南直哉のレビュー一覧
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著者自身の理解する仏教の根本的な発想が提出されている本です。
著者は、「仏教の思想的問題の核心が言語、すなわち無明にある」と述べています。たとえば、十二縁起にかんする部派仏教の解釈は、言語機能によって生じる実体間の因果関係を説くものだと批判して、実存としてのわれわれの妄執のメカニズムを示したものとして解釈しなおす試みをおこなっています。
言語によってもたらされる妄執に陥っている状態が「無明」であり、それを自覚することが「悟り」だと著者は主張します。そのさいに著者が注意をうながしているのは、「悟り」とはなんらかの神秘的な体験を指すのではないということです。
たとえば本書中で著者は、坐禅のし -
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著者自身の考える仏教の立場にもとづいて、倫理の根拠についての考察が展開されています。
著者の議論の出発点となっているのは、「私」は自分ひとりで「私」であることはできず、他者から「私」であることを課されることではじめて「私」であることができるという、人間存在の実存的な条件です。そのうえで、他者によって課された「私」のありかたを引き受けることが「善」であり、それを拒絶することが「悪」であると著者は考えます。
ただし著者は、他者によって課された「私」を引き受けるべきだと主張しているのではありません。他者によって「私」であることを課されるという事実それ自体は善悪にかんして無記であり、いわば「道徳の -
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何かのサイトで紹介されていた。
僧侶である著者が、生きるのがつらい人に、もっと楽に生きればよいと説く内容。
一部共感できる内容もあったが、全体的にはピンとこなかった。
・自分の意志で生まれたのではなく、たまたまこの世に生まれただけなので、生きる意味など考えなくてよい。というのは、考えて辛くなるくらいなら考えない方がいいということか?
・こじれた人間関係は努力や愛情では解決しない。一歩離れてみる。
・嫉妬は「本来、自分が持つはずだったものを他人が持っている」という勘違い
・無理に友達を作ろうとしなくても、やるべきことをやっていれば人は集まってくる。
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Posted by ブクログ
・もし友達でも何でも、赤の他人が「あなたがそこにいてくれるだけで私は本当にうれしいんだ」と本心から言ってくれたとしたら、これは宝です。命を賭けて守るべきものです。金なんぞ問題じゃない。そんな人がもし五人もいれば、人生納得して死ぬべきですよ。そんな人はなかなかいません。あるとしたら、とても苦しい時間と経験を分け合った人だけでしょう。状態が上向きで追い風の友だちなんて、条件が変わればあっさりと裏切ります。苦しくて切ないときに隣にいてくれた人というのは、大事にすべきです。(p62)
・友人であれ夫婦であれ家族であれ、生前に濃密な関係を構築し、自分の在りようを決めていたものが、死によって失われてしま