山本周五郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
女性たちを中心に描かれた短編集。
現代とは全く違う生き方しか選べない女性たちが、その環境の中で精いっぱい魅せてくれる生き様が本当に素晴らしい。誰かのために、誰かを思い、誰かを支えて、様々な女性たちが自分の人生さえも犠牲にする。どの物語にも自己犠牲がありながら、その生き様を自ら選んだ女性たちの芯が通っていて強い。
日本女性の奥深さを感じて、涙なしには読めない作品だった。この時代の女性だけが持つ覚悟。それは決して現代人には感じることが出来ないもの。
男女平等が叫ばれる今の時代に到底そぐわない作品だと思う一方、別にこういう生き方があっても良いんじゃないかと思う。とにかくどの女性も、覚悟を抱いて自分の人生を生きたのだから、誰かがどうこう言うことじゃない。
個人的には特に二十三年と梅咲きぬ、糸車が好き。 -
Posted by ブクログ
77年ぶりに発見された未発表作(表題)を巻末に、その10ヶ月後に発表された同音異曲「城を守る者」を冒頭に、その他「石ころ」「夏草戦記」等、全て第二次世界大戦の戦中に発表された「戦国武士道物語」8篇を収める。山本周五郎の戦記ものは、もしかしたら初めて読んだ気がする。時はまだ真珠湾攻撃の勢いを駆って、世の中の戦記ものは信長、秀吉、家康を始めとして有名な英雄を主人公にした物語が多かった頃。しかし、此処に綴られる人物たちは、その下で働いた無名の者たちばかりである。
「どれほど多くのもののふが夏草の下にうもれたことだろう。その人々は名も遺らず、伝記も伝わらない、かつてあったかたちはあとかたもなく消えてしまう、だがそのたましいは消えはしない、われらの血のなかに生きている、われらの血のつづくかぎり生きているのだ。」(96p「夏草戦記」より)
ほとんどの読者は、戦争を体験、或いは身近に聴き知っている者ばかりだったろう。その者たちに向かい、1番心に響く言葉を周五郎は書いた。この部分だけ、周五郎はひらがなをおおくつかい、ぶんを「。」で止めなかった。まさに、無名のひとたちにかたりかけたのである。
「死處」は、最前線に出て勇猛果敢に死を賭して戦うことだけが死處ではない、他に選ぶ死處はあることを語った話である。しかし編集部に渡していた原稿が掲載される前に、雑誌が紙不足のために休刊して仕舞う。周五郎は原稿の返却を言わなかった。その不器用さは、ここに出てくる多くの登場人物たちの行動と似ている。そして、同じモチーフを使いながらもう一度別の作品を書く。私は「城を守る者」の方が完成度も、テーマ的にも優れていると思う。
戦後に吉川英治は一時筆を絶った。有名人だけを主人公に据え、忠義を追い求め、従軍作家にもなった吉川英治は、「新平家物語」を書くまでは再出発することができなかった。山本周五郎にそういう中断はなかった。蓋(けだ)し、周五郎再評価、宜哉(むべなるかな)。 -
Posted by ブクログ
油井正雪の乱として授業で習う慶安の変は、教科書的にいうと、大量発生した浪人対策を怠る幕府に対する反抗ということになる。3代将軍徳川家光の時代までの武断政治により改易された藩からは主家を失った浪人が大量に発生、徳川幕府体制をより確固たるものにしたい松平伊豆守信綱はこれを利用し、浪人が果てるのを待つ政策を遂行。これに対し、油井正雪は浪人による徳川幕府の転覆をはかったが、事前に計画が漏れて、実際には乱にはならなかったという事案である。
教科書では油井正雪が実際何者であったかはほとんど触れられず、浪人を大量動員した測った計画を重く見た政府徳川幕府が、家光の死後、文治政治に展開していくという歴史の流れの転換点としてのみ表記されている。
そこで、山本周五郎の登場だ。「樅の木は残った」でも伊達騒動について原田甲斐を新たなイメージで描き、これを読むとこれが正のような感じがしてくる。同じように正雪記では、幕府転覆などという大それたことを本当に考えていたのか?そう思わせる彼のバックボーンは何なのか?という観点でストーリーが組み立てられているのだ。まさに本書を読むとこれが正に思えてきてしまうわけだが。
しかし、ひとかどの名を成すのだ、という思いと、何で名を残すかという思索の果てが浪人取り扱いに関する幕政改革であったというのはやっぱり本当な気がする。表面的な教科書知識と油井正雪のものがたちがぴったりと合わさった感じがする。そして、山本周五郎にかかるとやはり、命を落としてはダメなのだ、なんとか生き残っていくのだというベースラインがしっかりと提示されていく。
フィクションだとは思うが、歴史の背景や流れは腹落ちするものがある、それが山本周五郎なんだと思う。