ウィリアム・シェイクスピアのレビュー一覧
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ジョン王(1167〜1216)はフィリップ2世との戦いでカレーをのぞくフランスの領地を失ったため欠地王(John Lackland)と呼ばれる。世界史では彼の行為を愚行とみなす傾向がある。インノケンテイウス3世に破門され、形式上イギリス全土を差し出す。重税を課す。貴族の反乱。以降ジョンと名乗る国王はいなくなるほどの人気のなさ。マグナカルタの承認。
しかし、シェークスピア作品にうかがえる彼はそこまででもない。ヘンリー6世の方が(略)
個人的には、獅子心王(The Lionhearted)からの王位簒奪を欠いて欲しかったし、シモン・ド・モンフォールも出して欲しかった。法学部生としては、マグナカルタの場面も欲しい -
Posted by ブクログ
ヘンリー5世が好きになれないwww
この史劇は評価が分かれると思う。
思うに、評価が分かれる理由はヘンリー5世が
ミスター・パーフェクトだからだ。
張岱曰く
「癖のない人間とはつきあえない。
彼らには深情がないからだ。
疵のない人間とはつきあえない。
彼らには真気がないからだ。」
これを思い出した。妥当と考える。
他にハズリットの批評とナイツの批評を援用する。
「何千何万という他人の生命を破壊する喜びのためなら、
自己の生命をも犠牲にするのを厭わない・・・・・・
愛すべき怪物(amiable monster)」(W・ハズリット)
ヘンリーはシェークスピア自身の信条の吐露であり、
彼の人間としての理想を描いたと考えれば、
以下のL・L・ナイツの批評が妥当するだろう。
「ヘンリー5世はシェークスピアの袋小路。
彼はヘンリーを信じきれていない。
したがって、続く”ジュリアス・シーザー””ハムレット”
暗い喜劇群(dark comedies)・及び悲劇群に持ち込まれる
未解決の問題を抱えた芝居。」 -
Posted by ブクログ
シェークスピア悲劇の一。
コリオレーナスは高潔なのか高慢なのかという問に対して、私は高慢なのだと答える。
「傲慢な心が謙虚を着ている」といえる。
なお、これに対しファーナムは
「傲慢(プライド)はコリオレーナスの欠点であるにとどまらず、悲劇の主人公たらしめる美徳さえ生み出している」という。
コリオレーナスの内面を知りえないのもシェークスピアらしくない。故意だろうが。
グランヴィル=パーカーは「私たちは決してコリオレーナスと完全に一体化しないし、その内面を自由にうかがい知ることもない」といっている。
同化反応を喚起するのが悲劇、異化反応を喚起するのが喜劇だとすればこれはうまくない。
ただ、一応彼の名誉のためにアリストテレスを援用する。「悲劇と喜劇の差異は、悲劇が平凡な人間より優れたものを表そうとするのに対して、喜劇は愚劣なものを選ぶところにある」