し祖父が学長を務める私立の音大の附属高校へ進む。
ちょっと身近にはいない、雲の上の存在。でも、音楽高校には音楽高校の青春がある。
サトルも友人ももちろん「上手い」と言われたくて日々個人練習に励む。昼休みなどの時間も惜しんで。
しかし、音楽高校の活動はソロとしての練習のみではなく、合奏の練習も厳しい。毎年、音楽科全員によるオーケストラの発表がある。殆どの学生がピアノ専攻なので、メンバーのいないパートはピアノの専攻の学生が副専攻として、弾いたことのないバイオリンやチェロを無理やりやらされる。そこからのスタートだ。
皆、自分の楽器を一人で弾くときにはプロでも合奏となると、途端に指揮の見方、拍子の数え方から分からなくなる。音楽専攻の学生でも初めはそんな感じらしい。合わせるのって難しい。サトルは一年生だが学校で一番チェロが上手いと評判だが、一人が上手くても仕方がない。「はっきり言ってこの曲、チェロは難しくないのに、バイオリンがいつまでたっても弾けないせいで、こっちは何回ブン、チャッ、チャッ、ブン、チャッ、チャッばかりやらされるのだろう」と心の中で愚痴ったり。
意中の女の子がいる。美人で、一年生だけどバイオリンが一番上手い、負けず嫌いの南枝里子。
その子に思いきって声をかける。「文化祭で僕と一緒にメンデルスゾーンのピアノ・トリオやらない?」。
オッケーを貰えて、「家にレコードがあるから、ダビングしてくるよ。」。
しかし、家のカセットレコーダーが壊れていて、仕方がないから南さんにその〈カザルスの歴史的名盤〉といわれるレコードを貸すために学校へ持っていく。チェロと楽譜ケースも担いで、レコードも持って通学。南さんに貸そうとすると、「そんな大切なレコードに針を落とすのが怖い。私の家に来てダビングしてくれない?」と誘われ、彼女の家に。南さんは育ちのいいお嬢さんらしく、駅から公衆電話で家に連絡してから連れていく。彼女の部屋でダビングしながら、一緒にカザルスの名盤のピアノ・トリオを聴く。「この曲を弾くの?」彼女は驚く。
この辺りが好きだ。そう、あの頃はレコードが凄く大切だった。クラシック音楽なんて、その道の学生でも、レコードを聴いて初めて知る曲が多かったのだろうな。その後にきたCDの時代も盛りを過ぎ、今は大抵の曲をユーチューブや音楽アプリで手軽に聴くことが出来てしまうけれど、あの割れそうな黒い円盤を皆大切に抱えて友達に貸したりしていたな。それに、サトルのような凄いお坊っちゃんでも録音の手段はカセットテープだったんだな。あの時代辺り前だけど。それに公衆電話。今の子供は「皆、連絡はLINEだからスマホがなかったら困る」なんて言う。
今思えば、あの頃はなんてキラキラしたクラシカルな時代だったのだろう。(著者は1963年生まれ。音楽高校生だった自身を顧みながらの執筆らしいので、昭和50年代前半ごろかな。)。
で、その南さんと協奏曲を一緒に演奏出来て、心を通い合わせて、絶好調!
でも、2巻めから、下降の一途をたどるそうです。この物語は大人になった主人公の回想で語られるからもう本人は運命を分かっているのですが、傷ついてほしくないなと思います。
ネタバレごめんなさい。でも細部の読みどころについては殆ど書いていないです。
2巻に続く。
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ネタバレ「船に乗れ!」が代表作の藤谷治の新作。どの小説も自分も音大志望だった作者の「音楽観」が覗き見られて楽しいです。
これは3.11当日の夜に錦糸町のトリフォニーホールで演奏されたマーラーの「交響曲第5番」を主題に、4人の観客と1人の演奏家のを描いたオムニバスのような作品。このコンサートは2012年にNHKでドキュメンタリーになったほど有名なもので、「音楽の力」か「不謹慎」かで(演奏家個人にとっても)今でも評価が分かれるようです。
小説の方は多彩な人物の描写がちょっととっちらかってたり、藤谷治の特徴でもある「描写のバラツキ」があったりしますが、安心して読めます。僕が好きなのはコンサート終了後すぐ、GFに会いに入間まで歩き出す楽団員のパートかな。
クラシック好きでなくても楽しめます。おすすめ。 -
Posted by ブクログ
完結編。
だが、何かがスッキリと解決したわけでもないのだ。
「船に乗れ!」
誰かからそう叱咤されなくても、誰もが人生という船に乗って、いや、乗せられているのではないか。
そして、現在の、これを書いている津島サトルは、
「船に乗ることは乗っているのです。でも僕は、櫂を無くしてしまった」
そう言っているようだ。
くたびれた大人になった、津島はしかし、高校の三年間を眩しそうに目を細めて見ている。
書き切ったところで、告白を終えたところで、少しもすっきりしないと言っているが、彼は音楽と和解しつつある。
ひとつ。
私は、南枝里子という女が許しがたい。
誰もが悩み、思い通りにならない人生にどこかで折り合いをつけて行く中で、この人物だけは、やりたいことをやり切って、自分の価値観の狭い世界の中で「正しい者」になったような顔で退場して行ったのだ。
しかも、イタチの最後っ屁みたいに、「サトルくんがみんな壊した」とか言って。
最終章の解説は、私の好きな作家の一人である、宮下奈都さんだ。
しかし、そこで「サトルはいけすかない」と書かれていて、ちょっと目が覚めた気分になった。
そうか、いけすかないやつだったのか…
そういえば、最初のほうで少しそう感じたかもしれないが、自分にはほとんどその思いが無かった。
ほとんどサトルを息子のように思って読んでいたのかもしれない。
バカな子ほど可愛い。
音楽に挫折しようが、会社を四回辞めようが、生きていてくれればいいのだ。
南に嫌悪感しか感じないのは、可愛い息子を苦しめ抜いたからだろう。
しかし、サトルがダメ人間の方に属している事くらいはわかる。
でも、もう一度言う。
サトルは音楽と和解しつつあるのだ。
そして、人生は良くも悪くもない、そんなものだ。