私も科学者の端くれなので、といっていいのか正直一般の人の科学や科学者への信頼度、というのはよくわからない。自分はどうかといえば、科学への信頼度は高い。
もちろん当事者だからというのはあるけれども、例えば論文は一定のお作法に乗っ取り書くし、統計をきちんとして、条件整理したうえでの有意差を出して自分の研究結果をまとめていく。⋯とここまで書いて、そう、有意差ってのは操作しうるものなのよねえ⋯だからイカサマか、という言えばそんなことはないんだが、しかし操作できるというのは捏造と紙一重的な部分ではある。
科学の世界に入り込むと最も大事なのは論文を出版していくことだが、実はその過程に様々な欺瞞が入り込む余地があるのは内部の者であれば誰でも知っている。いや純粋な大学院生の頃は知り得なかったりすることもあるけど、科学者なら誰でも少なくても一片の誤魔化しもなく結果をまとめることはあるだろうか??いやある人もいるだろう。そこは内部にいても厳密な、とても厳しいお人にも会うので信じられるところ。でもそうでもないことも経験するので、私たち科学者の科学への信頼度は、条件付き、と言っていいだろう。
さてさて、この本は、科学の再現性への疑問に焦点を当てる。特に心理実験の数々には再現性の問題があることは時折報道されるようにもなってきた。わけても、帯に書いてあるスタンフォード監獄実験は有名な実験。学生たちを囚人と看守に分けて役割を与えると、自然に看守たちは残酷な仕打ちを囚人役の者に与えていく。その程度があまりにひどいので実験は中止された。このショッキングな実験は何度も何度も記述され、映画化(確かドイツ映画)もされて、私もほんとについ最近まで信じていたけど、再現性など無いんですよねえ。。オリジナルの実験では実験者に双方にこう振る舞えとか教示があったそう。他にも再現されない有名な心理実験は数多く。近年では様々な文脈において、行動経済学的思考がもてはやされて、その応用が唱えられるが、実際には元になる実験はそれほど再現性があるわけでもない。もはやそこは面白い結果が常に成り立つと信じられているフィクションでありファンタジーなのに…って自分も講義で言っていたじゃんと、本書を読んで来年度の講義は、自分の講義を疑えと学生たちに言うことに決めました。
それはさておき、小保方さんまでフォローされていてにんまり。一般の人が本書をもとに科学論文は全然信用できない、となってしまうのはとっても心配だが、本来はスタンフォード監獄実験にしても、「科学者の言う事を鵜呑みにする科学部の記者さんたち」の責任が私は大きいと思うのですよ。実は私もそうだが、科学論文というのは常に出版バイアスに晒されている。そう、有意な結果が出ないと基本的には出版されないから、こうした結果これは何の意味もありませんでした、という知見が溜まりづらいのよね。。そういう場合多くの科学者は、あぁもうこれは結果でないんだな、と白旗上げて、別な設定をしたり、テーマを変えたり。だって出版できない結果にこれ以上携わったって時間の無駄なんだもん、と。
でも、出版にこぎつけた論文から、頭のいい記者さんなら、あれ?別な条件だとどうなんだろう、とか、ここは上手く誤魔化していないのかと気づいてほしいのよね。そうすれば、科学者だってあぁそこは弱い点なんですよ、とちゃんと言うのだから。
色々身につまされれることは多いけど良い本でした。ちなみに科学出版界もこの問題にはどうにかしようと試みていることはあり、そこも記述されています。
本書でもっとも恥ずかしいと思うのは、世界一の捏造論文大賞が日本の麻酔科医ってことかな。頼むぜ。