横尾忠則のレビュー一覧
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※天眼鏡を使って 1冊読むのに2週間 朝日新聞への書評 目と体で考えるリハビリ
どこにも属さないわたし イケムラレイコ ○読んだもの
両親の子ではないという疎外感 アートのエゴの世界から解放
この世にいながら、あの世を見ている 言葉で伝えられないことを絵に
バンクシー 吉荒夕記 ○
私(横尾はバンクシーのようなプロパガンダ作家とは対極の
主張をしないことを主張することで元日や社会に関わっているような気がする
挑戦 山中伸弥 藤井聡太 ○
AIを駆使しても勝てばいいのか? 勝つことが、どう魂を浄化するのか?
将棋が知性と感性を超えて 北斎の霊性と同質の高い人間的極みに達するのでは?
春はまた巡る D.ホックニー M.ゲイフォード
モダンアートは嫌い 人生の頂点は老齢期にある(ピカソ同様)という
芸術運動や流行を避け、目で考え、目で描き、自分を意識しない、長生きの理由
彼の絵画の魅力と どのように生きるかの結果が名声に結び付いているのだろう
ナマケモノは、なぜ怠けるのか? 稲垣栄洋
敵から見つからないから生存
本当につまらない生き物はヒト 戦争を起こし、欲深く、自分勝手に地球を壊す
未完の天才 南方熊楠
世に生まれてきた人間のほとんどすべてが未完、未完こそ完成の進行形
現世での完成はあり得ず、輪廻転生からの離脱の時に未完の魂は天地逆転する
ぼくはあと何回、満月を見るだろう 坂本龍一
ぼく(坂本の行動は性質的なもので、思想というより集会の現場を味わいたいから
コンサートの現場主義に似ている
芸術的創造はそれ自体が反社会的で平和的理念を内包しているから
あえて、プrパガンダ的行動を起こす必要がない(横尾 -
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好奇心も意欲も、変な欲望もなく、ぼんやりと日向ぼっこをするような生き方こそ老齢の贅沢な生き方ではないだろうか。まるで人生にも飽きたような生き方である。(本文より)『飽きる美学』では横尾忠則が「飽きる」という現象を美学として捉え直し、日常の単調さや退屈さえも価値あるものとして描きます。
飽きることによって見えてくる新たな創造性や自由、そして精神的な豊かさに焦点を当てています。各章で横尾は、自然体で生きることの重要性、病気や老いを自然な現象として受け入れる態度、そして生と死が織りなす永続的なサイクルへの洞察を提供
彼はまた、猫や芸術作品の魅力を通じて、生活における遊び心や創造的な余白の必要性を説いてます。横尾にとって「飽きる」という状態が、実は最も積極的で創造的な選択であるとし、これを通じて読者に自己の内面と向き合う機会を促しています。この作品は、現代人が忘れがちな「飽きる」という感覚の中に潜む、深い美学と哲学を探る試み⁉️【目次】
第一章 ありのままに生きる
第二章 何も考えず、何も求めない
第三章 病気と健康はなるようになる
第四章 生と死に境目はない
第五章 猫という不思議な存在
第六章 芸術とは何か
第七章 人生はずっと遊び -
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飽きた=自由
非計画的な「計画」
老齢 自分でありながら自分ではない
エネルギー 無目的な無為な行為の中から生まれる
しらんけど あいまいさが生きやすさを求めている
しゃーないやんけ 流れは向こうからやってくる うまく乗ると勝手に思う通りに
知識から解放されて、人間は自由になれる 発想の原型や答えは自分の肉体の中に
感覚は言葉を超える 分からないものはわからないでいい
予感 考える考えないことから自由になっている時に感じるもの
アカシックレコード 人間に必要な宇宙全知識
老齢 生に対して執着がなくなっていく 次の領域への愉しみ
すぐやる思想 ストレスなくす 頭を空っぽに 無心を楽しむ 創造する
時間 欲望と執着で時間が短くなる 死ねば時間も存在しなくなる
定年 目的や結果は不必用 やりたいことを損得なしでやれる=芸術家になれる -
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横尾忠則さんの人生相談問答。
この本を手にするまで横尾忠則さんを存じ上げず、ファンの方には恐縮な読者の感想です。
人生相談というので手にした本です。
ラジオの人生相談のファンなのでね。その類かと思ったのですが、そうでもあり、そうでも無い…これも本を通した縁だと思い読みました。
横尾忠則は画家でありデザイナーであると知ったが、読み終えるまでは調べないで偏見を持たずに…と読み進める。
挿絵が入っており、作風は伝わってきて、うーんこれはちょっと理解が難しい。
横尾さんがどのようなお一人なのか知らずに読んだが、ふわっとしながらもちゃんと自分があって自分に責任を持っている方である。
旅についてのお考えや、巡り合わせで辿ってきた職歴、またご両親のこと、なかなか波乱に富んでいる。
最後の最後に回答しているもので、〝運命を受け入れるというのは、予測不能な未来に身を投じるということでとても怖いことです。〟としつつも続けて
〝人は皆、運命に導かれて生きていること、運命を受け入れることで開かれる人生があることを、お伝えできたのではないかと思っています。〟と
なかなか辛辣な部分もあったと回想しているところです。
横尾さん自身、家庭に本が無くご両親も読書という習慣がなかったと言うが、字もしくは本が無い環境でも、考えさえしっかりして文字起こしされ校正の協力者がいればこうした出版は可能なのだと思った。
理解者協力者がいるということは、横尾さんのお人柄なのだろう。
絵画やデザインの作風は、私の好みではありませんでしたが、お考えはとても素敵だと思いました。 -
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居場所がなくなる怖さ
今、立っている場所が居場所、その場所に置かれたときに考えればいい。
健康法
自分に与えられて仕事に精を出すこと。
着るもの
肉体に最も近い環境、 いい加減にしない。
自分を変えたいと思ったら、自分の環境を変える 肉体と感性を変えてくれる。
読書は人の考えをなぞること。
難聴
人と話すことがない 孤独こそ最高の境地。
ハンディに挑戦する必要はない。 それを受け入れて行動すればいい。
老い
欲望や執念がなくなってくる。抵抗するのではなく受け入れる。人任せ運命任せ。
死
死の側に立つ。 死者の目で現世を眺める。
内面をさらけ出す怖さ
恥ずかしいという感情は、人によく見られたいという気持ち。
ありのままの自分を出してみる。
孤独
孤独は創造の原点 無為自然のなかに創造と美を求める生き方が積極的な生き方。
自画像
自分を描き切ることで、自分を吐き出している。
物を創るという発想の根源は「私」という意識。
創作の目的
描こうという衝動に従い、ご飯を食べるように描く
頭というより身体の赴くまま、手が動くのに任せて描く
独学
経済的な理由で大学をあきらめた後、
ポスターの応募で入賞し、印刷所に就職するが、ミスでクビに。
趣味でカットを応募していた高校生と喫茶店でグループ展を開いた際に
たまたま来た神戸新聞社の図案部長とイラストレーターの目に止まり、就職。
専門教育=約束事、「気分」を恐れる。自分の武器は「気分」に。
完成
飽きたところで放棄、それが完成。
転身
「デザイナー」は仕事、「絵」は人生であり生きるということ。
美術は機能的でも合理的でもないが生きる力を与えてくれる。
禅
語るものではなくて、まず身体による体験 思考の束縛から自由に。
旅
旅は、人生という旅のシミュレーション。
肉体を移動させると観念から離れやすく
感性が研ぎ澄まされ、未知の事項を吸収する。
今
人間は、たった今にしか生きていない
結果や目的を頭から外して、たった今やっていることをやれるところまでやる。
人生は暇つぶし
何もしない、何も考えない無為な時間をたっぷり取る、それが人生の宝。
どんな仕事にもクリエイトが大切、そのなかに「遊び」がある。
運命
MoMAのピカソ展で突然天啓の追うな衝撃を受け、絵画へ。
しかし、ピカソの絵を見てではない。 -
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芸術家特有?の「マイルール的な解釈によりどこまでも突き抜けていける感」が、随所にあって良かった。
死後自体が理屈で考えられるものじゃないんだから、案外それで良いんだな、とも思った。
勿論、そこに至るまでにアレコレの勉強や深掘りは通過している前提だけれども。
「頭にいっぱい詰め込まないと、逆に空っぽにならないということです。」
→瞑想っぽい体験のときに次から次に雑念が出たあとで空っぽになる体験に対して、まず雑念をとにかく持つこともある意味必要と解釈する素直な強さ(自分に良いように捉える力?)みたいなものが、面白い。
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「そうしているうちに、絵を描くという行為自体が、実は僕が死と一体になることと同じなんじゃないか、同一化しているんじゃないかっていう」 -
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現在2023年4月末。先日、まもなく新型コロナが5類になることが正式決定されたとニュースで流れた。
この本に掲載されているインタビューや手記は2020年。コロナ禍がいよいよ始まり、おそらく世界中の誰もが、今まで非日常と思ってきたことを日常的なものとしなくてはならないという不安に覆われはじめてきた、そんな時期の発言だ。そのような意味では、更に数年後、コロナ禍を振り返るための格好の史料となりうると思った。
この本の中で多くの識者たちが言及していたと思うが、人間にとって一番厄介なのは、人間の心の中に生じる差別、偏見、批判なのだ。どのような状況下にあっても生じるこの心の動きに、私たちはどのように打ち勝っていけばいいのだろうか? -
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画家の横尾忠則によるエッセイ。
まず、最初に彼があまり読書をしないということに驚いた。自身の哲学を持っているように思ったからだ。
感覚的な芸術家ゆえか、言葉を信用していないところがあり、言葉にすることですべてが嘘になってしまうとすら考えている。
とにかく、言葉に対して否定的な価値観を持っていることがよく分かった。
コピーなんていうのは嘘八百だと一刀両断している。
確かにコピーというのは往々にして商業的な宣伝である。
けれど、クリエイターを否定する彼の考えには賛成できない。
彼の考える芸術やアートとは対極にあるものであったとしても、同じクリエイターに対する敬意というものがないと感じた。
また、私は読書することはとても大切なことだと思っている。
本を読むことで様々な価値観を得たり、自身で体験するのが難しいことなどを追体験できたり、人間性を高めたりするのにとても重要な行為だと思うからである。
彼のような天賦の才を与えられた人には、言葉はあまり近くにない方がいいのかもしれないけれど。
とはいえ、芸術鑑賞や自然の中にいるときには、「言葉を離れる」ことはとても大切だと思う。
全体的には、やはり感覚だけでなく、哲学的な思考を持った人だと思った。
フレーズに書き留めた箇所は、そういった彼の考えがよく表れていると思う。 -
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無頓着でいく。物事に対して執着しない。そんなことどっちでもいいじゃないか、とこだわりをできるだけ減らす。起きてるけど寝てる状態。それは楽だな。
自分が何歳か年齢を知らないって、すごい「今を生きる」だな。
優等生の作品は、窮屈で、なんだか息苦しい。適当でいいんじゃないの。真面目すぎるか。破壊も好きなんだって。あらそうですか。破壊とか全然してないな〜いかにちゃんとやるかだけを考えてる感じ。もっと適当でいいじゃん。
仏教が一番戒めている言葉が執着。無頓着の反対。こだわりなくていいのか。
子ども心を持ち続けるには?目的や結果を考えすぎないこと。大事。めっちゃ大事。本読みたいんだったらずっと読んでりゃいいんだよな。何時間睡眠しないといけないとか考えないで。
理屈をこねないで、無頓着で暮らすのが一番。質問を続けない。答えを求めない。てきとうにね〜。
ゆるくて、いい意味でなるようになると思えると、気持ちが楽だし、自分に嘘ついてないし、本当に心の奥底で行きたいと望んでいるところに行ける気がする。肩肘張らないこと。
なんかずーっとだらだら本読んでるのも幸せだなって気がした。