湯浅誠のレビュー一覧
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貧困と格差の問題は理屈は理解できても感情的に腹落ちしてない人は多いのではないだろうか。ただ子どもの貧困は大人の貧困よりは理解が得られやすく、子ども食堂の広がりは、それと関係があるかもしれない。子どもが課題を抱えているというのは、その家族、地域、社会が何かしらの課題を抱えているということである。地域の縁が薄くなり、孤立している子どもが増えてきた。それは子どもだけか。高齢者や大人もそうではないだろうか。子どもの貧困対策は地域の再生、つまり誰もが生きやすい街づくりにつながる。本書は著者の思いを抑えつつ、全国、各地の取り組みをルポのように紹介し、私たちはこれからどうすればいいかを考える希望の種を著したものだと思う。
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貧困は、見えにくい。
ある層の人々からは、存在しないことにできてしまう。
その上に覆いかぶさる、自己責任論。
それを内面化することにより、セーフティーネットから落ちた人は、自分自身をも疎外する。
自分なんてどうでもいいんだ、となり、どうにもならないところまで自分を追い込んでいく。
こんな社会、何かがおかしい。
自分自身もちょっとしたきっかけで自分だって貧困層になりかねない、と思う。
とはいうものの、上記の自己責任論的発想から抜けきれない。
本書では、アマルティア・センの貧困論で、自己責任論の誤謬を指摘してくれる。
センによれば、生活上の望ましい状態(センの用語のでは「機能」)を達成する自由(同様に、こちらは「潜在能力」)が奪われている状態が貧困である、という。
だからいわゆる絶対的貧困ラインより上にいる人でも、例えば移動の自由がない状態であったり、教育を受けられなくてなりたいものになれない状態ならば、貧困だということになる。
「若いんだから、働けばいいでしょう?」
何社も応募しても、どこも不採用なのに、どうやって働くの?ってことだろう。
さて、本書の後半は社会活動として反貧困運動の組織化が論じられている。
困窮した人を助けるのは大事だけど、それだけでは限界があるからだ。
居場所を作ること、互助組織を作ること、法律家などと協力して、不当な処遇に異議申し立てできる体制を整える活動などが立ち上げられているとのこと。
本書を読むと、湯浅さんたちの活動により、大分状況は良くなったんだろうなあ、と思うけれど。
もう出版されて十年。
あれから、格差論争とか、学生の奨学金問題、ワンオペ勤務、ブラックバイト、そうして今は過労死・過労自殺も問題視されている。
そう考えていくと、本書では扱われている貧困の問題は、形を変えて今もまだ継続中、と思ったほうがいいのかも。 -
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年越し派遣村の村長をしたことで知られる社会活動家で、内閣府参与として政府入りした経験も持つ湯浅誠氏による民主主義論。
民主主義は面倒くさくて疲れるものだ。その事実を直視した上で、どうすべきか考えよう。民主主義の活性化のためには、対話が必要であり、そのための時間と空間が必要だ。それらをデザインする力を身につけることが必要だ。本書の大きなメッセージはこのようなものである。
本書の内容には、かなり共感しながら読み進めた。自分が漠然と考えていたことをうまく言い表してくれていることが多かった。特に政策実施には、異なる意見の人との意見調整が必須であり、その調整コストの負担が必要(政府のやる気の問題ではない)、最善を求めつつ最悪を回避するという態度が求められる、という指摘には膝をうつものがあった。「”溜め”のない社会」になりつつあるという懸念にも同感である。結局、人任せではなく、一人ひとりが直面する課題に向き合い、他者と対話して、一つずつ前に進めていくということを積み上げていくしかないのだと感じた。 -
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ネタバレ読書途中。20人の講師による。一人90分の講演会の収録である。一気に読めるはずもなく、じわじわと読んだ。
姜尚中の講演のなかで、夏目漱石が奥さんをなぐっていたエピソードがあった。ノイローゼであったらしい。私は夏目漱石になれないけど、夏目漱石よりましだなと少し思った。考えかたとしてまちがっているのかな?どんな偉い人もほんとうにいろいろな苦しみにもがいていきているのだと思い直した。
20名全て役に立つわけでないが、中には、気に入る人もいるかもしれないとのことだろうか?3.11後の話など考えさせられたり。光触媒の話は興味を覚えた。文学、美術に関心を持った。宇宙論や素粒子の話は、わからないので、もういいとの気持ちであった。こんな講演会を聞けるのは、エリートの家の子供だからいいなとひがみたくなるが、本として出版されているので、誰でも接する機会があるのだと思い直す。マスターキートンにあった、「勉強はどこでもできる。便所でも」を思い出す。 -
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引用に残ったことば。
・壊す時には壊す前のその建物がなぜ建てられたかを考えてみよ。(ヨーロッパの格言)
・なぜ私たちは主権者なのに主権者でないように振る舞うのか。
・民主主義は時間と空間、及び、その場の設計、参加とデザイン。
・船長の源泉はイノベーションです。イノベーションは「参加」や「場のデザイン」という衣装ダンスの中にたくさんの服(手法)を入れ、そのコーディネートの試行錯誤を重ねる中で生まれます。対人関係や各種のコミュニティの運営、社会や政治のあり方はまさに衣服を増やし、コーディネート経験を積む実践の場です。それが民主主義を活性化する。 -
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著者は生活困窮者に対する生活相談を行うNPO法人〈もやい〉の代表を務める湯浅誠氏。
著者が貧困問題に取り組む上で独自に生み出した概念で、本書に紹介されているのが「すべり台社会」と「溜め」である。
第2章で、2007年3月25日付東京新聞に掲載されたセーフティーネットの三層構造を図示したものがオープニングで掲載されているが、その図の中に「ここから落ちた人はどうなっちゃうんだろう…」とつぶやく男性の姿が強烈に印象に残る。
この公的扶助のセーフティーネットからうっかり足を滑らせてしまったら、二度と這い上がれなくなる。このような現代の日本社会を著者は「すべり台社会」と名づけた。
また、第3章ではアマルティア・センの「潜在能力」に相当する概念を”溜め”という言葉を用いている。溜池の「溜め」である。
溜めとは、金銭であったり、両親や頼れる親族など人間関係であったり、自分を大切にできる精神的なものも含まれる。
貧困とは、これらの”溜め”がない状態を言う。
筆者はこれ以外にも、様々なデータや政治的な動きなどから、貧困問題は自己責任ではなく社会の問題だと言い切る。
終章では、反貧困運動を連帯させ、強い社会を目指そうと高らかに歌い上げる。
著者の高い精神力と正義感を感じるだけでなく、わが国の社会の暗部に直面する素晴らしい著作である。 -
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人のつながり、人の多様性について考えさせられた一冊。
タイトルが違えば、あるいはサブタイトルがあれば、もっと広くいろんな方に手に取っていただけるのではないかと思いました。
マーク・グラノヴェッターの「弱いつながりの強み」、有益な新しい情報は「弱いつながり」の人たちから得られるケースの方が多い、という考え方が興味深かったです。
貧困に陥る方の多くは孤立していて、人とのつながりがほとんどなく、ゆえに有益な情報を得る機会も乏しい、とのこと。
なるほど、でした。
また、パーソナル・サポートのような「福祉」の「枠」にとらわれない支援のあり方についても、共感できる部分が多かったです。
運営資金をどうやって集めて、どのように運営していくのかが気になりました。
異業種交流、いいですね。
私も何かチャレンジしたくなりました。