南直哉のレビュー一覧

  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    「肩肘張らずに生きる」ことについて、変に否定することも強く勧めるわけでもなく、筆者の視点から淡々と「肯定」するようなスタンス。仏教の
    世界や考え方に興味が湧いたので、他の本も読んでみようかという気になった。内容とは関係ないが、この本のサイズが手で持ちにくく、読みづらい…

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    2023年04月23日
  • 自分をみつめる禅問答

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    「宗教とはなにか」あるいは「仏教とはなにか」という問いをめぐって、著者自身の考えが語られている本です。

    本書は対話形式になっていますが、もっぱら著者自身をモデルとしていると思われる僧侶が、相手の問いかけにこたえるかたちで議論が進められていきます。ただし「はじめに」で著者は、「質問者は、実は質問の形で回答を言い、回答者は実は回答によって質問している」と述べており、二人の対話を通して問いかけがしだいに掘り下げられていくようになっています。

    「自己とは何か」という問いこそが宗教の「根源的な問い」であり、仏教はこの問いに対してどのようなスタンスをとるのかということが、中心的なテーマといってよいので

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    2023年03月26日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    ・『生きる意味』は見つけなくてもいい
    ・『なりたい自分』になれなくたっていい
    ・自分自身で判断できるのは、人生の『些事』だけ
    ・生きるか死ぬか以外は大したことではない
    など、気持ちがらくになる言葉だから覚えておきたいなぁ…っていうのがいくつかありました。

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    2023年01月25日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    違った視点での考えに触れることができた。
    一部は心が軽くなるものもあった。
    心の状態に応じて「このページを見たら心が軽くなるかも」と留めておくと良いかも。
    一部理解はできたが「うーん…そこまではまだ思えない…」という内容もあった。

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    2023年01月03日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    ネタバレ

    生きがい探すな。周りのために生きろ。
    期待するな。当然と思うな。
    すべてが世事になる。力関係ができる。出ていくのが解決策。
    なかなか難しい。少なくとも私には。

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    2022年12月04日
  • 「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本

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    何かのサイトで紹介されていた。

    僧侶である著者が、生きるのがつらい人に、もっと楽に生きればよいと説く内容。

    一部共感できる内容もあったが、全体的にはピンとこなかった。
    ・自分の意志で生まれたのではなく、たまたまこの世に生まれただけなので、生きる意味など考えなくてよい。というのは、考えて辛くなるくらいなら考えない方がいいということか?
    ・こじれた人間関係は努力や愛情では解決しない。一歩離れてみる。
    ・嫉妬は「本来、自分が持つはずだったものを他人が持っている」という勘違い
    ・無理に友達を作ろうとしなくても、やるべきことをやっていれば人は集まってくる。

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    2022年06月21日
  • 覚悟の決め方 僧侶が伝える15の智慧

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    3.11の震災をテーマに5人の僧侶の方が書かれた本。着目されているところがそれぞれで個人的にとてもよかったです。他著書あたっていきたい
    と思います。

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    2022年06月06日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    どんな他者であれ本来的に了解不能なもの。誰だって他者のことはわからない。他者は懐かしくて怖い。ましてや死者はもっと懐かしくて怖い。
    死者に会いに行ける場所である場所と同時に、それぞれがそれぞれのやり方で自分たちと死者との適切な距離を作る事が出来る場所。
    供養とは死者の問題ではなく、残った者の問題。
    どのようにするかは残った者に任せるのが良い。
    弔いという行為がないと別れは別れにならず、死者として存在できない、つまり残った者と新しい関係を結ぶことができない。

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    2021年08月31日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    ・もし友達でも何でも、赤の他人が「あなたがそこにいてくれるだけで私は本当にうれしいんだ」と本心から言ってくれたとしたら、これは宝です。命を賭けて守るべきものです。金なんぞ問題じゃない。そんな人がもし五人もいれば、人生納得して死ぬべきですよ。そんな人はなかなかいません。あるとしたら、とても苦しい時間と経験を分け合った人だけでしょう。状態が上向きで追い風の友だちなんて、条件が変わればあっさりと裏切ります。苦しくて切ないときに隣にいてくれた人というのは、大事にすべきです。(p62)

    ・友人であれ夫婦であれ家族であれ、生前に濃密な関係を構築し、自分の在りようを決めていたものが、死によって失われてしま

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    2021年01月05日
  • 生死の覚悟(新潮新書)

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    新書とはいえ重いテーマで、しかも間があいた不連続な対談のため、理解がしにくい。ある程度背景を知らないととてもわからないだろう。

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    2020年09月19日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    イタコさんは恐山に属しているものだと思っていたので
    違うことが分かってびっくり。

    これからのお葬式の在り方について。
    葬儀という儀式は、仏教の経典とは結びつかない。
    形式的な儀式でお金を稼ぐのではなく
    “あのお坊さんに送ってもらいたい”と思われる
    お坊さんにならなくては。

    のくだりに、納得。

    南さんご自身は、どんな悩みを解決したくて
    宗教の道に進まれたのか気になる。

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    2020年09月11日
  • 日常生活のなかの禅 修行のすすめ

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    曹洞宗の僧侶である著者が、ラディカルな生き方の教えとしての禅の意義について論じている本です。

    タイトルは「日常生活のなかの禅」となっていますが、著者は生活そのものについての問いを深めることなく、禅を実用的に生かそうとする心構えを批判しています。「私が思うに、焦点をあてるべきは、「宗教」である以前に、「信じる」行為である。それは自分にとって、どのような行為なのか。それは必要なのか、どうして必要なのか。こうした反省もなく、「信じる」こと抜きで宗教を役に立てようというのは、能書きだけ読んで薬を飲んだことにするのと同じで、所詮無意味だろう」と著者はいいます。

    そのうえで著者は、欲望とはなにか、自己

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    2020年04月11日
  • 善の根拠

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    縁起説とすべての物は空だという仏教の教義を公理として、加えてこれらの教義を受け入れて仏門に入る事が善(の源泉)であるという確信に基づいて、善について整理しようとしたもの。 
    結果的にあまり上手く行ってない。というのは著者が言うとおり、あらゆる物が空だとした瞬間に善悪が成立しなくなるから。
    仏教の戒律についてこの考え方に基づいて解釈を試みてもいるが、常識に合致するように論理を設計している印象があり、結構つらい。

    この本で学んだことは、下記のようなこと。
    1.哲学的思索は思索する個人にとって腹落ちした公理に基づいて展開されるので、その公理に共感できないとその思索に全然同意できない。
    2.諸行無常

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    2020年01月09日
  • 生死の覚悟(新潮新書)

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    「新リア王」「太陽を曳く馬」をきっかけとして出会った作家・髙村薫と禅僧・南直哉の7年越しの対談集を「晴子情歌」からの3部作を読むための前哨戦として読んでみた。

    道元の「正法眼蔵」を軸に人間の実存と、「信心」への懐疑、「生死(しょうじ)」についての考えなど、二人のよく研がれた刃物のような言葉の応酬に脳が疲れ果てた。

    『死の重力に必死になって抵抗しながら、我々人間は生きている。その抵抗こそが生きる意味ではないでしょうか』
    南禅師の言葉が重い。
    「なぜ生まれてきたのか」「なぜ死ぬのか」「なぜ今ここにいるのか」という自分の実存に対する問いから逃げることなく、安易にどこかに答えを求めることなく、自分

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    2019年11月30日
  • 生死の覚悟(新潮新書)

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    福澤3部作、主に『太陽を曳く馬』の彰閑にそっくりだと周囲に指摘されたという南直哉さんと、彰之はじぶんの分身でもあると言う髙村さんの、“実在の根拠”を問う対談。実在の根拠というワードからしてもう挫けそうだったが、読むに限れば平易なことばのやり取りであり、読み通すことはかなったのでほっとしている。じぶんとして生きていることの苦しさがある意味強くなってきている時代、という感触には頷けるものがあり、さらに簡単に答えはでないことにも同意する。だが、問い続ける覚悟はとても持てないが、問い続けることをやめてはいけない。安易に答えを求めた先にあったものを、わたしたちは目の当たりにしているのだから。

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    2019年08月28日
  • 仏教入門

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    p29 「机」として使われるから、〜「机」になる。
    #師はしばしばこの例えを用いるが、使う直前に机として使おうとする動機を説明できない。もう一歩踏み込むなら過去の経験に基づいて机としての働きに期待するから机として用いるのである。名は期待された機能に与えられたラベルである。
    p38 道具〜それは何らかの目的のために使われて、初めて道具である。
    #この目的こそが動機であろう。
    p43 〜関係の仕方を命名(言語化)して意識に刷り込み、〜それ自体で存在する〜これが言語の機能であり、無明とはそのこと〜
    p193-194 〜ブッダが〜、我々の実存をまるごと「苦」と見ているからである。「自己」の実存構造には

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    2019年07月27日
  • 人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答―

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    脳科学者の茂木健一郎と、禅僧の南直哉が、3回にわたっておこなった対談を収録しています。

    南の語る内容は、彼のこれまでの著作と同様、彼自身の解する仏教の立場からまっすぐに届けられてきますが、これにたいする茂木の発言は、脳科学者の立場からなされているものとはいいがたいように感じます。ある意味では、南のことばをうまく引き出す役割を果たしているといえるかと思うのですが、「脳科学者と禅僧の問答」というサブタイトルを裏切ってしまっています。

    あるいは、もはや科学者ではない、一人の人間としての茂木の姿を見ることができるところにおもしろさを感じる読者もいるかもしれません。

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    2018年10月14日
  • 善の根拠

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    再読。初回は素直に受けとめましたが、さすがに今回は二部構成で後半は対話編という希釈された内容にガッカリ。普通の禅僧ではない南直哉師には、論を走らせることより只管打坐に徹して考えてほしいと思います。

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    2018年06月03日
  • 恐山―死者のいる場所―

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    至極真っ当なことが書いてある本。逆に言えば、今の仏教界ってまともではないとも言える。正面から死を考える筆者は素晴らしいが、いささか今の自分には重い。

    軽やかに生きたいがそれができるのは幸せだからか。

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    2017年11月24日
  • 「悟り」は開けない

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    p59 神も所有も我々を前駆させる。不足、不満、不安の解消。もっと多く、もっと深く、もっと近く。仏教も方向は真逆とは言え、入り口は取り引きなのであろうが、取り引きが消えた時、信仰は消え、仏教も消えるのであろうか。
    p60 苦しみの消去もまた究極のゴールを目指す点で神の絶対的な肯定と同様な困難を伴うのではないだろうか。
    p74 ある物体が机と呼ばれるのは「どう使うか」よりも「どう扱うか」がより厳密だと思う。使うか否かよりも「その様に機能する(用いる)ことを期待する」、機能こそが言葉であって意味であり、価値だと考える。
    p83 首尾一貫した自己の構築を仏教の文脈で保持する理由がちょっとよくわからな

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    2017年07月17日