小川高義のレビュー一覧
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「三分の二は逃げそこなった、と思っている。彼とスーザンは――スーザンには息子のザックも合算して――一家の父親が死んだ日から運命にとらわれた。どうにかしようとは思った。母親も子供のために頑張ってくれた。だが、うまく逃げおおせたのはジムだけだ」
あの日、四歳のボブと双子の妹スーザン、それに長男のジムは車に乗っていた。玄関前の坂道の上に父が車を停め、郵便受けの不具合を直そうと坂道を下りていったあと、車が動き出して父は圧死した。ボブには何の覚えもないが、前の座席にいたので、学校で「お父さんを殺した」と言われ、精神科に通ったこともからかわれた。いつもぼんやりとした不安が心に潜み、弁護士になった今でも法廷でのストレスに耐えられず、上訴支援(リーガル・エイド)の仕事をしている。
人懐っこいボブは誰からも好かれているが、スーザンとはうまくいかない。周囲の目から守ってやろうとして、母親はボブをかわいがった。スポーツが得意で、成績優秀なジムは愛されて当然の子だった。二人に比べると、スーザンは割を食った気がしている。心の底で、母親が自分に冷たいのは、本当は自分が父を殺したからではないかと疑っている。母に愛されなかったから、自分も息子のザックを愛せなかったのでは、と感じている。
ひとり、ジムは優秀な成績で州立大を卒業後、奨学金を得てハーバード・ロー・スクールに進学し、メイン州の司法長官事務所に勤めたあと州を出た。ソウル歌手が愛人を殺した事件を弁護し、無罪を勝ち取ったことがテレビで評判を呼び、今はマンハッタンにある大手法律事務所に勤務している。コネチカット出身の裕福な家の娘と結婚し、二人の子を育て上げ、ブルックリンにある閑静な住宅地パークスロープで夫婦二人暮らしだ。
三人兄妹は、スーザンがメイン州に残り、ジムとボブはニューヨークに出た。何もなければ、それぞれが過去を引きずったまま、残りの人生を送っていたかもしれない。ところが、それが起こった。ひとたびその渦中に飲み込まれると、それぞれの思惑とは別に三人は顔を合わせ、ともに問題解決に向かって力を合わせることになる。それが過去の確執を洗い流し、三者三様に傷を癒し、新しい人生を始めるきっかけをつかむ。
事の起こりは、ザックがモスクに冷凍の豚の頭を投げ込んだことだった。普通なら軽犯罪に問われるところが、シャーリー・フォールズにはケニアの難民キャンプから移住したソマリ人が大勢住んでいて、ヘイトクライムとして扱われる可能性がある。慌てたスーザンはこちらに来て相談に乗ってほしいとジムに電話するが、休暇旅行を明日に控えたジムは、妻の手前もあって即答できない。そこでたまたまジムの家にいたボブが代わりに行くことになる。
心優しいボブは、兄の気持ちを慮って引き受けたものの、自分にジムの代わりが務まるとは思えず、助けてくれよと言いながら車で郷里に向かう。案の定、久しぶりに会うスーザンはけんもほろろで、保釈金を払って家に帰ってきたザックとろくに話もさせてもらえない。それどころかコンビニで酒と煙草を買って帰る際、ソマリ人を轢きかけてパニックを起こし、ジムから借りた車を現地に置いたまま、飛行機でニューヨークに帰って来てしまう。
何年も会ってなかった兄妹が、一家を襲う難題に直面して久しぶりに一つになる。ところが、やってきた弟は役立たず。満を持して登場したジムが集会で演説し、意気揚々と凱旋してみれば、大うけの演説がかえって地元の権力者の反感を買い、甥っ子は連邦から公民権侵害で裁判を受ける羽目に。絶望したザックは家を出て行方知れず。さすがのジムも色を失う。めずらしく弱気になったジムは、ついボブに漏らしてしまう。それまで何度も口にしようとして言い出せなかった、あの日のことだ。
ジムは誰にも言えない秘密を抱えていた。それはボブにとって、足もとの大地が揺れるような驚愕の事実だった。打ち明けられたボブは衝撃を受けた。初めは半信半疑だったが、日が経つにつれ、重く受け止めるようになり、兄との間に距離を置いた。そうこうするうちにあれほどボブの感じていた不安は雲散霧消していた。その間、ジムをめぐる事態は急転していた。ジムは部下と不倫して事務所を追われ、着の身着のまま家を出るところまで追いつめられていた。
いわゆる「中年の危機」である。何もかも思うようにいかなかった。ジムが貧しい暮らしの中、頑張って勉学に勤しんだのは、政治家になって経済的弱者のために働きたかったからだ。ところが、金持ちの娘との結婚生活を維持するため、本来やりたかった政治家ではなく、ホワイトカラーの犯罪者を守る弁護士になっていた。ところが、成長した二人の子が家を出て行くと、あれほど守りたかった家庭は虚ろなものになっていた。
ようやく居所を探し当てたボブに連れられ、ジムはスーザンの家に迎えられた。しばらく会っていなかった間に、何をやっても鈍くてお荷物だったボブが自信を取り戻し、家族を牽引していた。ジムはジムで長年胸に巣くっていた自責の念から解放され、手放しで家族を頼ることができた。実父を頼ってスウェーデンを訪れていたザックが帰ってくることになり、スーザンも人が変わったように人当たりがよくなっている。一家の恢復の予兆が仄見える。
人は弱いもので、時に愚かしい真似もするが、それでも人生は生きるに値する。どんな苦境に陥っても、人は一人きりではない。今更ながら、家族、兄弟という血のつながりの強さを思い知らされる、エリザベス・ストラウトには珍しい、べたな人間賛歌。こんな時代、こんな世界だからこそ、弱さや愚かしさを嘲るのでなく、そっと寄り添いたいと強く思った。
アメリカという、移民大国が抱える人種問題の他に、離婚や不倫、階級差や貧富の差が生み出す問題がある。一度読んだらそれでお終いとはいかない。何度でも読み返したくなる。短篇を得意としてきたエリザベス・ストラウトの長篇小説である。大事な叙述がさりげなく配されている。初読時には見落としがちな、ちょっとした描写が、再読時には人物の心理を読み解く鍵であったことに気づく。そういうことだったのか、と横手を打ちたくなる。長篇小説ならではの愉しみをたっぷり味わえる小説になっている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ数年前にも違う訳者さんの本を読んだのですが再読。やはり良いです。
清教徒の多い、宗教と法律がほぼ等しい土地で不義の子を産んだヘスター。ヘスターが名を明かさなかった、相手の牧師、ディムズデール。そしてヘスターの本来の夫であるチリングワース医師。三人を中心に描く、罪と贖罪の物語。
罪を犯し、それを悔やみ、苦しみ、許し、自己を追い詰め、人を憎む、それぞれの心の動きが丁寧に書かれています。
罪を犯し、恥辱の印を身にまといながらも、愛情深く高潔に生きるヘスターも、罪を犯した妻のヘスターではなく罪を隠し生きるディムズデールを追い詰めんとするチリングワースも良いですが、ディムズデール牧師と、彼の罪に押しつぶされそうな心の内を描く章が特に好きです。 -
Posted by ブクログ
胸が締め付けられる。
出てくる登場人物の誰もが、少しの悪と、沢山の苦しみと愛を持ち合わせていた。
それにしても、悔恨が心身にもたらす影響力の強さよ。
アメリカ(特に田舎)には、素朴さや真面目さが感じられるけれど、それはピューリタンの流れを汲む歴史が脈絡と受け継がれているのだろうと思った。
ヨーロッパの小説と違い、ヘスターが強い女として描かれているのが印象的だった。
時に牧師や医者に対し、強い意志やその壮絶で孤独、しかし思考が自由に解き放たれた女として、力強く、優しい言葉を発する。
ヨーロッパの小説だと、彼女はもっと弱々しい存在として描かれたんじゃないかな。
最後のラストは薄々感づくのに、その場面に遭遇したくて、はやる気持ちを抑えながらページをめくった。
19世紀の小説だけど、とても読みやすいのは、小川高義さんの訳によるところも大きいと思う。
名著だった。 -
Posted by ブクログ
「オリーブ・キタリッジの生活」の続編。主人公オリーブはさらに年老いて、前回の中高年小説からついには死や孤独という不安にとらわれる老人の小説になっている。だが、ここに書かれる人間関係の葛藤やオリーブの気持ちの変遷は、老人だろうが若者だろうが人間は同じだということを感じさせるもので、むしろ前作よりも普遍的な内容になっている。
夫の元愛人をこき下ろしたくなる。フレンチ系の住民に対するちょっとした偏見、でもそんな教え子が有名人になっていたらちょっと誇らしく、会ったことをみんなに言いたくなる。一方でソマリ人を差別しちゃいけないという正義感。老人ホームに入っても、一緒に食事する相手や仲良しがなかなか見つからない。医者にほのかな恋心を抱き、優しくなった息子のところの孫も可愛く思えてくる…年齢層やら設定は違えども、描かれる人間模様は学園ものに当てはめてもあり得そうだし、年老いても人間くさいオリーブとその周囲の人たちの言動が面白い。
前作よりもメイン州の特徴(カナディアンフレンチの存在、スコットランド系、ソマリ人コミュニティ)が濃く描かれていて、米国地理に全く無知なので、地図でメイン州の場所を確認しながら読んだ。なるほどこんなにカナダに近くて北にあったのか、と今更。ケベック州の町並みを思い浮かべながら、架空の町感が減ったクロスビーを満喫できた。
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Posted by ブクログ
最後まで読み、「辛い」と声が出た。結局、牧師と神との間で交わされる神聖な対話や関係の前では、子供を産んだヘスターは無力だ。森での美しいヘスターも歯が立たない。牧師は、「ヘスターの苦しみを痛いほど知っていた(だからこそ辛かった!)、他人に罪人であることを隠して苦しんだ!、死ぬ前に罪について告白するのだ!(その直前に壮大な説教をして大衆を心酔させている)、ヘスターに自分達は永遠に結ばれないと彼女を戒める!」という論理を展開していく。牧師は、神の采配で、迷いから救われたという。宗教的には勝利したのだろう。でも、ヘスターは。。。神との誓いを優先して、美しい信仰心を讃えて先に死ぬ牧師。残されたヘスターは、複雑な思いを抱えながら生きていくようだ。妊娠、出産、子育て全てをたった一人でやり遂げたヘスター。彼女には、牧師のような自己陶酔的な宗教的正義の境地には至れなかった。観念的な世界だけで完結できない日常がある。そのかわり、ヘスターには、パールがいる。女性らしい美しさを、隠し否定して生きなくてはならなかったヘスターだが、娘には美しい衣装を着せて育てた。「成熟した未来に、神聖な愛が人を幸福にするものだということを、うまくいった実例として、証明できる人」が、パールであればよいな、と思う。最後に、、、上記に書いたような、こんな単純な話ではない小説だと思いました。一気に短時間で速読したので、大切なポイントがごっそり抜けてる気もします。パールや緋文字の意味など、気になりながらも、深く分析することなく、読み終えました。後日、改めてじっくり読みたいと思う作品となりました。