澤田瞳子のレビュー一覧
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輝く山と書いて「輝山」。きざんと読む。辞書には載っていない著者の造語。
江戸時代後期、石見銀山が小説の舞台。つまり銀山を輝く山と表現している。
銀山で懸命にあるいは命がけで働く人々の姿に心動かされる。代官の身辺を探る密命を帯びた代官所の中間、金吾の行動。読み終わったイメージは、女流、山本周五郎かと思った。
銀山界隈は年配の男の姿が極めて少ない。危険と隣あわせで鉱石を採掘する掘子たちは、咳を繰り返して煤のようなものを吐いた末に短い命を終えるからだ。
だが、金吾がこの町で出会った掘子たちはみな恬淡と陽気で、四十歳までは生きられない境遇を嘆く色は微塵もない。
それとも命に限りがあると知ればこそ、短い夏を精一杯生きる蝉の如く、今この時を楽しめるのだろうか。
ネタバレになるので内容にはあまりふれないが、随所に現れる光る文章がいい。
「長い冬の後には、必ず春が来る。年によってはなかなか春が巡り来ず、雷が鳴り、冷たい雨が降る折もあるかもしれない。しかしその雷は確実にいつか、春を呼ぶ春雷に代わるのだ。」
「この世は辛く、不条理だ。だが、おのぶが貼った不動明王の図像が叡応の手になるものであり、この月輪寺で配られる薬が岩田が手配したものであるように、学問も薬も祈りもーこの世の哀しみも喜びも、すべては人ゆえにもたらされる。ならば人を救えるものまたたった一つ、人でしかないのではあるまいか。」
「親しい者の死を悲しみ、嘆くのは人の常だ。だが苦しみながら亡くなっていった仲間の死にざまを思うよりも、自分は元気に間歩稼ぎをしていた頃の彼らの姿を覚えていたい。それこそが生きてこの世に残った者の務めではないか、と与平次は眩しいものを眺めるように眼を細めた。」
澤田瞳子の小説はこの本を含めて3冊読んだ。僕のお気に入りの作家のひとりになった。 -
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生きる意味も何も知らない由良の、成長物語。
由良は巫女船にいる。嵐になったら海に放り込まれる人柱を売る舟で、由良は見た目の問題なのか一向に売れない。賊に襲われた船から櫃が流れてきて、中に人が入っていた。新羅で瓦職人をやっていたらしい。名を安曇福雄といい、巫女として売られることにしたらしくいつく。
女の客がやってきて由良をもらうという。由良を買った人は真平と名乗った。どうやら太宰府の官の者で、巫女船を取り締まるつもりのようだ。太宰府に連れて行かれた。寺に閉じ込められる。新任の少弐元利麻呂を迎えに行き、真平が捉えようとするが、元利麻呂は海に飛び込んだ。太宰府に帰る。真平の主の安貞は肥後国司として赴任していく。
由良は真平の女嬬となった。元利麻呂は宗継という海賊に助けられていた。真平と取引して、由良は宗継の船を見張りにいくことになる。宗継たちが平戸の高島の郷にたどり着くと、郷は賊に襲われて、皆殺しされていた。そしてその賊はどうやら安曇福雄を攫った人たちらしい。そして巫女船は誰かによって燃やされて沈められていた。
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奈良時代を描いた小説だが、蓋を開ければミステリー小説のようなストーリーが書かれていて現代では知らない単語やあまり触れない漢字や読み方も多く一つ一つ読むのに苦戦はしたけど、すごく楽しく読み応えがありました。
更に飯テロを思わせんくらいにたくさんの飯がストーリーに散りばめられて多少の空腹時に読むには少し苦しいと感じさせられもしました笑
作者が歴史研究家の奈良時代専門だった故に、時代背景を上手く表現した上でストーリーが構成されてて面白かったです!
特に面白いなと感じたところは東大寺の毘盧舎那大仏を作る工程を描きつつ、ストーリーに絡む事件やその時代ならではのご馳走を並行して上手く絡めて違和感なく描いてあるところでした -
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澤田瞳子、初の幕末小説らしい。時代が幕末なので、有名人はほぼ知った人ばかり。なかなか読みやすかった。
熊田は山田を藩のために斬らねばならないと思っている。君側の奸を取り除かねばならぬ。熊田は要するに商人から藩政に大抜擢された山田が気に入らない。山田を日々狙っているが、色々言い訳を重ねて放置していたが、大坂の商人に全てを話して借財の返済を待ってもらう案を聞いて動かねばならぬと思う。決行しようとしたら、同じく狙っている人たちがわらわら出てきた。仲間の言うことを聞いた熊田は却って迷いが生じた。
山田の大坂下向につきそう足軽を熊田は手配。熊田はなぜか山田を守る側に回る。日々嫌がらせまで受けているらしい。
玉秀を名乗る坊主がお殿様用の農地の作付人になりたいと山田の家を訪ねてきたが不在だったので、三島が対応する。山田のいる尾根小屋に出向いたが、取り継いでさえもらえなかったらしい。玉秀は自分の白浜屋を乗っ取った駒形屋をひどく憎んでいる。しかし駒形屋の主人はいい人として知られていた。
山田は引越しをした。近所に住んでいたお繁は塾に通っていたが、これからはそうそう行けない距離になってしまう。長岡藩から河井継之助が山田を訪ねてきたので、これ幸いとお繁は同道する。だが途中でお弟子さんに会ってしまったので、残念ながら引き返さざるを得ない。
塩田虎尾は江戸に出て、江川太郎左衛門の元で新式銃や大砲の勉強をするように言われているのだが、サボりがちだ。藩主板倉勝静は井伊直弼により寺社奉行を解任されていた。虎尾はなんと桜田門外ノ変に行き合ってしまう。
山田の後継が江戸に来て、塾に引っ張っていかれる。備中松山藩は洋船を購入することになった。虎尾は洋船操術を学ぶ。こちらは好きだった。快風丸がやってくる。
お繁が婚礼をあげる。山田耕蔵もまた婚儀をあげた。板倉勝静は老中になっている。二条城に詰め、そして家臣も従っている。京は物騒で新選組や見廻組のおかげで多少マシになっている。耕蔵も京にいた。大政奉還が行われる。 -
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最終話の廃仏毀釈の話がとても人間の気味の悪さを感じさせる。こんな感じで全国の寺がやられていったのだろう。仏を捨てない僧への仕打ちは、人権という概念が世に広まっている現代では考えられないほど酷すぎる。
第1話 詫磨為久は絵師の家柄の三男で、鎌倉の源頼朝の亡父の菩提寺を建てるというのを単身まかされ、堂内四方に絵を描いた。そこで源頼朝の妹有子に目をかけられ、京に戻ったら家で絵を描いて欲しいと頼まれる。一度は有子の京の屋敷に伺ったものの、父が亡くなり為久は家に帰って兄を助ける。
有子が亡くなった。有子の面影を宿した菩薩像を頼まれ、兄が仕事を受けた。有子は政子ではない女人が産んだ頼朝の子亀鶴丸を引き取りたがっていたが、夫の能保は政子に目をつけられるのを心配して引きとらなかったのだ。それを能保に思い出させたかったらしい。
第2話 十市氏は娘の苗を人質として多聞山城に入れることで、松永久秀と和睦した。人質の子供達は集められて一緒に授業などを受けて育つ。布施氏が裏切ったので、井久太が連れ去られた。おそらく処刑されたのだろう。
第3話 徳川の世。四辻季賢は帝の内々衆に命じられたばかりだ。源氏物語絵巻全巻を作ることになる。
第4話 菱川師宣の息子に、昔、世話になったと、宮川長春は江戸中を探し回っていたが、ようやくみつける。孫娘と孫息子と一緒で、しかし生活はかなりやさぐれている。
第5話 明治の世になり、明治帝が神仏分離を言い出した。内山永久寺では院主が全員の還俗をうながしている。 -
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京都鷹ヶ峰の藤林御薬園の養女、元岡真葛の物語。
第1話 師の小野蘭山と上房総三州の薬草採取に行ってきた。京都に帰る日を前に、小石川の薬草園に。そこでお婆さんが倒れたので解放したのだが、元気になってから、痙攣して倒れた。
第2話 真葛は尾張の宮の渡しまで来ていたが、梅毒病みの女性を見つける。夫はお前にうつされたのだと大変冷たく、医師にもかかるのを禁じているという。
第3話 真葛と師のもとを辞した喜太郎は瀬田まで帰り来ていたところ、真葛を甥っ子が迎えに来てくれていた。一方で喜太郎には出迎えがなくて落ち込む。孫が来てくれていたとわかるのだが、その親でなくて落ち込む。が、喜太郎の娘夫婦はそのころ大変なことになっていた。
第4話 真葛の縁談を兄嫁が勝手に進めていて、真葛は兄嫁と喧嘩してしまう。しかし縁談相手には黒い噂があることを知ったのだった。
第5話 取引相手の藥問屋亀高屋さんが、しばらく商いが難渋するという。聞けば、いつも仕入れに走り回っていたお父さんが心の病で引きこもっているという。
第6話 真葛の真の実家の家令が、身分を隠して叔父を診察してほしいと依頼してきた。兄は激おこぷんぷん丸である。失礼極まりない。しかし真葛はやってみることにした。 -
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ネタバレ澤田瞳子は聖武天皇の時代が好きなのかしら。
この本もまた、天平の世の庶民の暮らしを描くものだった。
奈良の都を突如襲った不思議な病。
高熱を発し、一度熱が下がった後に全身に疱瘡が広がり、亡くなる人達が次々と発生。
治療法もわからないなか、全身全霊を賭けて患者を診て世話をする施薬院の人々。
施薬院というのは、光明皇后の声で作られた令外官(りょうげのかん)。
つまり私設の病院であり、主人公である名代は、出世から外されたその処遇に不満を持ち、そのうち施薬院から逃げ出すことを考えている。
しかし、あっという間に都中に広まった業病を見て、寝る間も惜しんで患者の世話をする人たちを見て、名代は徐々に医者とは、生きるとは、命とはと考えるのだった。
とにかく疫神(天然痘)の描写が壮絶。
もともとは遣新羅使(遣唐使の新羅版)が持ち帰った病ということで、持ち帰った側の自責の念の強さにも圧倒されたが、「異国から来た病なのだから、異国人を殺せ!」というヘイト行動も、歯止めがきかなくて恐ろしい。
つい出版年を調べてしまったが、これ、コロナの前に書かれた作品なのだ。
施薬院とともに作られた悲田院。
親のない子どもたちを養育する施設なのだが、ここの子どもたちが疫神にかかってしまったため、蔵の中に隔離される。
もう救えないのがわかっていて、他に広めないように、と隔離するのだ。
これもまたコロナの時に行われたことではあるが、子どもたちが隔離されることによって余計にその非情、しかし他にどうしようもない、必要な策に胸がふさがれる。
名代の周囲の人たちも、自分だけは助かろうと、さっさと財産を処分して姿を隠す者がいたり、普段は子どもたちの面倒を見ていたのに、疫神の看病はできないと逃げる人がいたりと様々。
名代と同程度に重要なのが、冤罪で投獄された、元医師の諸男(もろお)。
奈良時代の、不衛生で人権意識のかけらもない牢獄で、人を恨み世を呪い諸男は、まじない札に効力がないことは百も承知で、お札売りという詐欺にまで手を染める。
医者にかかれば助かったかもしれない命を、むざむざ喪わせる行為なのに。
奈良時代という、身分制度にしっかり縛り付けられた社会で、弱者と言われる人たちが支え合い反目し合い、命を救い命を奪う。
閉塞感が増していく作品を読んでいるなかで、最終章のタイトル「慈雨」が支えだった。
喪われた命はあまりに多いが、それでも希望の持てる終わり方だった。 -
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厚い…重そう….読めるかな…
が第一印象。
でも、読み始めたら止まらなくなりました。
コロナを経験した時代に読むと、すごく、すごく、重く、深く感じることがありますね。
「人間、死ねばそれまでだ、と思っていた。だからこそ、せめて生きているうちに、自分たちは何か為すべきことを見つけねばならぬのだと考えていた。しかしながら病に侵され、無惨な死に遂げた人々の記憶は、後の世に語り継がれ、やがてまた別の人々の命を救う。ならば死とは、ただの終わりではない。むしろ死があればこそなお、この世の人々は次なる生を得るのではないか。」
「ようやく分かった。医者とは、病を癒し、ただ死の淵から引き戻すだけの仕事ではない。病人の死に意味を与え、彼らの苦しみを、無念を、後の世まで語り継ぐために、彼らは存在するのだ。」
すごくないですか…? -
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聖武帝の時代。長屋王事件前夜の平城京を舞台に、3人の采女たちを中心に紡ぎ出される日常を描いている。
解説によれば、それぞれモデルがいるらしい。粟国造若子をモデルとした若子、飯高君笠目をイメージした笠女、そして藤原麻呂の子を産み、安貴王に愛され万葉集にも歌が残る因幡八上采女。
この小説の舞台の後、安宿媛の産んだ基王子が亡くなり、長屋王が国家転覆を諮ったとして邸宅を囲まれ、妻の吉備内親王とともに自殺。またこの事件を主導した藤原四兄弟は天然痘で次々と世を去る。
それらの前哨戦としての藤原家と長屋王の諍いや、井上内親王の伊勢下向などが描かれており、緊張感を持って終始読み進めることができた。
長屋王が好きなので、そこまで描かれなかったことに胸を撫で下ろした。