横尾忠則のレビュー一覧

  • 未完で生まれて未完で生きて、未完で死ぬ 横尾忠則自伝

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    ネタバレ

    鹿島茂がオビを書いているので読まざるを得ない。高倉健とニューヨークだかでばったり会ったり、言葉の通じない世界一の女性ボディビルダーとメキシコの無人島に行ったり幽体離脱したり大変である。状況劇場のポスターとかジョンレノンとオノヨーコとか、アンディウォーホールとか柴田錬三郎とか色々な私の興味あるものはこの人あたりから日本にもたらされたのかもね。

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    2026年09月15日
  • 未完で生まれて未完で生きて、未完で死ぬ 横尾忠則自伝

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    横尾忠則さんを意識し出したのは、朝日新聞の土曜日の本のコーナーだった。以前から、名前やそれなりの作品は知っていたが、画家なのに文才があるなぁ、という単純な思いだった。。
    そして、この本へ。
    この本を読んで、今、思うこと。
    三次元の世界だけで、生きていたら、もったいない!、っていうこと。
    生命は、そんな枠組みにはまって生き方をしていたら、生命を享受してない、と今まで自分が思っていたことと合致するので、我が意を得たりという思い。
    〈本から〉の抜き出しは、最小。もっともっと書きたかった 笑。

    〈本から〉
    いつも窮地に追い込まれると不思議なことにどこからか救助の手が差し伸べられる。このこともいつの間にかぼくの人生の特徴のひとつになってしまった。

    実はぼくの内部に、このような破壊の衝動波が巻き起こす一種独特の快感を、心のどこかで歓ぶ危険な資質があるということも確かだった。

    ぼくの想像における快楽とは様式の追求でもあった。様式の追求とは、つまり表現の可能性の拡大でもあり、自由の追求でもあった。

    インドでの見るもの触れるもの全てがぼくを戸惑わせ、混乱させた。そしてぼくの中の価値体系に亀裂が入り、それをもはや押し止めることさえできないほどぼくは無防備だった。

    ぼくはヘルマン・ヘッセの『シッタールダ』の生き方に共鳴する。

    「画家になろう」
    ・・・(略)
    ピカソ展
    美術館の出口に立った時、ぼくは決断してしまっていた。「画家になろう」

    ぼくはいつもこの「胸騒ぎ」を重視し、その衝動に従ってきたと思う。「胸騒ぎ」が生じると居ても立ってもおれない状態になる。ぼくの内部と外部がひとつになったような感覚だ。そんな時ぼくは「胸騒ぎ」を分析したりしない。なるべく即座に受け入れることにしている。

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    2026年08月30日
  • 運命まかせ(新潮新書)

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    2026年刊。『週刊新潮』連載「曖昧礼賛ときどきドンマイ」から47回分。
    凄い、横尾忠則がまた新しくなっている。とぼけたタッチだけれど、論旨は明快。繰り言もない。老いのことも書いているのに、書き方が老いを感じさせない。
    たとえば、ボーっと生きてんじゃねーよ、に対しては、ボーっと生きてもいいんじゃないの。断捨離ブームについては、自分の集めた物は自分の記憶、生きてるうちはどれも捨てるわけにはいかない。その生き方、その物言いが(私の場合は)ストンと落ちる。いつもながらのスピリチュアルも健在(これだけついていけないんだけど)。
    傑作は、天皇・皇后陛下との懇談の回。23年11月、その席に招かれた。しかし、この時は重度の難聴。補聴器をつけてもうまく聴きとれない。こちらやあちらの編集者にしゃべらせてヒアリングの練習、でもうまくいかない。たまたま蕎麦屋にいた俳優の小澤征悦夫妻をつかまえて、その練習。そしていよいよ最高の緊張状態で、懇談の席に臨むのだが……
    輪廻転生はあると言っているくせに、自分は生まれ変わりなんかしたくないという。どういうことなのか。でも、アートにしても朝日新聞の書評にしても、いまも新たな境地を展開し続けている。輪廻転生しなくたって、この世でちゃんとプチ転生してんじゃん。

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    2026年05月14日
  • インドへ

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    著者はインドそのものでなくインドが象徴するもの、例えば死が限りなく身近にあることなど、もっと言えばカルチャーとしてのインドに惹かれ、それを求めた。三島由紀夫の死によってインドへ導かれる横尾氏の彼の内側にあるインドへの旅行記。

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    2025年12月23日
  • 飽きる美学

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     やっぱり面白かった。
     私は絵を描くことはないし、猫派ではなく犬派である。でもそれ以外は、共感できることが多いというか、私自身が密かに悩んでいたこと、困っていたこと、迷っていたことをすべて肯定してもらえたように感じた。
     本を読まないという横尾さんも実は45歳からは読みまくっているということも知れた。何を始めるにも遅いということはない。気づいた時には躊躇せず「今」から始める、私もそんな気持ちを大切にしたいと思った。

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    2025年07月27日
  • 死なないつもり

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     面白くない本は途中で辞めちゃうので、最後まで読んだ本は全て星5つになっちゃいます。
     横尾忠則さんの著作を探しては読んでいます。私に絵を描く(創作する)力はありませんが、横尾さんのように歳を取りたい。憧れの人です。

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    2025年07月03日
  • 本を読むのが苦手な僕はこんなふうに本を読んできた

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    書評を通して、横尾忠則が読める。
    朝日新聞掲載の書評、2009年から8年分、133冊。特徴的なのは、ネコ本の書評が5つ。美術関連の本に対しては、絵による書評もしている。「絵には絵を」ということか。
    横尾は、若い頃にはまったく本を読まなかったという。読書環境にいなければ、それも当然。けれど、読める(もしくは読まねばならない)環境になって以降は、本気で読み出したようだ。
    岩波少年文庫を解説した宮崎駿『本へのとびら』への書評がいい。70歳の古希を迎え、「幼い老人」として、児童文学に触れる人生の佳境に入ったとも書いている。そう、なにごとも遅すぎることはないのかもしれない。
    いまも書評は健在。最近では地の文が白黒反転しているのや、エンボスふうのもあった。そしてなんと今朝、新聞を広げたら、上下が逆さま!

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    2025年05月07日
  • 言葉を離れる

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    えー、なんで中野孝次で始まるの? 
    若い頃は本を読まなかったことを前面に出した自伝的エッセイ。読書が自分を形成したという中野孝次の対極に自分を位置づける。書名の『言葉を離れる』にもその含みがある。
    横尾忠則は50代で『自伝』を著している。本書はその語り直し、もしくはその蒸留版か熟成版。個人的には、10代後半、高校卒業間近から神戸新聞図案係採用までの紆余曲折がおもしろかった。その曲折がいかにも彼らしい。
    ところが、本書のもととなった「ユリイカ」誌の連載は、途中で言語障害(or記憶障害)になって、2年間のお休み。おそらく書名の『言葉を離れる』はこのことも含意している。幸いに、いまは復調。けさの朝日新聞にも書評を書いていた。
    心酔していた三島由紀夫の章もある。三島邸に招かれた日のエピソード。行くと、澁澤龍彦らもいた。空飛ぶ円盤信者の三島。バルコニーに出て、目撃談を披露。「ほら、澁澤君、あの山の頂上に空飛ぶ円盤が現れたんだよ」。そこにお茶を運んできた夫人が言う。「あら、あなたまたウソついてんのね」。(和田誠風に言うと、横尾ちゃん、そこバラしちゃだめだよ。)

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    2025年05月07日
  • 老いと創造 朦朧人生相談

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    天才横尾忠則の人生相談。とても87歳とは思えない、元気を貰える回答が沢山。名画もたっぷり掲載されています。

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    2024年04月09日
  • 【電子限定カラー版】死後を生きる生き方

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    不謹慎ながら横尾先生が、まだ生きていらっしゃるとは驚きだった。書店で見かけ、即購入した。私と同じ事を考えていらっしゃるので、没頭して読み終えました。横尾先生の哲学に、完璧に賛同致します。これ以上はない考えだと思います。究極の思考であると理解できました。

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    2023年11月01日
  • 時々、死んだふり

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    たいへん興味深い死生観。いつか余命を実感したとき、自分はどれだけ平常心でいられるだろう。何よりもまず、著者のように87歳を迎えることはできるのか。運命に抗わず、身体の声に従う。元気なときにそうあろうと考えていても、いざ死が目前に迫ったら、どうなるかわからない。それでもそのとき、前向きに受け止めることができたらいいなと思う。地元に横尾忠則現代美術館があるので、時間を作って一度足を運びたい。

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    2023年10月12日
  • 言葉を離れる

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    横尾忠則さんの半自伝のようなエッセイ集で、考え方や死生観に物の見方までが分かる。受動的でありながら縁と運にも恵まれて躍進していく姿が痛快。絵を描くことに主題や思索、感性まで無くそうとしているという話が興味深かった。いい加減に生きてきたと説明しているが、考えることがやめられず大真面目に遊んできたように思えた。

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    2023年01月25日
  • 言葉を離れる

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    今の自分の考え方は観念的で横尾に対して逆行的だが、最後の、作品を見るとき、作者は答えではなく問いを投げかければいいので、それほど考える必要はない。考える必要があるのはそれを見る者。という言葉に少し救われた。

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    2021年07月26日
  • コロナ後の世界を語る 現代の知性たちの視線

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    ネタバレ

    1人めの養老先生の「私の人生は「不要不急」なのか?」という問いでガツンと来る。数に限りがある人工呼吸器を若い患者、高齢の患者どちらに使うかで、現実にトロッコ問題が発生しているとは。「トライアル・アンド・エラー」ではなく「トライ・アンド・エラー」という表現は相変わらず気になる。伊藤隆敏さんのページにもあるように現金給付は一律じゃなくてもよかったんじゃないかと思う。ブレイディみかこさんのページにあるように普段質問しなかった子がオンラインだと質問するようになったみたいな予想していなかった変化は今後も起こるだろう。

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    2020年09月22日
  • インドへ

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    三島由紀夫に「インドは、行くべき時期が来た者が行くことになる場所だ」と暗示された著者によるインド紀行。

    怪しいタクシーに連れ回され、不衛生と腹痛に悩み、物乞いに追われ、海外から訪れたヒッピーだかヤッピーだかに幻滅。 なのにどんどん好きになっていくインドの 不思議が怖い一冊。 同行の倉橋君のワイ ルドな感性も見どころ。

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    2014年10月07日
  • インドへ

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    80年代のインドを著者が旅をした、その紀行文学。本作が他のありきたりな紀行文学と一線を画することができた、その最大の理由は、何よりも著者こと横尾忠則自身にあることはもはや自明の理であろう。何故、そこまで魅力的な内容に仕上がっているのかといえば、時に精緻なまでにインド人、インドの風土を描写し、かと思えば、観念的にUFOや謎の光との遭遇をエピソードとして盛り込んでくる。いってしまえば、まとまりのなさだ。しかし、それが決してマイナスに作用するのではなく、横尾自身も感じたインドの現実離れした空間と、そこで起きた様々な現実離れしたエピソードと相まって、上手く昇華されているのが、本作の肝なのであろう。
    とはいえ、そういうまとまりのなさが許される最大の理由は、著者であり、日本を代表するグラフィックデザイナーにして画家の横尾忠則という存在にあることは疑いようのないということは付言しておくべき事実であろう。

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    2012年05月24日
  • インドへ

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    ネタバレ

    著者の考えにすごく共感できた。
    特に自然と宗教のつながり。
    70年代80年代のインドも行ってみたかった。
    がーっと読める感じではなかったけど、
    読み終えて、ああ納得。という感じ。

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    2012年01月26日
  • インドへ

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    欧州へ向かう飛行機のなかで読むために
    何故か選択した一冊。


    横尾氏の作品はずーっと大好きだったけど、
    文章作品を読むのは初めてでした。


    これを読んだとき、
    あぁ、いつかインドへ行こう、
    と漠然とおもった。

    そのときはまさか本当に行くとは思っていなかったけど…

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    2011年08月03日
  • インドへ

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    あの、横尾忠則が30年近く前に書いたインド本。再度インドに行きたくなった。なんだか、まったく昔に書かれた気がしない。今の自分の気持ちにフィットしていた。

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    2011年02月08日
  • インドへ

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    横尾さんによる、ちょっと変わったインド旅行記です。たまらなくインドに行ってみたくなります。名著です。

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    2009年10月04日