西條奈加のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
江戸時代に、東北の貧農の身から幕臣まで登りつめた、蝦夷のエキスパート、最上徳内の物語。異文化好きなので好きなジャンルの本だった。
題名については、何この長ったらしい題名は、と思っていたのだが、そういう意味だったのか。
歴史には本当に疎いのだが、松前藩の横暴については、いろんな本やドラマなどで知っていたが、なぜ改易にならないのか不思議でならない。松平定信という人物についても、これを読む限り、反感しか覚えない。
『夷酋列像』という、松前藩がアイヌを手懐けるため作った肖像画は、江戸時代のものとは思えない精緻さ、色鮮やかさだが、ほとんどフランスにあるのだろうか?残念。
本はきちんと読むのが好きなので、地図や相関図など作って読めばよかったかも。たくさん出てくる侍の名前と、蝦夷での場所が今ひとつ混乱してしまったので(たぶん加齢のせい?)。(巻頭に蝦夷の地図があって助かったがもう少し詳しかったほうがよかったかも)
-
Posted by ブクログ
時代人情小説は、味わい深くてやっぱりいいなぁ。
新米女師匠の萌と、手習所に通う子どもたちが繰り広げるストーリー。
“女先生”と悪童らに侮られ、新米故に悩みながらも、日々子どもたちにまっすぐに向き合い奮闘する萌。
手習所に通う、身分も性格もさまざまな子どもたち。そして、子どもたちを取り巻く家庭の事情。
得手不得手もさまざまで、そのせいで自信を失くし、行き場を失ってしまう子がいるのは今と何ら変わらない。
一見いい加減に見える椎葉先生の言葉にはグッときた。
『どんなことでもいい、大人からすれば無益に見える事柄でも構わない。己にも得手がある。できることがあると気づかせてやるのが何よりの一義。たとえ人並みに及ばずとも、己を信ずることさえできれば、この先も生きていけよう。』
萌と子どもたちの、人の温度が感じられる関わりあいに安堵する。
大人も子どもも、互いに関わりあって一緒に成長していく。
子どもを通して見る世界は、とても賑やかで豊か。
子どもたちの未来が楽しみになりました。
温かく清々しい読後感。
成長した子どもの背中を見送るシーンは、清々しく感慨深かった。
久しぶりの時代小説を堪能しました。 -
Posted by ブクログ
幽霊となって目覚めた主人公と凸凹コンビの警察官の繰り広げる、秋葉原ドタバタ事件簿な一冊でした。
主人公はある日山の中で目覚めた、何故か足しかない女性の幽霊。その山の近くの交番に勤めていたイケメンだけどポンコツのお巡りさんは、足だけになった幽霊が見えているらしく、謹慎処分で秋葉原に異動になった彼と一緒に幽霊の彼女も秋葉原に行くことに。辿り着いたのは秋葉原先留交番。ほとんど駐在所のようなそこで、トドのような身体に鋭い洞察力を備えた先輩警官とポンコツだけれど幽霊の見えるイケメン警官、足だけでしゃべることのできない幽霊の二人と一体は、主人公の事件について追いかけていくことに。日々起こる秋葉原ならではの事件から日常的な事案まで、様々な事柄の中に少しずつヒントを見つけていって、ようやくたどり着いたのは意外な結末だった。
読み終わって感じるのは、とても読ませる力のあるお話だったということです。私はこの著者の作品は初読なのですが、小難しくなりすぎず、かといって簡単に話の結末を明かしもしない、匙加減の絶妙なストーリー構成がとても私好みでした。登場人物もよく立っていて、読み進めるのがとても楽しかったです。
主人公が足しか見えない幽霊で、折角幽霊が見えるイケメン警官は壊滅的なまでにおつむがポンコツで、幽霊は見えないけれど察しのいいトド先輩頼りになりながら事件の真相解明に向かって少しずつ進んでいくお話は、寄り道のようで寄り道ではない話をいくつも挟みながら最終章で衝撃の事実を落としてきました。油断をしていたのでうっかり通勤途中で泣きそうになってしまい、大変でした。
まだまだ続く凸凹警官コンビ+足だけの幽霊という奇妙な関係がどのようになっていくのか、想像する楽しみのある終わり方で、余韻まで楽しめました。
秋葉原まで行くことがあったら、このお話を思い出してしまいそうです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ寛文8年、徳川幕府が開かれて65年、家綱の時代。船大工から船乗りに転職した和久郎は、同じ村の幼馴染の門平たちと尾張の新しい船、颯天丸で江戸から帰る途中、嵐に飲まれた。1ヶ月後、漂着したのはバタン島。15人の乗員は島で下人とされ、こき使われた。大きな船を持つという言葉につられ、隣村に逃げるが、結局は下人とされてしまう。船があったのはかなり昔の事だった。そして、ある日頭がいなくなった。そして楫取の巳左衞門も。その島には年寄りはいなかった。絶望的な中で、しかし、言葉をなんとなく理解してきた門平が村長に船作りを願い出る。船大工見習いをしていた和久郎がいるからこその脱出作戦の始まりだった。
史実に基づくフィクションだったよう。はじめから船の構造を詳しく書いていて、情報多すぎてよくわからない状態に陥っていたのだけど、それは後半の伏線だった。
バタン島は木はたくさんあるが、金属がないため、釘まで木で作る。和久郎は棟梁を務めるが、漆の代わりになるものを作る者あり、筵を編む者あり、みんなが出来る事をやって、ようやく船が完成する。ここまでで、結構苦労しているが、まだまだ先は長い。
15人の船乗りとは、十五少年漂流記へのオマージュなのかな。それにしても、この時代だからこその仕打ちに悲しくなる。
-
Posted by ブクログ
漂流して潮のかげんでフィリピン北部のバタン島に着いてしまうことが度々あったようです。こちらは江戸時代の初期1668年に漂流した15人の水夫たちの史実に基づいたフィクションです。15人中、2人は殺害され、1人は事故死、1人は島に残り、11人が無事日本へと帰還します。
原住民が酷すぎる。積荷を強奪して船を壊して奴隷にするとか。働きの悪い年寄り2人は殺害するし、島で働く分には労働力としてある程度自由もあったようですけど口伝だけで文字を持たない文明レベルの原住民に家畜のように扱われるとか・・・
原住民を信用させて舟を作って日本に戻っるとかこれが史実であったところが感動します。
現地妻を娶って1人島に残った人もいるようですが、
その後この島でどんな扱いを受けたのか気になるところですが、言葉や文化に日本的なものの影響あたえたりとか、野蛮な原住民が年配をいたわる意識とか持ってくれれば残った意味もあるのかなって思いました。
日本に帰れた11人もいろいろ試練が待ってた様子が浦島太郎のように面白く仕上げられてて、1680年には逆にバタン島の漁民23人が宮崎県に漂着した史実もあってこれもうまく物語に取り入れてるのは流石でした。