横尾忠則のレビュー一覧
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第1章 本当に死にそうだった―急性心筋梗塞で絵筆を持たなかった二週間
人生最大級の痛み、そして救急搬送
画家はアーティストではなく、アスリートである
痛みと恐怖
僕は病気と闘わない
第2章 僕も時々、死んだふり
生き物たちの「死んだふり」戦略
死亡通知と『遺作集』
自分のお葬式の夢を見た
自分の中の閻魔大王
ビートルズと三島さんに導かれて
下痢をしてインドがわかる
豊島横尾館は生と死の出会う場所
「死んだふり」はどこにでもある
第3章 面倒くさいで救われる
「面倒くさいことはやらない」主義
結婚は相手任せ、職業は運任せ
僕は人づきあいが苦手です
創作には「いい加減」が必要
頭を空っぽにするため -
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横尾忠則(1936年~)氏は、著名なグラフィックデザイナー、版画家、画家、作家。ニューヨーク近代美術館(MoMA)で現存のデザイナーで初めての個展開催、パリはじめ世界各地のビエンナーレでの受賞、ベルギー国立20世紀バレエ団のミラノスカラ座公演での舞台美術担当など海外でも活躍し、毎日芸術賞、紫綬褒章、紺綬褒章、旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞等を受賞・受章。また、初の小説集『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞(2008年)、本エッセイ集で講談社エッセイ賞を受賞(2016年)。
本書は、月刊誌「ユリイカ」に「夢遊する読書」と題して2011~14年に連載(途中2年ほど連載休止)されたエッセイ1 -
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2020年夏に刊行された本。コロナ後の社会の変化について。 人間、生命、歴史、国家、くらしと文化をテーマに21人の知性が語る。
インタビューと寄稿された文で構成されている。コロナが蔓延し拡大していた頃の見解なので、現在の視点で読むとやや違和感がある意見もあるけれど、総じてコロナをきっかけに、今後社会が大きく変化すること、先が見通せない不安がつきまとうことで一致している。コロナ発生から1年が経って、ワクチン接種が進んでいるが、なかなか終息しないのが心配。 経済活動は悪化しているが、でもマクロレベルでの指標と実態の乖離は、それほど危機的ではないように思う。 影響が出てくるとすれば社会構造の変化、人 -
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ラジオ「荻上チキセッション」が夕方に移ってから聞くようになり、荻上チキさんとはどういう人かと探していて行きあたった本。読みたいと思った人の章のみ読みました。
養老孟司:「不要不急とは」という、今回もまた若干ずれた感のある内容なのだが、この用語への同氏の違和感は、医者でありながら現場ではなく解剖をやっている自分、また現在の老人で公職にもない自分の存在は不要不急なのではという根本から生まれている。そこからさらに、人間自体不要不急なのではという話。この辺りは、前回読んだ氏のインタビューで、老人はコロナ禍を乗り切ったところで生き甲斐はあるのかという疑問と相反するようで通じるところがあり、面白いなあと -
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最近インドづいているので、勢いで再読。
お友達として三島さん、篠山紀信君が出てくる。
インドは人間が風景を創造している。美しい柄のサリーをまとった女性や噴水が調和する。日本では人間が風景を壊す。えらい違いだ、と言っている。
グラフィックデザイナーとしてNYから発信していたのに、インドでひととしての本質を悟った、ということなでしょう。
本当に美しいところなのかもしれない。湖から日の入りをずっとみて、そのまま夜には星が降ってくる。そんなインドの自然を感じられる本(UFOもでてくるけど)。
いまのインドは横尾さんが感じたときのままだろうか。そうであってほしい。 -
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せっかく国外で暮らしているのだし、日本語の鍛錬がてら私も何か書いてみようかしらとたまに思うのだけど、どうもどこの国でもこんな風に心震えることが無いので成立しなそう。
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息苦しくなったぼくは、ふと空を見上げた。路地から見える蒼い空は亀裂のように細長くどこまでも続いていた。そしてそこには白く輝いた真昼の月が浮いていた。ぼくの心は一直線にこの月まで走った。ぼくにとってこの時の月は現実からの避難場所でもあった。月まで届く梯子でもあれば、ぼくは本当に駆け登ったかも知れない。この月が日本で見るのと同じ月であることが、ぼくをどんなに安心させてくれたことだろう、ここはやっぱり地球だった……と。