南直哉のレビュー一覧

  • 恐山―死者のいる場所―

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    死は観念的なものであり、決して理解できるものではない。けれども死者はリアルな存在である。ふとした時、死んだ人間の言葉や立ち振舞いがとても懐かしく思い出されることがある。それは自分は他者との関係性の中に存在するものであると同時に、死者との関係性、著者の言葉を借りれば「不在の関係性」の中にも存在することを意味するものだろう。死んで姿形はなくとも、全てが消え去るわけではないんだと。一度、恐山に行ってみたいな。

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    2013年01月07日
  • 人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答―

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    茂木健一郎と南直哉の3回に渡る対談を書き記した形式で、脳とは?死とは?とクオリアやお互いの哲学を元に語り合っている。
    なぁなぁとした対談ではなく攻撃的でなかなかどうして笑ってしまった。

    南という方を初めて知った本。
    禅僧についてのイメージが間違ってたのかもしれないが
    宗教家ぽくないという感想を持った。救世の気持ちはあるのだろうか。
    二人ともとても個人的な、根源的な欲求から脳について本気で考えてるんだと思う。但しだからこそ、今後の展開で民衆(私)は救われる手筈が見つかるかもしれない。

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    2013年01月04日
  • 人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答―

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    攻めの姿勢の対談本だった。
    南さんが苦、ととらえるものを、茂木さんが快楽ととらえているところが面白い。そのように違った捉え方をしているかと思えば、方法論は同じだったり、またその逆があったり。
    二人ともが、真っ直ぐに自分の考えを開示し、真っ直ぐに相手へ質問をしているからこそ、内容の濃く、深い対談になっているのだと思う。
    ニーチェの星の友情とはまさにこの二人の間にあるもののことであろうと思えた。
    じっくり咀嚼しながら何度も読みたい本。

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    2012年08月01日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    「死者との適切な距離をどう保つのか」特に変化の激しいこれからの社会においてどう築いていくのかが我々に問われている。人それぞれだからそこには正解はない。でも距離を取るために何かが必要なのは確か。その一つが恐山なんだとも思う。普段死についてなんてあまり考えた事がないから頭がグルグルしたなー。

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    2012年07月14日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    伊勢神宮が式年遷都でパワーを新しく取り入れ続けるのなら、恐山はその逆だ。何もない空虚が人の思いを1200年間も吸収し続ける場だ。人は死ぬとどうなるのか。それは死者にしかわからないだろう。恐山の禅僧、かく語りき。

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    2012年07月01日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    死というものを考えるシリーズで読んだ。

    死者とタイトルに入っているが、別に心霊現象とかは出て来なくて、恐山という場所がそこを訪れる人々にとってどういう場所なのか、恐山の住職としての立場から考察した本。

    死者とは何なのかなんて、真面目に考えたことは無かったが、本書が言う通り、確かに死者は存在する。
    生前にその人が自分にもたらした影響は、いつまでも記憶に残る。
    それは、もはや自分の人格の一部を形成しているということだ。
    それが存在でなくて何であろうか。
    よく死者は心の中にいつまでも生き続けるというが、本当にそうだと思った。

    しかし、現実の存在として、その人がある日突然居なくなることもまた、確

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    2012年07月05日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    ネタバレ

    何の理由も意味もなく、無力なままでただボロッと生まれてくる。
    このボロッとという表現がよかった。
    ああ、そーだよなーって。
    なんかしっくりきた。
    んでもって、その無意味で無力な存在を
    ただそれでもいい、それだけでいい、と受け止めてくれる手、
    それが必要なんだ、ということ。
    たしかに、「あなたが、ただそこにいるだけでいい」
    そう言ってくれる人がいてくれれば、本当にそれだけでいいと思えた。
    もし、私が子供を産んで、育てることになるとしたら、
    そのメッセージだけは伝えられたらいいと思う。
    まあ、そう思えれば、だが。
    でも絶対的な自己肯定ってゆーのは確かにそのへんから生まれてくる気もする。
    理由とか意

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    2012年05月31日
  • 人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答―

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    P.76、5行目からのくだりに「なるほど!」と感銘を受けた
    自分が普段考えている事をうまく言葉で表現できないでいたが
    まさに私が考えていた事とはこういうことだ。

     私はまだ生きてはいるが、私の過去は、すでに死者たちと同じ場所にある。
     (中略)ただ、私の大脳皮質側頭葉に残るか細い記憶が「その時」と今を
     結びつけるだけである。

    スッキリした。茂木さん、ありがとう。

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    2012年01月09日
  • 復興の精神

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    各界著名人が復興についての考え方を述べた共著。
    この本の存在は知ってたけど、もっと早くに、もっと震災についていろいろ考えた時期に、読んだらよかったかも。
    日本に好きになる一冊。

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    2011年11月04日
  • 復興の精神

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    3.11以降の心象風景は変わりました。正に本編の直哉先生の言葉の通りなのですが、彼らと私を分けたのは何だったのでしょうか?私はどうしようもない断絶と無常を感じ言葉がありません、自分は何をすれば良いのか、これからどうすれば良いのかという問いは、全て人の問いでもあると思います。この本に寄稿した方たちの思索が我々の足元を照らす一助になることを期待します。

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    2011年06月21日
  • 復興の精神

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    ネタバレ

    「これから」をどう考えるか。3・11以降を生きる杖。
    と、帯にあった通り、東日本大震災を経、これからをどう生きるかを9人が語っている。

    養老孟:精神の復興需要が起きる

    これを読みたくて買った一冊。いつもと違う養老センセ。スラスラとその思いのままに語り、面倒だから説明はヤメ、と突き放されるようないつもの文章よりも、ずっとずっと、静かでゆっくりとした口調で語られている。
    「周りがうるさくなってくると静かにする。ブレーキをかける。そういう習性が身に付いているのです。」(本文より抜粋)という姿勢からきているのかもしれないが、意外なほどに、淡々と「これから」を語っていた。

    「生きていれば、さまざま

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    2011年06月16日
  • 人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答―

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    [ 内容 ]
    我々はどこから来たのか、そしてどこへ行くのか-。
    人類誕生以来、問われ続けてきたアポリア(難問題)に、脳科学者と禅僧が挑む。
    死はすべての者に平等に訪れる。
    けれど誰もが望んでこの世に生れてくることはできない。
    つまり、「私」に根拠はないのだ。
    だからこその苦、だからこその人生。
    それでも、その苦しみを引き受け、より良く生きるための方法はある。
    無常の闇に射す一筋の光明を探すため、存在を賭けた脳と仏教の真剣勝負。

    [ 目次 ]
    星の友情(茂木健一郎)
    1 無記の智慧(坐禅とクオリア 説明不足の仏教 悟りが最終目的ではない ほか)
    2 脳の快楽、仏教の苦(裸になれる場所 恐山の日

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    2011年05月22日
  • 人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答―

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    なぜ自分は生まれてきたのか?何のために生きるのか?人類がずっと問い続けてきた難題をテーマに、禅僧と脳科学者が語り合う対談集です。
    この世に望んで生まれてきた者など誰もいない。だから、生れて生きることには、もともと根拠が無い。根拠の無いものを問い続けたところで、当然答えは得られない。答えのないものを探し求めるから苦しい、根拠がないからこそ、自ら死を選び取るのもひとつの道なのだ・・・・・と、本書ではそのような会話が交わされます。けれど、苦は快楽だとも・・・・・。
    修行とは解脱するために行うもの、悟りとは真理を見いだし、心の平安を得ることだと思っていましたが、そうではないのですねぇ。
    答えがないとわ

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    2009年12月12日
  • 〈問い〉の問答 同時代禅僧対談

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    曹洞宗の論客と臨済宗の作家の対談集。同じ禅宗の僧侶が、恐山で語りつくすことから今日的な仏教が抱える問題があらわになる。難しいお経の話しは到底ついていけないけれど、仏教の深みに触れる好書。

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    2009年10月07日
  • 『正法眼蔵』を読む 存在するとはどういうことか

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    『正法眼蔵』の「現成公案」の巻を中心に読み解くことを通して、道元の思想についての著者自身の解釈が提示されている本です。

    著者は、『正法眼蔵』にかんして従来ひろく受け入れられてきた解釈の枠組みを「本証妙修」パラダイムと呼びます。これは、「ブッダの教えの正しさを本当に証明し会得しているということは、それをまさに修行しているという、そのことである」という解釈を意味しています。しかしこうした理解は、しばしば天台本覚思想において見られてきた、「ありのままが正しい」という発想に行き着くことになり、現状が否定を媒介することなく直接的に実体視されてしまうという問題がつきまといます。

    これに対して著者は、「

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    2026年06月11日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    何故死を知りたくて行った先が曹洞宗なのかが一番分からなかったかも。
    仏教が良いならダラムサラ行きなよ。
    恐山は美しいところの印象なので、死者を思わん人にはそんなの居ない場所だと思う。

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    2026年06月08日
  • 超越と実存―「無常」をめぐる仏教史―

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    新しい視点で書かれた仏教史として面白い。なんとなく「仏教の教えは良いもの」と受け入れきた我が身を反省。

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    2026年02月17日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    前半はとても参考になりますが、後半は死者と向き合う話になるので本のタイトルと乖離している気がしました。

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    2025年12月08日
  • 苦しくて切ないすべての人たちへ(新潮新書)

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    こうでないといけない、などと思う必要などないんだな、と感じた。
    くすっと笑ってしまうところも散りばめられていて、あっという間に読み終えました。

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    2025年09月27日
  • 刺さる言葉 ──「恐山あれこれ日記」抄

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    霊場恐山の院代に着任した著者が解説したブログ「恐山あれこれ日記」のなかから、編集者が抜粋したものを一冊の本にまとめています。思想家の内田樹がこの方法で多くの本を刊行していますが、両者の考えはもちろんさまざまな点で異なっているものの、どこか思考のリズムに近いものがあるように感じられます。「ブログを書く」という型が、思考をかたちにしていくことに影響をおよぼすのでしょうか。

    内容は、「あれこれ日記」というタイトルが示すように多岐にわたっており、恐山にまつわる出来事を紹介したり、著者自身の日常の体験のなかから読者の興味を引くようなものを語ったりしているものもあります。他方で、『善の根拠』や『仏教入門

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    2025年03月30日