あらすじ
江戸、千駄木町の一角は心(うら)町と呼ばれ、そこには「心淋し川」と呼ばれる小さく淀んだ川が流れていた。川のどん詰まりには古びた長屋が建ち並び、そこに暮らす人々もまた、人生という川の流れに行き詰まり、もがいていた。青物卸の大隅屋六兵衛が囲っている年増で不美人な妾のおりきは、六兵衛が持ち込んだ張形をながめているうち、悪戯心から小刀で仏像を彫りだし…(「閨仏」)。飯屋を営む与吾蔵は、根津権現で小さな唄声を聞く。荒れた日々を過ごしていた与吾蔵が捨ててしまった女がよく口にしていた唄だった…(「はじめましょ」)など、生きる喜びと哀しみが織りなす全六話。第164回直木賞受賞作。
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下町人情長屋の連作短編集。
心川(うらがわ)の本当の名称は心淋し川(うらさびしがわ)。なんともオシャレ。
差配の茂十の言葉が沁みる!
「誰の心にも淀みはある。事々を流しちまった方がよほど楽なのに、こんなふうに物寂しく溜め込んじまう。でも、それが、人ってもんでね」
南星屋シリーズ以外は読んだことがなかったけれど、やっぱり面白かった!
納得の直木賞受賞作。
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江戸千駄木を流れる淀んだ心淋し川。うらさびしい、と読むのですが、どん詰まりの長屋でくらす人々がもがくさまが連作短編で描かれています。
第164回直木賞受賞作。
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心をうらと読んで、心淋し川(うらさびしがわ)
なんと吸引力のある名前だろう。
その川の元へ流れ着いてきたのは、苦みや渋み、酸っぱさを体の深いところに染みつかせてきたような人たち。
清らかとはいえない淀みのある川。けれどその周囲には、人の体温のようなものがあった。
人の業(ごう)やわびしさを含めて、しんみりと静かに沁みこんでくる作品だった。
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本当に、本当に素晴らしい物語でした
全ての短編であっ、と驚きがあり、がらりと見えていた景色が変わり涙が溢れていました
心に沁み入る切なさと温かさが共存していました
本書は、江戸の淀んだ心(うら)淋し川の辺りにできた、吹き溜まりのような心町に住み着く、いろいろなことから逸れて行き場を失ったような貧しい人々が織りなす暮らしを描いた連作短編集、時代小説です
最近ぼくが手にとる本が、壮絶に苦しい現実を突きつけられるような話が多くて、もちろん学びもあるのだけど、現実もしんどいのに、フィクションまで苦しいの読むのしんど、とか思ってました(自分で勝手に選んでるだけやん!ってツッコミも甘んじて受け入れます、そういう本も大好きなのです)
でも、やっぱりぼくはこういうまた違った苦しみといいますか…、直向きに懸命に生きる人が励まされるこういう本を読んでいたいんだなと改めて気づくんですね
この短編に登場する主人公たちはみんな苦しい、いろいろなことが上手くいかず、虐げられて腐っている、下を向いて諦めていたりもする
でも、だから人の苦しみにも人一倍敏感なんでしょうか
自分の苦しみって、主観的なもの、経験することだから、人と比べるのは無意味といえば無意味だし、他人の苦しみはわからないですよね、ほんとのとこは
でも、人の苦しみを想像し慮ることはできる
人一倍苦しんだ人はその度合いも強いのかな、と思うんです
そしてこの物語に出てくる主人公は、誰かのために苦しみ涙を流すことができる人たちだった、それがぼくの心に響いて共鳴して涙があふれたのだと思います
この世に尊いものがないのなら、人の存在価値はない
そんなことを山本周五郎さんも仰ってたとか
宮部みゆきさんの時代物みたいなとても豊かで、淋しい優しさに溢れていて、読んでいる間ずっと胸が苦しかった、それが本当に幸せでした
直木賞受賞きっかけで手に取ろうと思いましたが、はたして手に取って本当によかったです
きっと、またしばらくしたら読み返してしまうと思います
もうひとつ
この物語には印象深い台詞や言い回しがいくつも出てきて、そこもぼくは好きでした
その中のひとつを引用させてください
弱い稲次も、儚げなるいも、守ってやらねばならない存在だった。守られていたのは、実は自分の方だったと、稲次が死んでから思い知った。こんな情けない男を、ふたりはあてにして頼ってくれた。おかげてどうにか、立っていられた。
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こころさびし、ではなく、うらさびし、と読む。
根津近くの小川を心淋し川というらしい。
遊郭の界隈と裏腹に寂れたボロ裏長屋の人情もの。連作短編。
一作一作、独立しているが、一本通る柱があり、最後にさりげなく収束。
哀歓とちょっと背筋が冷える話と、バリエーション豊か。
直木賞受賞もさすがです。
しみじみした。
Posted by ブクログ
2025.11.11 ★4.5
心町(うらまち)を流れる澱んだ川の心淋し川(心川)。
澱が沈んだ、流れの無いような川沿いにある長屋の住人たちの短編集。
流れていないように見えてしっかりと流れている心川のように、ある一点で留まってしまったような住人たちの人生も少しずつ前へ進んでいる。
貧しくともその流れの先に幸せがあることを願わずにいられない心が温まる物語だった。
↓↓↓内容↓↓↓
江戸、千駄木町の一角は心(うら)町と呼ばれ、そこには「心淋し川」と呼ばれる小さく淀んだ川が流れていた。川のどん詰まりには古びた長屋が建ち並び、そこに暮らす人々もまた、人生という川の流れに行き詰まり、もがいていた。青物卸の大隅屋六兵衛が囲っている年増で不美人な妾のおりきは、六兵衛が持ち込んだ張形をながめているうち、悪戯心から小刀で仏像を彫りだし…(「閨仏」)。飯屋を営む与吾蔵は、根津権現で小さな唄声を聞く。荒れた日々を過ごしていた与吾蔵が捨ててしまった女がよく口にしていた唄だった…(「はじめましょ」)など、生きる喜びと哀しみが織りなす全六話。第164回直木賞受賞作。
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初読みの作家さんでした。
江戸の澱む川のほとりの長屋の住人たちを描いた六篇の物語。心に抱えたものを捨ててしまえば、忘れてしまえば楽になれるのに、と思ったけれど、それを抱きながら生きていくのも人生の深みを増すことになるのかな。
生きづらさもあるけれど、力強く生きる人たちと倹しい生活を送っているからこその人の優しさに胸が熱くなった。
世の中から弾き出されたからこそ、人の心の傷に寄り添えるのだな。
口は悪いのにどこか優しさのある4人の妾の物語がよかった。
生きにくいけれど居心地のいい場所、が彼らにとっての長屋なんだろうな。
※なんとなくChatGPTに「江戸の町人の優しさを描いた小説って?」と尋ねたらこの本を勧められました。(普段は自力で飲みたい本は探しますが)
遊び半分で使ったChatGPTに聞いた質問で勧められて、いい小説に出会えてびっくりしてます。
Posted by ブクログ
江戸時代の庶民を描いた作品としてはかなり珍しい、いわゆる最下層に近い人たちの人生をテーマにした短編集。
そんな舞台なだけに決してハッピーエンドとは言えないものの、どこか優しさや温かさがある味わい深い昨日でした。
ただ、直木賞かと言われれば西條さんの作品の中で突出した印象でもなかったような。
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この時代の人たちの生き方や暮らしかたはは分からないのに、まるで登場人物かすぐそばで生活してたかのようにしっかりと物語の風景がみえました。
どれも何とも言えない終わり方でこういう物語もたまには良いかもしれないなと思いました。
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『首取物語』が面白かったので、こちらも読んでみた。やはり西條奈加作品はよい……!
解説にもあったが、これも厳しさと優しさの物語。お気に入りは「はじめましょ」。希望に満ちたラストは見ているこちらも嬉しくなる。一方で怖かったのは「冬虫夏草」。親離れできない子どもの話かと思ったら、子どもなしには生きられない母親の話だった……。なるほど冬虫夏草。そして、物語全体を通してでてくる差配がいい味出していて、最終話でその人となりがあばかれるのだが、この心町で生き直した茂十の過去がまあ壮絶で……。でも、こういう町というか共同体の距離感は羨ましくもある。淀みを抱えて生きててもいいんだーって。
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3.8。
心淋し川
閨仏
はじめましょ
冬虫夏草
明けぬ里
灰の男
の6編からなる連作短編小説。
初めての時代小説だったけれど、抵抗なく入り込めた。江戸時代の庶民の暮らしを想像しながらまた一つ世界が広かった感じ。
直木賞受賞作というだけあってどれもよいはなしだったが、私的には閨仏と明けぬ里がおもしろかった。
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心町(うらまち…裏町が転じてこの字になったという)の貧乏長屋に住む住人たちのお話
住人曰く塵芥の吹き溜まりのような場所
そんなところに住んでいる老若男女、皆事情を抱えていますが、幸せな話も壮絶な話もゾッとする話もあります。
そして最終章のまとめ方がとても綺麗。
各章でいい味を出している人物の話を
最後の締めにすると言う構成はほかの小説でも見たことがありましたが、悪目立ちしていないというか、全体の話の流れとして全く不自然なところがなくとても納得できる終わり方でした。
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小さなドブ川沿いに暮らす人々。一番良かったのは「はじめましょ」かな。飯屋を営む与吾蔵が出会った幼い女の子。自分が昔捨てた女との再会、明かされる事実。三人の明るい未来を予感させるものだった。怖かったのは「冬虫夏草」。母の息子への歪んだ愛情、息子の理不尽さはそんな母へのせめてもの抵抗なのか。「灰の男」長屋の差配人の過去、息子の仇を十二年間見守る不思議な関係。
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千駄木町の一角、心町(うらまち)。そこに流れる川の名前は心淋し川(うらさびしがわ)という。
趣があるのは名ばかりで淀んで汚くすえた臭いがする川である。
その川のどん詰まりにある貧乏長屋には心に淀みを持った訳ありの人々が暮らしている。
そこに住む訳ありの人々と差配の茂十の話だが、どの人も生き辛い悲しみや切なさを抱えている。6作収録されているが、最後の茂十の悲しい過去の話「灰の男」が読み手の心をグッと掴む話になっている。
「誰の心にも淀みはある。事々を流しちまった方がよほど楽なのに、こんなふうに物寂しく溜め込んじまう。でも、それが人ってもんでね」と茂十が言った言葉。
物事を簡単に割り切れたらどんなに楽であろうか。人を恨み憎み、自分自身も許せず、月日が流れても一歩も前に進めない。そんな不器用な男の揺れ動く気持ちを感じて欲しい作品です。
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「心町」と書いて「うらまち」。まるで「心の裏」のようだ。
誰もが心に抱えている鬱屈。
上手く行かない人生。生まれながらの不幸等…多かれ少なかれ今居る場所で足掻いている。
そんな足許の影ばかり眺める中で、ふとうつむいた顔を上げた瞬間にさす光のような物語。
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時代小説風で言葉も一昔前のもののようだが読みやすく集落の暮らしぶりも体験しているかの様だった。
物語も「心淋し川」に住む六つの話から成り立っていて家族や友人、仲間の愛憎や人生が描かれており一見汚れている町でも、想いは残る場所だった。
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江戸時代、心町(うらまち)のとある長屋をめぐる連作短編集。直木賞受賞作品でずっと気になっていたけど、やっと読めた。
最後の最後、陽気でおせっかいな差配さんが隠し持っていたものが胸にくる。
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江戸の長屋のお話。
人とのつながりをもち、色々恨み言もありながら逞しく生きていく人々が描かれている。
女性って芯が強いな〜と思った作品でした。
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心町でひっそりと、だけど様々な関わりを通して、たくましく暮らしている人達。
苦労はあるけど、その人なりに生きていく、その姿はやはりポジティブでした。
とくに女性の逞しさ、これを江戸の物語は感じさせてくれます。
Posted by ブクログ
直木賞作品は読みたくなる。
そして時代小説にハマり中の私にはこれは読みたくなる条件揃いの本。
西條奈加さんは『猫の傀儡』を読んで面白かったのでこちらはどうかなと。
心川の流れる心町の人達の連作短編。
淀んでにおいのする心川。
人間の心の淀み。
それぞれハッピーエンドというわけでも、アンハッピーエンドというわけでもない。
でも嫌な気持ちはしない。
すごく感動する、というような物語じゃないけど、色んな人間模様は面白かった。
さらりと読みやすかった。
Posted by ブクログ
心淋し川
ちほ
十九。針仕事をしている。
きん
母。針仕事をしている。
昭三じいさん
風邪がもとでひと月ほど寝込み、そのまま枕が上がることなく静かに逝った。
荻蔵
父。『柿の湯』で釜炊きをしている。
てい
姉。鮨売りをしていた男と一緒になって、浅草で所帯をもった。
清太
ていの息子。
茂十
差配。穏やかで愛想がいい五十半ばの男。
手代
志野屋の職人。
元吉
茅町の『丸仁』の上絵師。
閨仏
りき
六兵衛長屋に住む。六兵衛の妾。
大隈六兵衛
六兵衛長屋で四人の妾を囲う。
おぶん
六兵衛の三人目の妾。
おこよ
六兵衛の四人目の妾。
つや
六兵衛の二人目の妾。
楡爺
六兵衛長屋の裏手にある物置小屋に住む惚けた老爺。
茂十
郷介
仏師。
はじめましょ
与吾蔵
四文屋を受け継いだ。
稲次
心町に飯屋『四文屋』を開いた先代。与吾蔵の兄弟子。
楡爺
おるい
『今木』という、与吾蔵が半年ほどいた料理屋で仲居をしていた。
茂十
ゆか
冬虫夏草
お吉
富士之助
お吉の息子。
津賀七
越中富山の薬売り。
寿兵衛
吉の夫。薬種問屋『高鶴屋』の三代目。
江季
富士之助が嫁にと望んだ娘。油問屋『山崎屋』の次女。
茂十
明けぬ里
よう
元根津遊郭の売女。葛葉。
桐八
瓦笥職人。ようの亭主。
明里
遊郭一の美貌と謳われていた。
おふな
明里の傍らにいた中年女。
『出雲屋』の隠居
七十に届くほどの年寄り。
茂十
槇之介
明里を落籍かせた札差の供をしていた。
灰の男
茂十
久米茂左衛門。
楡爺
およう
大隈屋六兵衛
ゆか坊
会田錦介
萩
錦介の妻。
地虫の次郎吉
かつて江戸を騒がせた野盗の頭。
修之進
茂十の息子。
佳枝
茂十の妻。
峯田穂吉
修之進と仲が良い。
斉助
与力
稲次
おりき
おこよ
おぶん
おつや
おりょう
おちほ
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澱んだ川に面した町と其処に住まう人々を描く群像劇。
それぞれがそれぞれにどうしようも無い不幸を抱えているけれども、不幸の中にも僅かな希望や倖せが無い訳じゃない。
流れの滞った川の如き人生のどん詰まりで、人は何を想い、考え、而して如何に生く可きか。そんなのは人の数だけ答があるのだろう。本作にはそれを無言で諭すような味わいがある。
痍を抱えた人たちが、その痍と向き合い、時に目を逸らし乍ら、それでも痍と共に生きて行く。そんな人情噺の趣であった。
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心淋し川
著者:西條奈加
発行:2023年9月25日
集英社文庫
初出:小説すばる
「心淋し川」2018年7月号
「閨仏」2018年10月号
「はじめましょ」2019年1月号
「冬虫夏草」2019年7月号
「灰の男」2019年10月号、11月号
9年前の2015年、初めて西條奈加作品を読んだ。睦月童(むつきわらし)という、江戸時代を舞台にしたファンタジー小説だった。7話からなる長編だったが、なかなか印象に残る作品であり、この作家は注目だと読書メモに書き留めていた。
その5年後に発表された「心淋(うらさび)し川」で、直木賞を受賞した。それは読まなければと思いつつずるずる。今年、やっと読めた。江戸の千駄木町の一角にある「心町(うらまち)」という長屋を中心とした、庶民でもやや生活レベルが低めの人たちが住む町の話で、6話からなる連作短編である。共通して出てくるのは茂十という差配だが、第6話ではその茂十が主役となり、それまでの話に出てくる人や出来事が見事に結びつき、茂十の過去が明かされていく。
文芸誌「小説すばる」に1年以上にわたって発表された作品だけれど、矛盾なくぴたりと結びつき、締めくくられる鮮やかさ。さすがの実力としかいいようがない。こういう連作短編ものを読むといつも思うが、短編執筆を重ねていくうち、「ああ、あの短編の設定はこうしておけば良かった」とか、「あの設定は失敗だったなあ」とかいった後悔が出てこないんだろうか。
西條奈加作品、この他にも何冊か購入したので、読むのが楽しみである。
******************
(下記は、読書メモ、ネタ割れ)
1.心淋(うらさび)し川
ちほ:心町に住む娘
きん:ちほの母
荻蔵(おぎぞう):ちほの父、柿の湯で釜たきの仕事
てい:ちほの姉
茂十(もじゅう):長屋の差配
元吉:紋上絵師(上絵師)、茅町の「丸仁」で修行
千駄木町の一角、心町(うらまち)。長屋近くに流れる川は、根津権現の北を流れる曙川から流れていると、ちほは思っていたが、実は崖上の大名屋敷からの水だった。茂十が解説してくれた。
ちほは、早くこの町を出て帰ってきたくないと思っている。姉は嫁に行き、子もいる。当初はほど近い根津にいたが浅草に越した。ちほは、姉がしていた針仕事を引き継ぎ、岡場所がある宮永町の「志野屋」で仕事をもらっている。「針妙(しんみょう)」と呼ばれている仕事だった。手代が厭味な男で、姉に比べてあんたは下手だと言う。
ちほは、志野屋に出入りする上絵師(着物の上に紋などを描く)の元吉と恋仲だった。元吉は6月に年季が明けるので、それからは独立する気だという。だが、ちほが結婚のことをいうと、はぐらかす。岡場所に女がいるのか?聞いてみると、そんな店には出入りせず、兄弟子の実家が経営する居酒屋に行くだけだという。そこに女気はない。
ある夜、茂十が来て大変だという。荻蔵がその居酒屋で若い男を殴ったという。以前は酒癖が悪く、もう二度と喧嘩はしないと誓っていたので、よほど相手から仕掛けられたんだろうと思って現場に行くと、一方的に荻蔵が殴っていた。相手は元吉だった。元吉が兄弟子にちほのことを相談していて、それを聞いた荻蔵が「お前になんか嫁にやらん」と殴ったのだった。
元吉から話を聞くと、年季があけたら京へ行くという。有名な上絵師がいて、そこで修行をしないかと今の親方から推薦された。大喜びだが、行くと3年が年季。しかし、もっと長く行く必要があるかもしれないし、すぐクビになるかもしれない。しかも、弟子は住み込み。ちほと所帯を持ちたいので、迷いに迷っていた。だからはぐらかすような答えばかりをしていた。しかし、今夜、父親から殴られ、娘が大切にされていることが分かり、安心して自分は京へ行けると思い、決心をした。
2人は別れた。すると、志野屋の手代がそれを知り、結婚を申しこんできた。前から好きだったという。最初、本当に縫いが下手くそで厳しく言ったけど、段々うまくなって嬉しくなっていったという。しかし、ちほはぴんとこなかった。この人に恋心を抱けるのかどうか・・・返事は保留。
茂十から話を聞く。川の名前は心川(うらかわ)、心町に流れているから心川とまちの人たちは呼ぶ。でも、本当は違うという。「心淋(うらさび)し川」が本当の名前で、町の名前はこの川から来ているという。この長屋の差配を引き受けたのも、その名前に惹かれたからだとのことだった。
2.閨仏(ねやぼとけ)
おりき:六兵衛長屋と呼ばれる一軒家に住んで14年、六兵衛の妾
おつや:29歳、2番目の妾
おぶん:3番目の妾
おこよ:4番目の妾
大隅屋六兵衛:青物卸でヤッチャ場(市)の世話役の一人
郷介:仏師
六兵衛長屋は一軒家。ぶさいくな妾ばかり4人が住むため「おかめ長屋」とも呼ばれていた。心町。差配は茂十。おりきはおかめ顔だったため、子供のころに女衒にも見放され、おかげで売られることなく煙管屋の女中に。おかめは福をもたらすとの祖母の言葉。その煙管屋で六兵衛に見初められ、内儀公認の妾に。最初は1人だったが、4年たっておつやが入る。敵意を向けられた。さらに、おぶんとおこよも。
ある日、六兵衛が来て、おつやの部屋に。なにやら包みがある。開けると、男根に似せた〝道具〟だった。いたずら心でそれに筋を入れ、顔を描いた。六兵衛はそれを持って帰ったが、ヤッチャ場の連中に見られた。すると、たいそう受けて、俺にも作ってくれと頼まれた。六兵衛はおりきに作ってくれと頼んだ。
おりきは作ったが、出来上がると根津権現にいってそれを見せ、こんなことに仏様をつかう赦しを得ていた。そこで、仏師の郷介と出会う。郷介もその〝仏〟の顔を気に入る。2人で寺回りなどをするように。
六兵衛が腹上死(おこよ)。4人はこれからどうなる、追い出されるのかと不安に。茂十は、当面は心配しなくていいという。そこに郷介が現れ、一緒にいたいという。そして、あの仏を販売することになった。おりきは、そのお金で家を借り続けることにした。
3.はじめましょ
与吾蔵:心町で「四文屋」を継いで7年
稲次:四文屋(しもん)の創業者
るい:「今木」で仲居をしていた、与吾蔵もいた、本名はれん
ゆか:るいの子
与吾蔵は稲次と同じ名の通った料亭「栄江楼」で修行をしていたが、兄弟子からの嫌がらせやいじめは酷かった。一人だけ優しかった先輩は稲次だった。稲次は気が弱い。堪えられなくなってやめた。勝ち気な与吾蔵も稲次が去ると辞めたが、そのあともいろいろな料亭にいて、最後に「今木」。
稲次は辞めてから、心町で「四文屋(しもんや)」を開店、小さな店だが安いので人気が出た。四文あったら食える店。根津門前町に比べ、うらぶれた町だが、借金があったのでここにしか店が出せなかった。とにかく安い食材を仕入れて提供していた。ところが、稲次が病気で倒れた。今木を辞めてすぐだった与吾蔵は見舞いに行き、稲次に頼まれて店を継いだ。差配の茂十が、店を継ぐときにとりなした。
その少し前、今木で仲居のるいと出来ていたが、妊娠を告げられ、誰の子か分からないと、るいから離れた。与吾蔵はまだ所帯を持つ気がなかったからそうしてしまったが、酷いことをしたと後悔していた。
ある日、
はじめましょ めましょを見ればなりそな目もと めもと近江の国ざかい・・・
と歌っている少女を見かけた。歳は七つ。どきりとした。この意味不明の歌はるいが歌っていた歌だった。まさかこの子は・・・でも、その子は、母親からしつけられて知らない人には個人情報を明かさない。
鼻歌でそれを歌っていると、聞いていた茂十が、それは『当世風流地口須天宝』だと解説をしてくれた。言葉遊びの本に出てくるという。
別の日、あの少女がまたいた。すると、そこに母親が帰ってきた。やはり、るいだった。与吾蔵はあの時のことを詫び、3人で住むことにした。話を聞くと、この子は与吾蔵の子ではないという。やっぱりそうか・・・いや、違う。与吾蔵との子は生まれて5日で死んだ。しかし、乳は出続けた。捨て子を育てることにした。ゆかは、その捨て子だった。捨て子をもらうには身元がしっかりしていないといけないが、今木が文人墨客に人気だったので、あるその筋の夫婦の世話になった。その夫婦に教えられたのが、あの言葉遊びの本の内容だった。節まわしは、るいが勝手につけたものだった。
4.冬虫夏草
吉:薬種問屋「高鶴屋」の元おかみ
寿兵衛:吉の夫、三代目
富士之助:
津賀七:富山の薬売り
心町の長屋に住む、吉(母)と体が不自由な息子の富士之助。酒を求めるなど、わがままな息子。近所の人たちは不快に思っているが、吉は息子の世話をして満足気。富山の藥売りの津賀七が現れ、吉にお懐かしいと挨拶をする。
町医者の娘だった吉は、父の手伝いで嫁入りしたのが21歳と遅かった。寿兵衛も勉強家で30歳近かったのでちょうどよかったが、息子は親に似ずに勉強嫌いだった。やがて油問屋の次女と知り合い、17歳の若さで嫁に迎えた。吉と寿兵衛はあまり賛成していなかったが、祝言をあげた。そこで生まれる世代間ギャップ。嫁と息子は揃って食事をする。習わしである女は後で食べる、ではない。また、嫁も勝手に着物や小間物などを買う。揚げ句の果ては、実家から文が届き、購入費はこちらで持つから好きなようにさせてやってくれと頼まれる。
高鶴屋の初代が富山出身だったことから、富山の薬売りをいつも歓迎し、宿泊させて食事を振る舞った。津賀七は東京の〝実家〟気分にひたり、心から感謝していた。ところが、嫁が来て2年ほどで寿兵衛が死ぬ。豊富な知識があったので、頼りない四代目では対応できず、医師など大切な客が逃げていった。もう店は売らないと駄目になった。そんな時、富士之助が酔っ払って侍と喧嘩をし、下半身不随となった。吉は気をきかせて、嫁を離縁させた。
吉は、嫁に息子を取られてぽっかりと心に穴が空いていたが、世話をすることで喜びが戻ってきた。そんな時、火事になり、心町の長屋へ。今日に至る、というわけだった。
冬虫夏草(とうちゅうかそう)とは、蛾の幼虫に寄生する茸で、漢方の薬とされる。冬のあいだ虫は生きているが、菌に殺されて夏には草と化す。
5.明けぬ里
よう:葛葉(くずのは)
桐八:ようの亭主
明里:三囲屋の禿あがり、
明里は10歳になる前から禿(かむろ)として「三囲屋(みめぐりや)」に抱えられ、読み書き、茶道、和歌に至るまでみっちり仕込まれ、十代で途中から入った者とは教養が違う。書の美しさが評判で、音曲の素養もあった。
ようは15歳で売られて三囲屋へ。葛葉となる。その時、明里はすでに禿を経た者だけがなれる振袖新造の地位に。新造のうちは客をとらない。その対にいるのが留袖新造。葛葉もそれで、早々に客の相手をさせられる。この身分による線引きに、ようは不満で口に出したが、明里は体を売らなくても何十倍も稼げるから仕方ない。
子供の頃から気が強かったよう(葛葉)は、父親が賭博で作った借金のために姉が売られることになると、父親に文句を言った。喧嘩しているうちに自分が代わりに行くという啖呵を切ってしまい、売られることになった。三囲屋に入っても、かわいげのない新入りとして先輩たちから苛められ、折檻を受けた。布団部屋でぐるぐるまきにされているところ、優しくしてくれた明里。葛葉にとっては、唯一の優しい先輩(年下だが)でありつつ、羨望の的でもある、微妙な関係。
やがて、明里は蔵前の札差に身請けされる。大金持ち。それからまもなく、葛葉も「出雲屋」の隠居が借金の肩代わりをして身請けしてくれた。70歳近くで下半身はもうだめだったが、遊びには来ていた老人だった。しかし、身請けだけで、あとの面倒は見てくれない。半年ほどして死んでしまい、いよいよ行くところがないようは、客の一人だった桐八に誘われ、彼が住む心町の長屋に入り、嫁となった。桐八は瓦笥(かわらけ)職人で大して腕は良くない。博打でうっぷんを晴らすが、大勝ちするのはせいぜい月に1度。ようは「クソ亭主!」となじる。亭主は娼妓だったことを言うが、あんたはその客だったくせに、と反論する。
ようは、吉祥寺門前町にある「よいや」で酌婦をして生活費を稼ぐ。時にはそれだけでは足りないので体を売ることも。この日も店に行くと、暑さで倒れてしまう。声をかけてくれたのが、なんと明里だった。久し振りの再会。2人は昔話や現状について話す。ようが妊娠していることを見抜く明里。しかし、ようはおろすつもりと言う。亭主の子だと言っても信じてもらえないだろうから、と。実は、明里も妊娠していた。札差の子供だろう・・・
後日、読売を見ると、心中の記事が載っていた。なんと、女は明里。相手は、札差の手代だった。
6.灰の男
会田錦介:例繰方(れいくりかた)
萩:妻
久米茂左衛門:茂十の本名、町奉行同心の家に生まれる、元諸色掛り
佳枝:茂十の妻
修之進:息子、諸色掛り
峯田穂吉:修之進と同時に見習いになった
地虫の次郎吉:夜盗の頭
茂十は差配となって12年。そして、息子が夜盗の次郎吉に殺されてから18年になった。幼い頃から同じ同心の子として育った錦介と、蓮屋で師走恒例の飲み会。錦介は、今も町奉行所の例繰方(犯罪の罪を調べて審議する者に指し示す)をしていて、隠居のタイミングをはかっている。
18年前、17歳の修之進は諸色掛り見習いとして、茂左衛門(茂十)についていた。しかし、同じような立場の若者たちと、自主的に見回りも。夜盗〝地虫の次郎吉〟が出る頃だと感じていたからだった。次郎吉は殺しこそしなかったが、女を犯すなど酷いやり口の夜盗だった。息子を心配する佳枝。茂左衛門も心配し、錦介に相談。錦介は茂左衛門夫婦と修之進、それと一緒に見回りをしている5人の若者を呼んで、船で一杯やりながら諭そうとした。しかし、船上で茂左衛門と修之進は次郎吉の一団らしき光を見てしまう。血気にはやる6人の若者は、船を下りて向かっていく。冷静を呼びかけて追い掛ける茂左衛門。
一団に遭遇した修之進は、弾みで手下の若い衆を切ってしまう。それに怒った次郎吉は、修之進を殺してしまう。意気消沈する茂左衛門。息子の一周忌が済むと、妻の親族から養子をとり、妻を任せて自分は別のところに移り住んだ。息子が死んで3年半後の秋、妻が死んだ。事故か自害かは不明。そして、それから2年、つまり息子の死から5年半後、楡爺を見つけた。
楡爺は3年前に心町に来た。それから、ずっとボケたままだった。毎日、楡の木の下で物乞いをしていた。彼を物置小屋に住まわせていたのは、第2話で出てきた六兵衛だった。茂左衛門は楡爺の胸ぐらを掴み、自白させようとした。とめにはいって守ったのは、第3話に出てくる「四文屋」創業者の稲次だった。
奉行所に行き、捕まえてくれという茂左衛門。しかし、のらりくらりとかわされる。確証がない、と。そのうち、錦介が事情を調べてくれた。心町は町屋に見えてそうではない。実は、大名の土地だった。そこに、勝手に住み着いている。だから、そこから悪党が出ると大名連中の沽券に関わる。だから、いいことを考えた、新しい差配になれと。そして、楡爺を監視したらどうか、と。そんな手配をしてくれていた。
差配になって監視し続けたが、やはりボケは本物だった。諦めかけた。もうここから離れて田舎で暮らすか・・・そんな時、楡爺が倒れて、うわごとで18年前に死んだ手下の名前を連呼しはじめた。よくよく聞けば、それは手下ではなくて息子だった。ずっと行方不明だったが、会えて1年たったときに、修之進に殺されてしまった。その仕返しに、修之進を殺したのだった。
2人は、同じような身の上だった。
第5話に出てきたようは、子供をおろさず、臨月が年明けにせまっていた。
第1話にでてきたちほは、結局、志野屋の手代と一緒になることになった。
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6編からなる連作短篇。舞台は千駄木町の一角にある心町(うらまち)。
『心淋し川』 心町に流れる"心淋し川"。この川が主人公ちほの心情を表してる。最後に岸辺の杭に引っかかってた赤い布がいつの間にかとれた。その時ちほの心のつっかかりもとれ、前よりも生きやすくなったのかな。誰かに認められるって嬉しいよね。
『閨仏』 4人の妾を一緒に住まわす六兵衛はとんでもないヤツと思ってたけど、実はいい人なのかな?一番年上のりき、頑張ってほしい。恋の方も。いい人に出会えてよかった。
「はじめましょ』 与吾蔵も年齢とともに丸くなり、人を思いやることもできるようになった。昔の過ちと向き合い幸せになってほしい。与吾蔵の作ったご飯食べてみたい。
『冬虫夏草』 歪んだ欲望の話かな?吉の幸せってなんだろうか?
『明けぬ里』 嘘をつき続けてきた結果、明里がとった行動が悲しい。嘘をつかないと生きていけなかっただけなのにな…。ようは生きてほしい。
『灰の男』 どの話にも登場する差配人の茂十の話。優しくてみんなに頼りにされてる。そんな茂十にも暗い過去が。その過去と今も対峙をしてる。子を思う男の気持ちが切ない。
じんわり心に響く作品でした。
私は前半の3編が好きです。
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やっぱり面白い。
短編でそこそこ盛り上げて、ラスト1話でガバリと引っ掻かれました。
西條さんと宮部みゆきの時代ものは、ホントにふとした時にその場に飛んで行けるような現実感が伴って、思わずリアルに感じてしまうのはなんでなんだろう。
生きたこともない時代なのに、
わかるのよ、長屋の差配さんの雰囲気が。
西條さん、わたしよく西加奈子さんと間違えて読んで、あ!またやっちまったって思うこと多いんだけど、他の人そんなことないんだろうか?
西加奈子さんのはイマイチ入り込めないのよ。
だから、読んでて?あれ?あれー?なんかなー?
あー!ー!!!!!!間違えた!!!!!西條ナカさんと間違えた!!!!!!!
って何回か間違えて読んだ本あんだ。
なんかタイトルの付け方とかも似てる気がするんだよなぁ。表紙の雰囲気とか。
全然違うくしてもらえないだろうか。笑
いや、名前、全然違うんだけどね。
わたしがちゃんと覚えればいいんだけどさ。笑
毎回、ちゃんと調べるような癖はついたけどさ。
千年鬼と人、ゴメスの人!って!
ホント、西條さんの本面白いから、おススメしまくります。
#ゴメス
#また違うの読もうーっと
#千年鬼
#2冊目買ってプレゼントした
#そのくらい面白かった
#泣けた
#今回もラストでやられます
#背中をズバッとやられるよ
#気をつけろ!
#あー面白かった
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私の中では「金春屋ゴメス」や「まるまるの毬」の作者さん。直木賞を獲られた作品が文庫になったので遅ればせながら手にしてみた。
江戸、千駄木の一角に流れる小さく淀んだ心淋し川。そのどん詰まりに立ち並ぶ長屋で暮らす人々のお話。
働かない父を抱えながら恋人と一緒に今の生活から抜け出ることを夢見る娘を描く表題作「心淋し川」をはじめ、死んだ兄弟子の後を継いで飯屋を切り盛りする料理人の過去の悔恨が滲む「はじめましょ」や同じ岡場所から異なる道を進んだふたりの女性の行く末を描く「明けぬ里」など、終盤の転換が鮮やかな話が並ぶ。
四人の妾が住む家でお呼びのかからない最年長の女性の手慰みを描く「閨仏」には妙なおかしみがあり、「冬虫夏草」では嫁から息子を取り返した母親の狂気が怖い怖い。
最後に語られる長屋の差配の物語「灰の男」は、男の人生のやるせなさがたっぷりの反面、これまでのすべての話が収斂し、それでもそこで生きていく人たちの活力も描かれていて秀逸。
とても上手だなあと思ったが、ちょっと上手が過ぎる感じも実はして、それ以上の感想が浮かんでこない。
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(Ⅰ)「心淋し川」は流れのない川。塵芥が溜まっている。人もまた澱のように集まるが人にはそれでも流れがあるようだ。
(Ⅱ)短編連作は、住人のひとりひとりにフォーカスを当ててそれぞれの澱を描き出す。流れていく澱もあれば流れない澱もある。
(Ⅲ)じつのとこ、哀歓系時代ものは苦手やったりするんでたまにお試しのつもりで読む程度なんやけど、今回まあまあ読みやすかったのは一編一編が短くかつ展開があっさりしているからやろうか。文章がいいということもあります。
■簡単なメモ
【一行目】その川は止まったまま、流れることがない。
【心淋し川】ちほ、澱んだ心町(うらまち)から早く出ていきたい娘。仕立屋の志野屋で知り合った上絵師の元吉に恋心を抱くが彼の態度はいまいちはっきりしない。茂十《誰の心にも淀みはある。事々を流しちまった方がよほど楽なのに、こんなふうに物寂しく溜め込んじまう。でも、それが、人ってもんでね》p.44
【閨仏/ねやぼとけ】りき、醜女好きの大隅屋六兵衛が四人の女を囲う「おかめ長屋」の最年長。最近の楽しみは男根を象った道具に仏様を彫ること。その味に感心した仏師の郷介と親しくなっていく。郷介《あんたの仏には、ちゃんと心がある。》p.74
【はじめましょ】与吾蔵、心町の飯屋「四文屋」を開いた先輩料理人の稲次が亡くなったあと店を継いですでに数年、かつての恋人、るいを思い出させる歌を歌う少女、ゆかと出会う。《何に対してかわからないが、切なさが奔流のように押し寄せて足にからみつく。》p.134
【冬虫夏草】吉、もとは大店の内儀で、身体が不自由で身の程を知らぬ文句しか吐き出さない息子をかいがいしく世話する不幸な女に見えるが…。茂十《怖いね、女親というものは》p.173
【明けぬ里】よう、身の内で常に怒りがくすぶっている女。どこにいっても上手な世渡りができない。亭主は腕の悪い職人で博打に入れ込んでおり日々苦労している中、廓時代華やかなトップだった先輩の明里と出会ってしまう。《人の悪目ってのは、本心の裏返しさね。》p.194
【灰の男】茂十、常時物語に顔を出していた強面の差配。過去にあった出来事にとらわれ身動きできなくなっている男。《たとえ憎しみであっても、他とは比べられぬほどの深い縁だった。》p.268