南直哉のレビュー一覧

  • 「死」を考える

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    禅僧である著者が、死とは何かという根本的な問いに正面から向き合おうと試みる書。
    幼い頃からタナトフォビアで死について考え続けてきた自分にとっても読み応えがあり、参考になった。著者の死の捉え方にしっくり来ない部分もあったが、死を受け容れるための「自分を大切にしない」生き方、すなわち自分にこだわらず、執着を手放して生きる「放下」の生き方の提案には、ストンと落ちるものがあった。

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    2026年06月21日
  • 『正法眼蔵』を読む 存在するとはどういうことか

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    「正法眼蔵」、難解過ぎて嫌厭してた。存在するとはどういうことかという副題に引き寄せられ、つい手に取ってしまった。筆者もあとがきで書かれているように、フッサールのような哲学者の語り口に近い。
    最後の最後に筆者の本音が垣間見れて良かった。

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    2026年04月30日
  • 「悟り」は開けない

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    坐禅のエクスタシーは悟りではない

    坐禅をしていると、自分と世界が一体化したような状態を作ることができる。いわゆるエクスタシー。

    でもエクスタシー=悟りなら、セックスもドラッグも悟りになる。前者は左道密教、後者はオウム真理教という実例もある。

    仏教はそのエクスタシーを禅魔と呼んで警戒してきた。自我の解除への執着をもたらすから。このエクスタシーをゴールにすることを悟りというなら「悟りは開けない」。

    しかし、このエクスタシーを途上として現実世界に戻ってくる実践がある。それが道元の問いたい只管打坐。本書はそんな只管打坐入門にもなっている一冊。

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    2026年04月22日
  • 苦しくて切ないすべての人たちへ(新潮新書)

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    人並みの悩みしか抱えてないが、SNSでフォローしている人が勧めていたので、何気なく読んでみた。

    10代〜20代前半頃、親に対して「勝手に産み落とされた」という怒りが強かったことを思い出した。確かに、人間とは、突然、身体が与えられ、その身体の特徴はランダムで、その身一つで何とか生きていかねらばならない。当時の怒りが未熟さもありながらも当然の怒りであったようにも思う。
    改めて、親は手前の勝手で産んだ責任がある、子がその身体で何とか荒波の中でも生きていけるように、大切に愛してあげないといけないと感じた。

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    2026年02月15日
  • 「悟り」は開けない

    匿名

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    存在していることが苦しい、人生が辛い、死にたい。程度の差こそあれ誰しもそういう気持ちを抱くことはあると思います。生きてる意味とか、人生の目標とかそんなものは無いと言い切る潔さにとても救われる。辛くてもしんどくても生きていこうという気にさせられる。

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    2026年02月04日
  • 「死」を考える

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    一昨年に母親が突然(前日まで元気に近所の人達と話していたらしい)亡くなって、悲しみもそうだが突然の「死」の驚きが自分を襲った。大きな病気を抱えていたわけでもないし、その1週間前に会った際もいつも通り元気だったにもかかわらずだ。自宅で亡くなったから警察官も沢山家に入り込んで、まるでドラマで見る事件現場のようだった事を覚えている。身近な人がそうして亡くなった経験がなかったせいか、何か他人事のようであった事、受け入れる受け入れないといった考えや、ゆっくり悲しむ間も無く、何となくの混乱から自然といつもの日常に緩やかに戻っていった。これが私の身近な死であり、感覚だった。その後に続けて親戚が亡くなったりも

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    2025年11月21日
  • 人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答―

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    死や絶望があるからこそ、生きられるという感覚や今の自分があるという感覚。

    なるほどと思わせられることばかり。
    とてもおもしろかった。

    私は自由というのは「航海する人」だと思う。「航海する人」は目的地を自分で決め、 そこから逆算して航路が生じる。そして自分が今どこにいるか、現在地を知っている。 「目的地·航路・現在地」、この三つを知っている人が、自分の力で海を渡って行ける人です。ところが、この三つのどれかを欠くと漂流してしまう。目的地がわからない、航路を知らない、現在地がわからないという状態。この人は自由でも何でもない。何もできないし、どこへも行けない。それを避けるには、目的地を決めて航路を

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    2025年08月13日
  • 苦しくて切ないすべての人たちへ(新潮新書)

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    恐山の住職代理を務めるお坊さんの本。
    失礼ながら、本書を読むまでまったく知らなかった。

    はじめ面白く、次第に考えさせられる内容。
    法話の採録かと思ったが、そうではない模様。
    雑誌か何かの連載をまとめた本であるそうだ。

    直哉(じきさい)師の実家はお寺ではなく、大学を出て、会社勤めの経験もあるとのこと。
    子どものころから死とは何か、自分という存在があることへの懐疑などに取りつかれ、出家し、永平寺で修業をしてこの道に入ったという。

    癒し系、ではない。
    むしろズバズバと言ってしまう感じ。
    分からないことは分からない、とはっきり書く。
    本書を最後まで読んで振り返ると、カルト宗教と伝統宗教の差が、教

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    2025年07月27日
  • 苦しくて切ないすべての人たちへ(新潮新書)

    匿名

    購入済み

    ここ数年仏教に関する本をいろいろ読んで南直哉さんに辿り着いた。私はいわゆる「ありがたい話」が苦手で、そんなもんお前に言われんでも分かっとるわと生意気なことを言いたくなってしまうのだが、南直哉さんの問題関心は自己の根拠の不在や実存の不安とでも言えるような哲学的なテーマで、納得感と安心感を持って読めるのである。思えば私が仏教に関する書籍をいろいろ読み始めたきっかけも「諸行無常」という言葉に出会い直したことだった。無常、無我、縁起、空。これらの言葉が仏教の根幹にあることを知り、それにまつわる本ばかり読んでいた。
    本書はエッセイの形式で、とても読みやすいが語られる言葉の裏には、当然だけど仏教的な思想の

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    2025年03月20日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    前向きに励まされる内容ではなく、「生きる意味を探す必要はない」「人生はネガティブで当たり前」「必ずしも誰かの役に立つ必要はない」など、現状を許してもらえるような内容でした。
    ひたすら励まされるよりは、今のままでいいんだと思えて、私にとってはとても有難い本でした。

    「いい人生にする」「みんなの役に立ちたい」「大きな夢を叶えたい」という思いを持つことは素晴らしい事ではありますが、それに囚われすぎたり、本質を見失ってしまいがちです。
    もっとリラックスして、いい事があればラッキーくらいの気持ちでいこうと思えました。

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    2025年01月30日
  • 超越と実存―「無常」をめぐる仏教史―

    購入済み

    とてもおもしろかった。
    仏教に興味があってブッダや竜樹、空海、道元、親鸞などに関する著作を読んでいたのである程度読みやすかったが、何もなく読むと難しく感じるかもしれない。
    私は仏教の無常というアイディア(超越的存在者を規定しない)にすごく惹かれているので、この本のテーマおよび著者の問題関心には共感を持つ。

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    2024年11月08日
  • 日常生活のなかの禅 修行のすすめ

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    以前宮崎奕保禅師の本を読んでから禅には興味があり続けている。只管打坐文字通り体現された偉大な僧侶。

    こちらの本は論理的に禅とは何かを突き詰めていき、違うアプローチで読めて興味深かった。

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    2024年06月23日
  • 苦しくて切ないすべての人たちへ(新潮新書)

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    両親ともに教師の家庭で育ち、有名大学の学生時代は引きこもって、道元禅師の『正法眼蔵』とハイデガーの『存在と時間』を読みふけり、大学にいかない生活をいっとき送るも有名企業に就職。その後出家。若僧の頃には永平寺のダースベイダーと呼ばれ、2005年に恐山菩提寺院代、霊泉寺住職となった南直哉(みなみ・じきさい)さんのエッセイ集。

    私にはタイトルがストレートで少し抵抗があったが、南さんも「抵抗があった」と、『はじめに』に書かれている。連載時のタイトルは『坊さんらしく、ない』。どちらも編集者の方の発案だそう。
    現タイトルは、ほんとうに弱ってるひとがふらふらと本屋をさまよってるところに目につきやすいように

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    2024年06月21日
  • 苦しくて切ないすべての人たちへ(新潮新書)

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    興味をもっている場所の禅僧の話を読むことができて、よかったです。自分のことなのに自分でコントロールが難しいことと付き合っていくのは苦しいですが、踏ん張っていきたいです。

    そしていつか恐山に行ってみたいと思いま。

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    2024年06月19日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    何かで著者の南直哉さんという方を知って読んだ。
    極々真っ当なことが書かれている。
    曹洞宗で出家得度されたそう。

    禅がどう、という話より、一歩も二歩も日常生活に寄り添ったお話をされていて、その通りだなぁと思った。

    自分とは何か。
    生きるとは何か。
    そんなことばかり考えてきた気がする。

    著者の根っこもそういところにあるように感じ、親近感を感じた。


    他の方が書いているレビューを見ていて、「頑張らなくてもいい、というメッセージ」「頑張りたい時期の自分にはいらない」というような内容のものがあったが、そういうことが書かれているわけではないのではないか。
    世に喧伝されている、無用な雑音に心を煩わせ

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    2024年04月29日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    自分のためにではなくて誰かのためになる(なれそうな)生き方、か…
    会社ではもう俺じゃなくてお前が主役になれよとか思うくせに、いざ自分に営業の話が来ないとなんでかななんて悩んだり。
    60を過ぎたら、もう世の中に必要のない人なんだそうだ。そう考えたら後三年、もう三年なんだな。
    だから、好きに生きていいんだろうな。でもたとえば野球をやれば怪我はするからお金がかかるなんて考えるとやっぱり自分のために、ではなく人のために些細なことでいいから日々積み重ねていけばいいのか。
    やりたいことではなく、やるべきことをやれ   ということらしい。

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    2024年03月13日
  • 善の根拠

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    ネタバレ

    善の定義としては、一般には大きく2つに分かれる様に思う。一つはある絶対的な、ないしアプリオリな規範があり、それに近づくほど善、それから離れるないし規範が欠乏するほど悪、とするもの。もう一つは2つの両極端の間を善、とするもの。
    前者は一神教や独裁がそれに当たり、後者はアリストテレスの倫理体系や古代中国の道教、中庸で説かれる思想等が近いか。いずれも、自分以外の何処かに善の参照点を置き、それを前提にしているように思われる。
    この本は、どちらの立場でも解釈出来ない論理を掲げているように思われる。著者の他の書に見えている思想と根本は同一ながら、かなりラディカルな思想ではないかと思う。この人の本が好きなの

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    2024年03月12日
  • 仏教入門

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    読みやすく、とても面白かった。思想編の無明の発見を元にすると仏教への理解への手がかりとなるようだ。最後の涅槃が知り得ないため、の者となると信じて仏道に励むことになり、先日読んだ浄土真宗とつながると思った。

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    2024年01月24日
  • 仏教入門

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    ネタバレ

    coten radio の最澄と空海の回を聴いて、超ロジカルな仏教に興味をそそられ読んでみた。
    いやぁ〜、仏教おもしろい!全然理解は及んでないし、本を読んだだけでは到達できない領域があるから、ほんのさわりしかわかってないと思うけど、おもしろさはすごく感じる。禅僧の方が書いてるので、なんか説得力もあって良き。
    でも「歩いている人は歩いていない」はやっぱりよくわからない笑 わかりたいけどわかれない自分が悔しい泣
    唯識に関する本も読んでみたいなぁ。

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    2023年03月25日
  • 仏教入門

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    悟りとは、静的状態ではなく、死の受容に向けた運動であると著者はいう。この結論はとても腑に落ちた。

    座禅を身体技法として突き詰めると身体状態として言語から離れられること、ただ、それ自体は「悟り」ではないという。

    また、経典に記載あるブッタの悟りとは「無明」(無常、無我)の発見ではないかという主張。ここで、この悟り(無明の認識)は、ゴールではなく、先の悟りへのスタートラインであるという。

    禅宗の僧侶として、仏教自体を「手段」として、「実存」を考える著者ならではの見解だと思う。
    私自身はとても共感した。

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    2022年12月09日