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生きる意味はあらかじめ存在しない。生きる中から作られるのだ――。人気のカリスマ禅僧が、誰もが一度はぶつかる根源的な問いに、「禅問答」のスタイルで回答。仏教の本質を知り、人間の真理にせまる画期的な書。
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Posted by ブクログ
恐山の副山主・南直哉師による対話形式の仏教入門書と言えば聞こえがいいですが、プッダや道元禅師を超えて、縁起を基軸に非己があるからこそ自己があるとする仏教理解に沿って世間を再構築する試みには難解さがつきまといます。 ここまでの理解にたどりつけるか、私自身に問われている気がします。
「宗教とはなにか」あるいは「仏教とはなにか」という問いをめぐって、著者自身の考えが語られている本です。 本書は対話形式になっていますが、もっぱら著者自身をモデルとしていると思われる僧侶が、相手の問いかけにこたえるかたちで議論が進められていきます。ただし「はじめに」で著者は、「質問者は、実は質問の形...続きを読むで回答を言い、回答者は実は回答によって質問している」と述べており、二人の対話を通して問いかけがしだいに掘り下げられていくようになっています。 「自己とは何か」という問いこそが宗教の「根源的な問い」であり、仏教はこの問いに対してどのようなスタンスをとるのかということが、中心的なテーマといってよいのではないかと思います。本書では、こうした「根源的な問い」になんらかの正しいこたえを示すのではなく、そうした問いをかかえつつ生きるわれわれが「どう生きるか」ということに焦点をあて、修行によって実践的な解決法を示したところに、仏教の意義があると論じられています。 著者自身の宗教哲学的な思索が提示されている本という印象ですが、仏教の思想的意義について真摯な考察がなされており、興味深く読みました。
早稲田大学卒業後百貨店勤務を経て、曹洞宗の僧侶として20年修行し、恐山の副住職となった仏教者が著者。 本書は仏教・禅の教えるところを紹介するのでなく、仮想の問答を通じてその表している所を深めていく。 仏教創始の時より問答というのは非常に重要視されていて、問答によって思考や議論が深まっていくのは確か...続きを読むらしい。 ただ本書で出てくる仮想の問答相手は 仏教 の素人といいつ、異常に聡明で博識高いひとなのでついていくのが大変ではあるが。。 本書の良い所は、宗教という神秘のベールでうやむやにすることは一切なく、宗教というより哲学的に徹底して論理的に現実的に平等に議論されている事。 だから本来の仏教は胡散臭いカルトや新興宗教とは全く別物であることがよくわかる。 目次 0. 宗教は必要か? 1. 自己への問い ー「私」の根拠はどこにあるか? 2. 「苦」が生み出される仕組み ーブッダ、道元の考察 3. 「縁起」している「私」 -他者と関わることが生きること 4. 自己を再建する ー自己の土台を築くための座禅 5. 自己再建を支えてくれる「因果の教え」 6. 教えとしての「自己への問い」ー仏教は自己を問う者に示す道を持つ 内容は目次の通り。 仏教贔屓の賞賛でなく、あくまで問題提示とその捉え方・解決を主眼としているので、これはなるほど!人生に使える!と思う内容も多く、非常に有意義な本だった。 以下、覚えておきたい内容。 【第1章】 ・貧乏を解決するには収入を得ることが先決であり、病気は治療し養生することが先決であり、人間関係は人間同士でなんとかするしかない。つまりこれらのテーマは宗教にそもそも関係ない。 ・それまでの自分の存在を規定していたものが無力化したとき、「根源的な問い」が回帰してくる。自己とは何か。生きる意味とは。どのように生きたらいいか。 ・「根源的な問い」に確実な答えがあるとする立場は、自分の答えを絶対視しやすい。なぜなら異なる答えの存在を認めてしまえば、問いが再開してしまうからだ。 ・これは決断の問題だ。苦しくても無意味でも、生きるのかどうか。 問題はもはや理由を知ることではない。どうするのか方法を考える事だ。 ・近代の「自由」は思い通りにすることであり、「平等」はそうするチャンスを万人に与える、ということだ。 ・物の所有が自分の存在の根拠に思われるわけだ。そうすると、これは際限がなくなる。 【第2章】 ・仏教のテーマは「絶対的な真理」ではなく「根源的な問い」だ。ブッダの苦悩が根源的で普遍的だったがために、仏教は万人の共通の教えになりえたんだ。 ・お金が表現するのは、人間の所有の欲望だ。特定の物とは無関係の、所有という行為自体の欲望だ。 ・「他人に認められたい」という事に人間の最も深い欲望と、根源的な脆弱さをみる。 ・「親」は最初からは存在しない。たまたま生まれてきたものを、育てる気になった「他人」が「親」になるんだ。 ・「自己の存在根拠」を追求していくと、その根底に「他人」がいるという矛盾、そこに究極的な「苦」がある 【第3章】 ・「非己」としての他者との関係を手作りするという困難が、生の実感を生む ・「わかる」は「分かる」と書くように区別することだ。 ・「この自分は根拠を持ち、それ自体で存在する」という錯覚が、多くの苦しみをもたらすわけだ 【第4章】 ・自分の思いが相手に優先したとき、実はもう相手を受け入れる余地がない。相手が自分の思い通りになれば「過保護」になり、思い通りにならなければ愛情は憎しみに変わる。 ・子育てというのは、特定の利害や恣意に基づく「飼育」ではないはずだ、人間を独立させることだろう。 ・「愛情」は深化されるべきで、質的に転換すべきだと思う。 より大切なのは、「愛情」を超えて、「非己」であるはずの、根源的には思い通りにならないはずの相手に対する「敬意」だ。 ・西洋のマナーというと、社交の場で円滑で快適な人間関係を調整したり、維持するテクニックだと思うが、日本の芸事や禅の「作法」は「敬意」の具現化・現実化なのだ。 ・この「作法」を選択することで生の様式が変わる。 修行僧である自己、を決意し、成り立たせているのだ。そこには自分自身への敬意、自惚れでない誇りがあるだろう。 【第5章】 ・「因果」は教えに従って生きようとする仏教者の「自己」運動を可能にするためのもので、それ以外の意味はないという事だな。 ・自分の善行が誰に報いをもたらそうと、善なるがゆえに行い、自分の苦境が、たとえ自分以外の誰かの悪行の結果であろうと、あえてこれを引き受け、自らの善行でこの上さらに悪行をもたらすことを回避する。 ・仏教に限らず、善悪の判断は直観ではない。教えられ、学ばない限り、わからないことなのだ。差別が悪い事だと知っていても、何が差別に当たるかは、勉強しなくては分からない。 ・「自分」を含むすべてのものそれ自体に存在根拠を認めず、「非己」との関係から生起する縁起的存在として自覚する事。そこから導かれる「敬意」「慈悲」という実践の態度。これが仏教者のなすべきこと、善である。 ・自殺してはいけない理由はないが、苦しくても自殺しないと理屈抜きで決めたそのとき、命は初めて大切なものになる。 ・「私の物」というときの「私」に根拠がなければ、「私の」という所有が成り立たない。 【第6章】 ・できる立場で出来ることをする。とにかくなにか一つやってみる。 ・この「なんの役に立たない」行為で、役に立つことだけを価値とする社会に仕立てられた「自分」を切り開く。 おわり ・無常とは解決されるべき「問題」ではない。それは受容すべき「問い」である。その受容の仕方を導くものこそ、仏教の「智慧」と「慈悲」であろう。 少しづつでも思い出してみたいものです。
己とは何であるかという問いかけが「仏教」なんだそうだ。 哲学的な内容で難しく、読んでいる瞬間は分かったような気になるのだが、読み過ぎていくに従い、さらさらと行間から流れて落ちていくように忘れていってしまう。 その中で、「自殺」について触れられているところがあったので、少し端折りながら書き写しておきた...続きを読むいと思う。 --------------------- ブッダは「人生はまるごと苦しみだ」と言い切ったが、命は大切だとは言っていない。ならば、早く死んだほうがよい、自殺したって構わないと言ってもおかしくない。 しかし、彼はそう言わずに、困難な伝道の旅を野垂れ死ぬまで続けた。ブッダは苦しくとも生きるべきだと決断した。自殺を禁じる理屈はない。本当に死にたい人間は、どう理屈を説かれようとそれで説得されることはない。しかし、ブッダは苦しくとも生きていけと言う。理屈抜きでそう決めたそのとき、命は初めて大切なものになる。 「自分が愛しい」という感覚を持った人間は、たとえ困難な中にあっても、そう簡単に自殺するはずがない。「命の大切さ」の認識の根底には「自分の愛しさ」があるはずなのだ。 自分を愛しく感じることができるのは、自分の存在を大切にされ、肯定された確かな記憶があるかどうかによるだろう。自分の存在に根拠が欠けているにもかかわらず、自分を肯定し、愛しく思う気持ちがあるとすれば、それは他者からくる。 後に「親」となる存在との理由なく出会い、誰であるか、あらかじめ知ることのできない「非己=己でなはない存在」によって、無条件に受容され、慈しまれること。この事実のみ、自分の存在を肯定する感覚は由来するだろう。 ----------------------
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